早智子さんとの再会で、明日香先輩と過ごした青春をよみがえらせる
文字数 4,699文字
列車の中。なんとか座席に座れた。
先輩と撮影した思い出の写真。一枚、一枚、手にとってみる。
小学生の時。中学生の時。恥ずかしいのは、いつでも手をつないでること。
井上明日香 先輩。
祖父の友人。
ぼくの祖父は、日本の英語教育のトップ。
先輩の祖父は、中国文学研究の第一人者。小さい頃からよくぼくの家に遊びに来てた。
ぼくら、ずっと仲良し。先輩が家に帰る時、いつもワーワー泣いた。
先輩まで、
「洋ちゃんの近くじゃないとイヤだ」
って一緒に泣いてくれた。
ぼくが小学一年の時、わりと近所に引っ越してきた。
小学校、中学校と一緒に学校に通い、帰ってからも一緒。お互いの家を訪問して一緒に勉強したり将棋を指したりした。
ぼく、小学校の時から英語は得意。中学の時は、ずいぶん先輩の役に立ったって思う。
先輩って英語だけはあんまり得意じゃなかった。あくまでほかの科目に比べてだけど・・・いざとなったら、ぼくにいろいろ聞けばいいんだし・・・
先輩は中国語がペラペラ。
先輩から習って、ぼくも日常会話は困らない。
列車の中。
ぼくは顏を上げた。
青いレンズの眼鏡がぼくを見ている。
進藤早智子さん!
グリーンのブラウスにクリーム色のミニスカート。ホワイトのクルーソックス。
ぼくの前に立ってた。大きな黒いバッグを肩にかけてる。
コンサートで親切にしてもらったことを思い出す。
「どうぞ!」
すぐ席を立った。あわててたんで写真がパラパラ下に落ちた。
あわてて拾い集める。早智子さんも手伝ってくれた。
思い出が、またぼくの手に戻った。
「ありがとうございます。席に・・・」
「でも悪いよ」
「いいんです。大きな荷物、持ってないし・・・」
「ありがとう。じゃあ」
早智子さん、ぼくの座ってた席に腰を下ろす。
「今日、弟のお墓参りに行ってたの」
そう言って、黒い鞄に視線を落とす。
「生きてたら、君と同じくらいかな」
じっと遠くを見つめてる。
「この前、ありがとうございました」
早智子さんが首を横に振る。
「聞いていい?」
真剣な表情。
「写真の女性 って松山君の大切な人?」
青いレンズの奥・・・
なに見てるかよく分からない・・・
「はい。ぼくの幼馴染です。
いつも『先輩』って呼んでます」
ぼく、簡単に先輩のことを紹介した。
早智子さんと話してるうち、先輩とのいろんなことが、次々と心に浮かんできた。
先輩って真面目で優等生なんだ。先生にもほかの生徒にだって人気があったんだ・・・
中学の時だって二年生、三年の前期、生徒会会長を務めてた。
ぼくっていえば、英語だけはだれにも負けないけど、人見知りする性格。友だちに自慢するわけじゃない。
先輩って生徒会長だったから、いろいろ、ぼくを助けてくれた。学校に外国からの訪問者があった時なんて、ぼくを通訳に推薦してくれた。
一週間のボストンへの短期留学だって、先輩と一緒に参加できた。
クラスの不良がぼくにからんで英語の宿題をやらせようとした時、すぐ先生に報告してくれた。
不良たちは親と一緒に呼び出されて厳しく指導された。
いまでも先輩には、感謝の気持ちでいっぱい。
先輩って同級生にも人気があったし友だちも多かったのに、ぼくを最優先してくれた。
中学の時だった。
先輩がぼくに言った。
「洋ちゃんは、一緒に住んでないけど家族みたいなの。
だから友だちといたって、最後は洋ちゃんのところに帰って来るの」
中学卒業後、公立だって狙えたのに私立の王道女学園に進学した。両親の希望もあって、国家公務員をめざしていた。王道女学園の出身者には、政治家や高級官僚がたくさんいるって話。
王道女学園は隣の市のはずれ。交通の便もあまりよくないから、寮に入ることになった。
今までのように、毎日、先輩に会えなくなった。
でも国家公務員になるための第一歩なんだし応援しなきゃ!
