井上明日香の日記~洋ちゃんを守ってみせる

文字数 2,530文字

〇月△日

 ずっと泣いて、ずっと起きてた。
 朝礼の時の洋ちゃんの姿を思い出すと涙が止まらず、自分の部屋で声をあげて泣いてた。
 血まみれになって倒れてる洋ちゃんを看病できない。
 悲しくて、ただただ泣いて泣いてるしかなかった。

 「洋ちゃん!洋ちゃん!」

 何度も何度も呼んだ。

 もしテレパシーが本当にあるなら・・・
 お願い!
 洋ちゃんに、わたしの声が届いてほしいい。
 ずっと洋ちゃんのこと、思ってるって伝えたい。
 蘭さんが寮に戻って来た。わたしの部屋に誘って、ベッドに座らせた。
 すぐに洋ちゃんの様子を聞いた。

 「言いたくないです。明日香さん、心配でがまんできなくなります」
 「元気なの?」
 「いま、起きています」
 「渡してくれた?」
 「はい」

 蘭さんはそう答えて、少したってから付け加えた。

 「松山さんは、明日香さんのお金を使わないです」
 「どうして?」
 「明日香さん。説明しないと分からないですか。
 松山さんはそういう人です。
 だからわたし、松山さんのことを好きです」

 「好き」という言葉。
 思わず蘭さんを見た。
 蘭さんは立ち上がった。なにも言わないでドアに向かった。

 「蘭さん。もっと詳しく聞かせて」

 蘭さんは振り返って、わたしのこと、じっと見つめた。
 しばらく考えていた。その後、ゆっくりと口を開いた。

 「明日香さん。明日香さんはわたしの友だち。だから言います。
 松山さんは死にます」

 蘭さんはハッキリ、わたしの顔、正面から見つめた。
 何度も頭の中で、蘭さんの言葉を繰り返した。
 こわい。本当にこわい。頭の中が真っ白になった。

 「どうして」
 
 蘭さんがわたしの前に一歩進み出た。

 「わたしが説明をしないと、分からないですか?
 あなたのために死にます」

 蘭さんがなにを言いたいのかよく分った。なにも言えなかった。
 頭の中に、洋ちゃんの血まみれの顔が浮かんできた。
 それから、一番後悔しているあの日のこと。
 ホテルで洋ちゃんを何度も叩いた時のこと。
 洋ちゃんが鼻血を出して泣いていたこと。
 洋ちゃんの涙を思い出した時、止まってた涙が、ポロポロとこぼれ落ちた。
 もうなにも見えない。霞の中に、蘭さんの言葉だけがハッキリと聞こえた。

 「わたしは明日香さんに言います。
 わたしは松山さんが好きです。
 わたし以外に、もうひとり松山さんを好きな女性(ひと)がいます。
 でも松山さんは、明日香さんひとりだけを好きです。
 自分のことより明日香さんのことだけを考えます。
 明日香さんは、それがどんなに幸せか知らない。
 だからわたし、怒ります」

 蘭さんの声が大きくなった。

 「どうして松山さんを傷つけましたか?
 松山さんがしかたなく王道女学園に来たこと、どうしてわからなかったですか?」

 蘭さんの声は震えていた。
 彼女の気持ちを知った時、わたし、もっと悲しくなった。
 洋ちゃんに申し訳ない。
 洋ちゃんに直接、会ってあやまりたい。
 洋ちゃんが目の前にいない。
 わたし、胸が張り裂けそうだった。

 「松山さんは死にます。明日香さんのために死にます」

 蘭さんはもう一度、わたしに繰り返した。そして一通の手紙を差し出した。

 「松山さんが部屋に隠していました。わたし、分らないように持ってきました」

 その手紙は、洋ちゃんが高城さんに宛てて書いたものだった。

 <高城さん。ぼくは高城さんが、りりしくてかっこいい女性だって憧れています。
 憧れの高城さんに、ぼくの生命と引き替えにお願いします。
 先輩にこれ以上、ひどいことしないでください。
 ぼくにとって、一番大切で一番守りたい先輩を助けてください。
 『英単語100の英会話』『英単語100のビジネス英会話』のシステムをぼくのパソコンに入れておきました。
 高城さんにすべての権利があります。
 先輩のこと、よろしくお願いします>

