井上明日香の日記~わたし、生徒会長がキライなんです!
文字数 3,400文字
〇月□日
教室の二倍はある明るい部屋だった。
大きなテレビが壁ぎわに置かれ、高城さんのデスクには、大きな最新式のパソコン。幹部のデスクにも一台ずつパソコン。テーブルに冷蔵庫。キッチン。
これが『王道女学園振興会』の部室だ。
この会は昔からあるけど、おかしくなったのは、去年、高城さんが一年の時、会の責任者になってからだと思う。
理事を務めている国会議員の父親をパックに巨額の活動費を手に入れた。
去年、学園祭で講演した倉持弾という人だって、父親の選挙の時、力になるから選んだという話。もちろん有名は有名だったけど・・・
高城さんは高校生で起業し、お金儲けしてるという。
『王道女学園振興会』の活動費がそっちに流れてるのは間違いないし、会員だって高城さんの経営する会社の社員をしてるけど、だれもなにも言わない。
バックが怖いからだ。
わたし、そんな不正が許せないから、生徒会長になって、スッキリした生徒会活動をめざしてきたんだけど、もうどうにもならない。
高城さんはわたしを狙い撃ちにしてきて、わたしの大切な洋ちゃんまで巻き込んでしまった。
もし洋ちゃんがいなかったら、わたし、すぐにリタイアしてたと思う。
「ごきげんよう。わたしたちを敵視している生徒会長が、わざわざおでましですか?」
デスクに向かっていた高城さん。わたしに声をかけた。勝ち誇ったように笑う。
会員たちが、わたしの前に立ちはだかった。
敵意の目がたくさん、わたしを見ている。
「高城さん、ふたりだけで話しがしたいんです」
高城さんはだまってうなずいた。
その時の残酷で冷たい目。たぶん一生、忘れられない。
一万円札を二枚出すと、秘書を務める進藤さんに渡した。
「しばらくみんなを遊ばせといて。なにかあったら呼ぶ」
「はい」
わたしをにらみつけたまま、会員たちは、部屋を出た。
「生徒会長。話を聞きましょう!」
わたしはデスクの前に立った。高城さんが嘲りの表情をわたしに向けた。
「あなたの言う通りにします」
「言う通り?」
高城さんが笑う。わたしをバカにしている。
ハッキリと高城さんに告げた。
「あなたの希望通りにします。
だから洋ちゃんへの処分を止めてください。たくさんお金をあげてください。
東部高校に入学させてください」
高城さんが、グリコのポッキーを口にくわえた。徹底的にわたしのこと、バカにしていた。
「生徒会長!」
言葉づかいだけは丁寧に言った。でも高城さんの目は、わたしへの蔑みだけ・・・
「あなたは、無能で役に立たないばかりか、他人に何度も迷惑をかけた挙句、迷惑をかけた相手に逆切れするなど、大変楽しい性格だと思います。
そのうえ、こちらの理解できない言動をするのがお好きなようですね」
わたしは高城さんをひっぱたいてやりたかった。
だけどもう一度、ハッキリと言った。
「洋ちゃんを助けてください。あなたならできるはずです」
高城さんは、音を立ててポッキーをかじった。
「分らない。洋ちゃんってなんのことです」
わたしは少し声を大きくした。
「あなた、知ってるでしょう」
高城さんは楽しそうにしてる。わたしを苦しめるのが楽しいんだ。
「それから、処分をやめろだの、東部高校だの意味分りませーん。
わたし、高校生です。生徒会長と同じでーす。
なんでそんなことできるんですか」
高城さんはおかしくてたまんないといった顔を向けた。
わたし、もう少しで手が出るところ、やっと我慢した。
「お願いです。あなたの希望を言ってください」
高城さんはまたポッキーを口にくわえた。
「ありません。生徒会長と取引する気はありません。
取引なんかしなくても、どうせそのうち生徒会ばかりか、この学校にもいられなくなるから・・・
取引なんか、ぜーんぜーんメリットありません」
高城さんはキッパリと言った。
そしてわたしのこと、蛇のような恐ろしい目で見てきた。
「あれだけ、人をこけにしておいて、いまさら取引なんか応じるはずないでしょう。
いいこと教えましょう」
高城さんが、わたしを指さす。
「わたし、生徒会長のこと、死ぬほどキライなんです」
「高城さん」
わたしはその場にひざまずいた。そして頭を床につけた。高城さんの顔は見えない。
だけど冷たい笑いが聞こえてくる。
「洋ちゃんを助けてください。あなたの命令通りにします」
「いま、スマホで撮ってます。拡散しますから!」
「そうしてください」
「なんでも聞くんですか?」
「そう。なんでも」
「信じられませーん。学校を辞めろって言ったらどうするんです」
高城さんは、笑いながらわたしの顔をのぞきこんだ。
それじゃあ、わたしは洋ちゃんのために言う。
「退学します」
「退学届を書くんですか?」
「書きます」
わたし、高城さんをにらみつけてやった。
軽蔑すればいい。
笑えばいい。
でも、でも、わたしの洋ちゃんへの気持ちを疑うことだけは許さない。
「じゃあ、書いてください。すぐに!