先輩が入学する直前、
ふたりで大阪のUSJに行った時の記念写真。ぼくにとっては大事な宝物。
それからは、スマホで連絡を取るのがふつうになった。
週末だって家の用事とかであんまり会えなくなった。
夏休み、ふたりで横浜の中華街に行った時の写真。いまのところ、ふたりで撮った最後の写真。
中華街を歩きながら、先輩がぼくに言った。
「前に話したこと覚えてる?」
「いろいろ話したから・・・どんな話です?」
「一緒に住んでないけど家族みたいに思ってるって・・・」
「よく覚えてます」
だって一番嬉しい言葉だったから・・・
「わたしたちが小さい時、お祖父さん同士、大きくなったら結婚させようって話してたそうよ。
母は冗談だって言ったけど、そうは思わない。
洋ちゃん、知ってた・・・」
ぼくはうなずいた。
祖母から聞いた。不満そうな口調だった。
祖父が亡くなってから、先輩の両親、ぼくの家に対してよそよそしくなったって・・・
先輩の祖父はとっくに鬼籍に入ってた。それでも先輩の両親、たまにはぼくの家に来たっていいはずだってのが、祖母の言い分。
先輩の家を訪ねる時も、両親が部屋に来ることなんてほとんどなかった。たまに来ても、ちょっと挨拶してすぐ引っ込んでしまう。
ぼくと先輩が仲良しなこと、あんまりよく思ってないんじゃないかって感じた。
先輩の両親だけじゃないんだ。
祖父が亡くなってからは・・・
だれもうちには来なくなった・・・
中学三年の時・・・
祖父の研究を基に『英単語100で行う日常会話システム』のアイデアを考案して『国際英語学会』の雑誌に発表した。
地元の新聞が取り上げてくれた。
だれからも連絡なかった。
先輩は寮だからしかたないけど、先輩の両親も知らん顔だった。
そんな中での横浜行き。
「洋ちゃん」
その時、先輩、僕の手を強く握った。
「わたし、洋ちゃんと本当の家族になりたい。どんなことあっても・・・
洋ちゃんは?」
先輩の顔を見た。泣き出しそうな顔だった。ぼくも悲しくなってきた。
「先輩のそばにいたい。ずっといたい。いつもそう思ってます」
そう答えると、先輩はぼくの顏を見つめて言った。
「今日、話したこと、絶対に忘れないようにしようね。」
でもそれからって、先輩に直接会う機会はなかった。
年末年始も家族旅行のため、一度も会えなかった。
先輩からのクリスマスカードと年賀状。いつものように送られて来た。
年賀状には、
<今年も仲良くしてね。なかなか会えないけど、今度、きっとどこかに遊びに行こうね。
東部高校のこと。洋ちゃんなら大丈夫だよね。
でも洋ちゃんが東部高校に行ったら、ますます会えなくなっちゃうのかなあ。すっごく心配・・・>
って手書きの文章。ブレザーの学生服を着た先輩の写真が印刷されてた。
ぼく、先輩の写真が印刷された年賀状、ずっと鞄に入れていた。
でも直接、先輩に会う機会なんてなく、どこにも遊びに行けなかった。
時々、先輩からスマホがかかってくる。ふたりで一時間くらい、話した。
三月に入ってから、先輩からは何度もスマホに連絡が入った。
ぼくは出なかった。
スマホに出たら、必ず進学の話が出る。先輩に心配なんかかけたくなかった。
それだけじゃなかった。
叔父さんがぼくに言った。
「洋介。明日香ちゃんに、東部高校への入学のこと頼んでるんじゃないのか?」
覚えのないことだった。ずっと会ってないって伝えた。
「向こうのお父さんから言われた。
洋介が明日香さんのストーカーをして、入学金を出してくれるようしつこく頼んでる!」
なんでそんな話になるの?ぼくもよくわからない。
東部高校のこと、話したくなくて、先輩のスマホには出ないようにしてるのに、それがストーカーってことになるんだろうか?
