第41話 両雄対面

文字数 3,177文字

 下野(しもつけ)国衙(こくが)に入った将門は、その日のうちに、佐野の秀郷(ひでさと)(もと)に使いを送る。
『坂東のことに付きご相談したい。国府までお越し願えぬであろうか』と言うものであった。秀郷(ひでさと)は即答を避けた。

 報告を受けた将門は「ふ~っ」と溜息を突く。
 動き出した以上、勢いを緩める訳には行かない。朝廷が手を打つ前に、何としても坂東を席巻(せっけん)してしまわなければならないのだ。
 秀郷(ひでさと)が兵を集め対抗して来れば、その為に時を浪費し、朝廷に先手を奪われることにも成り兼ねない。このまま無視するようであれば、上野(こうづけ)に進軍する前に佐野に向かい、今のうちに秀郷(ひでさと)を潰してしまわなければならないと思う。
 他の者達は、秀郷(ひでさと)が将門との戦いを避けていることで甘く見ているが、逃げている秀郷(ひでさと)を将門は、むしろ薄気味悪く思っている。
 国府と対立しながらも勢力を拡大し、追討を受けながらも跳ね返してしまった男だ。自分を恐れて逃げ回っているだけとは到底思えない。或いは、同じ想いを持ち、自分を値踏みしているのではないか。だとしたら、腹を割って話し合うことに寄って、味方に迎えられるのではないかと思っていた。開け放たれた国府の秀郷(ひでさと)(やかた)を見た時、その確信を持ったのだ。

 しかし、秀郷は誘いに乗って来なかった。
「佐野を一度訪ねてみようかと思う」
 興世王(おきよおう)を呼んで、将門はそう切り出した。
「それはなりません。坂東の王となられるお方が、そのようなことをしては軽く見られます。佐野に向かうのであれば、秀郷(ひでさと)を討つ為に向かうべきです。他の者達も恐らく同じ意見で御座いましょう」
 興世王(おきよおう)はそう断言した。
恰好(かっこう)など付けて見ても仕方が無い。麿は実力と真摯な心で支配してみせる」
 将門は興世王(おきよおう)の権威主義的な見方に違和感を感じた。
「権威は必要なもので御座います。麿が権官(ごんかん)で、貞連(さだつら)正任(しょうにん)の武蔵守であったればこそ、麿は負けたのです。その力の裏付けが朝廷の権威と言うものです。麿と貞連(さだつら)の人としての力の差では御座いません」
『またそのことか』と将門は思う。言葉にはしなくとも、納得していない将門の表情を読み取って、
「これは、お(やかた)ご自身についても言えることで御座いまするぞ。お(やかた)は、昔、京でご苦労されたと聞いております。
 お(やかた)がこれ程大きな(うつわ)の方と見抜ける者が居なかった為、認められず、不当な扱いを受けたのでは御座いませんかな。人の実力を見抜くことは難しゅう御座います。特に凡人には見抜けません。
 ただ、権威や見た目の威厳は愚かな者にも分かります。権威の実態はこれからのこととしても、それなりの威厳を示すことは必要です。軽く見られては()らぬ戦いを増やすことになります。威厳を(もっ)て服従させることが出来れば、無駄な血を流すことも少なくて済みましょう」
 痛いところを突かれたと思った。将門とて、(いくさ)以外の場での腹の探り合いが苦手なことは自覚している。
「麿とて無駄な血は流したく無い。であればこそ、秀郷(ひでさと)と腹を割って話したいと思うのだ」
 そう説明する。
秀郷(ひでさと)の方から出向いて来れば、そうなさいませ。ですが、お(やかた)から出向いては、見縊(みくび)られることとなります。人とはそういうものです。お分かり頂けますかな」
「う~ん」
と将門は(うな)った。興世王(おきよおう)は続ける。
「坂東の王となって、いきなり威厳が身に付くというものでは御座いません。今よりお心掛け頂くようお願い申す。(いくさ)に関しては、お(やかた)に意見出来る者などおりますまい。したが、人の心の動きを読むことに関しては、長く生きてきた分、麿の方がいささか(ちょう)じておると思うております。この献策、お聞き入れ頂くようお願い致す」
 人を見る目に付いての自信が有るのだろう。興世王(おきよおう)は自信を(もっ)て言い切る。
「分かった。心掛けよう」
 仕方無く、将門も同意した。

