第7話 再びの決裂
文字数 2,079文字
七日ほどして小次郎は、三郎を伴って、再び国香 の舘を訪れた。門前払いは覚悟の上のことなのだ。
話し合って埒 が明かないことは目に見えている。小次郎は、実力行使より他に方法は無いと腹を決めているのだ。だが、行きなり実力行使に踏み切れば、こちらを悪者としたい相手の言い分を補強してやることになるだけ。
手順を踏んで、”話し合おうと何度も試みたが、上手 く行かないので仕方なく実力行使に踏み切った“と言う状況を作ろうとしているに過ぎない。
小次郎が、そういった策を弄 することが出来るのであれば、何故 都で上手く立ち回れなかったのかと言う素朴な疑問が沸くのだが、小次郎に取って、普段の駆け引きと、戦いの駆け引きとは、似て非なるものなのだ。敵を欺 くことは兵法 だが、普段の生活で他人を欺 くことは不善であるという観念が、小次郎には有る。つまり、小次郎は伯父逹を、はっきりと敵と認識したのだ。
前回と同じように、門番の目の前で下馬し、
「伯父上にお目に掛かりたい」
と告げると、どうしたことか門番は、
「お待ちください」
と答えて、奥に入って行く。間もなく先日と同じ郎等が現れて、
「殿がお待ちしておる。入られよ」
と、拍子抜けするような対応である。
居室に通ると、この間の不機嫌な別れ際の対応は何処 へやら、国香は何食わぬ顔で小次郎を迎えた。戸惑いは有ったが、小次郎も、一応、伯父に対する挨拶をする。
「先日、良正、良兼と話した。正直申すと、その方と余り話したく無いようじゃ。特に良兼は、娘のことでえらく腹を立てておってな。そなたがまた来たら、打ち払うとまで申しておる。
正直、麿もこの間は腹が立った。だが、考えるまでも無く、我等は身内じゃ。我等が角 突き合わせていて喜ぶのは、周りの土豪逹だ。小次郎。この際、腹を割って話そうではないか。どうじゃ」
筋の通った話ではあるが、本音が何処 に有るのか、まずは聞いてみるしか無いと、小次郎は思った。
「承ります」
と素直に応じる。
「そうか。ならば話そう。この間は腹を立てたが、元々管理していた土地からの上がりが無くなるのは困ると言う、そなたの言い分も理解は出来る。
そなたが戻って本気で取り組むと言うなら、田畑が荒れたり、他の土豪に奪われることも無くなるであろうから、返してやってはどうかと二人に話してみた。なかなか同意を取り付けるのは難しかったが、説き伏せた」
そう言って国香は笑みを見せている。小次郎は、用心しながらも、
「有り難うございます」
と手を突いて頭を下げた。
「だがな、一方的にそなたの言い分のみを飲ませる訳には行かぬし、二人だけでは無く、麿にも言い分は有る。
まず考え方として、高望 公が開いた土地は、基本的に一族のものじゃ。ひとりが管理出来ぬとあらば、一族の他の者が補わずばなるまい」
「恐れながら、その件に付きましては」
と小次郎が口を挟んだ。
土地を荒れさせるような工作を、農夫逹にしたではないか、と言おうとしたのだ。
「まあ、聞け。話の途中じゃ」
話そうとする小次郎を、国香 が制する。
証拠の有ることでは無いので、小次郎も、敢えて言い張ることを控えた。
「承知の通り、土地を管理する為には、持ち出しも多い。種籾 の貸し付け、手間の支払い、国衙 に納める租(租税)の負担は元より、管理の為の人手も増やし、荒れた農地の復旧もせねばならなかった。手元に残るものが無かったどころか、実情は出し越しなのだ。これから、多少なりとも残せるかと言う段階なのだ。
良兼ら二人の言い分としては、そなたが管理すると言うのであれば、少なくとも持ち出し分くらいは負担してもらわねば割りに合わぬと申しておる。
尤 もな言い分であると思うし、正直申せば、麿もそう言う気持ちじゃ」
『わざと、土地が荒れるように工作しておいて、返すどころか、掛かった分を払えなどと難癖 を付けおって』