列車の中。
ぼくは、先輩との思い出・・・
少しだけ・・・
早智子さんに話した・・・
早智子さんに、先輩と撮った写真、何枚か見せた。
早智子さん、熱心に見てた。
そんなに興味のあることなのかな・・・
ぼくも、早智子さんと一緒に改めて先輩の写真、じっくり見つめてみる。
だれでも美人だっていうんだろうな。
知的な雰囲気。だけど冷たい雰囲気なんてぜんぜんない。心のやさしい女性だってこと、目にも、口にも、ちょっとした手の組み方にも出ている。
先輩のこと好きだって人、ほかにもいるんだ。ひとりじゃないかもしれない。きっとたくさんだ。
中学のクラスメイトに聞いた。
『小町ガール』って呼ばれてた先輩とぼくの関係。ずいぶん多くの人に知れ渡ってた・・・
「井上さんは幼馴染の松山しか興味ない」
からイケメンかどうなんて関係ない。
だれがモーションかけてもムダだって言われてたそう・・・
ぼく、他人を傷つけたことなんてないって思う。
でも先輩がらみで、ぼくに傷つけられたって頭に来てる人はいたかもしれない。
もしかしたら、先輩の両親にぼくの悪口を吹き込んだのだろうか。
先輩の両親だって、落ち目の松山家に関わっても、ろくなことないって考えてるんだ。
ぼくが例の小瓶を購入したのって、そのすぐ後だった。
そして今日。
久しぶりにスマホのメツセージに返事をした。
もう先輩の両親からクレームをつけられる心配なんてない。
どうしても、もう一度、先輩に会いたかったから・・・
列車の中。
黒笹駅到着を知らせるアナウンス。
「ここで下ります」
早智子さんが写真をぼくに返してきた。
「わたしもここ」
「えっ。そうなんですか?」
「弟のこと、思い出した。
生きてたら、君みたいに・・・」
下を向いた。
列車がホームに到着。
一緒に肩並べてホームに降りた。
黒笹駅は王道女学園もよりの駅なんかじゃない。
ぼくだって知ってる。
どうしてこの駅の近くで待ち合わせたんだろうか。
先輩、言ってた。
王道女学園の寮の門限。学校の許可を得てアルバイトをしている生徒は九時。
アルバイトのない日、アルバイトをしていない生徒は八時。
もう八時、回ってるんだけど・・・
「松山君」
早智子さんがぼくの名前を呼ぶ。
ほとんど同時。
年配の女性が声をかけてきた。七十代後半くらいだろうか?
泣きそうな顔をしてる。
「篠木町。どう行くか、知りませんか?
孫が住んでるって聞きまして・・・
電話にも出てくれないし、娘も知らん顔です。
でもどうしても会いたくて・・・」
なにか複雑な事情があるみたい・・・
でも、早くお孫さんに会いたいって気持ち。ぼくにだって伝わってきた。
「携帯で調べました。どのあたりかは分かります。
そこに派出所もあるから、一緒に行ってみましよう」
まったく土地勘ないみたいだったので、派出所まで案内することにした。
「じゃあ、これで・・・」
早智子さんに声をかける。
「うん」
早智子さんはぼくと反対方向に向かった。
年配の女性と歩き始めた時・・・
ぼくを見つめる人の目・・・
振り返ったら・・・
早智子さん・・・
少し離れたところに立っていた。
人の流れに逆らって・・・
ぼく、軽く頭を下げる。
早智子さん、軽く手を振った。
しばらくして駅の出入口を出る時。もう一度、振り返った。
まだこちらを見てた。
もう一度、頭を下げた。
女性を派出所に案内してから、先輩にメッセージを送る。
駅から徒歩十分の喫茶店に来てって返事。
すぐ行きたかった。
結局、喫茶店に着いたのって、八時半近くだった。店は寂しい裏通り。
先輩に言われた通り、店の近くでメツセージを送った。
喫茶店のドアが開く。
そこに先輩がいた。心臓が大きく音を立てた。
