先輩の前で高城さんに暴力をふるわれた・・・
文字数 4,542文字
スマホが振動。
英語科の専用室。放課後の時間。
残って、夏休みの課題のチェックをしてる最中だった。まだ業務時間なので、後で出ようって思った。
でも急に先輩の顔が思い浮かんだ。
先輩はスマホが高城さんにのぞかれてるの知ってるはず。
でも連絡してくる人間って先輩くらいだ。
母は着信拒否にしてる。
なにも返事をしなきゃ、先輩が後先考えず、直接、部屋に来るかもしれない。
でもそんなことしたら、すぐ高城さんに知られてしまう。
とにかくスマホの画面を見る。
思った通り、先輩からのメツセージ!
うれしさと恐怖の入り混じった複雑な気持ち・・・
高城さんは待っていた。
先輩がぼくに私的な連絡をしてくるのを・・・
あわててメツセージを見た。
<洋ちゃん。ごめんなさい!>
すぐメツセージを削除した。
やめて!先輩!危ない!どうしたらいいんだ!
間違いない。高城さんは、先輩の両親の念書のことをぜんぶ教えたんだ。
なんのため!
決まってる!
先輩が後先忘れ、ぼくのとこに来るようにするため!
そしてすぐまた次のメツセージが!
<いますぐ会いたい!>
削除する。
ドアが開く。
ドアのところに高城さんと英語科主任の女性教師の磯部先生が立っていた。
「なにしてるの。松山君」
心臓が止まるくらいに驚いた。
高城さん、平然とした表情。
磯部先生はどうしたらよいか分らないって表情。
「いま、業務時間よ。それ、松山君のプライベートなスマホでしょう。なにやってんの」
鋭い言葉がぼくの心臓を貫く。なにも言えず、下を向いた。
「聞いてるでしょう。答えなさい」
ぼく、下を向いたまま、
「すみません」
って答えた。声が震えた。
「なにか大事な用事なら仕方ないけど・・・スマホを見せなさい」
「メツセージです。もう削除しました」
「君の頭に残ってるでしょう」
下を向いたまま、
「言えません」
って答えた。
「わたしたちに説明できない内容なんでしょう」
高城さんは、ぼくの顔をのぞきこんだ。
「生徒からの私的なメッセージなんでしょう」
高城さんがぼくに迫る。
なにもかも知ってる!
ぼくらの携帯はサーバーかなにかを使い、通話もメッセージも筒抜けだ。
先輩からのメツセージだって高城さんは見ている。
だから、ぼくのところに来たんだ。
「補助職員が生徒と私的な関係になって、許されると思ってんの」
黙ってた。
「どうせまた連絡あるでしょう。スマホ渡しなさい」
ぼくは顔を上げて、高城さんの美しい姿を見た。
できるだけハッキリと、
「できません」
って答えた。
高城さんがぼくの方に近づいた。ぼくを見下ろして立っている。
「学校のルール知ってるでしょ。処分するよ」
高城さんの顔をしっかり見つめようとした。本当のこと言って、ものすごくこわかった。
すぐに先輩のやさしい顔を思い浮かべることにした。心の中に浮かぶ先輩の笑顔を自分の勇気に変えるんだ。
そうだ。先輩を守らなきゃならないんだ。
ぼくは、その決意だけで、美しくて恐ろしい女性 に立ち向かおうとしていた。
「申し訳ありませんでした。処分してください」
思わず目から涙がこぼれた。
先輩!ぼくにもっと勇気をください。
「だれとしてたか話せば助けてあげる!」
高城さんが一歩、前に出た。
「言えません」
ぼくの頬が鳴った。
スマホが床に落ちた。
着信音!
高城さんがスマホを拾おうとする。
ぼくは床のスマホにむしゃぶりついた。
ぼくの手を高城さんが握った。
必死で振りほどく。
先輩からのメツセージだ!
