第43話 みんなに言ってはいないこと
文字数 1,953文字
今日は朝からずっと小雨が降っている。
私はたんぽぽ食堂を出てから、寄り道して蓬莱橋に行った。このまま感情を家に持ち込みたくないときは、いつもこうする。傘をさして、川に注ぐ雨を見つめる。
多分、椎貝さんは、西園寺にされたことを全部は話していないような気がする。
それは仕方ない、言えることと言えないことはある。
得体の知れない西園寺のことだ、抵抗できない小学生相手に、言えないような “実験” をしたのかもしれない。
私だって、みんなには言っていないことがある。
梯子の会で選別を受けたあと、私達5人は特別な講義を2回ほど受けたのだ。小学5年生のとき。
内藤女史に連れられて向かった和室には布団が敷かれていて、須藤さんという女の人がいた。私達は性行為における振る舞い方の作法というものをその人から習った。
須藤さんは、
「相手に対し思いやりの心を持ってスキンシップを深めてください」
という言い方をした。
上品で綺麗な須藤さんだったが、内藤女史は陰で「アバズレ女」と呼んでいた。私は「アバズレ」の意味を辞書で調べた。
瀬下理事の後ろ盾が得られそうになったときも、須藤さんは来てくれてマンツーマンでレクチャーをしてくれた。
だから役員に目をかけられれば、相手の要望に従い体を使ってご奉仕するということはわかっていたのだ。気は進まないけど仕方のないこと、自分にしかできない名誉と刷り込まれていた。
瀬下理事と2人きりになったとき、理事は窓際の椅子に座ったままズボンとトランクスを下ろし、
「早く舐めろ」
と言った。毛むくじゃらで黒くて汚そうに見えたけど、私は須藤さんが張りぼてをモデルにやっていたことを思い出し、理事の前にひざまずくと手を添え、見よう見まねで……
「歯を立てるな! 下手くそ!」
理事は私のポニーテールを引っ張り、頭を小突いた。
「すみません!」
「杖術は見事らしいが、それだけじゃあな。もっとちゃんとやれ」
私は喉の奥まで咥 えさせられ、苦しくて涙がこぼれた。
「歯を立てるんじゃない、何度も言わせるな、下手くそだな」
私は何度も小突かれた。うめき声のあと理事は言った。
「全部こぼさず飲め」
私は苦くて吐きそうだったけどなんとか飲み込んだ。理事が蛇で私は蛙だった。
それから、「今日はあまり時間がない、東京に戻らないといけないから」と言いながら、私の背中をトンと押し、畳の部屋にうながした。みんなに話したのはそこからの出来事だ。
理事に対しセックスのお相手をするのだと、私は最初からわかっていた。
セックスの意味はピンときてはいなかったけど。だから本当はレイプではないのかもしれない。
順君とセックスをすると、私ばっかり気持ちよくなってしまうので、お返しがしたくなる。
それを順君に話したら、
「真奈はそんなこと気にしないで、俺のテクで感じまくっていろよ」
と得意そうに笑った。
5度目に寝たとき、私は順君を仰向けにして、いつもしてもらっていることを真似してみた。それから須藤さんのレクチャーを思い出し、順君のあそこを歯を立てないよう気をつけて、ゆっくり舐め口に含んだ。
順君は「真奈っ、どこでそんなこと覚えたのっ」と焦っていたので、
「下手くそかな」と言うと、
「ううん、気持ちいい……いい……すごく」と言ってくれて嬉しくなった。
杖術は体が覚えている。梯子の会の教えは忘れつつあるけど、優しかった須藤さんのレクチャーだけは覚えていたので、少し可笑しくなった。
4か月後、西園寺は原理神州鍵宮梯子の会の信者に襲われた。
ニュースになり、たんぽぽ食堂界隈は大騒ぎ。
メディアは連日、原理神州鍵宮梯子の会を追い回すようになった。それはそうだ。カメラを向けると信者は即戦闘態勢に入り、いい反応をするんだもの。
ちょうどその頃議員の収賄疑惑があったが、
『原理神州鍵宮梯子の会の闇説法』
『元信者に聞く 過酷な修行とお布施システム』
『スクープ! 女性信者 夜のご奉仕』
そんなタイトルの影に隠れてしまい、陰謀論までささやかれた。
それくらい毎日梯子の会は炎上して、私は対岸の火事を眺め続けた。
襲ったメンバーは未成年だったため、名前は公表されなかった。
西園寺はちょっとした有名人になって、YouTubeの再生回数がすごいことになっていると美弥ちゃんと村瀬さんが騒いでいた。
バイブル・シャッフルの曲で、気に入った歌がある。
雨を降らせる秘訣はね
雨が降るまで踊ること
君のバイブルはすでにボロボロ
さあ プラットフォームに降り立って
神様を乗り換えよう
誰かが叶えている どこかで叶っている
君の願いは 知らずに叶っている
私は逃げたときに神様を乗り換えてきた。
