第5話 県立泉水中央高校園芸部①~小関部長との出会い~
文字数 2,417文字
入学した泉水中央高校は部活が盛んで、ほぼ全員がなんらかの部活に入るような雰囲気だった。
スポーツのような目立つものは避けたい。とは言え、宗教活動以外はしてこなかったので、趣味もまったく無く途方に暮れた。
部活紹介の日、地味でお金がかからない部活を探し校内を歩いた。
たまたま見つけた、『英会話研究会』あたりでいいかなと思った矢先、近くの教室から和太鼓の連打する音が聞こえてきて動悸を覚え、慌てて外に出た。
外の空気を吸って少し落ち着くと、昇降口の近くに段ボールでできた雑な看板を見つけた。
『園芸部こちら→』
お葬式の案内のように矢印は続き、校舎の奥にたどり着いた。
建物の影から覗くと、樹木に囲まれた箱庭のような小さな畑。ジャージ姿の生徒達がおしゃべりをしているようだ。耳を澄ませると、
「ブチョーはなかなか彼女できないすね」
「うるせーお前だって」
「見た目はそんなに悪くないし、背もそこそこあるのにね。老けてるしなーんか恐く見えるのよ、言葉も雑だし」
「ケイラ姐さん、つき合ってあげたらどうすか?」
「え、無理」
「俺にだって好みってもんが」
「ブチョーの好みってどんな女の子すか?」
「えーとそうだな、まず第一に優しくて穏やかで大人しくて、俺が仕切っても嫌な顔しないでなんでも俺の言うこと聞いてくれて……おまえら今、鼻で笑ったろ? 」
ポカポカ陽気とのどかな雰囲気にしばし見とれていると、いつの間にか赤ら顔の太った男子が脇に立っていて、
「もしかして見学ゥ!?」
と甲高い声で叫んだので、驚いて「はい」と答えた。すると畑にいた眼鏡男子が気がついて、
「初めての見学者キタ、女子だよ!」
太った男子に「どうぞ、どうぞ」と促 され歩いて行くと、物置小屋の前のベンチに片足ギブスの男子が座っていた。脇に松葉杖が一本。
目が悪いのかな、眉間にシワを寄せ目を細めてジッと私を見ている。少しタレ目だ。
近づいて前に立ち「よろしくお願いします」と挨拶した。
「部長の小関 です。君、植物に興味あんの?」
「いえ、まったく」
さっきの太った男子がずっこけるジェスチャーをした。植物に興味は無いけど、この場所なら目立たない。放課後をやり過ごすには丁度いい。
「わからないので、これから覚えます。入部希望です」
部長は怪訝 な顔をした。
「部員少ないから非常にありがたいけどさ」
一呼吸置いて、
「けっこう地道な作業多いし、爪に泥は入るし、夏は暑いし、日に焼けるし、お花が好きで入ったのに思っていたのと違う~とか言われたら俺、悲しくなっちゃうんだよね。そこらへん大丈夫かな」
女の子の声真似が上手だ。
「夏は暑いですよね」
「いいよっ、繰り返さなくても」
「なるべく部長を悲しませないよう努めます」
「あ、そう」
私は我慢できずに思わずクスッと笑いながら「女の子の真似が上手ですね」
すると部長は
「あ! ひょっとして俺のこと馬鹿にしているだろ、初対面なのに」
「そんなことは無いです」
私は否定しながらも部長の対応が面白くて口元が緩 んだ。
浅黒い肌の背の高い女子生徒が、若い女の先生を連れてやって来た。私は2人に挨拶しようと歩き出すと、
「あ! 足元、足元、芽が出ているから踏まないで!」
部長の声に、私は下を向いて足を上げる。見ると小さい芽。
「それ、キンギョソウのこぼれ種」
部長って人は、こんな小さな葉っぱによく気がつくなと感心していると、
「小関君、女子に怒鳴っちゃダメ」
「そういうところが雑なのよ」
「ブチョーは言い方キツいすよ」
「せっかくの入部希望者が逃げちゃうよォ」
部長はぶっきらぼうに「悪気はないんだよ。驚かせてごめん」と言った。