すぐに削除。
ぼくの体が宙に舞った。
背中から思いっきり床に叩きつけられた。
高城さんが拳を突き出して仁王立ちしていた。
肩で息をしている。
顔は冷静なままだった。
膝をついて、ぼくの襟首をつかんだ。
ソックスを履いた膝。白くて滑らかだった。
「だれからなの?言いなさい。助けてあげるから」
「言えません」
涙がどんどん流れてきた。高城さんの顔が霞んで見えた。
ぼくの頬が音を立てた。
「明らかな業務違反!」
ぼくの頬を思いっきりつねってきた。
「その通りです」
ぼくの声、涙でよく聞こえなかったかもしれない。
「通信制の高校は退学させるから!」
ぼくの頬をもう一度叩いた。
「そうしてください!」
たぶんぼくの顔、涙と恐怖で情けないものになってたって思う。
でもぼく、この一言だけは言い切ったんだ。
高城さんに、もう一度、頬を叩かれた。
「給料は半年間、半額に減給するから!」
「分かりました。申し訳ありませんでした」
高城さんは磯部先生のほうを振り返った。
「ご覧の通りです。わたしがスカウトしたんですが、ルールは公平に運用しなければいけません。
磯部先生の方で正式に処分を下してください」
磯部先生は、とってもいい先生。これは本心。
困った顔で左右を見回してる。
ぼく、磯部先生に迷惑をおかけしたことを申し訳なく思った。
「先生は職員室に行っててください。もう少し調べますから・・・」
磯部先生、ホッとした表情。英語科専用室を飛び出していった。
入れ違いに蘭さんが入ってきた。外で様子を伺ってたみたい。
「蘭さん。聞いてたでしょう。生徒会長呼んできて」
蘭さんは大きくうなずいて出て行った。
ぼくの方は一度も見なかった。高城さんに余計なことを悟られないようにって考えてたんだろう。
まもなく青い顔の先輩が入ってきた。目が真っ赤に腫れている。
泣いてたんだ。
ぼくが床に倒れてるのを見て、すぐに手で顔を覆った。指の間から、涙の滝が落ちていった。
「生徒会長」
高城さんがぼくを立ち上がらせると、丁寧な口調で言った。
「英語科の不始末を報告します。
補助職員の松山洋介君が、業務時間中にスマホで私的な連絡をしていました。
しかもだれと連絡してたのか説明せず、送信されたメツセージ自体削除してます。
非常に悪質な行為です。英語科生徒委員会委員長としても大変責任を感じてます。
松山君には、半年間、給料を半額に減給。現在受講している通信制高校の退学処分が下されることになるでしょう」
先輩が首を横に振った。涙声。
「やめてください!」
先輩が高城さんをにらみつけた。
「あなたの望みどおりにします。洋ちゃんはなにも悪くありません」
高城さんが笑いながら首を横に振った。
「洋ちゃん?だれのことです?」
先輩は顔を手で覆った。
「あなたって悪魔。わたしがなにするか見通して生徒会室に来て、すぐに洋ちゃんのところに行ったんでしょう」
高城さん、満面の笑み。
「だから洋ちゃんってだれのことなんですか?」
そう言って、丁寧に付け加えた。
「答えてくれませんか。生徒会長!」
先輩の涙が床を洪水にしていた。
先輩、涙を流しながら言った。
「洋ちゃんをこれ以上、苦しめるのは止めて!ぜんぶ話します。
わたしを好きなようにして。
洋ちゃんを処分しないでください。
お金もたくさんあげて。東部高校に入れてあげて。
あなたなら簡単にできるんでしょ。
わたしにはできない」
高城さんの勝利者の笑み。
「生徒会長が、松山君の業務違反についてなにか事情を知っていたら話してください」
先輩が泣きながら大きくうなずいた。
「高城さん!」
ぼくは、自分の出せるだけの大声で叫んだ!
「先輩はなにも関係ありません!生徒会室に帰してください」
高城さんの顏をしっかりと見つめた。
高城さんのこと、こわくて、こわくてしかたない。
でも目をそらさなかった。そらしちゃいけないんだ。
正面から立ち向かうんだ。
願いをかなえようってする気持ちが大きければ、ぜったいに願いはかなうんだ。
「できるわけないでしょう。君が本当のこと話さないから!」
ぼく、もう一度、声を限りに叫んだ。
「先輩は関係ありません。
先輩。生徒会室に帰って下さい。ぼくと高城さんの問題です。
ぼくはどんな処分でも受けるって言ってるんです」
顔面に激痛を感じた。
高城さん、平手でぼくの顔全体をひっぱたいてきた。
鼻から血が噴き出た。
先輩が悲鳴を上げた。
高城さん、血のついた指をながめた。
それから先輩に、血だらけの手を見せつけた。
「手が汚れた。どうしてくれるの?」
先輩がぼくの方に駆けよろうとした。ぼくはあわてて首を左右に振った。
「ぼくを厳しく罰してください」
そう言って床にひざまずいた。
