突然、僕の前に現われた高城サキさん

文字数 3,433文字

 東京の有名な古書街で、急に呼び止められた。  
 警官がふたり。
 
 「学校はどうした!」  

 怒鳴りつけられた。  
 あわてない。あわてない。  

 「ぼく、高校生じゃありません」

 警官は不審そうにぼくのこと見る。  
 平日の昼間。  
 未成年の少年が街をブラブラしてるなんて、とんでもないって言いたいみたい。  

 「調べてくださればわかります」  

 ぼくのこと、ジロジロ見る。薄い笑い。  
 突然、呼び止めて怒鳴りつけ謝りもせず立ち去る。  
 警官が何人もいる。イベントでもあるの?  
 一ケ月前。  
 不審者尋問されるなんて、思ってなかった。  
 日本英語学院大学付属校私立東部高校に入学してるはずだった。  
 いま、松山洋介(まつやまようすけ)って名前、当然、この高校にない。  
 かわりに別の生徒が机に向かってる・・・  
 いまのぼくって高校浪人。無職。  
 そして「負けイヌ」。  
 なのに毎日、辞書専門の古本屋に来る。店の前で、ショーケースを見る。  
 ショーケースに五センチほどの厚さの『ペンシルベニア英和辞典』。日本で初めて刊行された英語の辞書。  
 ずっと古本屋に通ってる。値札見てためいき。  
 三十万円か・・・  
 第一、買ってどうするの。もう必要ないんだもん。  
 分ってんのに、いまでも こんなことしてるんだ。
 ぼくって・・・ 
 何日も半月近くも同じように過ぎ、変化があったのって四月下旬の今日。  
 金曜の午後。

 急に女子たちの歌声 
  
  ♪マヌケな男が二股かけたら
  それはチャンス、チャンス、チャンス、マネーチャンス
  ハグして、キスして、できちゃったなら
  ビジネスモードで 誠意させる(いくら出す?)
  好きキライなんて関係なくて
  キス以上なら誠意が見たい
  純愛なんて求めないから
  キャッシュかカード 見せて欲しいの!
  わたしはわたしはビジネスJK♫ 

  ♫キモオタ親父が ミニスカ見てたら
  それはチャンス、チャンス、チャンス、マネーチャンス
  ナミダは出るのよ ひとりの夜は!
  純情一途にあこがれてんの(時には!)
  道徳なんて関係なくて
  大人のルール ジョークにならない
  明日なんて 考えなくて
  今日の私 キラキラさせて!
  わたしはわたしはビジネスJK♩

 最近、よく聞くJPOP。
 屋根の部分にステージを設置した宣伝カーが通り過ぎてく。
 紺のブレザーの制服を着た女子二十人、大きく手を振ってる。
 ミニスカートが風に揺れる。黒のハイソックスの脚。根元まで鮮やか。
 ピンク、パープル、ライトブルー、ホワイト・・・あざやかなショーツの色の点滅・・・ 
 ぼくのそば。血走った目の男の人たちが走っていく。
 スキンヘッドに眼鏡の老人。大きな紙袋を、他の人にぶっつけながら先頭を行く。
 大学生?ステージの女子高生に手を振ってる。
 スーツにネクタイのビジネスマンらしい人。大声あげながら走ってく。仕事いいのかなあ?
 
 いま、爆発的人気!
 現役女子高生アイドル『女子校パラダイス』。
 テレビに出ない。
 スーパーやデパート、パチンコ屋、商店街で行うコンサートに人を集めて、CDやDVDを販売。
 この日だって、宣伝カーには大きなのぼりが立ってた。近くのスーパーの駐車場でコンサート。
 三千円以上、スーパーで買い物したら生写真付握手券が貰えるって案内。
 地下アイドルって紹介されるグループのひとつ。
 でも人気が半端じゃない。
 だって大きな会社の忘年会や政府関係者のパーティにまで呼ばれてるって話。
 二十人の選抜メンバー。全員現役女子高生!
 CDやDVDの購入枚数、コンサートへの参加回数で細かい特典がたくさん用意されてる。 
 CD、DVDをたくさん購入したり、自分の推すメンバーに出資すると、一緒に食事やデートもできるって聞いた。
 購入枚数によって

 「電話で三分間話ができる」
 「直接、十分間、話ができる」
 「食事代は購入者持ちで一緒に食事。
 指定の高級レストランのみ!
 購入者の経済状況は関知しない」
 「一時間、デート。
 指定のテーマパーク、観光地のみ。
 購入者の経済状況は関知しない」

って様々な種類の特典がついてるんだって!
 食事をするレストランやホテルからはプロダクションにキャッシュバックがあるって話。
 遊園地だって同じなんだって!
 「裏メニュー」っていわれる秘密の特典もあるそう?
 一番人気のあるメンバーって、月に一千万近い収入があるんだって!
 プロダクションの利益で、いまでは日本経済が左右されるっていわれるぐらい。
 たくさんのテレビ局が、あっと驚く条件で出演を依頼してるって話。yahooのニュースで観た。 
 通り過ぎる宣伝カーを見送る。
 歌声もファンの声も遠くに消えた。
 
