第4話 争いの始まり
文字数 3,215文字
もうひとつ言い付けた事が有る。君香の母に付いていて、その後、君香付きとなっている
かつて世話を掛けた礼の伝言を言い付かって来たと伝え、他の者に気付かれないように、君香への
しばらく待つと、小者が帰って来た。
「申し訳ありません」
小者は、済まなそうに、まずそう言った。
「伯父上には、会えぬと言われたか?」
「はい。ご多忙とのことで」
「やはりな」
それは、小次郎に取って折り込み済みの返事だった。
「それで、
「はい。対応に出た郎等衆が呼んでくれましたので」
「
と念を押す。
「はい。それはもう、誰にも気付かれぬよう抜かり無く……」
「分かった。ご苦労だった。
「かしこまりました」
小次郎の郎等は、一度頭を下げると去って行った。
『まさか、
そう思った。
驚くと同時に、不安が
「小次郎様。お
満面の笑みを
「そちらの方は?」
気になって、小次郎が尋ねる。
「弟で御座います。一人で出掛けると父に
君香はそう説明した。
「太郎・
小次郎も少し頭を下げる。
「姉上。麿はその辺を回って来ます。
「済まぬ。世話を掛けますね」
少し微笑んで、君香が弟に言った。
「いや、何の」
「弟が居たのか?」
と
「下にもうひとり、次郎・
この時代、子を生むと言うことは命懸けであり、それで亡くなる女は多かったのだ。
「麿も幼き頃母を亡くしておりますので、その淋しさは良く分かります。弟達が幼い頃は、姉と言うよりも、母のような気持ちで二人に接して参りました。今は逆に、二人が麿を助けてくれています」
『弟と一緒でなければ外出もままならないとは……」
小次郎はそう思った。
「伯父上は、そんなに厳しいのか?」
と聞いてみる。
少しの間無言で考えている様子だったが、ひとつ息を吐き、思い切った様子で、君香が小次郎の問いに答える。
「
……父も本気で厳しく言って来ますし、遂に、断り切れなくなってしまいました」
小次郎の中で、父の葬儀に帰郷しなかったことに付いての
「そうであったか。それなのに、こんな所へ呼び出してしまって申し訳無かった」
「小次郎様。ひとつ伺っても宜しいですか?」
と思い切ったように君香が言った。
「何なりと」
「
小次郎は、どう答えて良いか分からない。だが、君香に嘘をついたり、誤魔化したりしたくはなかった。
「
君香は、少しの間、黙って小次郎を見詰めていた。そして、
「思い切って伺いますが、もしや『ご立派に成って戻って来られるのを、楽しみにしております』と書いたことが重荷になったのでは?」
小次郎が思うように出世出来ていない事は、君香は、父の口を通して聞いていたのだ。
「いや、
君香には、小次郎が
「
君香にそう言われて小次郎の心は静まった。だが何故か、君香の表情が曇り、暫し沈黙が続いた。小次郎も、何を言って良いか迷っている。
やがて、
「ずっと、お
と言う言葉が、君香の口から漏れた。今言わねば、一生言う機会が無くなると思ってのことだ。
『麿もだ!』
と小次郎は叫びたかった。だが、口を突いて出たのは、
「嫁ぎ先の決まっている身で、そのようなこと申されるでない」
と言う言葉だった。そう言わなければならないと思い、言った。
「父の持って来る縁談をずっと断り続けて参りましたが、小次郎様からの音沙汰が無いと言うことは、麿に関心が無いと言うことなのかと思い、
ですが、こうして小次郎様にお会い出来た以上、気心も知れぬ方のところへ
君香は、しっかりと小次郎の目を見据えている。
「しかし、……」
小次郎は、なんと答えて良いか分からない。暫しの沈黙の
「相手の有ること。父上が先方と取り決めてしまったのなら、止むを得ないのでは……」
と苦しげに言った。
「小次郎様が、
「…… いや、決してそれで良いと思っている訳では無い」
伯父との交渉の時とは打って変わって、小次郎の態度はだらしないものとなっている。
「ならば、はっきりとお気持ちお聞かせ下さいませ」
君香は、意思の強さを見せて言った。
「分かった。伯父上にお願いしてみよう、君香殿を頂きたいと」
「嬉しゅう御座います。ただ、残念ながら、父の気持ちを変えることは無理で御座いましょう。お相手に対して、父の
それこそが、小次郎の尤も案じた事である。
「実は、お父上と話し合いをせねばならぬことが、他に有る。それが済み次第何とかする」
と答えたが、所領の問題でこじれれば、君香のことなど言い出せる訳が無い。
「『何とかする』とは?」
と君香は、小次郎の言葉の曖昧さを突いて来た。
小次郎は覚悟を決めた。
「頼んで駄目な時は、奪ってでも
そう言い切ると、君香の
「嬉しゅう御座います。ただ、
君香の目に、その決心の固さが表れている。
「分かった。必ずそれまでには」
と答えたが、
「約束する。そう思って待っていてくれ。だが、申した通り、その前に難問がひとつ有る。我が家の所領に付いて、伯父上が何か申されたことは無いか?」
と付け加えた。
「所領でございますか? そう言えば、数日中に石田の伯父上(
小次郎は、その場に加わる事が出来ればと思ったが、同時に、叔父達か、自分を加える分けも無いとも思った。
その時、
「小次郎殿、お逃げ下さい。たまたま通り掛かった郎等に見られたようです。殺気立った者達がこちらへ向かっております。
姉上、麿に付いて来て下さい。別の道を通って戻ります。小次郎殿も早く身を隠さぬと、面倒なことになります」
小次郎は林の中へ走りこんで身を隠そうとし、