第16話 貞盛の帰郷

文字数 3,060文字

 小次郎とは正反対に、平太郎貞盛(たいらのたろうさだもり)には(みやこ)の水が(しょう)に合っていて、毎日が楽しくて仕方なかった。土臭い坂東から出て来たが、()ぐに都風の着こなしや振舞いを身に着けることが出来た。
 他人が何を考え、何を欲しているのかが良く見えた。それに答えてやれば気に入られ、気に入られれば、どこに居ても居心地が良い。
 気に入られる為には財も必要だが、父・国香(くにか)に頼めば相当な無理も聞いてくれた。
 周りへの気遣いは相当必要だったが、こうすれば願いを聞いてくれるだろうという目算を立てて実行し、それが当った時を思えば、苦痛となるどころか、わくわくするような快感であった。
『麿には(みやこ)の水が合っている。あんな泥臭い坂東で、腕尽(うでづ)くの争い事を繰り返しながら一生を終わるなど真っ平だ。麿には才覚が有る。この(みやこ)でもっと出世して見せる。
 常陸(ひたち)の所領は、繁盛(しげもり)兼任(かねとう)に任せて、ずっと京に残れるよう、折を見て父上にお願いしてみよう』
 そんな風に考えていた。

 小次郎がまだ都に()った頃、たまにに会うと、哀れに思えて仕方なかった。せっかく、左大臣家に仕えることが出来ていると言うのに、それを生かす才覚を全く持ち合わせて居ない。取るに足らぬ者達や家司(けいし)の言動に気を()み、要領良く立ち回ることが出来ない。
『矢張、あの男は坂東に()るべき者なのだ』
 そう思った。

 帰郷する時、その理由を、なぜか小次郎は、貞盛に告げなかった。小次郎に取って帰郷は良い選択と貞盛(さだもり)は思っていたので、その時は()えて理由を尋ねようとも思わなかった。
 男同士には有り勝ちなことだが、小次郎が坂東に帰ってからは、特に(ふみ)のやり取りをすることも無かった。父からの便りにも、小次郎の消息が書かれていたことは無い。

 勤めや雑事に追われ、小次郎のことを殆ど思い出すことさえ無いまま、四年の歳月が過ぎた。ところが、そんな平和な日常が或る日突然に破られた。

 馬を乗り継いで駆け、消耗し切った郎等が都に辿り着き伝えたのは、貞盛に取って余りにも衝撃的な内容だった。
"父・国香が小次郎に殺された"郎等から、まず、そう伝えられた。
『そんな馬鹿な。何故?』
 小次郎と父が()めていることすら貞盛は知らなかった。
 郎等の説明に寄れば、父が源護(みなもとのまもる)(やかた)に滞在中、突然襲って来た小次郎が一帯に火を放ち、(まもる)の三人の子と父を殺したのだと言う。
『そんなことをしでかすなど、小次郎は気が触れたのか?』
 そう思った。
()(かく)()ぐに坂東に帰って欲しい』
 郎等は繰り返しそう懇願した。
 疲れ切った郎等を休ませ、居室に戻った貞盛(さだもり)は考えていたが、郎等の説明だけでは、納得出来るものではなかった。
 だが、少なくとも父が死んだことは事実だろう。しかし小次郎に殺されたなど、(にわか)には信じられない。事実であれば勿論(もちろん)許し(がた)いことではある。
 怒りが沸き上がって来ると言うよりも、(おのれ)の目で、耳で、事実関係を、まずは確認しなければならないと思った。
 その晩のうちに、休職願と帰郷の許しを乞う上申書を書き、翌朝、左馬寮に提出した。父の死去が理由とあって、翌々日には帰郷の許可が下りた。


