明日香先輩の反撃

文字数 2,400文字

      
 目を開けたら枕元に高城さんがいた。
 校舎内のぼくの部屋。
 ぼくは布団の中。
 高城さんがプレゼントしたパジャマを着ていた。
 あわてて起き上がった。まだ頭がボーッとしている。

 「先輩!先輩!何十回?何百回と叫んでた。楽しくなかった」

 高城さんって平然とした顔。

 「先輩は?」

 知らないうちに大声出してた。

 「またその名前?」

 高城さんは相変わらず平然とした顔。
 
 「言いたくないけど教えてあげる。
 寮に現れなかった。
 あの愚鈍な生徒会長が、それだけ頭が回るなんて驚きだね。
 賢い君に感化されたのかな?」

 ぼくの頭の中。くるくると渦を巻いて回りだした。
 先輩が助かったって安堵感。
 緊張が一瞬にして解けてしまった。
 また布団に頭を戻した。

 「今日のことはごめん。いまから埋め合わせするから!
 気分よくなったらディナーに行こう」

 風が吹いた。
 部屋のドアが開いた。
 先輩がたくさんの紙袋を提げて待っていた。
 高城さんったら、一瞬、信じられないって顔した。
 でもすぐ元の平然とした表情。
 先輩を出迎える。

 「ごきげんよう。生徒会長。わたしになにか用ですか?」

 先輩の目。ものすごくこわい。

 「あなたに用はなんてありません。
 今までも。
 これからも」
 「じゃあ、なにしに来たんです。ここはどこか知ってるでしょう」

 先輩は紙袋を畳の上に置いた。

 「よく知ってます。幼馴染で、わたしの一番大切な人の部屋です」

 高城さんが鼻で笑う。

 「幼馴染だろうとなんだろうと、校則は知ってるでしょう」

 先輩が高城さんをにらみつける。

 「校則に違反するとは思いません」

 高城さんが先輩を正面からにらみつける。

 「どういうこと?説明してください」

 先輩、決して弱みを見せない。
 玄関に立って堂々とした態度。

 「弁護士などの法律関係者。先生や教育委員会の関係者に話をお聞きしました。
 たとえば、同じ学校で、母親が教師、子どもが生徒という関係。
 夫婦が同じ学校に教師として勤務していることが、時々、あります。
 もちろん授業中、勤務時間などは節度ある態度が求められます。
 でもはなはだしい公私混同でなければ、それほど神経質になる必要はないということでした。
 たとえば学校で、生徒である娘が、教師である母親に

 『お母さん』

と呼びかけても、公私混同などの批判をするのは当たらないという見解をいただきました。
 わたしと洋ちゃんの関係ですが、幼馴染でお互いに一番大事な人間です。
 婚約はしてないけど・・・」

 先輩がぼくの顔、そっと見た。

 「将来、結婚すると思います」
 
 高城さん、ぼくの顔をそっと見た。

「弁護士と教育委員会関係者の方は、授業時間中、洋ちゃんの勤務時間に公私混同の態度をとったりしたら問題だが、放課後に交流することは、なんら問題ないと言われました。
 もちろん洋ちゃんが教師なら問題もありますが、洋ちゃんはなんの権限もない嘱託の補助職員です。
 放課後。寮の門限までの時間、洋ちゃんを尋ねたってなんの問題もないと見解をいただきました。
 磯部先生も、幼馴染が放課後に節度ある交流をしても、なんの問題もないとおっしゃっています。
 わたし、それをレポートにまとめました。いずれ提出するつもりです」

 先輩の顔って、とっても涼しげで頼もしい。
 いままで以上に美しかった。

 「高城さん。あなたは洋ちゃんを補助職員にして、必要以上に公私混同を強調して洋ちゃんやわたしを苦しめました。
 問題にならないようなことまで言いがかりをつけました。
 生徒会長として、あなたのような生徒、そして人間がいることを心から残念に思います」

 先輩の声が大きくなる。

 「高城さん。わたしのことがキライなら、思う存分、攻撃してください。
 でも関係ない洋ちゃんを苦しめたり傷つけるのはやめてください。
 あなたは卑怯です!」

 すぐだった!
 高城さんが立ち上がった。
 先輩を正面から見つめた。

 「卑怯なのは生徒会長!あなたじゃありませんか?」

 静かな、本当に静かな口調で言った。
 でもぼく、高城さんの言葉の中に、爆発寸前の怒りを聞いた。
 先輩のことが心配になってきた。
 でも先輩は、正面から高城さんの顔をしっかりと見つめている。
 今日の先輩、本当にかっこいい!

 「松山君の自己犠牲をよいことに、安らかに眠っているのはどなたですか?
 わたし、松山君がいい子だって、よく知ってる。
 生徒会長より知ってます。
 だから松山君を巻き込みたいと思ったことは一度もありません」

 冷静な口調。
 だけど・・・
 だけど・・・
 先輩に向けた鋭いナイフが隠れている。

 「生徒会長。今日の昼に旧校舎の区域をうろついてた時、踏み込んで学校に報告することだってできたんです。
 ご存知ですよね。旧校舎区域は昼の休憩時間だろうと放課後だろうと、立ち入り禁止です。
 でもわたし、松山君を巻き込みたくなかったんです」

 先輩、困った顔。
 高城さんの口に笑み。
 こわい・・・

 「先ほどの小学生のような幼稚な主張、大変楽しく聞かせて貰いました。
 だれがそういう意見を言ったのか興味があります。
 依頼人のほとんどいない三流弁護士ですか?
 定年間際の仕事もほとんどない教育委員会職員ですか?
 磯部先生がそうした見解を述べたというのは驚きです。
 ですが明日も同じ考えとは限りませんから。
 いずれ職員会議で決めていただきましょう」

 高城さん、ドアに向かって歩き出した。
 先輩の方を一度も見ずにドアまで来た。
 ドアノブを手にした時・・・
 ぼくの方・・・
 振り返った・・・
 満面の笑みをぼくに向けた。
 初めて見た・・・
 高城さんの笑顔って・・・
 本当は・・・
 こんなに愛らしくて・・・
 さわやかで・・・
 すてきなんだ・・・

 「洋ちゃん。またね」

 ぼくを励ますようなあたたかい声。
 先輩以外の人に初めて「洋ちゃん」って呼ばれた。
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登場人物紹介

高城サキ 《たかしろさき》  名門女子校・王道女学園二年。『王道女学園振興会』会長。JK起業家。『JKカンパニー』会長。父親は有力国会議員。


「ごきげんよう。生徒会長。

 いいこと教えましょうか。

 基本、わたし・・・生徒会長のこと、大キライなんです。

 分かります?」

「IQの低いおじさん。

 分数分かる?九九は?

 可哀想なおじさんはね。

 もうすぐ死んじゃうんだよ」


井上明日香《いのうえあすか》 名門女子校・王道女学園二年。生徒会長。松山洋介の幼馴染。


「洋ちゃんはね。離れていたって家族と一緒。

 だから友だちといてもね。

 最後は洋ちゃんとこへ帰ってくるの」




蘭美莉《ランメイリー》 台湾からの留学生。父親は公安幹部。

「松山さん。純愛ドラマは、

 ハッピーエンドって決まってるんです。

 加油!我的最親愛的好朋友(負けないで。わたしの一番大切な人!)」

進藤早智子《しんどうさちこ》高城サキの秘書。眼鏡美人。

 「会長。松山君に暴力をふるうのはやめてください。

 松山君の言っていることが正しいんです。

 それは・・・会長が一番、よく知ってるはずです」

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