第14話 追撃

文字数 2,032文字

 時をほんの少しだけ戻そう。
 小次郎逹が森の脇を通る道に差し掛かるのを息を殺して待ち構えていた(たすく)率いる(まもる)の郎等逹。
 いきなり後方から上がった複数の悲鳴に、前に居る者逹が慌てて振り返る。その目の前を矢が(かす)める。
 後方から攻撃されていることは分かるのだが、誰も事態が飲み込めず、混乱が広がって行く。そして、当然の成り行きではあるが、矢が来る方向とは反対側に逃げようとして、(たすく)を始めとして、前に居た者逹が道に飛び出してしまったのだ。
 そこで見たものは、突進してくる将門の一隊である。迎え撃つ体勢を整える間も無く、ビューと風を切って飛んで来た矢が、(たすく)の左太股(ふともも)の外側に突き刺さった。郎等逹は、慌てて(たすく)を囲み太刀を構えるが、馬は疾駆して来るので、どんどん距離は詰まり、小次郎の郎等逹が放つ矢も降り注いで来る。
 (まもる)の郎等逹は浮き足立ち、陣を組むことも不可能となった。
「兄上を護って退()け~!」
と次弟の(たかし)が、声を張り上げるが、既に遅かった。手綱を思い切り引き絞ると、馬は前足立ちになって止まる。降りて来た小次郎の郎等逹と(たすく)を囲んだ(まもる)の郎等逹が斬り合いとなり、足に矢傷を負っている(たすく)は討ち取られてしまった。

 最早(もはや)統制も取れなくなり、(まもる)の郎等逹はばらばらに逃走を始めた。(たかし)(しげる)の二人も、兄の遺体を放置して、逃走せざるを得なくなってしまった。

「大勝利で御座います。大将首を土産(みやげ)に乗り込めば、大国玉(おおくにたま)のお(やかた)様(平真樹(たいらのまさき))もさぞ驚きますでしょうな」
 多治経明(たじのつねあき)が満足げに言った。
経明(つねあき)呑気(のんき)なことを言っている場合ではないぞ。奴等(やつら)を逃したら、体勢を建て直して大人数で襲って来ることになる。仮にも(さきの)常陸大掾(ひたちのだいじょう)。時を与えれば、土豪逹を糾合し、伯父逹まで与力する事になり、大軍となる。
 そうなれば、大国玉(おおくにたま)の叔父上と組んだとしても対抗することが難しくなるのだ。
 浮き足立って逃げに掛かった今を逃さず、追い詰めて徹底的に叩くより他に、勝ち目は無い!」
 小次郎がそう説明すると、経明は直ぐに理解した。
「分かりました」
と答えるや否や、経明が号令する。
「追え~! 一人残らず討ち取るのだ」
 (たかし)(しげる)と郎等逹は我先に逃走を始めたが、思わぬことに、どれほど逃げても将門は執拗に追って来る。
 追撃し矢を射掛けて射落とし、また、追い付くと、小次郎とその郎等逹は、(まもる)の郎等逹を次々に切り捨てて行く。追う者と追われる者の立場の違い、勢いの違いに寄って、源護(みなもとのまもる)側の被害は見る見る大きくなって行くのだ。そして、(つい)(たかし)(しげる)も討ち取られてしまった。

『くそっ、まだ追って来るのか』
(まもる)の郎等逹の誰もが思うほど執拗に、小次郎は敵を追い続けた。ただ追うだけでは無く小次郎は、追撃の道すがら、護の所領、与力の土豪逹の住まいなど至るところに火を放つように郎等達に命じた。
 郷人(さとびと)と言えど、武器を持って立ち向かって来る者は容赦無く斬り捨てて行く。民逹は泣き叫びながら山へ逃げ込んで行く。
 (まもる)の本拠地・真壁(まかべ)に至ると、護の舘、穀物や種籾(たねもみ)、布が保管されている数々の蔵、郎等逹の住まいなど、手当たり次第に焼き払った。
 後の時代であれば、まるで野盜・山賊の仕業(しわざ)であろうが、この時代、本気で戦う場合は、ごく普通のやり方である。
 もし、互いに準備を整えて戦うとすると、小次郎と(まもる)では、その戦力に雲泥の差が有る。小次郎が勝つ為には、その戦力を完全に潰してしまう必要が有るのだ。
 戦力とは、人、食料、武器である。時を与えれば(まもる)は与力の土豪逹を招集し、小次郎の伯父逹も娘婿(むすめむこ)として参陣するだろう。そして、駆り出された領内の農夫逹は兵士となる。
 そうなってしまえば、例え真樹(まさき)と連合したとしても、最早(もはや)小次郎に勝ち目は無い。
 小次郎と伯父逹にしても、(まもる)真樹(まさき)にしても、なるほど小競(こぜ)り合いは続けているが、大戦(おおいくさ)にまでは至ってはいない。それが、数々のしがらみを抱える土豪逹の、()め事の実態である。
 だが、(まもる)嫡男(ちゃくなん)である(たすく)を討ち取った時点で、様相(ようそう)は一変したと小次郎は判断する。
 嫡男を討たれてしまった(まもる)は、本気で小次郎を潰しに掛かって来るに違いない。そうしなければ土豪達の信用を失い、如何に一字名源氏、前常陸大掾(さきのひたちのだいじょう)(いえど)も没落への道が待っているだけだ。必ず(まもる)は、全力で小次郎を潰しに掛かって来る。
『その前に(まもる)を潰す』
 それが、小次郎の判断と覚悟であった。その判断の結果が、(たすく)の二人の弟逹も討ち取り、残党を追って本拠地まで侵入し、何もかもを焼き払うこととなった。

 (やかた)も蔵も焼かれれば、(まもる)は食料も武器も失い、農夫逹も逃げ散る。例え、戻って来ても、春に()種籾(たねもみ)を貸し付けることが出来なければ、農耕を営むことも出来ないので、農夫逹は浮浪民となってまた出て行ってしまう。
 小次郎は、(まもる)の戦力を完全に叩き潰してしまったのだ。ここまでやるとは、小次郎の郎等逹でさえ想像もしていなかった。

 小次郎は(まもる)を探させたが、遂に見当たらず、辺りを焼き払い、小次郎襲撃に加わっていた多くの(まもる)の郎等逹を討ち取って引き揚げた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み