高城さんって時々、やさしい

文字数 3,927文字

 高城さんに手を取られて歩いた。
 その後で、目隠しがはずされた。
 高城さん、笑ってなかった。
 無表情にぼくの手を引っ張り、木の椅子に座らせた。そのまま、横を向いた。
 手錠ははめられたまま・・・
 椅子の回りに二十人くらい、高校の制服に似た赤のブレザーの少女たち。
 全員、太腿の見える赤のミニスカート。真っ白なクルーソックス。
 その中に、眼鏡をかけた早智子さんの姿・・・
 少女たちが、敵意のこもった目でぼくを見つめる。
 早智子さんは横を向いてた。
 でも一瞬だけ、目が合った。

 体育館のような広い部屋。天井が高く、照明がまぶしい。奥にはステージがある。ほかにもいくつか部屋があるみたい。
 周囲の壁に三十くらいのドアがあった。
 別の部屋から、にぎやかな伴奏に合わせて、大勢の少女たちの歌声が聞こえてきた。

  マヌケな男が二股かけたら
  それはチャンス、チャンス、チャンス、マネーチャンス
  ハグして、キスして、できちゃったなら
  ビジネスライクで 誠意させる
  好き嫌いなんて関係なくて
  キス以上なら誠意が見たい
  純愛なんて求めないから
  キャッシュがカード 見せてほしいの
  わたしはわたしはビジネスJK 

 「聞こえた?」

 高城さん、無表情な顔。

 「知ってるよね。
 『女子高パラダイス』。
 わたしがプロデュースしてる。
 地下アイドルなんて言わせない。いまでは、こっちがオモテのアイドル」

 そうだ!
 高城さんが『女子高パラダイス』を運営してるんだった。
 まさにスーパー女子高生!

 「メンバーはみんな王道女学園の生徒。
 もちろん学校の許可は得てある。高校名は出さないこと。一定金額を学校に寄付することで、手を打ってもらった。
 ここはね、わたしの会社。
 名前は『JKカンパニー』。
 わたしが社長。JK企業家って訳。
 わたしの芸能プロダクション。ものすごく利益をあげてるんだ。
 『JKカンパニー』最大の採算部門。
 王道女学園も株主のかたちで、わたしの会社を全面支援している。
 わたしが会長を務める『王道女学園振興会』も、生徒のビジネス研修も兼ねて参加している。
 『JKカンパニー』の社員は、全員、『王道女学園振興会』のメンバー。
 赤いブレザーの子たちは、うちの社員。全員、『王道女学園』の生徒たち。
 見て。
 会長のわたしが着てる服」

 いつのまにか着替えてた。
 迷彩服をアレンジした服。初対面の時のファッション。

 「名前聞いたことあるでしょう。ハーゲッツ・ルピーカがデザインしたの」

 ハーッツ・ルピーカといえば、アメリカの有名なデザイナー。
 そんな有名人が、高城さんの会社の制服をデザインしてるなんて!
 半信半疑・・・
 高城さんがぼくの顏をのぞきこむ。
 
 「わたし、国会議員の娘だから、たいていのことできる。
 だれだってわたしと仲良くしたいと思ってる。
 君はどうなの?」

 国会議員!政治のことなんて詳しくないけど、確か与党の大きなグループのリーダーが、高城という名字だった。

 「君が、かっこいい女性(ひと)なんて言って、ちょっと嬉しかった。
 君と仲良しになってもいいな。
 わたしの会社に入れてあげてもいいよ。
 君のために、新しい制服をつくってあげようか?」

 高城さんの声が少しだけやさしくなった。

 「本当のこと、言ってくれればいいの。
 君さ。生徒会長の親戚でもなんでもないんでしょ」

 高城さんがぼくの肩に手を乗せた。

 「言ってくれるでしょ。ホントのこと」

 ぼくは下を向いた。でもハッキリと、やさしく肩に手を乗せてくれた女性(ひと)に答えた。

 「ぼくは先輩の親戚です」

 肩に乗った手に強い力が入った。

 「早智子!」

 早智子さんが高城さんのそばに寄る。

 「ムッシュー・鈴木が来るのはまだ先ね」
 「四時間後の約束です」 
 「ムッシューが来る前に済ませておこうか」
 「会長!待ってください!」

 早智子さんがあせってる・・・

 「ムッシュー・鈴木は約束守らないから、すぐ来るかも・・・
 この子だってやさしくしてあげたら・・・」
 「基本、わたしさ・・・」
 
 高城さんがぼくの頭をなでた。
 どういうつもり?

