第19話 メイド服と仏頂面①~文化祭~

文字数 2,183文字

 夏休みが終わるとすぐに文化祭だった。

 途中で入部してきた3組の松岡君は、化学部と掛け持ちをしていた。
夏休み後半は松岡君の提案で、化学部と合同して文化祭販売用のハーブ入りの石鹸と入浴剤を製作した。

 5組の中原さんが看板の絵を描いて、1組の日比野君が文字を書いている。
中原さんは美術部、日比野君は書道部と兼任しているのだ。
忙しい3人なのに、園芸部の活動に熱心に参加してくれる。

「いつもありがとう」
 と言うと、3人とも、
「いえいえいえ、自分の()しと一緒にいられるこんな機会滅多にないから」「ね」「そりゃ喜んで参加しますよ」
 みたいなことを3人でボソボソ言う。
? ”オシ” ってなんだろう。

 石鹸作りが一段落したところで中原さんを見ると、熊の可愛いキャラクターを描いていた。
中原さんは絵が上手だな。
あれ? この熊の(ひたい)の模様どこかで見たことがあるような……
「もしかしてグリズリー君?」
「当たり、高山さんがマジ・カン知っているなんて意外」
「バイト先でアニメを見たことがあるの。アニメより可愛いね」
「これを模写したのよ」
 中原さんは薄いイラストの冊子を見せてくれた。
私は何の気なしに『サフラン先生とグリズリー君』というタイトルの冊子をパラパラめくった。


「グリ君の大きくて入らない。先生をいじめないで」
「先生そろそろ俺の形に慣れてくれよ、もう入れるよ」
「あ、だめ、壊れちゃう」
「すごい、ヒクヒクしている、先生のココ」


「きゃ!」
 私は驚いて思わず冊子を放ってしまった。
まさか中身がいやらしい漫画だなんて……!
松岡君と化学部の先輩達が「なんだなんだ」と、こっちを向いた。
中原さんは眼鏡を押さえながら、冊子を拾い上げパタパタと埃を払った。
「高山ちゃん、クールなビジュアルに反してやはり中身はおぼこい純情乙女だ。いい反応するなぁ」

「ごめん、まさか中身がこんな……こんな……すごいなんて」
「すごいでしょ? 私がリスペクトするレンコン師匠の作品なの。高山ちゃん、顔真っ青だけど大丈夫? 普通赤くならない?」
「ごめんね、大事な本を投げたりして。こんな漫画を読んでいるなんて、中原さんて……大人なんだね」
「高山ちゃん、気にしないで。家に何冊もあるから。反応がいちいちキュンとするなぁ」

 近くにいた青木先輩と深田部長が、
「高山は見た目は大人だけど情緒は小学生なんだから、エロ同人誌なんて見せちゃダメェ」
「高山って、小関ブチョーって追いかけて積極的かと思いきや、その先、次の段階のことはまったく頭に無かったとか? 小学生なの? 俺シナモン派だけど、ちょっとその本見せて」

「どうぞ。部長ちゃんはシナモン派かー、私は断然ナツメグ。 “神経、関係、連携、体系、断絶の覚悟はいい?” 」
 中原さんがポーズをつけて、ナツメグの決めセリフを言った。
それに対抗して、深田部長はシナモンのセリフで応戦。
「 “解体、滅失、償却、除却、最終処分場へようこそ!” 辛くても笑顔を作るシナモンが健気(けなげ)っす。ねえちょっとこの本終わったら貸して?」

 みんなのおしゃべりを聞きながら、確かにその先、次の段階のことはあまり考えていなかったことに気がついた。
そばで口数少ない日比野君が笑っている。
そんな風に夏休みは、バイトと部活と勉強で明け暮れた。


 文化祭の売店は大盛況だった。
ケイラ先輩も1週間前から手伝いに来てくれた。
そして当日、女子は全員、化学部の先輩が用意したメイド服を着せられた。
ケイラ先輩のメイド服すごく決まっていてカッコいい。
中原さんと化学部の田代さんは2人とも小柄で眼鏡をかけていて、双子みたいに可愛い。
 私はあんまり似合っていないような気がする。
だって、顔に似合わないこのフリルと胸が強調されてしまうデザイン。恥ずかしくて落ち着かない。

 堀先生が朝から興奮している。
「ほらねっ、言ったとおりでしょ? ハーブは売れるのよ! 来年はもっと増量よ!」
 予想よりずっと早く完売してみんなでハイタッチしているときに、人混みにチラッと小関先輩の姿が見えた。
あっ、と思い顔を上げると、スッといなくなってしまった。

 後片付けをしながら、私はずっと気持ちがソワソワしていた。
小関先輩来てくれなかったな。
やっぱり勉強が忙しいのかな。
「真奈ちゃん、それ小関にあげる分の石鹸と入浴剤でしょ。早く渡しに行ったら?」
 ケイラ先輩の言葉にドキッとして硬直する。
「なんか真奈ちゃん少し変わった? フフッ、私がラインしてあげる」
 どうしよう、先輩と面と向かって会うのはオープンキャンパス以来だから1か月半振り。
学校が始まって、遠くから見てはいたけど。
こんなメイド服のままで会うのは恥ずかしいな。

「ほら来た」
 小関先輩が仏頂面(ぶっちょうづら)で校舎から歩いてくる。
遠目でもわかる仏頂面。
今は怪我はしていないみたい、普通に歩けている。
「後片付けはもう終わるから、真奈ちゃんはOBに活動報告をしてそのまま一緒に帰りなさい」
 ケイラ先輩に背中を押された。

「やっぱりそうなのかー」
 松岡君の裏返った声が聞こえる。そしてみんなの
「OB人殺してきたみたいな顔」
「あれ? 高山の情緒が中学生くらいになってるゥ?」
「OBの情緒も中学生くらいだから丁度いいっす」
「ケイラ姐さんナイスフォロー」
「高山ちゃんお疲れさまー」
「すみません、お先に失礼します」
 と、私は小関先輩の元に走って行った。

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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