第11話 展開
文字数 1,984文字
良兼の娘・君香を強奪し、妻とした後、伯父逹との関係は一層悪化した。と言っても、伯父逹が結束して小次郎を攻撃して来るようなことにもならなかった。
国香も良兼も国司として公の立場が有ることが、その大きな理由である。身内の争いである私闘が、常陸、下総、上総へと拡大して行くようなことにでもなれば、国司として責任を問われ兼ねない。簡単に押さえ込めるだろうと甘く考えていた小次郎の思わぬ反撃が、二人の伯父を悩ませることになった。現職の国司では無い水守の伯父・良正のみが強行策を主張したが、二人の兄を動かすことは出来なかった。
一方の小次郎であるが、残念ながら、横領された所領を一挙に奪い返すほどの戦力は持っていない。伯父逹が反撃して来れば、個別撃破して行くつもりでいた。
『争いになれば、成り行き次第ではあるが何とか出来る』
漠然とした裏付けの無い自信。そんな想いが有った。だが、伯父逹がすぐに反撃に出て来ないとなると、全ての所領を実効支配し、それを維持する為には全く人手が足りないのだ。
国香は妥協案を無視され、良兼は娘を奪われ、共に顔に泥を塗られているので、小次郎に譲歩するなど思いも寄らない。とても出来ることでは無かった。
そんな訳で、大した争いにもならず、かと言って解決にも至らないまま時は過ぎて行く。そして、小次郎の苛立ちも大きくなって行く。
『戦力を養って、力で一挙に解決するしか方法は無い』
小次郎はそう決心した。そして、浮浪人を積極的に受け入れ始めた。無頼の者、悪事を働いて他国から逃亡して来た者でも構わず受け入れた。それらの者を新田開発に投入し、食料増産を図った。
また、匠の技を持つ者に掘っ立て式の長屋を建てさせ、縦穴式住居から移して浮浪人逹を住まわせ、鍛冶の技を持つ者には、鏃を作らせた。そして、牧では馬を増やし養わせた。
浮浪人逹の中には、小次郎を舐めて掛かり手を抜こうとする者も居たが、そういう者逹に対して、小次郎は容赦しなかった。追い出すどころか斬り捨てた者さえいる。その代わり、郎等逹は元より、小次郎自身も畚を担ぎ、鋤をふるい、共に汗を流した。
荒療治ではあったが、雰囲気を乱し小次郎に逆らって勝手を働こうとする者を切り捨てた事は重要であった。人から人へ話は伝わり、後から入って来る者達の中にも、小次郎の命を無視するような者は居なくなり、流れ者を受け入れながらも、統制の取れた主従関係が出来上がって行った。
新田を開発しても、直ぐに収穫が得られる訳では無い。そんな訳で、父が蓄えた財は見る見る減って行く。しかし、そうするしか選択肢は無いと小次郎は思っている。いわば、一か八かの賭けである。そんな中で、時は容赦無く過ぎて行き、いつの間にか四年の歳月が経ってしまった。
ある日、一人の老人が君香を訪ねて来た。平真樹の郎等である。
「ひい様、お久しゅう御座います」
老人は、君香の母が良兼に嫁した際に、付き従って武射に来ていたのだが、その人の死を期に、真樹の許に戻っていた。幼い頃の君香を知っていた。
「爺、ほんに久しいのう。達者な姿を見られて嬉しく思います」
懐かしそうに君香が言った。
「ひい様こそお健やかそうで、安堵致しました」
老人は、今にも涙ぐまんばかりである。お互いの近況、君香の母の思い出などに、ひとしきり話の花が咲く。
「ところで、爺。麿の様子を見に来てくれただけではあるまい」
笑みを消した君香が問う。老人は黙って頭を下げた後、懐から文を取り出し、前に置いた。侍女が歩み寄って、それを君香に手渡す。
「お舘様より小次郎様への文に御座います」
君香は、それを手に取って表書きを見た上で、
「これをお舘様に」
と言って侍女に返す。
「畏まりました」
と返事をし、侍女は出て行った。
暫くして小次郎が表れ、一同頭を下げる。左手に文を持っている。
「使い、大儀。委細承知した。今直ぐ参る。支度するまで暫し待たれよ」
「今、直ぐにで御座いますか?」
驚いて老人が問う。
「何時行くか考えてみても仕方有るまい。或いは、見知った者にそなたの姿を見られているかも知れぬ。要らぬ憶測が広まる前に出向くに限る。
供は経明一人で良い。それと、郎等の直垂を用意してくれ。目立たぬようにそれを着て行く」
凡そ一刻(三十分)後、騎馬で舘を出て行く三人の郎等姿の男逹が有った。使いの老人と小次郎と経明である。
真樹の舘に着くと、迎えた案内の郎等が中に駆け込んで行き、真樹本人が飛び出して来た。
「小次郎殿、早速お出で頂き忝ない。驚き申した」
喜びを顕にして真樹が小次郎に歩み寄る。
「善は急げと申します。君香を妻とした後、叔父に当たる大国玉のお舘(真樹)にご挨拶もしておりませんでしたので、良い機会と思い、飛んで参りました」
「ま、入られよ」
真樹は自ら案内して、小次郎を居室に招き入れた。
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