第34話 フィンランドのバイト男
文字数 1,707文字
順君と一緒にスーパーヤオシンに鍋の材料を買いに行った時のこと。
ヤオシンの隣の店舗に若い女の子達が集まっていた。ずっと空き店舗だった場所に新しいお店がオープンしていたのだ。
「何屋さんかな」
順君に話すと、順君は「ちょっと見てみる?」「うん」
お店の名前は『北欧雑貨フィンランド』
中に入るとけっこう奥行きがあって、センスのいい小物やアクセサリー、文房具にグラスやカップ、キッチン用品などが私にとってびっくりするような高い値段で売られていた。
「順君、怖い、壊したら大変。早く外に出よう」
男の店員さんが一人いて、4人の女の子達に囲まれていた。
「サイ君とおそろいにしたいの」
「サイ君一緒に写真いい?」
「あ、私も」
「今度のライブも行くね」
壁際にギターケースが置いてある。八島さんと同じくらい背が高く、八島さんよりずっと細くて黒ずくめ。
さっさと店の外に出てから順君は眉をひそめて、
「真奈はさ、ああいう男ってカッコいいと思う?」
「定員さんのこと? カッコいいかどうかなんてわからないよ。前髪で顔が隠れていてよく見えなかったもん」
「ああいうの雰囲気イケメンって言うんだよ。いかにもバンドマンで絶対女癖悪いよ。なんか気に入らないな。真奈はもうあのお店に一人で行っちゃダメだよ」
順君は怖い話が大の苦手で霊感は無いと言い張っているが、勘がいいような気がする。
「うん、わかった」
「よし、今夜はミネストローネ鍋で、シメはリゾットだ」
「どういうものか検討つかないけど、楽しみだな」
翌週の土曜日、食堂で大家さんから同じことを聞かれた。
「雑貨屋フィンランドのバイトの男って見たことある? 高山さんから見て、ああいう男ってカッコいいと思う?」
「いえ、前髪が長くて鬱陶しいし、痩せ過ぎているし、あんまり」
「そうよね! だと思った」
雑貨屋さんが入っている土地と建物は、大家さん所有の不動産だった。
お店の社長は40代の女の人だが、たまに来るだけで、店のことはバイトの男に任せているらしい。
「あのバイト、西園寺 っていうんだけどね、私が様子を見に行ったら、いらっしゃいませもありがとうございましたもまったく挨拶無しよ!? 私を誰だと思っているのかしら。ただの通りすがりの婆さんじゃないのよ、ここのテナントのオーナーよ! なにか買ってやろうかと思ったけどやめたわ。まあ、やっと借り手が見つかったのはよかったんだけどね。あの店いつまでもつかしら」
「キーホルダーが700円くらいして、カップが1500円とかでびっくりしました。でもお客さん達けっこう買っていましたよ。サイ君って騒ぎながら」
「西園寺、バンドマンで人気があるみたいよ。とにかくなんか気に入らないのよね」
大家さん、順君と同じこと言っている。
クリスチャンの椎貝さんが食堂にやって来た。
椎貝さんのいつもの儀式。配膳して10秒ほど手を合わせる。それから丁寧に食事をして食べ終わったらまた10秒ほど感謝のお祈り。
麦倉さんもぎこちないけど同じような儀式をしている。兄妹みたい。
百川さんと離れたショックで村瀬さんの魂が抜けてしまったような今、椎貝さんが小中学生の勉強を見てあげている。
なかなか適任だと思う。
基本、感情的にならずいつも穏やか。注意するときは聖書の教えというものに絡めてくるので、みんなそれがちょっと鬱陶しい様子だ。面倒くさくて反抗しなくなっている。
私は椎貝さんの話が気になって、よく聞き耳をたてていた。
例えば天宮さんが、
「担任の老害オヤジが ”女らしくしろ” と問題発言した。フェミニストが聞いたら大変だぞ。教育委員会にチクってつるし上げにしてやる。両親の許可は取った」
と息巻いていたとき、
「天宮さん、人を裁いてはいけません」
と静かに諭 したのだ。
「なんでだよ。アップデートできない自分の時代錯誤振りを後悔させてやる。昭和の価値観を押しつけやがって。今は令和だぜ」
