第15話 護《まもる》、無惨

文字数 2,116文字

 どれほど悔いても悔い足りない。(やかた)の焼け跡に亡霊のように立ち尽くして、(まもる)は想っていた。
『これが夢で有ってくれればいい。いや、夢であってくれ!』
 (たすく)(たかし)(しげる)の三人の息子を一遍に失ってしまった。それに加えて(やかた)に滞在していた国香(くにか)も死んだ。また、長年仕えてくれた郎等の多くも今はもう居ない。
 出来ることなら、時を戻して、
『ならん! あの男を討とうなどと考えてはならん!』
 そう叫びたかった。こんな結末を一体誰が予想したろうか? 三倍もの人数で奇襲を掛けたのだ。負けるはずが無い戦いだった。
 まずい差配をして何人かの郎等を死なせてしまって怒鳴り付けるくらいが、予想出来る最悪の結末だった。 
『吾ひとり生き残って、この先何の望が有るのか?』 
 将門を憎む気持ちよりも、(すべ)てを失ってしまった虚脱感が(まもる)を支配していた。

 (たすく)達の出陣を国香(くにか)と共に見送って(やかた)に戻り、真樹(まさき)のことなど話している時だった。郎等が一人、慌ただしく駆け込んで来た。聞けば真樹(まさき)の領地と接する辺りで騒動が起きたと言う。放っては置けぬが主な郎等達は皆、(たすく)に付けてやった。任せられる者が居ない。
 悩んでいると、
「構わぬ。行かれよ、(しゅうと)殿。麿は客では無い、身内じゃ。ここで(たすく)殿達の帰りをのんびり待っておることにする。火は小さいうちに消して置かねばなるまい」
 国香がそう言ってくれたので、その言葉に甘え国香一人を残して、(まもる)は残っている郎等を掻き集めて騒動の鎮圧に向かったのだ。

 その留守に、国香は火に巻かれて死んだ。敗走する者達を追って(まもる)(やかた)付近まで侵入して来た将門は、辺り一面に火を放った。
 混乱し逃げ惑う者達、迫り来る炎の中で、(やかた)には案内する郎等のひとりとて居なかった。

 騒動を沈めて戻ろうとした(まもる)は、(やかた)の有る方向の空が真っ赤になっているのを見た。起きた事が何なのかを明確に判断することはできなかったが、不吉な予感にこころ乱された。
「何だ、あれは? 何が起きているのだ!」
 そう言うと、(まもる)は思い切り馬の腹を蹴り駆け出した。
 途中、顔も体も(すす)と土で真っ黒になった奴婢(ぬひ)がひとり、息も絶え絶えになりながら走って来るのに出会った。
「何が有った! 」
「殿様~っ。お(やかた)(さと)も蔵もみんな焼けちまった。若様方も皆死になさった!」
 泥だらけの顔。目に涙を浮かべて、奴婢(ぬひ)はそう訴えた。しかし、(まもる)には、火に追われて世迷い言を喚いているとしか思えない。いや、それ以外のことを思いたくはなかった。
「何~い!」
と応じるが、
『そんな馬鹿な!』
と言う想い以外には、何一つ考えが浮かばない。(まもる)はただひたすら駆けた。

 戻った時には、既に将門は引き上げた後だった。全てが焼き払われ黒々とした焼け跡のあちこちに、まだ赤い炎がめらめらと上がっている。その光景を目にして、思考は完全に停止してしまった。
 (くすぶ)っている屋根の残骸の下に遺骸が埋もれているのか、異臭が鼻を突く。
 逃げ散っていた郷人(さとびと)達が恐る恐る焼け跡に戻って来る。茫然と立ち尽くす者、身内の遺骸を見付け声を上げて泣き出す者、訳の分からぬことを喚きながら走り廻る者。
 長年付き従ってくれた郎等達の死体があそこにもここにも…… 
 地獄絵図だ。(たすく)(たかし)(しげる)三人とも死んだと聞かされたが、到底信じられる訳が無い。
「探せ! 探せ~っ!」 
 (まもる)はただそれだけを繰り返し叫んでいる。

 夕刻、生き残りの郎等の一人から息子達の最後の模様を聞かされ、(たかし)(しげる)の遺体も運ばれて来た。(やかた)の焼け跡から国香(くにか)の焼死体も発見された。
 子らを失った衝撃に支配されている(まもる)は、国香(くにか)の焼死体を見ても、『そうか』と思うのみだ。

 将門が特に非道だった訳では無い。焼き討ちは当時の(いくさ)の常道なのだ。焼き払うことに寄って相手の戦力を奪う。既に述べた通り、戦力とは、武器と人と食料である。
 穀倉も焼かれてしまえば、貸し付ける種籾(たねもみ)も無くなってしまうから民逹の逃亡を防ぐ手段はない。戦闘よりも遥かに効果的に相手を叩く手段は正に焼き討ちなのだ。
 待ち伏せを受けた将門の怒りが護の(すべ)てを奪い尽くした。
 都での不本意な生活と帰ってからの伯父達との揉め事。長い間、溜りに溜っていたものを将門は一挙に爆発させたのだ。
『我等は飛んでもない化け物を目覚めさせてしまったのかも知れない』
 そんな想いが護の心を支配していた。
 (まもる)真樹(まさき)は、お互い広大な領地を持ち、境界付近の帰属について長年争っていたが、(わず)かな所領の為に、元も子も無くすような大規模な戦闘をする気など双方共に無かった。
 要は局地的な小競(こぜ)り合いを繰り返していたに過ぎないのだ。知らず知らず、その意識が(まもる)にもその子らにも()み付いてしまっていた。大規模な殺し合いなど、誰の想定にも無かったのだ。
 将門と(まもる)陣営との(いくさ)に対する意識の差がこの結果を生んだ。
『相手を完全に叩き潰さなけれぱ、次にはやられる』
 怒りと共に、そんな切羽(せっぱ)詰まった想いが将門には有った。双方の意識の差は、戦闘開始前に既に始まっていることだった。

 思いも寄らない結末を、護は受け止め切れないでいる。将門に対する憎しみさえまだ沸いて来ず、(すべ)てを失ってしまった虚脱感だけに包まれて、()が落ちても(なお)(まもる)は、ただ、ただ、立ち尽くしていた。
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