先輩と撮影した思い出の写真。一枚、一枚、手にとってみる。
小学生の時。中学生の時。恥ずかしいのは、いつでも手をつないでること。
祖父の友人。
ぼくの祖父は、日本の英語教育のトップ。
先輩の祖父は、中国文学研究の第一人者。小さい頃からよくぼくの家に遊びに来てた。
ぼくら、ずっと仲良し。先輩が家に帰る時、いつもワーワー泣いた。
先輩まで、
「洋ちゃんの近くじゃないとイヤだ」
って一緒に泣いてくれた。
ぼくが小学一年の時、わりと近所に引っ越してきた。
小学校、中学校と一緒に学校に通い、帰ってからも一緒。お互いの家を訪問して一緒に勉強したり将棋を指したりした。
ぼく、小学校の時から英語は得意。中学の時は、ずいぶん先輩の役に立ったって思う。
先輩って英語だけはあんまり得意じゃなかった。あくまでほかの科目に比べてだけど・・・いざとなったら、ぼくにいろいろ聞けばいいんだし・・・
先輩は中国語がペラペラ。
先輩から習って、ぼくも日常会話は困らない。
列車の中。
ぼくは顏を上げた。
青いレンズの眼鏡がぼくを見ている。
進藤早智子さん!
グリーンのブラウスにクリーム色のミニスカート。ホワイトのクルーソックス。
ぼくの前に立ってた。大きな黒いバッグを肩にかけてる。
コンサートで親切にしてもらったことを思い出す。
「どうぞ!」
すぐ席を立った。あわててたんで写真がパラパラ下に落ちた。
あわてて拾い集める。早智子さんも手伝ってくれた。
思い出が、またぼくの手に戻った。
「ありがとうございます。席に・・・」
「でも悪いよ」
「いいんです。大きな荷物、持ってないし・・・」
「ありがとう。じゃあ」
早智子さん、ぼくの座ってた席に腰を下ろす。
「今日、弟のお墓参りに行ってたの」
そう言って、黒い鞄に視線を落とす。
「生きてたら、君と同じくらいかな」
じっと遠くを見つめてる。
「この前、ありがとうございました」
早智子さんが首を横に振る。
「聞いていい?」
真剣な表情。
「写真の
青いレンズの奥・・・
なに見てるかよく分からない・・・
「はい。ぼくの幼馴染です。
いつも『先輩』って呼んでます」
ぼく、簡単に先輩のことを紹介した。
早智子さんと話してるうち、先輩とのいろんなことが、次々と心に浮かんできた。
先輩って真面目で優等生なんだ。先生にもほかの生徒にだって人気があったんだ・・・
中学の時だって二年生、三年の前期、生徒会会長を務めてた。
ぼくっていえば、英語だけはだれにも負けないけど、人見知りする性格。友だちに自慢するわけじゃない。
先輩って生徒会長だったから、いろいろ、ぼくを助けてくれた。学校に外国からの訪問者があった時なんて、ぼくを通訳に推薦してくれた。
一週間のボストンへの短期留学だって、先輩と一緒に参加できた。
クラスの不良がぼくにからんで英語の宿題をやらせようとした時、すぐ先生に報告してくれた。
不良たちは親と一緒に呼び出されて厳しく指導された。
いまでも先輩には、感謝の気持ちでいっぱい。
先輩って同級生にも人気があったし友だちも多かったのに、ぼくを最優先してくれた。
中学の時だった。
先輩がぼくに言った。
「洋ちゃんは、一緒に住んでないけど家族みたいなの。
だから友だちといたって、最後は洋ちゃんのところに帰って来るの」
中学卒業後、公立だって狙えたのに私立の王道女学園に進学した。両親の希望もあって、国家公務員をめざしていた。王道女学園の出身者には、政治家や高級官僚がたくさんいるって話。
王道女学園は隣の市のはずれ。交通の便もあまりよくないから、寮に入ることになった。
今までのように、毎日、先輩に会えなくなった。
でも国家公務員になるための第一歩なんだし応援しなきゃ!
