第5話 決心
文字数 2,710文字
二人は、床に手を着いて頭を下げる。良兼は、まず、公雅を
「太郎、貴様、何処へ行っておった」
と問い掛ける。
「は? 父上のお言い付けで、姉上の供をしておりましたが」
と
「君香が、小次郎と二人で語らっているのを、郎等が見たと申しておる。貴様は何処に居たのかと聞いておる」
と詰めて来た。
「そうですか。
良兼が、今度は君香を見据えた。
「出掛ける時、小次郎に会いに行くなどとは申さなかったな」
「小次郎様が見えられていると郎等が伝えに来た時、父上が、会わぬ、追い返せと命じられているのを漏れ聞きましたので、
君香は平然とそう答えた。
「
と、良兼は更に追及する。
「父上は、小次郎様を追い返せと命じられておいででした。何故、そう命じられたのか、理由は存じませんが、そんな遣り取りを聞いていれば、お願いしてもお許し頂けまいと思うのは、当然で御座いましょう」
「麿が追い返せと言っているのを知っていて、尚、会わねばならぬ理由は何じゃ」
「小次郎様に父上が会われないのは、父上のご事情。理由を問い
ですが、麿が
君香がこのように言い返すなど、かつて無い事であった。
「
君香は一瞬黙り、やがて、思い切ったような表情となり、
「父上。そのお話、今からご辞退させて頂く訳には参りませんでしょうか?」
と言った。
「何い! あれこれと理屈を並べおったが、結局、そう言うことか。今更、破談になどできると思うか!
良兼は、怒りを
「父上が小次郎様を嫌われる理由は何で御座いますか? それも、前・常陸大掾様と関わりの有ることなので御座いましょうか」
問われたく無いことだったのか、良兼は君香から視線を外し、
「そなたが知る必要の無いこと」
語調を弱めて、そう言った。
「いえ、麿の生涯に関わることで御座います。麿に取っては大いに関わりの有ること」
「黙れ。そなたのことを一番案じておるのは、この父じゃ。悪いようにはせぬ。黙って父に従え」
「父上。申し訳御座いませんが、お心に添い兼ねます」
二人のやり取りを聞いていた公雅は、父と姉の関係が最悪になるのではないかと案じた。
「父上」
見かねて、
「太郎。婚礼の日まて、その方も次郎も、この部屋に近付くことを禁じる。
反論を許さぬ厳しい口調である。公雅は、大きくため息を突き、君香は『
一方、小次郎であるが、一応林の中に入って隠れようとしてみたが、馬を連れていては、
『こそこそするのは面倒だ。成り行きに任せるとするか』
そう思い直して、切り株を見付けて腰を下ろした。
ざわめきと共に良兼の郎等逹が六人表れ、直ぐに小次郎に気付いた。
「姫は
丁寧な口調ではあるが、語調は鋭く問い詰める。
『ああ、わざわざ挨拶に来てくれたが、太郎殿と
小次郎は、ことさらのんびりした口調で、そう答える。
「何を話しておった」
郎等の口調が上から見下すものに変わる。
「挨拶に来てくれたと申したであろう」
小次郎の口調も、鋭いものに変わっている。郎等逹は、少しの間、周りを探したが、居ないと分かると、戻って小次郎を取り囲んだ。
「どうした。伯父上のところに
立ち上がって小次郎が挑発する。
「するか! 殿は
最早郎党の口調に、小次郎に対する遠慮の
「それは、伯父上の
郎等は太刀に手を掛けた。
「
郎等逹は太刀を抜き放った。
慌てて太刀の
「どけー!」
と
左手で馬の
ニ、三步馬を歩ませると、左手で
「また、
と馬上から宣言した。そして、言うなり再び馬首を返し、小次郎は駆け去った。
館に戻った小次郎は少々不機嫌だった。君香のことは、三郎には話していない。
「
不安そうに三郎が尋ねた。
「石田以上に話にならんわ」
小次郎はそう言い捨てた。
「では、次は
「無駄だろう。それよりも、数日中に三人が
「なら、無駄なことでは」
「無駄と分かっても、一応、手順は踏まぬとな。手順を踏むことこそが大事だ。もう、腹は決めておる」
「と言いますと……」
三郎が不安げに聞く。
「腕ずくででも取り返す」
と小次郎は言い切った。そして、
「明日、郎等どもを集めてくれ。
そう命じると、
「心得ました」
と三郎も強く応じた。