高城さんがぼくに気をとられてるうち、早く先輩に部屋から出て行ってもらいたい。
でも先輩は立ったまま、泣いていた。
「先輩はなにも関係ありません」
床を血の洪水が流れて行く。
涙が交わって、流れは速くなった。
「先輩を生徒会室に帰してください」
どうしたら高城さんが心を動かしてくれるか、必死で考えた。
「『英単語100で話すヒジネス英語』のシステムを開発してます。もうアウトラインはできました。
完成したら、権利はぜんぶ高城さんに差し上げます。いま、開発しているシステムも、なにも権利は要りません。
給料を払わないというならそれでもいいです。
高城さんの言うことをなんでも聞きます。
だから先輩を帰してください。お願いです」
先輩の泣き声が、部屋中に響き渡った。
部屋全体が揺れた。
そしてその声を、鋭い声が遮った。
「聞いたでしょう。さっさと生徒会室に帰って下さい」
高城さんの肩が震えている。
「生徒会長」
先輩は泣き続けている。
「松山君に朝礼で全校生徒に謝罪させます。
全校生徒の前で晒し者になることで、彼に教訓としてもらいます。
掲示板にも処分を書いた紙を掲示して、ルール違反がどんな結果を招くか全校生徒への教訓にします。
反省の色も見えないので、減給の割合も期間も伸びることになると思います。
磯部先生が決めていただけるでしょう」
先輩はなにかを言おうとしたけど、涙で言葉が続かない。
「さあ、生徒会室に帰って下さい。早く」
高城さんが大声で告げた。
先輩がなにか言おうとする。
「早く出て」
先輩の泣き声が遠くなっていく。
とにかくこれで危機は脱したんだ。
この時ほどホッとしたことはなかった。
高城さん、先輩の去ったドアをしばらく見つめていた。
それから振り返った。
「もう少しだった。もう少しで、わたしに反対する人間たちを葬り去ることができた」
高城さんは白いハンカチを差し出した。
「君にあげる。鼻血は止まったでしょう」
ぼくは鼻に手を当ててみた。本当だ。すっかり止まって、なんとなく頭がスッキリしている。ぜんぜん痛みは残ってなかった。
「瀉血の一種よ。体の中の悪い血を出して新陳代謝を活発にしてあげたの」
ぼくは高城さんの言葉に本当に驚いた。じゃあ、ぼくを叩いたりしたのも・・・
「いつか君を薙刀で打ち据えたのは気功の治療法、健康法の一種。他のメンバーに痛めつけられた部分を治療してあげたの。
一時 は痛いけど・・・」
そう言って、部屋を出て行った。ドアを閉める時、もう一度振り返った。
「覚えといて。いま、わたしが言ったことを・・・
部屋は蘭さんに片づけて貰う。可哀そうだけど、処分はするからね」
英語科の専用室。放課後の時間。
残って、夏休みの課題のチェックをしてる最中だった。まだ業務時間なので、後で出ようって思った。
でも急に先輩の顔が思い浮かんだ。
先輩はスマホが高城さんにのぞかれてるの知ってるはず。
でも連絡してくる人間って先輩くらいだ。
母は着信拒否にしてる。
なにも返事をしなきゃ、先輩が後先考えず、直接、部屋に来るかもしれない。
でもそんなことしたら、すぐ高城さんに知られてしまう。
とにかくスマホの画面を見る。
思った通り、先輩からのメツセージ!
うれしさと恐怖の入り混じった複雑な気持ち・・・
高城さんは待っていた。
先輩がぼくに私的な連絡をしてくるのを・・・
あわててメツセージを見た。
<洋ちゃん。ごめんなさい!>
すぐメツセージを削除した。
やめて!先輩!危ない!どうしたらいいんだ!
間違いない。高城さんは、先輩の両親の念書のことをぜんぶ教えたんだ。
なんのため!
決まってる!
先輩が後先忘れ、ぼくのとこに来るようにするため!
そしてすぐまた次のメツセージが!
<いますぐ会いたい!>
削除する。
ドアが開く。
ドアのところに高城さんと英語科主任の女性教師の磯部先生が立っていた。
「なにしてるの。松山君」
心臓が止まるくらいに驚いた。
高城さん、平然とした表情。
磯部先生はどうしたらよいか分らないって表情。
「いま、業務時間よ。それ、松山君のプライベートなスマホでしょう。なにやってんの」
鋭い言葉がぼくの心臓を貫く。なにも言えず、下を向いた。
「聞いてるでしょう。答えなさい」
ぼく、下を向いたまま、
「すみません」
って答えた。声が震えた。
「なにか大事な用事なら仕方ないけど・・・スマホを見せなさい」
「メツセージです。もう削除しました」
「君の頭に残ってるでしょう」
下を向いたまま、
「言えません」
って答えた。
「わたしたちに説明できない内容なんでしょう」
高城さんは、ぼくの顔をのぞきこんだ。
「生徒からの私的なメッセージなんでしょう」
高城さんがぼくに迫る。
なにもかも知ってる!