先輩が入学する直前、
ふたりで大阪のUSJに行った時の記念写真。ぼくにとっては大事な宝物。
それからは、スマホで連絡を取るのがふつうになった。
週末だって家の用事とかであんまり会えなくなった。
夏休み、ふたりで横浜の中華街に行った時の写真。いまのところ、ふたりで撮った最後の写真。
中華街を歩きながら、先輩がぼくに言った。
「前に話したこと覚えてる?」
「いろいろ話したから・・・どんな話です?」
「一緒に住んでないけど家族みたいに思ってるって・・・」
「よく覚えてます」
だって一番嬉しい言葉だったから・・・
「わたしたちが小さい時、お祖父さん同士、大きくなったら結婚させようって話してたそうよ。
母は冗談だって言ったけど、そうは思わない。
洋ちゃん、知ってた・・・」
ぼくはうなずいた。
祖母から聞いた。不満そうな口調だった。
祖父が亡くなってから、先輩の両親、ぼくの家に対してよそよそしくなったって・・・
先輩の祖父はとっくに鬼籍に入ってた。それでも先輩の両親、たまにはぼくの家に来たっていいはずだってのが、祖母の言い分。
先輩の家を訪ねる時も、両親が部屋に来ることなんてほとんどなかった。たまに来ても、ちょっと挨拶してすぐ引っ込んでしまう。
ぼくと先輩が仲良しなこと、あんまりよく思ってないんじゃないかって感じた。
先輩の両親だけじゃないんだ。
祖父が亡くなってからは・・・
だれもうちには来なくなった・・・
中学三年の時・・・
祖父の研究を基に『英単語100で行う日常会話システム』のアイデアを考案して『国際英語学会』の雑誌に発表した。
地元の新聞が取り上げてくれた。
だれからも連絡なかった。
先輩は寮だからしかたないけど、先輩の両親も知らん顔だった。
そんな中での横浜行き。
「洋ちゃん」
その時、先輩、僕の手を強く握った。
「わたし、洋ちゃんと本当の家族になりたい。どんなことあっても・・・
洋ちゃんは?」
先輩の顔を見た。泣き出しそうな顔だった。ぼくも悲しくなってきた。
「先輩のそばにいたい。ずっといたい。いつもそう思ってます」
そう答えると、先輩はぼくの顏を見つめて言った。
「今日、話したこと、絶対に忘れないようにしようね。」
でもそれからって、先輩に直接会う機会はなかった。
年末年始も家族旅行のため、一度も会えなかった。
先輩からのクリスマスカードと年賀状。いつものように送られて来た。
年賀状には、
<今年も仲良くしてね。なかなか会えないけど、今度、きっとどこかに遊びに行こうね。
東部高校のこと。洋ちゃんなら大丈夫だよね。
でも洋ちゃんが東部高校に行ったら、ますます会えなくなっちゃうのかなあ。すっごく心配・・・>
って手書きの文章。ブレザーの学生服を着た先輩の写真が印刷されてた。
ぼく、先輩の写真が印刷された年賀状、ずっと鞄に入れていた。
でも直接、先輩に会う機会なんてなく、どこにも遊びに行けなかった。
時々、先輩からスマホがかかってくる。ふたりで一時間くらい、話した。
三月に入ってから、先輩からは何度もスマホに連絡が入った。
ぼくは出なかった。
スマホに出たら、必ず進学の話が出る。先輩に心配なんかかけたくなかった。
それだけじゃなかった。
叔父さんがぼくに言った。
「洋介。明日香ちゃんに、東部高校への入学のこと頼んでるんじゃないのか?」
覚えのないことだった。ずっと会ってないって伝えた。
「向こうのお父さんから言われた。
洋介が明日香さんのストーカーをして、入学金を出してくれるようしつこく頼んでる!」
なんでそんな話になるの?ぼくもよくわからない。
東部高校のこと、話したくなくて、先輩のスマホには出ないようにしてるのに、それがストーカーってことになるんだろうか?
