第38話 6月19日ライブ『洗脳カンファレンス』

文字数 2,871文字

 ライブ当日、学校が終わってから家で着替え、村瀬さんと一緒にバスに乗った。

 泉水駅で美弥ちゃんと待ち合わせたのだが、挨拶もそこそこに美弥ちゃんの第一声は、
「実写版サフラン先生、いや、むしろレンコン師匠の描くサフラン先生だ!」

 村瀬さんは顔を赤らめた。
「レンコンさんを知っているの?」
「神絵師、私の心の師匠っす。全巻持っています」
「レンコンさん知り合いだから、今度紹介しましょうか?」
「ぎゃー! お願いします、どうしよう! やっぱライブに来てよかったー」
 美弥ちゃんは明るくて楽ちんなのだ。人見知りしそうな村瀬さんも、ホッとした表情を浮かべている。

 そこからは駅東口近くの『ライブスタジオ・スローターハウス』まで徒歩で移動。フライヤーの地図はあっさりし過ぎて不親切だったが、ライブに行く人達の波ができていたのでそれについて行った。
歩きながら美弥ちゃんはハイテンションで、

「真奈ちん、そのブカブカなパンツとクタクタなキャップ、自前?」
「これ? 順君に借りたんだ。もし梯子の会の信者がいたらね、この首に巻いているタオルをこうして帽子の上から垂らして顔を隠すの」

 アルファベットで『tamatebako』とだけ書かれた道の駅タオルを頭にかけると、村瀬さんが慌てて、
「高山さん、マスクしているし、過激派みたいで逆に目立つからやめた方が」
「そうですか? 部活でいつもこうやって作業しているんですよ」
「そんなB-BOYみたいなカッコしているの、真奈ちんだけだよ」

 そうこうしているうちにライブハウスに着いた。
美弥ちゃんは、「ライブに来るお客さんは普通の人だよ」って言っていたけど、いろんなタイプの人がいた。
もちろん、西園寺の偽物みたいなフィンランドにいた男子高校生2人は発見した。
西園寺に夢中になっているであろう女の子のグループが幾つも、一人で来ている人達は祈っているような真剣な表情、派手な髪型の人、ちょっと怖そうな人などがたむろしているなか、遠巻きに異質な人種が3人いた。
 すぐにわかった。あれが『クリスタルギルド梯子の会』だと。
私は梯子の会に背を向けた。

 ライブハウスは地下にあって、6時半になると整理番号順にみんな狭く汚い階段を下りていった。私達は後ろの方だった。村瀬さんが、
「入口でドリンク代500円を払うんだって」
「高い。定食一食分だ」
「真奈ちん、これも込みなんだよ」
 村瀬さんが緊張しながらペットボトルの水を買ったので、私達もそれに習って同じものにした。これ1本で500円なのか……ざわざわする狭いホール、店内に流れる何語かわからない奇妙な曲。

 順君から後方で見るようにと言われていたが、ファンの勢いに負けて、すでに後方にしか空きがなかった。
しかも私達のすぐそばに、『梯子の会クリスタルギルド』関係者らしき3人組。
手には幾重も水晶っぽいブレスレットをした化粧の濃い紫ワンピース女。
黒いフードを被った学生らしき男。
小柄でなで肩だが眼光鋭いおじさんは、スーツを着ている。

 村瀬さんが声には出さず、あっ、という顔で体を反転させると、手早く伊達眼鏡とマスクと黒い帽子を被った。変装道具をいつも持ち歩いているのかな。
「どうしたんですか」小声で聞くと、
「ストーカー男とナチュカの女、最悪」
 キョトンとする美弥ちゃんを引っ張り、私達は3人からできるだけ離れ、奥の壁際に移動した。
「服部生きていたのかー最近見ないから油断していたー、諒君いないし、もうヤダー」
 村瀬さんはライブの雰囲気で興奮しているのか、ちょっと大き目な独り言を言った。

 開演の7時が迫る。
そして暗転すると、あちこちから「サイくーん」「西園寺ー」の声が上がる。
暗がりのステージにメンバーが現れ楽器の調整をしていると、観客の緊張が一気に高まっていくのを感じた。

 ステージにライトが当たり、前触れなく一気に演奏が始まるとホール全体が興奮状態へ。
「キャー」とも「ギャー」ともつかない女の悲鳴があがる。男の「オオー」という野太い雄叫びも。
この曲は聴いたことがある。『ドミネーション』だ。ライブだと荒削りで迫力が違う。観客がステージに押し寄せてもみ合いになっている。

 曲が終わり、西園寺が一言。
「バイブル・シャッフルです。『ゴルゴダの団地』」
間髪入れずに次の曲が始まった。コミカルで明るいけど奇妙なリズムと音色の曲。


出自と遺伝子デフレーション
肉体労働ご苦労さん 
上司やババア 合法的に殺す方法
検索したあとは 
コメント欄をさかのぼり 石を投げろ
今夜も生け贄を探す 
十字架が似合いそうなヤツはいないか
ネットの下流でなまはげ祭り 
調子にのっているヤツはいないか
奇跡は起こらない 3日後に生き返らない


 今日の西園寺はやっぱり黒のシャツに黒のスキニーで黒ずくめ、悪魔みたいだ。
「動画と全然違う、歌詞も」村瀬さんが驚いている。
こんなキリスト教を茶化すようなタイトル曲、椎貝さんが聴いたらどう思うだろう。
だいたい「バイブル・シャッフル」っていうバンド名が、聖書というか、多分、宗教全体を冒涜しているつもりなんだ。それはそれで、批判はしないが。

「洗脳カンファレンス」
 西園寺は一言素っ気なく言うと、急にビリビリ重低音が迫ってきた。西園寺は曲の説明というものはしないのか。


異世界転生したいんだろ?
ここでしろよ 生きたまま
屠殺場(スローターハウス)へようこそ
俺のカンファレンスでウオッシャブル


 メロディは聴いたことある。けれどこんな歌詞ではなかった。と思った矢先、西園寺は間奏で笑いながら語りかけてきた。


オマエはスペアだ 
そんなクソアニメがあったな 
でもショッピングモールの宇宙人 
あれは俺だ
いるだろ? スパイスの名前のJK
ほら これが証拠


 西園寺はそう言うと、シャツのボタンを外し胸元をグイッと開けた。
スポットライトの下、右の首筋に広がったインクの染みのような赤い痣が見えた。

「マジカンのことだよ! まんま第9話! あれコウジが付けたインク! ヤバい、どうしよう!」

 美弥ちゃんは興奮して絶叫したあと、もみ合いになっている前方に飛び込み姿が見えなくなった。見ると何人か女の子が倒れて運ばれている。
そして、少しスローな曲になった。


ショッピングモール プラットフォーム 
君のいつもの帰り道
生まれ変わっても見つけるって約束 
果たしに来た
やっと会えたのに 
隠れないで 俺を忘れないように 
傷をつけてあげる 
無視しないでちゃんと嫌って


『天使をストーカー』だ。
見ると村瀬さん、いつの間にか魂を西園寺に持って行かれたような目をしている。
あんなにしつこいくらい「見た目はタイプじゃない」と繰り返していたのに。

 “無視しないでちゃんと嫌って” をセリフのようにささやく西園寺。
周りの女の子達は絶頂を迎えたような顔を晒している。
よくあんな顔を公衆の前で晒せるものだ。私は順君にしか見せられないよ。……いけない、集中、集中。

 早く『梯子の歌』にならないかな。
曲が終わり、バンドのメンバーが水を飲んで休憩した。再度楽器の調整をしてから西園寺は言った。

「梯子の歌1」

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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