 「時間かかること、キライなんだ」

 早智子さん、なにも言わない。

 「分かったよね」

 早智子さん、黙ったまま・・・

 「サッチー」

 
 早智子さんがうなずいた。一瞬、ぼくの顔を見た。

 「薙刀部隊!」

 ドアのひとつが開いた。白い稽古着に黒の袴。白い清潔な足袋。白の鉢巻きを頭に巻いた十人の少女が出て来た。
 全員、薙刀を持っている。樫の木で出来た長い柄。先端部分は竹で作られた刃。
 この竹の刃で体を打たれたら、すぐ激痛!立っても座ってもいられなくなる。
 みじめに横たわるしかない。
 薙刀の少女たちが、椅子の回りを扇形に取り囲んだ。

 高城さんが、薙刀部隊を見回す、ぼくの方を指さす。

 「ひとり十回ずつ、この少年を打ち据えること」

 十人のメンバーが薙刀を構える。

 「殺しちゃだめ。でも気絶させたらご褒美あげる」

 メンバーたちが顔を見合わせる。期待に満ちた顔。高城さんが一万円札をメンバーに見せた。

 「気絶させたらね。何回でもあげるから・・・」

 メンバーのひとりが薙刀を構えて近づいて来た。
 薄気味悪く笑う。
 高城さんの一万円札に目を向ける。
 気合の声!
 風を斬る音!
 脳天に激しい衝撃!
 お腹がつぶれる!
 肩の骨が音を出す。
 口から血のシャワー。
 ぼくの体がふっ飛んだ。
 一瞬で床に墜落した。
 でもすぐまた椅子に座らされる。
 足首の激痛!
 椅子ごと床に横倒し!
 背中、ぺちゃんこになるほど打たれた。
 何度も椅子に座らされた。
 何度も床に倒れた。
 十人全員回った時・・・
 自分の体が、もう自分じゃなかった・・・
 なにもかも霞がかかって見える。
 でもぼく、なにも話さなかった。
 何人かでぼくを抱き上げ、また椅子に座らせる。
 早智子さんの声。

 「会長。ひとまずこのくらいで」

 高城さんの声。

 「サッチー。まだ熱湯があるじゃない」

 ほかのメンバーの声。

 「会長。熱湯に入れましょう。だれだって、言うこと聞きます」
 「あの苦しさ、我慢できないもん」
 「喫茶店で生意気言ったバツだから!」
 「子どものくせに」

 口々に賛成の言葉!

 「さあ、どうする?みんな、熱湯に入れて苦しめたらいいって言ってるよ」

 高城さんがぼくの前に立った。
 りりしい姿が・・・
 だんだんと・・・
 はっきり見えてきた。

 「かわいそうだけど、君が本当のこと言わないから。
 生徒会長と親戚なんて嘘ばっかり・・・」

 高城さんがぼくの手を握った。あたたかくて柔らかかった。

 「本当のこと言おうよ。
 君が生徒会長のこと、大切に思ってるのは分るけど、このままじゃ、君、死んじゃうよ!」

 ぼくの顏、見つめてくる。真剣な表情。どこまで本気で、どこからが演技なの?
 ぼく、分らない。

 「力になろうか。君の相談に乗る」

 ぼくには分かってる。
 この女性(ひと)、本当にりりしい。
 でもぼくの心の中。

 ずっと昔から・・・
 いつだって・・・
 やさしくてあたたかい先輩の姿だけ・・・

 ぼくは高城さんの顔を見た。
 正面からハッキリ見た。
 最後の力で、ハッキリ告げた。

 「もう終わりなんです。東部高校に入学して日本英語学院に進学するつもりでした。
 でも入学できなかった。なくなるものなんて、なにもないんです。
 だからどうなったっていいんです」