今の私の神様は名前が無い。おおらかで私を自由でいさせてくれる神様。
私の願いは知らずに叶ったみたいだ。
私はたんぽぽ食堂を出てから、寄り道して蓬莱橋に行った。このまま感情を家に持ち込みたくないときは、いつもこうする。傘をさして、川に注ぐ雨を見つめる。
多分、椎貝さんは、西園寺にされたことを全部は話していないような気がする。
それは仕方ない、言えることと言えないことはある。
得体の知れない西園寺のことだ、抵抗できない小学生相手に、言えないような “実験” をしたのかもしれない。
私だって、みんなには言っていないことがある。
梯子の会で選別を受けたあと、私達5人は特別な講義を2回ほど受けたのだ。小学5年生のとき。
内藤女史に連れられて向かった和室には布団が敷かれていて、須藤さんという女の人がいた。私達は性行為における振る舞い方の作法というものをその人から習った。
須藤さんは、
「相手に対し思いやりの心を持ってスキンシップを深めてください」
という言い方をした。
上品で綺麗な須藤さんだったが、内藤女史は陰で「アバズレ女」と呼んでいた。私は「アバズレ」の意味を辞書で調べた。
瀬下理事の後ろ盾が得られそうになったときも、須藤さんは来てくれてマンツーマンでレクチャーをしてくれた。
だから役員に目をかけられれば、相手の要望に従い体を使ってご奉仕するということはわかっていたのだ。気は進まないけど仕方のないこと、自分にしかできない名誉と刷り込まれていた。
瀬下理事と2人きりになったとき、理事は窓際の椅子に座ったままズボンとトランクスを下ろし、
「早く舐めろ」
と言った。毛むくじゃらで黒くて汚そうに見えたけど、私は須藤さんが張りぼてをモデルにやっていたことを思い出し、理事の前にひざまずくと手を添え、見よう見まねで……
「歯を立てるな! 下手くそ!」
理事は私のポニーテールを引っ張り、頭を小突いた。
「すみません!」
「杖術は見事らしいが、それだけじゃあな。もっとちゃんとやれ」
私は喉の奥まで
「歯を立てるんじゃない、何度も言わせるな、下手くそだな」
私は何度も小突かれた。うめき声のあと理事は言った。
「全部こぼさず飲め」
私は苦くて吐きそうだったけどなんとか飲み込んだ。理事が蛇で私は蛙だった。
それから、「今日はあまり時間がない、東京に戻らないといけないから」と言いながら、私の背中をトンと押し、畳の部屋にうながした。みんなに話したのはそこからの出来事だ。
理事に対しセックスのお相手をするのだと、私は最初からわかっていた。
セックスの意味はピンときてはいなかったけど。だから本当はレイプではないのかもしれない。
順君とセックスをすると、私ばっかり気持ちよくなってしまうので、お返しがしたくなる。
それを順君に話したら、
「真奈はそんなこと気にしないで、俺のテクで感じまくっていろよ」
と得意そうに笑った。
5度目に寝たとき、私は順君を仰向けにして、いつもしてもらっていることを真似してみた。それから須藤さんのレクチャーを思い出し、順君のあそこを歯を立てないよう気をつけて、ゆっくり舐め口に含んだ。
順君は「真奈っ、どこでそんなこと覚えたのっ」と焦っていたので、
「下手くそかな」と言うと、
「ううん、気持ちいい……いい……すごく」と言ってくれて嬉しくなった。
杖術は体が覚えている。梯子の会の教えは忘れつつあるけど、優しかった須藤さんのレクチャーだけは覚えていたので、少し可笑しくなった。
4か月後、西園寺は原理神州鍵宮梯子の会の信者に襲われた。
ニュースになり、たんぽぽ食堂界隈は大騒ぎ。
メディアは連日、原理神州鍵宮梯子の会を追い回すようになった。それはそうだ。カメラを向けると信者は即戦闘態勢に入り、いい反応をするんだもの。
ちょうどその頃議員の収賄疑惑があったが、
『原理神州鍵宮梯子の会の闇説法』
『元信者に聞く 過酷な修行とお布施システム』
『スクープ! 女性信者 夜のご奉仕』
そんなタイトルの影に隠れてしまい、陰謀論までささやかれた。
それくらい毎日梯子の会は炎上して、私は対岸の火事を眺め続けた。
襲ったメンバーは未成年だったため、名前は公表されなかった。
西園寺はちょっとした有名人になって、YouTubeの再生回数がすごいことになっていると美弥ちゃんと村瀬さんが騒いでいた。
バイブル・シャッフルの曲で、気に入った歌がある。
雨を降らせる秘訣はね
雨が降るまで踊ること
君のバイブルはすでにボロボロ
さあ プラットフォームに降り立って
神様を乗り換えよう
誰かが叶えている どこかで叶っている
君の願いは 知らずに叶っている
私は逃げたときに神様を乗り換えてきた。
今の私の神様は名前が無い。おおらかで私を自由でいさせてくれる神様。
私の願いは知らずに叶ったみたいだ。