第13話 野本の戦い

文字数 2,951文字

 使いを受け国香(くにか)がやって来た。国香は(まもる)の領地の西隣りを領し、真壁郡石田(まかべごおりいしだ)(現・筑西市東石田)に居を構えていた。
舅殿(しゅうとどの)、ここのところ何かと忙しゅうて無沙汰しておりましたが、急のお呼びとのことで急ぎ駆け着けて参りました。何用で御座いますかな?」
 出迎えた(まもる)国香(くにか)は、まずそう言った。この時国香は、領地を接する(しゅうと)を訪ねる気安さから、護の郎等の案内で、自らの郎等はひとりも連れずにやって来ていた。
「国香殿。忙しいところを呼び立てて済まぬのう。ま、これへ。さ、さ」
 国香が対座すると、護は少し言い(にく)そうにしていたが、やがて、
「実は、(みこと)(おい)の将門のことじゃ……」
と用件を切り出した。
「あ奴がどうか致しましたかな? 忌々しい奴で御座るよ」
 (まもる)の意図を探ろうとするよりも、国香の口を突いて出たのは、甥に対する忌々しさを吐き捨てる言葉であった。
「所領のことで揉めているそうな」
(まもる)が探りを入れる。
「はあ、元々は父が(のこ)した所領で御座るが、小次郎の父・良将(よしもち)が継いだ領地のいくつかに付いて()めております。
 良将(よしもち)が鎮守府将軍として陸奥(むつ)に赴任中他界してしまいましたので、良正、良兼(よしかね)とも話し合って、取り敢えず管理することに致しました。
 小次郎は都に行っておりましたし、亡き良将(よしもち)()や幼い弟達では手が回るまいと思いましてな。荒れ果ててしまったり、周りの土豪達に奪われてしまったりしては、亡き父に申し訳が立ちませぬゆえ。
 ところが、都から戻ったあ奴めが、いきなり押しかけて来おって『父の遺領を返せ!』と、まるで我等が横領したかのように()くし立てる始末。伯父である我等に対して無礼(ぶれい)にも、ほどが有る。
 これには麿だけで無く、良兼(よしかね)や良正も腹を立てましてな。小次郎がそう言う態度なら、こちらも管理の為、人を増やしたり手を掛けたりして来たのだから、それなりのものは貰おうということになりました。ところが、小次郎めは一切耳を貸さず、すぐに返せと繰り返すばかり。
 これでは交渉にも何もなりません。おまけに、良兼の娘まで奪ってしまいおった」
『都合良く言っているが、やはり横領したのであろうな』と(まもる)は思った。『もし国香(くにか)の言う通りなら、母にそれなりのものを届けているであろうし、そうしておれば、いかに将門とて怒鳴り込んだりはしないだろう』と思った。更に『しかし、将門という男も策が無い。もう少し頭を使って上手く立ち回ることは出来なかったのか。大した男では無いな』そう思ったが、それは言わず、
左様(さよう)か。それは難儀なことで御座るな」
とだけ言った。
「頑固な上に、執拗(しつこ)い奴で御座るよ。身内ながら嫌になる。あれでは都で出世出来なかったのも無理は無い。愚息・貞盛も都では、随分面倒を見てやったようだが、その礼の言葉すら無い」
 国香(くにか)は、そう小次郎への不満を漏らした。
「ならば、討っても宜しいかな」
 (まもる)が言った。突然そう言われ、
「う?」
 国香は、一瞬言葉に詰まった。
平真樹(たいらのまさき)と我等が長年揉めているのは承知されているだろうが、その真樹に与力(よりき)する為にやって来る。我等としては不都合なので、討ってしまおうということになった。とは言え、婿殿の甥とあればひと言、断って置かねばなるまいと思うて来て貰った」
 国香は無表情に、護の顔を見る。『腹立たしい奴め』とは思っていたが、正直、討ってしまおうとまでは思っていなかったのだ。ちょっと目を泳がせたが、その後、目を瞑って考えていた。
 やがて、
「分かり申した。すぐに戻って、人数を揃えて参陣(うかまつ)る」
と答える。