そしてわたしと契約してください。わたし、人材派遣の仕事もしてるんです。
どこでも働きに行くって約束してください」
「いいわ。なんでもする」
高城さんは、満足そうにうなずいた。
携帯をかけてしばらくすると、進藤さんが入って来た。
高城さんに二枚の書類を手渡した。
高城さんは書類に目を通すと、事務的な口調でわたしに話しかけて来た。
「じゃあ、この退学届と契約書にサインして。そこにひざまずいたまま。それから拇印も捺して。
これからなにがあろうと、生徒会長が自分で決めたことです。
わたし、なんの責任も持ちません」
「わかってる」
高城さんが、退学届と契約書を床に投げつけてきた。わたしはひざまずいたまま、書類を一通り読んでみた。
<自己都合により、退学します>
<人材派遣会社と契約し、どこでどんな仕事をさせられても一切異議は言いません>
ペンと朱肉が投げつけられてきた。わたしはひざまずいたまま、黙って契約書にサイン、捺印した。
そして高城さんに返した。わたしは大事なことを高城さんに聞いた。
「わたしの言うことを聞いてくれるんですか?」
「知りません。わたし、契約しろとは言ったけど、約束だのそんなことはなにも言ってません。
無能なばかりか、可哀想な少年に迷惑をかけることを生きがいにしてる生徒会長が、勝手に言ってるだけです」
高城さんの憎たらしい言葉にも、わたしは我慢した。
「お願いです。洋ちゃんを助けてください」
もう一度、頭を床につけた。
「それから・・・」
わたしが口を開くと、高城さんが口をとがらせた。
「なんです。条件が多いですね。契約、やめましょうか?」
わたしは最後の願いを彼女に伝えた。
これからどうなってもいい。
でも洋ちゃんに、わたしの一番大切な洋ちゃんに、わたしの気持ちをちゃんと伝えておきたかった。
そうすれば、なにがあっても我慢できると思うから・・・
「洋ちゃんにもう一度、会わせて下さい」
高城さんはそっけなく言った。
「じゃあ、これを飲んで・・・」
そう言ってコップを差し出した。どうせ、わさびとか辛子とかがたっぷり入ってるんだろう。そうやってわたしを辱めたいんだ。
わたしはコップの液体を一気に飲み干した。
突然、体中の力が抜けてきた。ものすごい脱力感だった。意識がだんだんと遠のいていった。
わたし、洋ちゃんのこと考えて我慢しようと思った。
洋ちゃんが大声でわたしを励ましてくれていた。
「先輩!頑張ってください!負けないでください!」
洋ちゃんは遠慮がちに、だけど情熱いっぱいに、わたしに呼びかけている。
「だめ!洋ちゃんに会うまでは持ちこたえなきゃ・・・」
洋ちゃん。
控えめだけど、わたしに一番温かいぬくもりをくれる洋ちゃん。
例え、どんなことがあってもわたしを助けることだけを考えてくれる洋ちゃん。
わたし、洋ちゃんのためならなんでもしてみせる。洋ちゃん・・・
ああ、聞きたくない高城さんの言葉が聞こえる。あなたなんかあっち行って!