先生が手を叩いて、
「ほらみんな、自己紹介するわよ。まずは顧問の堀 です、生物を教えています。私はねハーブが好きなの、今年もいっぱい植えちゃうわ。文化祭で売れるのよ」
チッ、という表情を浮かべて部長は、
「先生、去年のミントテロ、忘れたんですか。今年は自粛してください。……3年2組小関順 、部長です」
「3年4組、副部長の石川ケイラ。日本とパキスタンのハーフ。よろしく。あと女子2人男子1人いるけど幽霊部員。ずっと来ないの」
「2年6組、青木克也 です」
「2年7組、深田大樹 っす」
人数が少ないのも好都合だ。生物の堀先生に、お相撲さんみたいな青木さん、眼鏡の深田さん、スタイルのいいケイラさん、松葉杖の小関部長。
「1年4組高山真奈です。よろしくお願いします」
部長は、座ったまま私に向かって言った。
「今年はね、近くの蓬莱 川の土手の空きスペースに、イングリッシュガーデンを作るんだ。ちょうど橋から見えるように。高山さん、そこに植えてみたい花はあるかな? 部員でひとつずつ決めて植えるんだよ。ハーブ以外でね!」
「花は桜とバラと菊くらいしかわかりません」
「マジかよ。他にも知っている花はあるはずだよ。例えばタンポポとか、あ、ほら、アサガオとか」
「はあ。今まであんまり花を意識したことがなくて」
「女の子なのにどういう生活していたの……」
部長が顔をしかめて頭を抱えたのを見た先生は、
「女の子なのに、っていう発言は先生ちょっと引っかかるわね。小関君、貴重な新入部員なんだからちゃんと面倒見てあげるのよ」
「わかりましたすみません! 高山さんの花は俺が決めていい?」
「はい。お願いします」
「あとなにか質問ある?」
「骨折ですか?」
先生とケイラ先輩が笑い出し、部長はまたぶっきらぼうに言った。
「道端で転んで靱帯断裂 と剥離骨折 、経過は良好、松葉杖も一本だけになりました、以上!」
家に帰ってからも、気持ちが弾んでいた。お風呂に入って、小関部長のことを思った。
あの人とのおしゃべりは……楽しいな。
前から知っている友達みたいに接してくれた。あんな風な人は今までいなかった。2組と言っていた、頭がいい人なんだ。
素っ気なくてぶっきらぼうな喋り方だけど、帰り際まで何度も振り返ってくれて何度も目が合った。
スポーツのような目立つものは避けたい。とは言え、宗教活動以外はしてこなかったので、趣味もまったく無く途方に暮れた。
部活紹介の日、地味でお金がかからない部活を探し校内を歩いた。
たまたま見つけた、『英会話研究会』あたりでいいかなと思った矢先、近くの教室から和太鼓の連打する音が聞こえてきて動悸を覚え、慌てて外に出た。
外の空気を吸って少し落ち着くと、昇降口の近くに段ボールでできた雑な看板を見つけた。
『園芸部こちら→』
お葬式の案内のように矢印は続き、校舎の奥にたどり着いた。
建物の影から覗くと、樹木に囲まれた箱庭のような小さな畑。ジャージ姿の生徒達がおしゃべりをしているようだ。耳を澄ませると、
「ブチョーはなかなか彼女できないすね」
「うるせーお前だって」
「見た目はそんなに悪くないし、背もそこそこあるのにね。老けてるしなーんか恐く見えるのよ、言葉も雑だし」
「ケイラ姐さん、つき合ってあげたらどうすか?」
「え、無理」
「俺にだって好みってもんが」
「ブチョーの好みってどんな女の子すか?」
「えーとそうだな、まず第一に優しくて穏やかで大人しくて、俺が仕切っても嫌な顔しないでなんでも俺の言うこと聞いてくれて……おまえら今、鼻で笑ったろ? 」
ポカポカ陽気とのどかな雰囲気にしばし見とれていると、いつの間にか赤ら顔の太った男子が脇に立っていて、
「もしかして見学ゥ!?」