 後ろで車のブレーキ音。
 外車が道路の路肩に停車。後ろのドアが開く。
 アーミーをイメージした迷彩服のブラウス。カーキ色のミニスカート。黒のハイソックスを履いた女性(ひと)
 ピチピチのミニスカートからのぞく白い太腿。大理石のように真っ白。
 黒のハイソックスが太陽にきらめく。
 失礼だって分かってます。でもじっと見てた。
 その女性(ひと)、すごくりりしかったから・・・中学の歴史で習ったジャンヌ・ダルク。きっと、この女性(ひと)みたいだったんだ。
 ショートカット。大きな目に大きな黒い瞳。きりっとした口って少し左に傾いてる。
 グリコのチョコレートポッキー、くわえてる。
 すっごくかっこいい。
 年齢はぼくより上?
 明日香(あすか)先輩と同じくらいかなあ?
 りりしい女性(ひと)がぼくの横を通り過ぎた。肩を大きく振っている。
 スマホの着信音。りりしい女性(ひと)が電話に出る。
 ポッキーチョクレートを左手の指につまむ。

 「高城(たかしろ)サキです」

 りりしい女性(ひと)が名乗った。 

 「高会長(こうかいちょう)。申し訳ありません。五分お待ちください。こちらからお掛けします」

 すぐ店内に入った。
 通行人の声が聞こえる。
 
 「いまのって・・・高城(たかしろ)サキだよな?」
 「日経に載ってたな。『高校生起業家』!『jKカンパニー』って会社の会長・・・」
 「『女子校パラダイス』運営してんだよな」

 まもなくショーケースから『ペンシルベニア英和辞典』が消えた。
 りりしい女性(ひと)が出て来た時、いままでショーケースに展示されていた本を脇にはさんでた。
 ぼくには目もくれなかった。

 男の人がふたり。高城さんに近づく。
 「㈱公団出版」の腕章。

 「公団出版の甲良(こうら)です」
 「大賀(たいが)です」
 「高城会長。文書でお送りしました公団出版と『女子校パラダイス』の専属契約の件。どうかよいお返事を!
 わが社の雑誌のグラビア、文庫のイメージガール。
 悪い話ではないと思いますが」
 「契約金は一億!一億です!」
 「グラビア撮影も兼ねて、メンバー全員、グアムに招待!
 もちろん高城会長もご一緒に!経費はすべてこちらが・・・」

 高城さんって女性。バカにしたように、ふたりの男性を見つめる。

 「わたしたち、グアムで遊びたいんです。仕事なんてマッピラ」
 
 すぐ車に乗り込うとする。

 「高城会長!もう少し話を!」

 公団出版の社員ふたり、あわてて声をかける。
 高城さんが振り返る。
 
 「イ・ヤ・デ・ス」

 ポッキーチョコレートを口にくわえる。

 「一億。一億ですよ」
 「すぐキャッシュで支払います」

 高城さん、ポッキーチョコレートをかじる。

 「一億もらったって、なーんにも嬉しくありません」

 甲良さん、大賀さんが顏を見合わせる。

 「わたし、ひとりのもんじゃないでしょ。
 なんで二億って言わないんですか?」

 甲良さんと大賀さん、なんにも言えず黙り込んでる。

 「おじさんたちさあ」

 高城さん、笑いを浮かべる。

 「いい年齢(とし)なんでしょ。
 もっと大人の常識、勉強しなきゃあ・・・」

 新しいポッキーチョコレートくわえる。

 「基本、ケチな大人って、わたしたちキライなんです
 このままじゃ、未来ないですよ」

 軽く風が吹く。
 高城さん、髪をかき分ける。
 そのまま車に乗り込む。

 「おじさんたち。がんばってね!」
 
 高城さんが窓から手を振る。
 車はすぐに見えなくなった。
 公団出版の社員ふたり、あわてて後を追っかけてく。 

 宣伝にあったスーパーに足を伸ばしてみた。
 すぐ近くだったし・・・
 なんとなく気になったんだ・・・
 たぶんそれが・・・
 すべての始まり・・・
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登場人物紹介

高城サキ 《たかしろさき》  名門女子校・王道女学園二年。『王道女学園振興会』会長。JK起業家。『JKカンパニー』会長。父親は有力国会議員。


「ごきげんよう。生徒会長。

 いいこと教えましょうか。

 基本、わたし・・・生徒会長のこと、大キライなんです。

 分かります?」

「IQの低いおじさん。

 分数分かる?九九は?

 可哀想なおじさんはね。

 もうすぐ死んじゃうんだよ」


井上明日香《いのうえあすか》 名門女子校・王道女学園二年。生徒会長。松山洋介の幼馴染。


「洋ちゃんはね。離れていたって家族と一緒。

 だから友だちといてもね。

 最後は洋ちゃんとこへ帰ってくるの」




蘭美莉《ランメイリー》 台湾からの留学生。父親は公安幹部。

「松山さん。純愛ドラマは、

 ハッピーエンドって決まってるんです。

 加油!我的最親愛的好朋友(負けないで。わたしの一番大切な人!)」

進藤早智子《しんどうさちこ》高城サキの秘書。眼鏡美人。

 「会長。松山君に暴力をふるうのはやめてください。

 松山君の言っていることが正しいんです。

 それは・・・会長が一番、よく知ってるはずです」

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