早く洋ちゃんを・・・
「何日か寝ていてもらう。
外国に行くって分かれば騒ぐだろうから、眠ってもらうことにしたから・・・
別に松山君に会わせるなんて約束した覚えなんてないから。
夢の中で彼と話でもして・・・」
教室の二倍はある明るい部屋だった。
大きなテレビが壁ぎわに置かれ、高城さんのデスクには、大きな最新式のパソコン。幹部のデスクにも一台ずつパソコン。テーブルに冷蔵庫。キッチン。
これが『王道女学園振興会』の部室だ。
この会は昔からあるけど、おかしくなったのは、去年、高城さんが一年の時、会の責任者になってからだと思う。
理事を務めている国会議員の父親をパックに巨額の活動費を手に入れた。
去年、学園祭で講演した倉持弾という人だって、父親の選挙の時、力になるから選んだという話。もちろん有名は有名だったけど・・・
高城さんは高校生で起業し、お金儲けしてるという。
『王道女学園振興会』の活動費がそっちに流れてるのは間違いないし、会員だって高城さんの経営する会社の社員をしてるけど、だれもなにも言わない。
バックが怖いからだ。
わたし、そんな不正が許せないから、生徒会長になって、スッキリした生徒会活動をめざしてきたんだけど、もうどうにもならない。
高城さんはわたしを狙い撃ちにしてきて、わたしの大切な洋ちゃんまで巻き込んでしまった。
もし洋ちゃんがいなかったら、わたし、すぐにリタイアしてたと思う。
「ごきげんよう。わたしたちを敵視している生徒会長が、わざわざおでましですか?」
デスクに向かっていた高城さん。わたしに声をかけた。勝ち誇ったように笑う。
会員たちが、わたしの前に立ちはだかった。
敵意の目がたくさん、わたしを見ている。
「高城さん、ふたりだけで話しがしたいんです」
高城さんはだまってうなずいた。
その時の残酷で冷たい目。たぶん一生、忘れられない。
一万円札を二枚出すと、秘書を務める進藤さんに渡した。
「しばらくみんなを遊ばせといて。なにかあったら呼ぶ」
「はい」
わたしをにらみつけたまま、会員たちは、部屋を出た。
「生徒会長。話を聞きましょう!」
わたしはデスクの前に立った。高城さんが嘲りの表情をわたしに向けた。
「あなたの言う通りにします」
「言う通り?」
高城さんが笑う。わたしをバカにしている。
ハッキリと高城さんに告げた。
「あなたの希望通りにします。
だから洋ちゃんへの処分を止めてください。たくさんお金をあげてください。
東部高校に入学させてください」
高城さんが、グリコのポッキーを口にくわえた。徹底的にわたしのこと、バカにしていた。
「生徒会長!」
言葉づかいだけは丁寧に言った。でも高城さんの目は、わたしへの蔑みだけ・・・
「あなたは、無能で役に立たないばかりか、他人に何度も迷惑をかけた挙句、迷惑をかけた相手に逆切れするなど、大変楽しい性格だと思います。
そのうえ、こちらの理解できない言動をするのがお好きなようですね」
わたしは高城さんをひっぱたいてやりたかった。
だけどもう一度、ハッキリと言った。
「洋ちゃんを助けてください。あなたならできるはずです」
高城さんは、音を立ててポッキーをかじった。
「分らない。洋ちゃんってなんのことです」
わたしは少し声を大きくした。
「あなた、知ってるでしょう」
高城さんは楽しそうにしてる。わたしを苦しめるのが楽しいんだ。
「それから、処分をやめろだの、東部高校だの意味分りませーん。
わたし、高校生です。生徒会長と同じでーす。
なんでそんなことできるんですか」
高城さんはおかしくてたまんないといった顔を向けた。
わたし、もう少しで手が出るところ、やっと我慢した。
「お願いです。あなたの希望を言ってください」
高城さんはまたポッキーを口にくわえた。
「ありません。生徒会長と取引する気はありません。
取引なんかしなくても、どうせそのうち生徒会ばかりか、この学校にもいられなくなるから・・・
取引なんか、ぜーんぜーんメリットありません」
高城さんはキッパリと言った。
そしてわたしのこと、蛇のような恐ろしい目で見てきた。
「あれだけ、人をこけにしておいて、いまさら取引なんか応じるはずないでしょう。
いいこと教えましょう」
高城さんが、わたしを指さす。
「わたし、生徒会長のこと、死ぬほどキライなんです」
「高城さん」
わたしはその場にひざまずいた。そして頭を床につけた。高城さんの顔は見えない。
だけど冷たい笑いが聞こえてくる。
「洋ちゃんを助けてください。あなたの命令通りにします」
「いま、スマホで撮ってます。拡散しますから!」
「そうしてください」
「なんでも聞くんですか?」
「そう。なんでも」
「信じられませーん。学校を辞めろって言ったらどうするんです」
高城さんは、笑いながらわたしの顔をのぞきこんだ。
それじゃあ、わたしは洋ちゃんのために言う。
「退学します」
「退学届を書くんですか?」
「書きます」
わたし、高城さんをにらみつけてやった。
軽蔑すればいい。
笑えばいい。
でも、でも、わたしの洋ちゃんへの気持ちを疑うことだけは許さない。
「じゃあ、書いてください。すぐに!