 この手紙を読んだ時、もう自分の心を抑えられなかった。
 蘭さんがいるのに、ベッドに突っ伏して、洋ちゃんからの手紙を握りしめたまま、泣いちゃった。
 ずっと叫んだ。

 「洋ちゃん。洋ちゃん!洋ちゃん!」

って何十回、何百回って呼んでた。
 蘭さんはしばらくわたしの様子、だまって見てた。
 どんなに泣いたって、涙は終わらなかった。
 もしテレパシーがあるんなら、この涙が、いますぐ洋ちゃんに届いて欲しいと思った。
 ベッドの上に、一本の小瓶が落ちた。見覚えのある小瓶だった。
 わたしの心が遠くへ飛んだ。
 あわてて小瓶を手に取った。

 「松山さんの場所から持ってきました。手紙と共に・・・」

 蘭さんの声は冷静だった。だけどわたしの耳には、蘭さんの怒りの気持ちがまっすぐ届いた。

 「明日香さん、保管してください。でも・・・」

 蘭さんが言葉を切った。なにを言いたいのかよく分った。

 「小瓶。また買うことができます」

 蘭さんの顔を見た。真剣な表情をしてた。

 「どうするか?よく考えてください」

 わたし、大きくうなずいてみせた。
 洋ちゃんを、洋ちゃんを守らなければならない。

 「わたしは明日香さんに、わたしの知ることぜんぶは言いません。それをわたしが言うと、明日香さんは大変ショックでしょう。
 でもこれだけは言います。
 わたし、本当は松山さんに言いたいです。
 高城さんの言うことを聞いてください。
 お金がたくさん入ります。東部高校に行ける。
 幸せになれます。」

 蘭さんの声が大きくなった。

 「しかし松山さんはそれを幸せと思いません。
 明日香さんに傷つけられても、明日香さんと共にいることを幸せと思っています」

 蘭さんはそう言って、今度こそ本当に、ドアのノブに手をかけた。

 「失礼します」

 ドアが閉まった。
 ひとりになった。
 わたし、ずっと手紙を抱きしめてた。
 洋ちゃんと思って抱きしめてた。
 小瓶を洋ちゃんに使わせない。ぜったい使わせない。
 洋ちゃん。わたしのこと許して。
 でも洋ちゃんに裏切られたら生きていけないくらい、洋ちゃんのこと思ってたの。
 その気持ちだけ分って・・・
 もし洋ちゃんが死んだりしたらわたし、ぜったい生きていけない。
 だからわたし、洋ちゃんが自分の生命を投げ出してわたしを守ってくれたように、洋ちゃんのこと、洋ちゃんのこと、守ってみせる。

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登場人物紹介

高城サキ 《たかしろさき》  名門女子校・王道女学園二年。『王道女学園振興会』会長。JK起業家。『JKカンパニー』会長。父親は有力国会議員。


「ごきげんよう。生徒会長。

 いいこと教えましょうか。

 基本、わたし・・・生徒会長のこと、大キライなんです。

 分かります?」

「IQの低いおじさん。

 分数分かる?九九は?

 可哀想なおじさんはね。

 もうすぐ死んじゃうんだよ」


井上明日香《いのうえあすか》 名門女子校・王道女学園二年。生徒会長。松山洋介の幼馴染。


「洋ちゃんはね。離れていたって家族と一緒。

 だから友だちといてもね。

 最後は洋ちゃんとこへ帰ってくるの」




蘭美莉《ランメイリー》 台湾からの留学生。父親は公安幹部。

「松山さん。純愛ドラマは、

 ハッピーエンドって決まってるんです。

 加油!我的最親愛的好朋友(負けないで。わたしの一番大切な人!)」

進藤早智子《しんどうさちこ》高城サキの秘書。眼鏡美人。

 「会長。松山君に暴力をふるうのはやめてください。

 松山君の言っていることが正しいんです。

 それは・・・会長が一番、よく知ってるはずです」

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