第12話 小次郎動く
文字数 3,092文字
平真樹の舘は、新治郡、筑波山の西北の大国玉(現・筑西市下館)にあった。
真樹の私領は、真壁・新治・筑波の広い範囲に私領を保有していた源護の私領と多く接しており、その結果、土地を巡る確執から平真樹は源護と度々争っていた。
将門の伯父・良兼は、嘗て真樹の妹の夫であったが、その死後、護の娘を娶ったことに寄り、護陣営に移っていた。
護の力が増し、真樹は劣勢に立たされていた。そんな折、父の遺領を巡って良兼を始め伯父達と揉めていた小次郎が、真樹の妹と良兼の間に生まれた娘を、良兼の反対を押し切って奪い、強引に妻にした。その噂は、真樹の耳にも当然入っていた。
良兼が護陣営に移って以来、周りの小土豪逹の中にも、真樹から離れ護に近付く者が徐々に増えて行った。危機を感じた真樹は、離れそうな土豪の引き止めと、新しい同盟者の獲得にやっきになった。そして、考えたのが、小次郎を自陣に取り込むことである。
伯父達から領地を取り戻すことに力を貸す代わりに、護との領地争いに加勢して欲しいと持ち掛ければ、小次郎が異を唱えることは無いだろうと踏んでいた。真樹にしてみれば、これは、妹の死後、護側に寝返った良兼への報復でもあり、真樹、小次郎、双方の利害が完全に一致する同盟関係であるはずと読んだのだ。
「急な呼び掛けにも関わらず、早速お越し頂き忝ない」
席に着いた真樹が、そう礼を述べる。
「兼がね、一度ご挨拶に伺わねばと思いながらも、雑事に追われそのままになっておりました。会いたいとの文を頂き、今を置いて無いと思い、直ぐに飛んで参りました」
小次郎が真樹の目をしっかりと見据えて話す。
「聞いておる。難儀なことで御座るな、伯父逹との揉め事」
真樹も小次郎にしっかりと視線を返す。
「何時までぐずぐずした状態を続けるのは性に合いません。準備も大分整って参りましたので、そろそろ決着を着けたいと思っているところです」
「左様か。それは何より。だが、相手は三人の伯父と言うばかりでは無く、一人は上総を治める者。今一人は、実質、常陸の国府の次席に当たる者だ。その上、裏にはあの男が居る。容易な事ではあるまい」
「相手がどれ程大きくとも、今更退くという選択肢は、麿には御座いません」
小次郎はそう覚悟を述べた。
「天晴れな覚悟。既に、麿の存念も読んでのこととは思うが、命の三人の伯父の後ろには、舅である源護がおる。
承知のことであろうが、護と麿も、長年領地を巡って争いを続けておる。また、命の伯父の一人・良兼が、麿を裏切って護に着いた為、このところ、正直、麿は押され気味じや。
同じ敵を持つ者同士、手を結ぶべきと考えておる。幸いと言うか、命が姪の君香を妻としてくれた。それで、またひとつ、我等の仲が深まったと思うておる」
「全く、同じように考えております」
「そうか。ならば話は早い。先ずは、護に大攻勢を掛け力を弱めた上で、そなたの私領の回復に力を貸したいと思うが、どうじゃ? 麿としては一度、護を叩いて置かぬことには安心してそなたに力を貸すことが出来ぬ。その点、承知して貰えるか?」
「ご尤もと存じます。委細承知しました」
小次郎がにこりと笑ってそう答えた。
承平五年(九百三十五年)二月四日、軍備を整えた小次郎は、真樹の館の有る大国玉に向かって出発した。
護の領地の南には小次郎の伯父のひとり・良正の本拠地である水守(現・茨城県つくば市水守)が有る。現在、国道百二十五号線が走っている南の辺りだ。
小次郎の当時の本拠地・下総国・豊田郡・鎌輪(現・茨城県下妻市。平安時代には常陸ではなく下総に含まれていた)は更にその西南に当たる。
良正の領地・水守の西、そして、護の領地の西を通って衣川沿いに北上し、護の領地の西を過ぎた辺りで東に曲り込んだ。