そしてわたしと契約してください。わたし、人材派遣の仕事もしてるんです。
どこでも働きに行くって約束してください」
「いいわ。なんでもする」
高城さんは、満足そうにうなずいた。
携帯をかけてしばらくすると、進藤さんが入って来た。
高城さんに二枚の書類を手渡した。
高城さんは書類に目を通すと、事務的な口調でわたしに話しかけて来た。
「じゃあ、この退学届と契約書にサインして。そこにひざまずいたまま。それから拇印も捺して。
これからなにがあろうと、生徒会長が自分で決めたことです。
わたし、なんの責任も持ちません」
「わかってる」
高城さんが、退学届と契約書を床に投げつけてきた。わたしはひざまずいたまま、書類を一通り読んでみた。
<自己都合により、退学します>
<人材派遣会社と契約し、どこでどんな仕事をさせられても一切異議は言いません>
ペンと朱肉が投げつけられてきた。わたしはひざまずいたまま、黙って契約書にサイン、捺印した。
そして高城さんに返した。わたしは大事なことを高城さんに聞いた。
「わたしの言うことを聞いてくれるんですか?」
「知りません。わたし、契約しろとは言ったけど、約束だのそんなことはなにも言ってません。
無能なばかりか、可哀想な少年に迷惑をかけることを生きがいにしてる生徒会長が、勝手に言ってるだけです」
高城さんの憎たらしい言葉にも、わたしは我慢した。
「お願いです。洋ちゃんを助けてください」
もう一度、頭を床につけた。
「それから・・・」
わたしが口を開くと、高城さんが口をとがらせた。
「なんです。条件が多いですね。契約、やめましょうか?」
わたしは最後の願いを彼女に伝えた。
これからどうなってもいい。
でも洋ちゃんに、わたしの一番大切な洋ちゃんに、わたしの気持ちをちゃんと伝えておきたかった。
そうすれば、なにがあっても我慢できると思うから・・・
「洋ちゃんにもう一度、会わせて下さい」
高城さんはそっけなく言った。
「じゃあ、これを飲んで・・・」
そう言ってコップを差し出した。どうせ、わさびとか辛子とかがたっぷり入ってるんだろう。そうやってわたしを辱めたいんだ。
わたしはコップの液体を一気に飲み干した。
突然、体中の力が抜けてきた。ものすごい脱力感だった。意識がだんだんと遠のいていった。
わたし、洋ちゃんのこと考えて我慢しようと思った。
洋ちゃんが大声でわたしを励ましてくれていた。
「先輩!頑張ってください!負けないでください!」
洋ちゃんは遠慮がちに、だけど情熱いっぱいに、わたしに呼びかけている。
「だめ!洋ちゃんに会うまでは持ちこたえなきゃ・・・」
洋ちゃん。
控えめだけど、わたしに一番温かいぬくもりをくれる洋ちゃん。
例え、どんなことがあってもわたしを助けることだけを考えてくれる洋ちゃん。
わたし、洋ちゃんのためならなんでもしてみせる。洋ちゃん・・・
ああ、聞きたくない高城さんの言葉が聞こえる。あなたなんかあっち行って!
早く洋ちゃんを・・・
「何日か寝ていてもらう。
外国に行くって分かれば騒ぐだろうから、眠ってもらうことにしたから・・・
別に松山君に会わせるなんて約束した覚えなんてないから。
夢の中で彼と話でもして・・・」