井上明日香の日記~洋ちゃんと一緒にいたい

文字数 3,002文字

□月〇日
 
 蘭さんがやっと教えてくれた。
 高城さんは蘭さんに、自分のビジネスのことなんか、なにも教えてはくれない。
 でもさすが、台湾の公安幹部の娘さん。ほとんどのこと把握してた。
 だけどわたしが聞いても、不機嫌な顔するばかり。なかなか教えてはくれない。 
 今夜、部屋に呼んで、蘭さんにハッキリ言った。

 「もし洋ちゃんがどうかなってたら、わたし、もう生きてなんかいない」

 蘭さんはそれを聞いて、しかたないといった顔で教えてくれた。
 わたしが洋ちゃんに助けられたこと。洋ちゃんがそのため、重傷を負ったということも、ぜんぶ教えてくれた。
 でもこの事実は隠されている。洋ちゃんは街で不良に暴力をふるわれたことになっているという。
 わたし、目の前が真っ暗になった。涙が止まらず、自分の部屋でずっと泣いた。
 恥ずかしいけど、大声も出した。
 蘭さんは怒ったように、

 「だから教えたくなかったです」

って言った。
 わたし、洋ちゃんの怪我がどんなふうかって聞いたけど、蘭さん、

 「だめ。言えないです」

って言った。
 何度も聞いたら、やっと、

 「松山さん。もうすぐ死ぬ状況でした」
 「わたしのせいで・・・」

 わたし、ますます涙が出て来た。
 いますぐ、洋ちゃんのとこに行きたい。洋ちゃんを看病したい。

 「蘭さん。どうしたらいいの?」
 「わたし、大きな責任、あります」

 蘭さんはこわい顔だった。

 「明日香さんが高城さんと相談する。友だちになる。
 そうすれば、松山さんも大丈夫と思いました。
 でも高城さんは、明日香さんを大キライです。高城さんは明日香さんを滅ぼすこと考えてる。
 どうしてか?
 わたし、ひとつの推理がありました。
 いま、ハッキリわかりました」

 蘭さんが眉をひそめた。

 「教えて?わたし、高城さんに退学してもいいって約束した。
 それでもわたしや洋ちゃんを憎むの?」

 蘭さんは困ったように首を振った。
 結局、別の話をした。

 「今度のこと。松山さんが明日香さんを助けなければ、明日香さん、もうここにはいませんでした。
 でもそれで松山さんは重傷になりました」
 「いま、どこにいるの?洋ちゃんに会いたい」

 蘭さんはさっきよりもっと怒った声だった。

 「高城さんが治療しています。お金、たくさん使ってます。
 大丈夫です」

 高城サキさん。
 洋ちゃんに恥をかかせて傷つけた憎らしい名前。
 わたしの心って、高城さんへの怒りでいっぱい。
 でも蘭さんはわたしにこう言った。

 「高城さんが治療している。
 大丈夫です。
 二度と会いに行くと、言わないでください。
 松山さんは治ります。また帰って来ます。
 でも会いに行くこと、絶対しないでください。
 松山さんに迷惑かけます。 
 なにもしないでください。
 明日香さんがなにもしないなら松山さん。無事です」

 そう言われたらなにも言えない。
 わたしや両親のため、洋ちゃんがどんなに苦しんだか考えたら、胸が張り裂けそう・・・
 でもわたし、やっぱり蘭さんに言いたかった。

 「蘭さん」

 涙が止まらなかった。
 でもどうしても蘭さんに伝えたい。
 ううん。どこかにいる洋ちゃんに、聞いてほしかった。

 「わたし、洋ちゃんに迷惑ばかりかけてる。
 わたしが洋ちゃんのこと思うなら、洋ちゃんから離れるべきだってよく分かってる。
 わたし、なんにも力になれないんだから・・・」

 わたし、まだ泣いてた。
 でも心の中で決心してた。

 「でも洋ちゃんね。わたしを守ってくれた。
 だからわたしも洋ちゃんを守りたいの。
 離れるなんて絶対イヤ!
 洋ちゃんの夢がかなうように力になりたいの。
 遠くで見てるだけじゃ守れない。
 だからわたし、洋ちゃんと一緒にいたい。
 どうしても一緒にいたいの」

 わたしがそう言ったら、蘭さんはあきれたようにわたしを見てた。
 しばらく腕を組んで考えていた。
 でも顔を上げた時は笑ってた。

 「応援する。明日香さん!
 松山さんだって、絶対、明日香さんのそばにいたいです。
 ふたりが一緒にいる。それが一番いいです」

 蘭さんはわたしの手を握ってくれた。

 「もう少し我慢して。いいですか?
 スマホを使えば盗聴されているから、必ず高城さんに知られます。
 しかし高城さんだって、ずっと松山さんを見張ってはいません。
 もしそばにだれもいないなら、ふたりで会うことできます。
 少し待っててください」