と甲高い声で叫んだので、驚いて「はい」と答えた。すると畑にいた眼鏡男子が気がついて、
「初めての見学者キタ、女子だよ!」
太った男子に「どうぞ、どうぞ」と
目が悪いのかな、眉間にシワを寄せ目を細めてジッと私を見ている。少しタレ目だ。
近づいて前に立ち「よろしくお願いします」と挨拶した。
「部長の
「いえ、まったく」
さっきの太った男子がずっこけるジェスチャーをした。植物に興味は無いけど、この場所なら目立たない。放課後をやり過ごすには丁度いい。
「わからないので、これから覚えます。入部希望です」
部長は
「部員少ないから非常にありがたいけどさ」
一呼吸置いて、
「けっこう地道な作業多いし、爪に泥は入るし、夏は暑いし、日に焼けるし、お花が好きで入ったのに思っていたのと違う~とか言われたら俺、悲しくなっちゃうんだよね。そこらへん大丈夫かな」
女の子の声真似が上手だ。
「夏は暑いですよね」
「いいよっ、繰り返さなくても」
「なるべく部長を悲しませないよう努めます」
「あ、そう」
私は我慢できずに思わずクスッと笑いながら「女の子の真似が上手ですね」
すると部長は
「あ! ひょっとして俺のこと馬鹿にしているだろ、初対面なのに」
「そんなことは無いです」
私は否定しながらも部長の対応が面白くて口元が
浅黒い肌の背の高い女子生徒が、若い女の先生を連れてやって来た。私は2人に挨拶しようと歩き出すと、
「あ! 足元、足元、芽が出ているから踏まないで!」
部長の声に、私は下を向いて足を上げる。見ると小さい芽。
「それ、キンギョソウのこぼれ種」
部長って人は、こんな小さな葉っぱによく気がつくなと感心していると、
「小関君、女子に怒鳴っちゃダメ」
「そういうところが雑なのよ」
「ブチョーは言い方キツいすよ」
「せっかくの入部希望者が逃げちゃうよォ」
部長はぶっきらぼうに「悪気はないんだよ。驚かせてごめん」と言った。
先生が手を叩いて、
「ほらみんな、自己紹介するわよ。まずは顧問の
チッ、という表情を浮かべて部長は、
「先生、去年のミントテロ、忘れたんですか。今年は自粛してください。……3年2組
「3年4組、副部長の石川ケイラ。日本とパキスタンのハーフ。よろしく。あと女子2人男子1人いるけど幽霊部員。ずっと来ないの」
「2年6組、
「2年7組、
人数が少ないのも好都合だ。生物の堀先生に、お相撲さんみたいな青木さん、眼鏡の深田さん、スタイルのいいケイラさん、松葉杖の小関部長。
「1年4組高山真奈です。よろしくお願いします」
部長は、座ったまま私に向かって言った。
「今年はね、近くの
「花は桜とバラと菊くらいしかわかりません」
「マジかよ。他にも知っている花はあるはずだよ。例えばタンポポとか、あ、ほら、アサガオとか」
「はあ。今まであんまり花を意識したことがなくて」
「女の子なのにどういう生活していたの……」
部長が顔をしかめて頭を抱えたのを見た先生は、
「女の子なのに、っていう発言は先生ちょっと引っかかるわね。小関君、貴重な新入部員なんだからちゃんと面倒見てあげるのよ」
「わかりましたすみません! 高山さんの花は俺が決めていい?」
「はい。お願いします」
「あとなにか質問ある?」
「骨折ですか?」
先生とケイラ先輩が笑い出し、部長はまたぶっきらぼうに言った。
「道端で転んで
家に帰ってからも、気持ちが弾んでいた。お風呂に入って、小関部長のことを思った。
あの人とのおしゃべりは……楽しいな。
前から知っている友達みたいに接してくれた。あんな風な人は今までいなかった。2組と言っていた、頭がいい人なんだ。
素っ気なくてぶっきらぼうな喋り方だけど、帰り際まで何度も振り返ってくれて何度も目が合った。