 先輩は言った。
 ぼくに万一のことがあったら自分も生きてはいられないって。
 でも先輩を守るためだったって知ったら!
 きっと先輩だってぼくのために生きてくれるはず・・・

 「死んでだれかのためになるんなら・・・
 それが一番いいんです・・・」

 高城さん、横を向いた。
 
 「でも高城さんに最初、会った時、すごく心に残りました。
 かっこよかった。
 すてきだった。
 あの時の姿。いまでも忘れません。たぶん一生・・・」

 高城さん、ぼくの方を見た。
 頬が一瞬、桃色に染まった。ほんのわずかな時間、いまにも泣きそうになった。
 
 「もし高城さんが、ぼくから、なにもかも持っていくっていうなら、そうしてください」

 顔が破裂!
 椅子ごと床に転がる。
 ぼくの体、椅子から遠く離れてた。
 高城さんがぼくを見下ろす。なにも言わない。怒ってんだ。
 高城さんが薙刀を受け取る。
 薙刀の先を突きつける。
 高城さんの顔を見た。平然とした表情。
 薙刀が振り下ろされた。
 大声が飛んだ!
 涙がふっとんだ!
 腕が吹っ飛んだ!
 同じ場所にもう一度、薙刀!
 体から生命が吹っ飛んだ。
 高城さん、目を大きく開けた。
 同じ箇所、集中的に!
 薙刀の先で!
 何度も打ち据えてきた!
 最初は腕、
 次は胸。
 そして太腿。
 足首!
 薙刀の集中攻撃。
 女子高生たちの悲鳴!

 「血が!血が!」

 大声!

 「会長!やめてください!それ以上は!」
 
 早智子さんの大声!

 口の中を流れる血!
 喉が詰まる!
 ゴボゴボッて変な音!
 目の前の花火!
 花火が雷に変わる!
 そして轟音!

 「死ぬんだ」

  そう思った。高城さんへの憎しみなんて、ぜんぜんなかった。どうしてだか分らない。
 心に浮かんだもの・・・やっぱり先輩の顔だった。
 先輩ったら笑ってる。
 先輩って、本当に笑顔が似合う。

 でも考えてみたら・・・
 ずっとぼくら・・・
 ぼくらは・・・
 笑ってなんかいないんだ・・・

 「先輩!」

 最後に残った力。
 ぼくは叫ぶ!
 先輩に届いて欲しいんだ。
 ぼくの別れの言葉。

 天井が薄暗い。どんどん暗くなっていく・・・

 先輩だ。ぼくの手を握ってる。
 どこかへ連れて行こうとしている。

 「先輩」

 もう一度言った。聞こえただろうか・・・


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登場人物紹介

高城サキ 《たかしろさき》  名門女子校・王道女学園二年。『王道女学園振興会』会長。JK起業家。『JKカンパニー』会長。父親は有力国会議員。


「ごきげんよう。生徒会長。

 いいこと教えましょうか。

 基本、わたし・・・生徒会長のこと、大キライなんです。

 分かります?」

「IQの低いおじさん。

 分数分かる?九九は?

 可哀想なおじさんはね。

 もうすぐ死んじゃうんだよ」


井上明日香《いのうえあすか》 名門女子校・王道女学園二年。生徒会長。松山洋介の幼馴染。


「洋ちゃんはね。離れていたって家族と一緒。

 だから友だちといてもね。

 最後は洋ちゃんとこへ帰ってくるの」




蘭美莉《ランメイリー》 台湾からの留学生。父親は公安幹部。

「松山さん。純愛ドラマは、

 ハッピーエンドって決まってるんです。

 加油!我的最親愛的好朋友(負けないで。わたしの一番大切な人!)」

進藤早智子《しんどうさちこ》高城サキの秘書。眼鏡美人。

 「会長。松山君に暴力をふるうのはやめてください。

 松山君の言っていることが正しいんです。

 それは・・・会長が一番、よく知ってるはずです」

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