「天宮さん、人を裁いてはいけないというのは、自分が裁かれないようにするためなの」
キリスト教って禅問答なのだろうか。
私はその言葉を持ち帰ってお風呂の中でゆっくり考えてみたけど、堂々巡りをするばかり、答えを導けなかった。
ヤオシンの隣の店舗に若い女の子達が集まっていた。ずっと空き店舗だった場所に新しいお店がオープンしていたのだ。
「何屋さんかな」
順君に話すと、順君は「ちょっと見てみる?」「うん」
お店の名前は『北欧雑貨フィンランド』
中に入るとけっこう奥行きがあって、センスのいい小物やアクセサリー、文房具にグラスやカップ、キッチン用品などが私にとってびっくりするような高い値段で売られていた。
「順君、怖い、壊したら大変。早く外に出よう」
男の店員さんが一人いて、4人の女の子達に囲まれていた。
「サイ君とおそろいにしたいの」
「サイ君一緒に写真いい?」
「あ、私も」
「今度のライブも行くね」
壁際にギターケースが置いてある。八島さんと同じくらい背が高く、八島さんよりずっと細くて黒ずくめ。
さっさと店の外に出てから順君は眉をひそめて、
「真奈はさ、ああいう男ってカッコいいと思う?」
「定員さんのこと? カッコいいかどうかなんてわからないよ。前髪で顔が隠れていてよく見えなかったもん」
「ああいうの雰囲気イケメンって言うんだよ。いかにもバンドマンで絶対女癖悪いよ。なんか気に入らないな。真奈はもうあのお店に一人で行っちゃダメだよ」
順君は怖い話が大の苦手で霊感は無いと言い張っているが、勘がいいような気がする。
「うん、わかった」
「よし、今夜はミネストローネ鍋で、シメはリゾットだ」
「どういうものか検討つかないけど、楽しみだな」
翌週の土曜日、食堂で大家さんから同じことを聞かれた。
「雑貨屋フィンランドのバイトの男って見たことある? 高山さんから見て、ああいう男ってカッコいいと思う?」
「いえ、前髪が長くて鬱陶しいし、痩せ過ぎているし、あんまり」
「そうよね! だと思った」
雑貨屋さんが入っている土地と建物は、大家さん所有の不動産だった。
お店の社長は40代の女の人だが、たまに来るだけで、店のことはバイトの男に任せているらしい。
「あのバイト、
「キーホルダーが700円くらいして、カップが1500円とかでびっくりしました。でもお客さん達けっこう買っていましたよ。サイ君って騒ぎながら」
「西園寺、バンドマンで人気があるみたいよ。とにかくなんか気に入らないのよね」
大家さん、順君と同じこと言っている。
クリスチャンの椎貝さんが食堂にやって来た。
椎貝さんのいつもの儀式。配膳して10秒ほど手を合わせる。それから丁寧に食事をして食べ終わったらまた10秒ほど感謝のお祈り。
麦倉さんもぎこちないけど同じような儀式をしている。兄妹みたい。
百川さんと離れたショックで村瀬さんの魂が抜けてしまったような今、椎貝さんが小中学生の勉強を見てあげている。
なかなか適任だと思う。
基本、感情的にならずいつも穏やか。注意するときは聖書の教えというものに絡めてくるので、みんなそれがちょっと鬱陶しい様子だ。面倒くさくて反抗しなくなっている。
私は椎貝さんの話が気になって、よく聞き耳をたてていた。
例えば天宮さんが、
「担任の老害オヤジが ”女らしくしろ” と問題発言した。フェミニストが聞いたら大変だぞ。教育委員会にチクってつるし上げにしてやる。両親の許可は取った」
と息巻いていたとき、
「天宮さん、人を裁いてはいけません」
と静かに
「なんでだよ。アップデートできない自分の時代錯誤振りを後悔させてやる。昭和の価値観を押しつけやがって。今は令和だぜ」
「天宮さん、人を裁いてはいけないというのは、自分が裁かれないようにするためなの」
キリスト教って禅問答なのだろうか。
私はその言葉を持ち帰ってお風呂の中でゆっくり考えてみたけど、堂々巡りをするばかり、答えを導けなかった。