ぼくらの携帯はサーバーかなにかを使い、通話もメッセージも筒抜けだ。
先輩からのメツセージだって高城さんは見ている。
だから、ぼくのところに来たんだ。
「補助職員が生徒と私的な関係になって、許されると思ってんの」
黙ってた。
「どうせまた連絡あるでしょう。スマホ渡しなさい」
ぼくは顔を上げて、高城さんの美しい姿を見た。
できるだけハッキリと、
「できません」
って答えた。
高城さんがぼくの方に近づいた。ぼくを見下ろして立っている。
「学校のルール知ってるでしょ。処分するよ」
高城さんの顔をしっかり見つめようとした。本当のこと言って、ものすごくこわかった。
すぐに先輩のやさしい顔を思い浮かべることにした。心の中に浮かぶ先輩の笑顔を自分の勇気に変えるんだ。
そうだ。先輩を守らなきゃならないんだ。
ぼくは、その決意だけで、美しくて恐ろしい
「申し訳ありませんでした。処分してください」
思わず目から涙がこぼれた。
先輩!ぼくにもっと勇気をください。
「だれとしてたか話せば助けてあげる!」
高城さんが一歩、前に出た。
「言えません」
ぼくの頬が鳴った。
スマホが床に落ちた。
着信音!
高城さんがスマホを拾おうとする。
ぼくは床のスマホにむしゃぶりついた。
ぼくの手を高城さんが握った。
必死で振りほどく。
先輩からのメツセージだ!
すぐに削除。
ぼくの体が宙に舞った。
背中から思いっきり床に叩きつけられた。
高城さんが拳を突き出して仁王立ちしていた。
肩で息をしている。
顔は冷静なままだった。
膝をついて、ぼくの襟首をつかんだ。
ソックスを履いた膝。白くて滑らかだった。
「だれからなの?言いなさい。助けてあげるから」
「言えません」
涙がどんどん流れてきた。高城さんの顔が霞んで見えた。
ぼくの頬が音を立てた。
「明らかな業務違反!」
ぼくの頬を思いっきりつねってきた。
「その通りです」
ぼくの声、涙でよく聞こえなかったかもしれない。
「通信制の高校は退学させるから!」
ぼくの頬をもう一度叩いた。
「そうしてください!」
たぶんぼくの顔、涙と恐怖で情けないものになってたって思う。
でもぼく、この一言だけは言い切ったんだ。
高城さんに、もう一度、頬を叩かれた。
「給料は半年間、半額に減給するから!」
「分かりました。申し訳ありませんでした」
高城さんは磯部先生のほうを振り返った。
「ご覧の通りです。わたしがスカウトしたんですが、ルールは公平に運用しなければいけません。
磯部先生の方で正式に処分を下してください」
磯部先生は、とってもいい先生。これは本心。
困った顔で左右を見回してる。
ぼく、磯部先生に迷惑をおかけしたことを申し訳なく思った。
「先生は職員室に行っててください。もう少し調べますから・・・」
磯部先生、ホッとした表情。英語科専用室を飛び出していった。
入れ違いに蘭さんが入ってきた。外で様子を伺ってたみたい。
「蘭さん。聞いてたでしょう。生徒会長呼んできて」
蘭さんは大きくうなずいて出て行った。
ぼくの方は一度も見なかった。高城さんに余計なことを悟られないようにって考えてたんだろう。
まもなく青い顔の先輩が入ってきた。目が真っ赤に腫れている。
泣いてたんだ。
ぼくが床に倒れてるのを見て、すぐに手で顔を覆った。指の間から、涙の滝が落ちていった。
「生徒会長」
高城さんがぼくを立ち上がらせると、丁寧な口調で言った。
「英語科の不始末を報告します。
補助職員の松山洋介君が、業務時間中にスマホで私的な連絡をしていました。
しかもだれと連絡してたのか説明せず、送信されたメツセージ自体削除してます。
非常に悪質な行為です。英語科生徒委員会委員長としても大変責任を感じてます。
松山君には、半年間、給料を半額に減給。現在受講している通信制高校の退学処分が下されることになるでしょう」
先輩が首を横に振った。涙声。
「やめてください!」
先輩が高城さんをにらみつけた。
「あなたの望みどおりにします。洋ちゃんはなにも悪くありません」
高城さんが笑いながら首を横に振った。
「洋ちゃん?だれのことです?」
先輩は顔を手で覆った。
「あなたって悪魔。わたしがなにするか見通して生徒会室に来て、すぐに洋ちゃんのところに行ったんでしょう」
高城さん、満面の笑み。
「だから洋ちゃんってだれのことなんですか?」
そう言って、丁寧に付け加えた。
「答えてくれませんか。生徒会長!」
先輩の涙が床を洪水にしていた。
先輩、涙を流しながら言った。
「洋ちゃんをこれ以上、苦しめるのは止めて!ぜんぶ話します。
わたしを好きなようにして。
洋ちゃんを処分しないでください。
お金もたくさんあげて。東部高校に入れてあげて。
あなたなら簡単にできるんでしょ。
わたしにはできない」
高城さんの勝利者の笑み。
「生徒会長が、松山君の業務違反についてなにか事情を知っていたら話してください」
先輩が泣きながら大きくうなずいた。
「高城さん!」
ぼくは、自分の出せるだけの大声で叫んだ!