 翌朝早く、将門が髪を(くしけず)っていると、興世王(おきよおう)が入って来た。
 しかし、将門に話し掛けるでも無く、まずは、(えん)に出て辺りの景色をのんびりと眺めている。
「何か用ですかな?」
と将門が尋ねる。
「なに、身繕(みづくろ)いをされているのなら、急ぐことでも御座いません。どうぞごゆっくり」
「このままでも聞ける。申されよ」
と将門は興世王(おきよおう)の発言を促す。
「いや大したことでも無いのですが、一刻(三十分)ほど前に秀郷(ひでさと)が参ったので、待たせております」
「何? 秀郷(ひでさと)が参ったと。なぜ早く言わぬ!」
 今、一番考えているのが、秀郷(ひでさと)にどう対すべきかと言うことなのだ。その秀郷(ひでさと)が自分から出向いて来たと言うのなら、腹の内を探る絶好の機会となる。報告に何を手間取っていたのかと思い、少し(いら)ついた。
 将門は手早く髪を(まと)めて、烏帽子(えぼし)(かぶ)ろうとしている。そこに、
「慌てる必要は御座いますまい。(しばら)く待たせて置いた方が宜しいかと」
と、興世王(おきよおう)がのんびりとした調子で言った。それが耳に入った様子は無く、将門は、広間に向かって走るように歩き出していた。
「お待ちを! そのように慌てては、秀郷(ひでさと)見縊(みくび)られることとなりますぞ」
 そう言いながら、興世王(おきよおう)も急いで将門の後を追った。
玄茂(はるもち)殿が面談しておりますゆえ、ゆるりと行かれませ。慌ててはなりません」
 言われて将門が、何か思い当たったように、一度立ち止まった。
「動作はゆっくりと。言葉は重々しく。宜しいな。慌てて駆け込んだりすれば、足許(あしもと)を見られてしまいますぞ」
 興世王(おきよおう)がそう念を押す。
「分かった。その様にしよう」
 ひと息突いた後将門は、そう言って、今度はゆっくりと歩き出した。
 その後ろ姿を見て、興世王(おきよおう)ははっとした。興世王(おきよおう)に見せていた顔の反対側の烏帽子(えぼし)の端から、数本の(ほつれ)れ毛が垂れ下がっているのだ。
 声を掛けるには既に遅かった。将門は、既に秀郷(ひでさと)の待つ広間に入り掛けている。老獪(ろうかい)な秀郷のこと。慌てて出て来たことを見抜かれるのは間違い無い。『しまった!』と興世王(おきよおう)は歯噛みした。
 そして、『秀郷(ひでさと)を、ここで殺してしまわなければ』と言う強い想いが沸き上がって来た。
 数人の郎等を連れただけの秀郷(ひでさと)がそこに居る。こんな絶好の機会は二度と無いだろうと興世王(おきよおう)は思った。将来に禍根を残さない為には、今、()るべきだと思った。
 しかし、興世王(おきよおう)に、自分で秀郷(ひでさと)を討ち取る腕力など無いことは分かっている。将門の(めい)と偽って誰かにやらせようかとも考えたが、そんな事をしたら、今度こそ将門は許しはしないだろうと思った。

 将門は意識してゆっくりと広間に入り、上座に腰を下ろした。
「良う参った」
と重々しく言う。
 秀郷が頭を上げる。
「参上するのが遅れて、申し訳御座いません。元よりこの秀郷(ひでさと)、将門殿に盾突く気は毛頭御座いません。この坂東の為、将門殿が立たれたこと、下野(しもつけ)(たみ)に代わり言寿(ことほ)ぎ申し上げます」
 秀郷(ひでさと)(うやうや)しく口上を述べた。
「秀郷殿。その(げん)(まこと)に殊勝である。御大将(おんたいしょう)二心(ふたごころ)無く(つか)えると言うことであれば、名簿(みょうぶ)(たてまつ)られよ」
と言ったのは興世王(おきよおう)である。臣従(しんじゅう)する(あかし)として、身内、郎等の名を記載した名簿を渡すことが仕来(しきた)りとなっていた。
 一瞬、秀郷(ひでさと)興世王(おきよおう)を睨んだと見えたが、気のせいであったかと思える程の素早さで、その鋭い眼の光を消した。
「ははっ。これに持参致して御座います」
 秀郷は頭を少し下げて、名簿(みょうぶ)を両手で頭上に(ささ)げた。
 興世王(おきよおう)が目で合図をすると、郎等の一人がそれを受け取り将門に渡す。
御大将(おんたいしょう)。お言葉を」
 大仰な調子で、興世王が言った。
「確かに受け取った。かくなる上は、兵を纏め、少しも早く参陣せよ」
 将門が秀郷(ひでさと)にそう命じると、秀郷(ひでさと)は、
「御大将と戦うつもりなど毛頭御座いませんでしたので、兵は全く(つの)っておりません。急なことゆえ、(いささ)か時を頂くことになりますが、早々に立ち帰り、兵を募って参陣させて頂きます」
と応じた。期限を区切らない約束ほど当てにならないものは無い。
「分かった。待とう」
と将門はあっさりと了承してしまった。
 肩肘(かたひじ)張っていた将門の表情がほっとしたように緩み、興世王(おきよおう)は少し眉をしかめた。
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