第9話 膠着
文字数 2,025文字
この頃の『私領』というのは、決して一ヶ所に纏まっている訳では無い。行政区画とは無関係に飛び島状に分布したりもしているのだ。その全 てを同時に取り返すことは、人員の面から見ても不可能である。数ヶ所に絞って人員を投入する必要があった。
まずは、良兼 が実効支配している土地を取り返すことが、小次郎の方針である。そこに、国香 、良正 がどう介入して来るかに寄って対応を変えて行かなければならない、と小次郎は考える。
そんな訳で、良兼との小競り合いが続いている。
この段階では、お互い、殺し合おうとまでは考えていないので、小競り合いとなり、時として負傷者が出るといった程度の争いである。当面、他の二人の伯父が手出しして来ることは無かったが、頻繁に連絡を取り合っていることは明白であった。
国香 から呼び出しが有った。どうやら、小次郎との交渉役を引き受けているらしい。
すぐに腹を立てる。しかし、それほど根に持つ性質 でも無いのかと思うのだが、本心は分からない。伯父逹が急に非を認めて和解を求めるなどということは考えられないから、呼び出しの趣旨はどうせ脅しだろうと小次郎は考えていた。
「憂慮しながら良兼 との経緯 を見ていたが、これ以上見過ごすことは出来ぬ」
と国香は切り出した。
「分かっておるのか? もし、麿も含めて三人の伯父を相手に争うことになったら、汝 に勝ち目は無い。だが、汝 が勝手なことばかり並べていれば、いずれはそういうことになる。
どうだ、少しは譲って、この問題を終わらせる気は無いか。今なら、二人を宥 めて、多少譲らせることも出来る。麿に任せぬか?」
そう言って来た。
『物分かりの悪い伯父だ。こちらに譲る気が無いことは伝えてあるはず。総力で麿を潰しに掛かるのなら、さっさとやったらいい』
と小次郎は腹の中で思っている。国香も良兼も、公的立場が有る以上、出来れば、余り事を大きくしたく無いと言うのが本音 なのだろう。
もうひとつは、もし争いに付いて太政官 の審問を受けることとなった場合、申し開きの出来るような状況を作って置かねばならないと思っているはずだ。
相手が強く出て来れば、こちらも強く出て短期間で決着を付けてしまおうというのが小次郎の思惑だったが、国香 の言葉ではないが、世の中、そう小次郎の思い通りには運ばない。
良兼 が撃って出て来れば一挙にかたを付けてやろうと思っていたのだが、何故か、その後静観している。
実は良兼も困り果てていた。国香も良兼も国司である。国内 で騒動が起きれば、国司が責任を問われる立場となる。通常であれば、率先して騒動を収めなければならない立場にあるのだ。
その騒動の当事者が全 て身内というのでは、成り行きに寄っては、自 らが責任を追及される立場となってしまう。
常陸 も上総 も親王任国(*1)であるから、受領 (*2)としての守 は居ない。守 に相当するのは太守 と呼ばれる親王であるから、当然、現地赴任はせず、上がりを得るだけの存在でしかないのだ。実際に国を動かすのは、次官である介 とそれを補佐する掾 である。
他国であれば守 に相当する上総介 ・良兼 が悩むのは、そういう事情が有るからなのだ。
三人の伯父とも、当初は圧力を掛けて小次郎を押さえ込んでしまおうと考えていた。もし、返すとしても、相当な対価を支払わせるつもりだった。しかし、強気には出ても公 の立場を考えると、身内の揉 め事の範囲を越えて事を大きくしたくないと言うのが本音なのだ。
ところが小次郎は、圧力にも屈せず、対価の支払いにも全 く応じず、実力行使も厭 わない態度を見せている。
君香 の事があるので、良兼 は小次郎と会うことを避け、なんとか押さえ込んでくれるよう国香に頼んでいたのだ。
焦 りは小次郎の方にも有る。相手が強く出て来ない以上、そこを実質支配することは出来るが、同時に何ヵ所もという訳には行かない。人手が足りないのだ。
強く出て来ないとは言っても、良兼が放棄した訳ではないので、油断を見せれば何時 仕掛けて来るか分からない。事は長期化する様相を見せ始めていた。小次郎に取っては、胃の府の痛む成り行きとなって来た。
国香から文 が届いた。
『話し合いに応じず、事を大きくするつもりなら、太政官 へ訴えることも考えざるを得ない』という脅しである。
『出来る訳有るまい。訴えたいのはこっちの方だ』と小次郎は思う。
そんなことよりも、やらなければならないことが、小次郎にはあった。
君香 の輿 入れの日が迫っていた。
参考:
(*1)親王任国とは
親王が国守に任じられた国及びその制度を指し、常陸国 、上総国 、上野国 の3げケ国がそれである。
親王任国の守 である親王は太守 と呼ばれ、実際に現地には赴任しない。これを、遙任 と言う。
(*2)受領 (ずりょう) とは、
国司として現地に赴任した者の中の最高責任者を指す。
九世紀頃から、実際に赴任した国司の内の最上席の者(即ち受領 )に国衙 の責任と権限が集中して来ていた。
まずは、
そんな訳で、良兼との小競り合いが続いている。
この段階では、お互い、殺し合おうとまでは考えていないので、小競り合いとなり、時として負傷者が出るといった程度の争いである。当面、他の二人の伯父が手出しして来ることは無かったが、頻繁に連絡を取り合っていることは明白であった。
すぐに腹を立てる。しかし、それほど根に持つ
「憂慮しながら
と国香は切り出した。
「分かっておるのか? もし、麿も含めて三人の伯父を相手に争うことになったら、
どうだ、少しは譲って、この問題を終わらせる気は無いか。今なら、二人を
そう言って来た。
『物分かりの悪い伯父だ。こちらに譲る気が無いことは伝えてあるはず。総力で麿を潰しに掛かるのなら、さっさとやったらいい』
と小次郎は腹の中で思っている。国香も良兼も、公的立場が有る以上、出来れば、余り事を大きくしたく無いと言うのが
もうひとつは、もし争いに付いて
相手が強く出て来れば、こちらも強く出て短期間で決着を付けてしまおうというのが小次郎の思惑だったが、
実は良兼も困り果てていた。国香も良兼も国司である。
その騒動の当事者が
他国であれば
三人の伯父とも、当初は圧力を掛けて小次郎を押さえ込んでしまおうと考えていた。もし、返すとしても、相当な対価を支払わせるつもりだった。しかし、強気には出ても
ところが小次郎は、圧力にも屈せず、対価の支払いにも
強く出て来ないとは言っても、良兼が放棄した訳ではないので、油断を見せれば
国香から
『話し合いに応じず、事を大きくするつもりなら、
『出来る訳有るまい。訴えたいのはこっちの方だ』と小次郎は思う。
そんなことよりも、やらなければならないことが、小次郎にはあった。
参考:
(*1)親王任国とは
親王が国守に任じられた国及びその制度を指し、
親王任国の
(*2)受領 (ずりょう) とは、
国司として現地に赴任した者の中の最高責任者を指す。
九世紀頃から、実際に赴任した国司の内の最上席の者(即ち