 国香(くにか)は、小次郎に腹は立っても、公的な立場を考え、争いを拡大させることには二の足を踏んでいたところが有る。しかし、(まもる)が討つと言うのであれば助力しない訳には行くまいと観念したのだ。
「いや、それには及ばぬ。時が無い。それに、身内同士の(いくさ)は気が進まぬであろう。
 我等だけでやる。(みこと)に異存がなければそれで良い。今宵は我が家に泊まって、明日はここで吉報を待たれよ」
 護にそう言われ、国香は内心ほっとした。
「お気遣い(かたじけ)ない。では、お言葉に甘えてそうさせて頂きましょう」
「国香殿、我等にお任せ下さい」
 (たすく)が言った。
「だが、気を着けられよ、扶殿。あ奴は他人に引けぬ強弓(こわゆみ)を引く。狙いも確かだ。
 それに、付いている郎等の多くは良将(よしもち)と共に陸奥(むつ)に行っていた剛の者達じゃからな」
 国香がそう言うと、
「ご心配召さるな、国香(くにか)殿。我等とて、こんな戦いで郎等のひとりたりとも失いたくは無い。途中の森の中に伏せ、通り過ぎる頃合いにて横矢を射掛けて、一挙に(かた)を付けるつもりです。将門に弓を引く(いとま)など与えません」
 (たすく)の自信に満ちた言葉に、国香(くにか)(まもる)も満足げに頷いた。

 (たすく)は、兵を伏せて待ち伏せをすれば楽に勝てると単純に考えていたろう。
 ところが、小次郎の郎等達の多くは、陸奥(むつ)()った時、反乱を起こした蝦夷(えみし)の討伐を何度も経験している。蝦夷との戦闘に於いて、始めから向かい合って戦いを開始するなどということは殆ど無い。いわゆるゲリラ戦が蝦夷の戦法であるから、常に待ち伏せを警戒しながら進軍しなければならないのだ。
 その為には、地形に寄ってどんな罠が仕掛けられている可能性が有るかを常に考え、それに対する警戒と探索を根気良く行う必要が有る。鳥や(けもの)の動静にも気を配らなければならない。

 遠くに森が見えて来た時、
「お待ち下さい!」
と郎等のひとりが小次郎を制した。
「あの森の周りを多くの鳥が旋回しております」
 遠くの森の方を指差しながら、郎等はそう言った。
「うん、確かに……」
と小次郎も森の上空に視線を送る。
「恐らくあの森に巣が有るのに戻れぬ理由が有るのです」
と郎等が説明した。()ぐにその意味を察して、
「伏せ兵か?」
と小次郎が確認する。
御意(ぎょい)
「さては、我等の動きを前大掾(さきのだいじょう)に察知されたとみえるな。良う気付いてくれた」
と小次郎は、そう(つぶや)いた。

 小次郎は、早速一部の郎等に迂回して森の裏に回り込むよう命じ、時間稼ぎの為、本隊には休息を命じる。
 休憩の後、頃合いを見計らって再出発したが、その時には、いつでも戦闘に移れるように郎等達に準備をさせていた。森の様子(ようす)に気を配りながら速度を調整しつつ進む。

 矢頃にはまだ少し距離が有ると思われる辺りに至った時、森の中から突如悲鳴が上がり騒然となって、一部の将兵が道に飛び出して来た。裏に回り込ませた郎等達が、(たすく)の手勢の背後から、一斉に矢を射掛け始めたのだ。
 一瞬満面の笑みを見せた小次郎だったが、次の瞬間には鬼のような形相になり、自慢の弓を引き絞って、立派な(かぶと)(かぶ)ったひとりの武者目掛けて矢を(はな)っていた。
 まさか届くまいと思われた距離から(はな)たれた矢は武者の左太腿(ふともも)の外側に刺さった。武者は倒れ、兵達が慌てて周りを囲む。
「突っ込め~っ!」
 小次郎の号令と共に突撃が始まり、太腿(ふともも)に矢を受けた武者はあっさりと討ち取られてしまった。(まもる)の嫡男・源太郎(みなもとのたろう)(たすく)であった。
 奇襲を掛けるつもりが逆に奇襲を受け混乱し、おまけに大将を討ち取られてしまった(まもる)の兵達は、もはや、持ち(こた)えることが出来ない。
 我先に逃走を始めたが、思わぬことに、どれほど逃げても将門は執拗に追って来るのだ。逃走の途上、(たかし)(しげる)(たすく)のふたりの弟も、矢を受け落馬したところを将門の郎等に討ち取られてしまった。 
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