しかし、この情報は護側に漏れていた。扶ら護の三人の息子達は、真樹と合流する前に小次郎を討ち取ってしまおうと、野本(現・筑西市)で小次郎を待ち伏せていたのだ。
話は、その前日の二月三日に戻る。場所は源護の舘である。
「父上! 猪を獲りましたぞ」
扶の声がする。
狩から戻った息子達が喧しく話しながら庭に入って来た。
「これ、喧しいぞ。考え事をしておったところじゃ、もそっと静かに致せ」
縁に出て来た護が息子達を見て、そう叱る。
「これは父上、申し訳御座いません」
隆、繁の二人は声を揃えて言い、頭を下げた。しかし、
「父上、狩は戦の鍛錬に御座います。成果は上々、このまま押し出して、真樹の奴にひと泡吹かせて参りましょうか?」
と嫡男の扶は能天気なことを言っている。
「戯けたことを申すな。戦は人と人との命のやり取り。狩とは違う。軽々に動くと思わぬことになる。気を付けよ」
この長男をもう少し厳しく躾けるべきであったと、その時、護は思った。幸い兄弟仲が良いのは救いだ。
劣性を挽回しようと真樹が慌ただしく動いているという情報は、兼ね兼ね得ていた。あちこちの土豪に声を掛け味方に誘っていると言う。
そうした中、豊田小次郎が真樹の誘いに応じて戦の準備をしているという情報が入って来たのは、更にこの前日のことであった。
「明日にでも出立しそうとのことで御座います」
郎等の一人がそんな報せを護に齎した。
「小次郎…… 確か、国香殿と揉めている甥であったな。国香殿のところへ使い致せ。ご相談したきことが有るゆえ、明日にでもお越し頂きたいとな」
と命じる。
「はっ」
と返事して、郎等は早速出て行った。
「父上、国香殿と何をご相談されるのですか?
討ってしまいましょう。真樹め、味方を掻き集めているようですが、小次郎が真樹の所へ入る前に討ってしまえば出鼻を挫けます。
揉めているということですから、姉上方もお悦びになるでしょう。それに、我等だけでやってしまえば、国香殿、良兼殿、良正殿に恩を売ることも出来ましょう。正に、一石二鳥どころか一石三鳥の名案とは思われませぬか?」
扶が護にそう提案した。
「うん。だが、小次郎という男、どんな男なのか国香殿に確かめてみねばな」
流石に護は慎重である。
「大した者ではありますまい。同じく都に上っていた国香殿の嫡男・貞盛殿が七位を得て左馬允に成っているのに引き換え、令外官である滝口武者止まりだったと言うではありませんか。長年、京に在りながら、結局官位ひとつ得られなかった無能な男です」
扶は、将門を評してそう決めつけた。
「違う。滝口武者に成ったということは、位階は無くとも武勇を認められたということだ。都とは違い、この坂東では官位などより武勇の方が大事だろう」
扶はニヤリと笑った。
「たまたま、小盗人か何かを斬ったようです。検非違使を望んだがそれは叶えられず、滝口武者しか得られなかったとか。同じ無冠でも検非違使なら、名の知れた賊でも捕らえれば出世の糸口ともなります。しかし、滝口武者では、そんな機会も滅多に有りますまい。結局出世など出来なかったと言うことです」
「誰から聞いた」
護がそう突いた。
「ふふ。父上は麿のことを、ものを考えずに動く者とお思いのようですが、見損なっておいでです。真樹が小次郎を誘っていると聞いた時、ちゃんと調べさせました」
扶はそう嘯く。
「そうか」
護は少し安心した。
だが、『小次郎を討つことに付いては、矢張、国香に一言断って置かねば』と考えた。
参考:
蛇足ですが、将門野父の名・良将を、私は《よしもち》と読んで頂いています。
何故なら、水守の伯父の名が”良正“だからです。呼び掛ける時、兄弟で“よしまさ”が二人居ては不都合。そんな訳は無いと思うからです。
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