 わたしも蘭さんの手を握り返した。ありがとう。蘭さん。
 洋ちゃん。きっと洋ちゃんのところに行くからね。

□月〇日

 洋ちゃんが学校に戻って来た。
 蘭さんはしばらく近づかないようにって言った。
 わたし、遠くからでも見たかった。
 でも絶対我慢できなくなるからだめだって言われた。
 わたし、食欲もなく食事をとってなかった。
 蘭さんから注意された。

 「松山さんを助けたいなら、ご飯食べてください。病気になって、どうやって守るですか?」

 わたし、学食に行く気が起きなかった。
 もし洋ちゃんを見かけたら泣いちゃう。
 きっと後先忘れて駆け寄ってしまう。
 そうしたらきっと、あの悪魔のような高城さんが来るに決まってる。
 学食から弁当を届けて貰い、生徒会室でひとりで食べることにした。
 三日ぐらい続いている。
 洋ちゃんと一緒に食事したいな。
 そんなこと思いながら箸をつけていたら、ドアが開いた。
 わたしの大嫌いな『あの女性(ひと)』だった。

 「ごきげんよう。生徒会長。
 松山君のおかげで生徒会長の地位に居座りながら、彼の体のことなんて、なにも興味ないようですね」

 わたし、高城さんをひっぱたいてやりたかった。
 わたしが洋ちゃんに会いに行けば、「私的交流」だって攻撃してくる。
 わたしが我慢していたら、今度は、洋ちゃんのことなんか心配してないって攻撃してくる。
 洋ちゃんに会わせないのはだれ?
 許さない。絶対に!

 「自分の恩人になんの興味も示さない生徒会長に、こんなこと教えても意味ないかって思います。
 でも英語科生徒委員長として、一応、情報を伝えておきます。
 松山君の苦境について」

 わたしは、ハッとして顔を上げた。高城さんは憎たらしい顔でわたしを見ていた。

 「松山君は給料が半額に減らされ、しばらく欠勤していたため、給料がほとんどなかったんです。
 そのため、ほとんど食事も摂っていません。いつも無料のお茶で我慢してるみたいですね。
 見ていて気の毒になりますが、だれかから送られた校則違反のメッセージについて沈黙しているんですから、どうしようもありません。
 でもメッセージを送った張本人は、きっと涼しい顔で今頃、食事をしてるんでしょうね」

 高城さんはそう言って、さっさと生徒会室を出て行った。
 わたし、洋ちゃんがご飯を食べてないこと知った。
 胸が張り裂けるくらい苦しかった。
 また涙が止まらなくなった。でも必死で止めた。
 泣いていちゃいけないから・・・
 そう!泣いてちゃいけないんだ。
 洋ちゃん!
 この前、蘭さんを通じて、わたしのあげたお金返して来たよね。

 「大丈夫だから」

って・・・
 やっぱりわたしを心配して隠してたんだね。
 洋ちゃんは昔からそういう子だった。
 だからわたし、だれよりも洋ちゃんのこと、大切な子だって思ってた。
 可哀そうな洋ちゃん。
 わたしにとって一番すてきですばらしい子なんだから・・・
 もう大丈夫だよ。
 今度はわたしが洋ちゃんを助けるんだから・・・
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登場人物紹介

高城サキ 《たかしろさき》  名門女子校・王道女学園二年。『王道女学園振興会』会長。JK起業家。『JKカンパニー』会長。父親は有力国会議員。


「ごきげんよう。生徒会長。

 いいこと教えましょうか。

 基本、わたし・・・生徒会長のこと、大キライなんです。

 分かります?」

「IQの低いおじさん。

 分数分かる?九九は?

 可哀想なおじさんはね。

 もうすぐ死んじゃうんだよ」


井上明日香《いのうえあすか》 名門女子校・王道女学園二年。生徒会長。松山洋介の幼馴染。


「洋ちゃんはね。離れていたって家族と一緒。

 だから友だちといてもね。

 最後は洋ちゃんとこへ帰ってくるの」




蘭美莉《ランメイリー》 台湾からの留学生。父親は公安幹部。

「松山さん。純愛ドラマは、

 ハッピーエンドって決まってるんです。

 加油!我的最親愛的好朋友(負けないで。わたしの一番大切な人!)」

進藤早智子《しんどうさちこ》高城サキの秘書。眼鏡美人。

 「会長。松山君に暴力をふるうのはやめてください。

 松山君の言っていることが正しいんです。

 それは・・・会長が一番、よく知ってるはずです」

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