小次郎は、そう思いながら聞いていた。だが、『工作』に付いても、経明 から聞かされただけで、突き付けるべき証 を持っている訳では無い。
「先 ずはお返し頂きたい。お申し状に付いては、承り置きますが、解 せぬところが御座いますので、お引き渡し頂いた上で調べさせて頂きたい」
そう答えると、国香 の表情が厳しくなった。
「分からぬ男よな。有り体 に申せば、先日も無礼な申しよう。麿とて話したくは無かったわ。だが、身内同士でいつまで揉 めているのも世間の聞こえが悪い。ぐっと堪 えて、ことを分けて話せば、その方も理解するであろうと思うて話したのじゃ。
良兼も良正も、初めは聞く耳持たなかった。それを、何とか説得して納得させたのじゃ。今申した条件をその方が飲まねば、引き渡すことなど出来ん。
己 の言いたいことだけ言って、それが通るほど、世間は甘くは無いぞ。戯 け者めが! その様なことだから出世も出来んのだ」
国香は小次郎の弱みをズバリと突いて来た。小次郎はカッとしたが、辛うじて堪 えた。
「土地が荒れたとの再三のご指摘ですが、その件に付いて、些 か疑義が御座います」
侮辱されたことへの怒りを抑え、小次郎は、国香を見据えて、そう言い放った。
話し合って
手順を踏んで、”話し合おうと何度も試みたが、
小次郎が、そういった策を
前回と同じように、門番の目の前で下馬し、
「伯父上にお目に掛かりたい」
と告げると、どうしたことか門番は、
「お待ちください」
と答えて、奥に入って行く。間もなく先日と同じ郎等が現れて、
「殿がお待ちしておる。入られよ」
と、拍子抜けするような対応である。
居室に通ると、この間の不機嫌な別れ際の対応は
「先日、良正、良兼と話した。正直申すと、その方と余り話したく無いようじゃ。特に良兼は、娘のことでえらく腹を立てておってな。そなたがまた来たら、打ち払うとまで申しておる。
正直、麿もこの間は腹が立った。だが、考えるまでも無く、我等は身内じゃ。我等が
筋の通った話ではあるが、本音が
「承ります」
と素直に応じる。
「そうか。ならば話そう。この間は腹を立てたが、元々管理していた土地からの上がりが無くなるのは困ると言う、そなたの言い分も理解は出来る。
そなたが戻って本気で取り組むと言うなら、田畑が荒れたり、他の土豪に奪われることも無くなるであろうから、返してやってはどうかと二人に話してみた。なかなか同意を取り付けるのは難しかったが、説き伏せた」
そう言って国香は笑みを見せている。小次郎は、用心しながらも、
「有り難うございます」
と手を突いて頭を下げた。
「だがな、一方的にそなたの言い分のみを飲ませる訳には行かぬし、二人だけでは無く、麿にも言い分は有る。
まず考え方として、
「恐れながら、その件に付きましては」
と小次郎が口を挟んだ。
土地を荒れさせるような工作を、農夫逹にしたではないか、と言おうとしたのだ。
「まあ、聞け。話の途中じゃ」
話そうとする小次郎を、
証拠の有ることでは無いので、小次郎も、敢えて言い張ることを控えた。
「承知の通り、土地を管理する為には、持ち出しも多い。
良兼ら二人の言い分としては、そなたが管理すると言うのであれば、少なくとも持ち出し分くらいは負担してもらわねば割りに合わぬと申しておる。
『わざと、土地が荒れるように工作しておいて、返すどころか、掛かった分を払えなどと
小次郎は、そう思いながら聞いていた。だが、『工作』に付いても、
「
そう答えると、
「分からぬ男よな。有り
良兼も良正も、初めは聞く耳持たなかった。それを、何とか説得して納得させたのじゃ。今申した条件をその方が飲まねば、引き渡すことなど出来ん。
国香は小次郎の弱みをズバリと突いて来た。小次郎はカッとしたが、辛うじて
「土地が荒れたとの再三のご指摘ですが、その件に付いて、
侮辱されたことへの怒りを抑え、小次郎は、国香を見据えて、そう言い放った。