「先輩はなにも関係ありません!生徒会室に帰してください」
高城さんの顏をしっかりと見つめた。
高城さんのこと、こわくて、こわくてしかたない。
でも目をそらさなかった。そらしちゃいけないんだ。
正面から立ち向かうんだ。
願いをかなえようってする気持ちが大きければ、ぜったいに願いはかなうんだ。
「できるわけないでしょう。君が本当のこと話さないから!」
ぼく、もう一度、声を限りに叫んだ。
「先輩は関係ありません。
先輩。生徒会室に帰って下さい。ぼくと高城さんの問題です。
ぼくはどんな処分でも受けるって言ってるんです」
顔面に激痛を感じた。
高城さん、平手でぼくの顔全体をひっぱたいてきた。
鼻から血が噴き出た。
先輩が悲鳴を上げた。
高城さん、血のついた指をながめた。
それから先輩に、血だらけの手を見せつけた。
「手が汚れた。どうしてくれるの?」
先輩がぼくの方に駆けよろうとした。ぼくはあわてて首を左右に振った。
「ぼくを厳しく罰してください」
そう言って床にひざまずいた。
高城さんがぼくに気をとられてるうち、早く先輩に部屋から出て行ってもらいたい。
でも先輩は立ったまま、泣いていた。
「先輩はなにも関係ありません」
床を血の洪水が流れて行く。
涙が交わって、流れは速くなった。
「先輩を生徒会室に帰してください」
どうしたら高城さんが心を動かしてくれるか、必死で考えた。
「『英単語100で話すヒジネス英語』のシステムを開発してます。もうアウトラインはできました。
完成したら、権利はぜんぶ高城さんに差し上げます。いま、開発しているシステムも、なにも権利は要りません。
給料を払わないというならそれでもいいです。
高城さんの言うことをなんでも聞きます。
だから先輩を帰してください。お願いです」
先輩の泣き声が、部屋中に響き渡った。
部屋全体が揺れた。
そしてその声を、鋭い声が遮った。
「聞いたでしょう。さっさと生徒会室に帰って下さい」
高城さんの肩が震えている。
「生徒会長」
先輩は泣き続けている。
「松山君に朝礼で全校生徒に謝罪させます。
全校生徒の前で晒し者になることで、彼に教訓としてもらいます。
掲示板にも処分を書いた紙を掲示して、ルール違反がどんな結果を招くか全校生徒への教訓にします。
反省の色も見えないので、減給の割合も期間も伸びることになると思います。
磯部先生が決めていただけるでしょう」
先輩はなにかを言おうとしたけど、涙で言葉が続かない。
「さあ、生徒会室に帰って下さい。早く」
高城さんが大声で告げた。
先輩がなにか言おうとする。
「早く出て」
先輩の泣き声が遠くなっていく。
とにかくこれで危機は脱したんだ。
この時ほどホッとしたことはなかった。
高城さん、先輩の去ったドアをしばらく見つめていた。
それから振り返った。
「もう少しだった。もう少しで、わたしに反対する人間たちを葬り去ることができた」
高城さんは白いハンカチを差し出した。
「君にあげる。鼻血は止まったでしょう」
ぼくは鼻に手を当ててみた。本当だ。すっかり止まって、なんとなく頭がスッキリしている。ぜんぜん痛みは残ってなかった。
「瀉血の一種よ。体の中の悪い血を出して新陳代謝を活発にしてあげたの」
ぼくは高城さんの言葉に本当に驚いた。じゃあ、ぼくを叩いたりしたのも・・・
「いつか君を薙刀で打ち据えたのは気功の治療法、健康法の一種。他のメンバーに痛めつけられた部分を治療してあげたの。
そう言って、部屋を出て行った。ドアを閉める時、もう一度振り返った。
「覚えといて。いま、わたしが言ったことを・・・
部屋は蘭さんに片づけて貰う。可哀そうだけど、処分はするからね」