明日香先輩との再会は無事では終わらない

文字数 2,332文字

 喫茶店は、各テーブルがブースで仕切られている。いろいろ相談するのに便利。
 先輩がぼくの手を握った。そのまま一番隅のテーブルまで連れて行かれた。先輩の隣に座った。
 先輩がぼくの両手を固く握った。頬ずりされた。
 先輩の涙が、ぼくの頬をつたった。ぼくの涙も一緒だった。ふたりの涙が滝のように流れていき、ぼくらの服を熱くした。
 先輩は、白のブラウス、紺のスカート、紺のニーズソックス。先輩ってソックスがよく似合った。
 先輩の優しさ、温かさが、柔らかく強調された。
 そしてちょっと寂しげで、ぼくに向けてくれる笑顔によく似合った・・・

 「東部高校のこと、最近、知ったの」

 先輩の声って震えてた。

 「ごめんね。みんなわたしが・・・」

 森の中の小さな池。
 小さな池の小さなさざ波のような先輩の声。
 その瞬間、これまで我慢してきたものが、ぜんぶ崩れた。
 どうしたって嗚咽を止められなかった
 だめなんだ。先輩をこれ以上、心配させちゃだめなのに・・・
 先輩も声を出して泣いた。
 しっかり抱きしめられた。

 「ごめんね。ごめんね」

って泣きながら繰り返してた。
 泣きながら、いろいろ教えてくれた。
 去年から今年。ぼくたち、なかなか会えなくなった。先輩の両親の考えだった。
 ぼくなんかと関わったってろくなことなんてない。

 (確かにそうなんだ・・・まちがいじゃないんだ)

 経済的な支援を頼んでくるんじゃないかって不安になったみたい。
 先輩が自宅に帰った時も、いろいろと予定を入れて、ぼくに会えないようにした。
 ぼくの悪口を言って、もうつきあわない方がいいって言われたそう・・・

 「どんな悪口なんですか」

 先輩は言わなかった。

 「洋ちゃんがわたしのこと、キライになるから言えない!
 わたし、ぜんぜんそんなふうになんか思ってない。
 中学のクラスメイトから、洋ちゃんが東部高校を辞退したって聞いた。
 経済的事情だったって!
 お父さんたちが知らないはずないから、わたし、電話で、

 『どうして教えてくれなかったの?』

って怒ったの!
 知ってたら、お金を出してくれるように話した。
 お祖父ちゃんからも聞いた。
 洋ちゃんのお祖父ちゃんには、お祖父ちゃんも両親もお世話になってるって・・・
 助けてあげるのは当然なんだから!
 でも、

 『松山家はもうだめだ。入学金なんか出しても、それで終わりにはならない』

って勝手なこと言うの。
 洋ちゃん、わたしからの電話やメツセージに返事をしない。
 おかしいと思ってたから問い詰めたら、叔父さんにひどいこと話したって認めた。

 『みんなわたしのため』

なんて言い訳して・・・
 洋ちゃんがどんなにつらい思いしてたかって考えるとわたし・・・」

 先輩は手で顔を覆った。口調が涙声に変わった。
 なにも言わずに黙ってた。
 先輩がぼくのことを心配してくれてる。ほんとうに嬉しかった。それで満足。
 もうどうなったっていいんだ。
 ぼくは東部高校に入学できなかった。
 国際英語学院への入学の夢だって消えた。
 なにもかも終わったんだ。
 負けイヌなんだ。
 それでも生きてた。
 高校にも行けない敗北者。
 みじめな姿で生きていた。
 先輩にもう一度、会いたかった。
 先輩の温かいぬくもりに触れた。
 思い残すことなんてないんだ。

 「洋ちゃん。これからどうするの?」

 先輩がぼくの顏をのぞきこんだ。
 子どもが病気やケガをした時に見せる母親の表情
 これ以上、先輩に余計な心配をさせちゃいけないんだ。
 先輩は、日本を動かすような人間になるんだ。

 「もう帰ります」

 立ち上がろうってした。 
 先輩がぼくの肩に手を回してきた。後ろから固く抱きしめられた。
 身動きできない。先輩はぼくを離さなかった。

 「一緒に相談しようよ。前に約束したじゃない。ずっと一緒だって。
 ひとりでどこ行くつもり」

 先輩の気持ちがよく分る。
 でもどうにもならないんだ。これ以上、ぼくのため、先輩によけいな心配なんかしてもらいたくない。
 生徒会長になったら、先輩のキャリアにきっと役立つはず。将来は日本を動かすんだ。
 だったらぼくなんかに関わっちゃいけないんだ。

 「お金が必要なの?お父さんに頼むから!」

  (やめて!先輩!)

 声を上げそうになったけど、強く抱きしめられて、声が出せなかった。
 いま、お金貰ったって東部高校には入れない。
 先輩の両親だって悪い人じゃない。
 でも先輩が資金援助の話なんかしたら、ぼくが陰で糸を引いているように思うだろう。
 当然なんだ。
 でもそれだけはぜったいにイヤだ。

 「ちゃんと話してよ!なにが必要なの?」

 先輩が強い調子でぼくに尋ねてきた。

 それとほとんど同時。

 「ごきげんよう。生徒会長」

 澄んだ声が聞こえた。
 ぼくらのブースの前・・・
 ブレザーの制服を着た女子高生が、横向きに立ってた。
 すぐにだれだか分かった。
 ミニスカートから白い太腿。黒いハイソックスが窮屈そう・・・
 白と黒のコントラスト。ぼくの目を釘付けにした。
 ポッキーチョコレートをくわえた口。りりしかった。

 「年下の男子とお楽しみのところ、ホント、気が利かないですね・・・」
 
 ポッキーチョコレート、音を立ててかじる・・・
 先輩が、あわててぼくから離れる。

 「いいこと教えましょうか」

 かじりかけのポッキーチョコレート、口にしたまま、ぼくらの方を見る。
 先輩、そっとぼくの腕をつかむ。

 「基本、わたし・・・」

 ぼくらに向かい、まっすぐ立った。
 先輩の心臓の音・・・
 ハッキリ聞こえた!

 「生徒会長のこと、大キライなんです」 

 ポッキーチョコレートをかじる音。

 「知ってました?」

 ニッコリ笑った。かっこよかった。

 高城サキさんと二度目の出会いだった。
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登場人物紹介

高城サキ 《たかしろさき》  名門女子校・王道女学園二年。『王道女学園振興会』会長。JK起業家。『JKカンパニー』会長。父親は有力国会議員。


「ごきげんよう。生徒会長。

 いいこと教えましょうか。

 基本、わたし・・・生徒会長のこと、大キライなんです。

 分かります?」

「IQの低いおじさん。

 分数分かる?九九は?

 可哀想なおじさんはね。

 もうすぐ死んじゃうんだよ」


井上明日香《いのうえあすか》 名門女子校・王道女学園二年。生徒会長。松山洋介の幼馴染。


「洋ちゃんはね。離れていたって家族と一緒。

 だから友だちといてもね。

 最後は洋ちゃんとこへ帰ってくるの」




蘭美莉《ランメイリー》 台湾からの留学生。父親は公安幹部。

「松山さん。純愛ドラマは、

 ハッピーエンドって決まってるんです。

 加油!我的最親愛的好朋友(負けないで。わたしの一番大切な人!)」

進藤早智子《しんどうさちこ》高城サキの秘書。眼鏡美人。

 「会長。松山君に暴力をふるうのはやめてください。

 松山君の言っていることが正しいんです。

 それは・・・会長が一番、よく知ってるはずです」

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