列車の中。
ぼくは、先輩との思い出・・・
少しだけ・・・
早智子さんに話した・・・
早智子さんに、先輩と撮った写真、何枚か見せた。
早智子さん、熱心に見てた。
そんなに興味のあることなのかな・・・
ぼくも、早智子さんと一緒に改めて先輩の写真、じっくり見つめてみる。
だれでも美人だっていうんだろうな。
知的な雰囲気。だけど冷たい雰囲気なんてぜんぜんない。心のやさしい女性だってこと、目にも、口にも、ちょっとした手の組み方にも出ている。
先輩のこと好きだって人、ほかにもいるんだ。ひとりじゃないかもしれない。きっとたくさんだ。
中学のクラスメイトに聞いた。
『小町ガール』って呼ばれてた先輩とぼくの関係。ずいぶん多くの人に知れ渡ってた・・・
「井上さんは幼馴染の松山しか興味ない」
からイケメンかどうなんて関係ない。
だれがモーションかけてもムダだって言われてたそう・・・
ぼく、他人を傷つけたことなんてないって思う。
でも先輩がらみで、ぼくに傷つけられたって頭に来てる人はいたかもしれない。
もしかしたら、先輩の両親にぼくの悪口を吹き込んだのだろうか。
先輩の両親だって、落ち目の松山家に関わっても、ろくなことないって考えてるんだ。
ぼくが例の小瓶を購入したのって、そのすぐ後だった。
そして今日。
久しぶりにスマホのメツセージに返事をした。
もう先輩の両親からクレームをつけられる心配なんてない。
どうしても、もう一度、先輩に会いたかったから・・・
列車の中。
黒笹駅到着を知らせるアナウンス。
「ここで下ります」
早智子さんが写真をぼくに返してきた。
「わたしもここ」
「えっ。そうなんですか?」
「弟のこと、思い出した。
生きてたら、君みたいに・・・」
下を向いた。
列車がホームに到着。
一緒に肩並べてホームに降りた。
黒笹駅は王道女学園もよりの駅なんかじゃない。
ぼくだって知ってる。
どうしてこの駅の近くで待ち合わせたんだろうか。
先輩、言ってた。
王道女学園の寮の門限。学校の許可を得てアルバイトをしている生徒は九時。
アルバイトのない日、アルバイトをしていない生徒は八時。
もう八時、回ってるんだけど・・・
「松山君」
早智子さんがぼくの名前を呼ぶ。
ほとんど同時。
年配の女性が声をかけてきた。七十代後半くらいだろうか?
泣きそうな顔をしてる。
「篠木町。どう行くか、知りませんか?
孫が住んでるって聞きまして・・・
電話にも出てくれないし、娘も知らん顔です。
でもどうしても会いたくて・・・」
なにか複雑な事情があるみたい・・・
でも、早くお孫さんに会いたいって気持ち。ぼくにだって伝わってきた。
「携帯で調べました。どのあたりかは分かります。
そこに派出所もあるから、一緒に行ってみましよう」
まったく土地勘ないみたいだったので、派出所まで案内することにした。
「じゃあ、これで・・・」
早智子さんに声をかける。
「うん」
早智子さんはぼくと反対方向に向かった。
年配の女性と歩き始めた時・・・
ぼくを見つめる人の目・・・
振り返ったら・・・
早智子さん・・・
少し離れたところに立っていた。
人の流れに逆らって・・・
ぼく、軽く頭を下げる。
早智子さん、軽く手を振った。
しばらくして駅の出入口を出る時。もう一度、振り返った。
まだこちらを見てた。
もう一度、頭を下げた。
女性を派出所に案内してから、先輩にメッセージを送る。
駅から徒歩十分の喫茶店に来てって返事。
すぐ行きたかった。
結局、喫茶店に着いたのって、八時半近くだった。店は寂しい裏通り。
先輩に言われた通り、店の近くでメツセージを送った。
喫茶店のドアが開く。
そこに先輩がいた。心臓が大きく音を立てた。