 石田の(やかた)に戻ると、源護(みなもとのまもる)の長女である亡き父の()(貞盛の母ではない)が泣き崩れながら、
()ぐにでも将門を討って欲しい」
と訴え掛けて来た。夫と三人の弟たちを同時に失ったのだから無理も無い。
義母上(ははうえ)安堵(あんど)なされ。この太郎・貞盛が戻った以上、()ぐにでも軍を起こして小次郎を討ち取り、我が父とそこもとの弟たちの恨み晴らしてくれよう』
 そう言ってやることが、この(ひと)(なだ)める唯一の方法であるとは思うが、貞盛は冷静だった。
義母上(ははうえ)、ご心中お察し致します。麿とて思いは同じで御座います。事情を調べた上で、今後のことを決めたいと思いますので、(しば)し時を下され」
 そう告げると、国香(くにか)()は、(うら)めしそうな眼差(まなざ)しで貞盛(さだもり)を見た。
「麿は、突然に何もかも失ってしまい、やつれ果てた父の顔をまともに見ることさえ出来ないのです。
 太郎殿とて父上を討たれた身で御座いましょう。次郎殿、三郎殿も、太郎殿が帰られ次第将門を討つと息巻いておいでです。なのに、太郎殿から力強いお言葉を頂けないことを麿は残念に思います。
 事情を調べた上でなどと他人事のように仰せですが、殿と我が弟逹が将門に討たれたことは、(まぎ)れも無い事実では御座いませんか。都の官人(つかさびと)とも成られると、肉親の情さえも忘れるものなので御座いましょうか?」
 父の()はそう言って、貞盛に食い下がった。
「お方様。ちとお言葉が……」
 慌てた郎等がそう口を挟む。
「ご無礼致しました」
 そう言うと、国香の()は貞盛の居室を出て行った。

 貞盛は、弟逹と郎等逹を広間に集めた。
「太郎様、申し訳御座いません。我等の手落ちに御座いました。殿のお供をしておればと悔やまれてなりません」
 父の一の郎等が貞盛の前に進み出て、悔しさを滲ませ頭を下げた。
「どういう事じゃ」
 貞盛(さだもり)が問う。
「はい。あの前日、(さきの)常陸大掾(ひたちのだいじょう)様より使いが有り、翌日、改めて迎えの者が参りました。石田においでになるとのことでしたので、お供をしようとしましたが、
『隣の(しゅうと)殿のご機嫌伺いに行くだけだ、要らぬ。迎えの者まで差し向けて来てくれているのだ。帰りも送ってくれるだろう。大事無い。大仰(おおぎょう)にしては、(しゅうと)を信用していないようで具合が悪い。その方らも他にすることも有ろう。供は良い』
 そう仰せられたので、お言葉に従い、先方の郎等衆に任せてしまったのが悔やまれます。(やかた)の中で、火に巻かれて亡くなったとの事です。我等がお供していればこの様なことにはならなかったのではと思うと、申し上げるべき言葉も御座いません」
 一の郎等は、そう言って床に頭を擦り付けた。
「そなたらの罪とは思わぬ。それよりも、父上は小次郎に斬られたと聞いたのだが、そうでは無いのだな」
と念を押す。
「火に巻かれて亡くなったということです。しかし、火を放つよう命じたのは小次郎です。殿は、小次郎に殺されたも同然です」
 貞盛(さだもり)は少し苛立(いらだ)つような表情を見せた。
「そもそも、何故そのようなことになったのだ」
と郎等を問い詰める。
(さきの)大掾(だいじょう)様の郎等から聞き出したところでは、将門が焼き討ちを掛けた際、女逹は我先に逃げ出してしまい、(やかた)内には案内(あない)する郎等の一人も居なかったとの事」
「どういうことじゃ。郎等逹は、父を放ったまま皆外に飛び出し、小次郎と戦っていたと言うのか。父上は、そんな騒ぎの中、ただ舘の中に居て火に巻かれたと言うのか。馬鹿な。そもそも、何故、小次郎が(まもる)殿の(やかた)を襲ったりしたのだ」
「それが、別の郎等の(げん)に寄れば、三人のご子息方は、多くの郎等逹を引き連れ、将門を討つ為に出掛けており、そんな時、折悪(おりあ)しく別の騒動が起こっているとの(しら)せが有った為、前大掾(さきのだいじょう)様は、残っている郎等逹(すべ)てを引き連れて鎮圧に向かわれたとか。その留守中のことと聞きました」
「何? (まもる)殿の方が先に、小次郎を襲わせたと言うことなのか」
「はい。そのようで」
 事の本質が見えて来ない為に苛立(いらだ)っていた貞盛(さだもり)が長く息を吐いて、腕組みをした。
「ふ~ん。小次郎め、気が触れたのかと思ったが、そう言う経緯(いきさつ)であったか。で、(たすく)殿逹は、何故(なぜ)小次郎を襲ったのだ」
「そこまでは、分かりません」
「分かった。調べてみよう」
 その時、
「兄上」
と重盛が口を挟んだ。
「それまでの経緯(いきさつ)などどうでも良いではありませんか。小次郎が焼き討ちを掛け、その結果、父上が亡くなられた。それだけで十分では御座いませんか。
 父上の無念も晴らさず指を加えていれば、我等は世間の笑い者に成ってしまいますぞ」
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