第44話 須川葉月(小6)~ピンクのスイートピー~

文字数 1,743文字

 お父さんが死んだあの日から、家に1人で居ると色々思い出して気味悪くなるから、今日も放課後たんぽぽ食堂に行く。

 大家さんや田所さん達がおしゃべりしていて、やさしい畑中さんが麦茶を入れてくれる。
頭のいい大学生の椎貝さんが、悩みや重荷は神様に預けてしまっていいのよ、と教えてくれる。
 今日はおじさん達の真似をして、ホクホクの肉じゃがに紅ショウガをちょっと乗せて食べてみた。



 お父さんがソファーで意識不明になっているのを先に発見したのはお母さんだった。

 3月25日の水曜日の朝、よく覚えている。病院に運ばれたが、27日に亡くなった。私は病室でお父さんの顔を覗き込み、恐る恐るおでこに触れると、ひどく冷たかった。
生きているのって “熱” なんだな。

 お祖母ちゃんや叔母さんから、前日のお父さんの様子を聞かれた。
「すごいイビキをかいていた」と言うと、
「それはくも膜下出血の前兆だよ、そのときすぐに救急車を呼べば助かった」
 とお祖母ちゃんから言われた。私、そんなこと知らないよ。

 お母さんは「よくわからない、いつもと変わらなかった」とマスク越しに咳をしながら答えていて、私もそう言えばよかったと思った。
 お母さんは2週間くらい前からずっと咳をしている。都会で流行り出している新型ウイルスかもしれないといって、最近はずっと寝室に籠もっていた。

 お父さんは去年の夏頃から、夜遅くに帰ってくることが多くなった。倒れた日の前の晩も、ひどく酔っ払って帰って来て、
「頭いてぇ~、はーちゃん、水」
 こんな酒臭いお父さんとは口をききたくない。私は無言でコップの水を渡した。
お父さんは水を飲むとコップをテーブルに置こうとして転がし、残っていた水をこぼした。
「もう! なにやってんのよ」
 私はテーブルを拭き、タオルケットと毛布をお父さんに掛けたとき、
「フミコ……」
 お父さんが呻くように言った。誰だろう。
「キモいんだよ、くそオヤジ」
 私はそう呟くと、リビングの電気を消して自分の部屋に戻った。お父さんのイビキが雷のように轟き、その奥でお母さんの咳が聞こえた。

 お母さんは火葬の間もずっと咳をしていた。



 たんぽぽ食堂で宿題をしていたら、高山さんが勢いよく入って来た。
高山さんは高校2年生で、初めて見たときフィギュア人形みたいだと思った。
そしてちょっと言葉がぎこちないので、ハーフの帰国子女なのかと思ったが全然違うらしい。彼氏と一緒の時は可愛らしくなるので、見ていて面白い。

 高山さんは真顔で、スーパーのチラシに巻かれた何かを差しだした。高山さんの真顔は迫力がある。
「これは学校で育てたスイートピー。ピンクのスイートピーにはリラックス効果があるらしい」
 チラシの中には、不揃いなピンクのスイートピーが5本あった。
まえに、お父さんが亡くなった話をしたから、気を遣ってくれているのかな。
「須川さん、お家に飾ってください。ご飯を食べるテーブルの上がいいと思う」
「ありがとうございます」

 家に帰ってから、さっそくコップに入れてテーブルに飾り、じっと眺めた。

 お父さん、一緒にお笑い番組を見てゲラゲラ笑ったなぁ。

 高いカメラを買って、いずみ祭りでお囃子(はやし)を叩く私を汗かきながら撮影してくれた。「はーちゃんの専属カメラマン」と言って。

 運動会で張り切りすぎてコーナーを曲がれずにコロコロ転がって、みんなを笑わせた。恥ずかしかったけど、みんなから面白いお父さんだねと言われた。

 テストで悪い点をとってお母さんから叱られていると、「はーちゃんは可愛いから、ちょっとくらい勉強できなくても大丈夫」と言って、お母さんから私の代わりに怒られていた。

 私、なんで最後に「キモいんだよ、くそオヤジ」なんて言っちゃったんだろう。
だってまさか死ぬなんて思わなかった。


「どうしたの?」
 病院から帰ってきたお母さんが、私がテーブルに突っ伏して泣いているのを見て言った。

「何かあったの?」
「たか、高山さんから、ひっく、花を、花を、貰った。リラックスできる、花、なんだって」
「そうなの」

 お母さんも椅子に座った。「そうなの……」
火葬場でも泣かなかったお母さんが泣いている。

 泣き疲れた私はベッドに入り、その晩はスイートピーの効果なのか、久し振りにぐっすり眠った。

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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