こんなお話いかがでしょう⑥ *転載分

文字数 913文字

『ナリタ活』

 最近、新しい小説を書くために、勉強が足りていないと感じます。もっと読むべきだし、読みたいのですが……

***

 やっぱり駄目だ。私は明るい照明に冷えた壁に背をつけて座り込んだ。
 分からない。
 真夜中の空港ロビーをまばらに通り過ぎる旅行者は、床の隅で脚を抱えた私を訝しげに見ていく、ような気がするのは私のセンチメントのせいだろう。

 私は半分日本人だ。だけど日本語はちょっとしか分からない。
 母が日本人で、父はオーストラリア人。ブリズベン育ち。家でも学校でも英語を話してきた。両親は離婚して、女手一つしかも外国にいた母は忙しく、私に日本語を教える余裕は無かった。母のせいではないし、“外国語”を学ぼうとしなかった私の問題だ。
「どうしました」
 ふいに、声をかけられた。顔を上げると日焼けに短く髪を刈った体格の良い男性が、背を丸めてこちらを覗き込んでいた。旅行客でもなく、空港職員でもないらしい男性はなんとも怪しいのだが、私は思わず泣き言が口を突いて出た。
「フライトが遅れてえ……電車もバスも間に合わなくて」
「昨今は仕方ないことですね。勘弁してやって下さい」
「タクシー高いし……予算ギリギリで来たから」
「あなたはどこから」
「オーストラリアです。でも私、“ハーフの日本人”なんです、けれど交通とか表示とか地名とか分かんなくて」
 向こうでアルバイトをしてお金貯めて一人で来たんです。だって私、半分日本人なのに日本のこと全然知らない。友達みんな、日本は素敵なところね、って言ってくれるのに、私は何にも知らない。
「私が送っていきましょう、ホテルですか、ホームステイ?」
 男性は腰を上げて、手を差し伸べてくれた。私は戸惑ったが、男性の笑顔は優しそうだった。そう、あれ、美術館の特別展で見た、あ、アルカ…イック?・スマイルみたいな。

「ご不動!」
 考えあぐねていると、ドアホールの向こうから子供が二人駆け出してきた。
「また空港ふらふらして!」
「色んな国の人と話すと楽しいぞ」
「お山にだって大勢いらっしゃいますでしょうが……」
 三人は喧々諤々喋り出す。私は呆気にとられていたが、男性がくるりと振り向いた。
「取り敢えず、ウナギ食べにいこうか」
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