台湾から来た美少女・蘭美莉さん

文字数 4,265文字

 先輩の自宅って、駅の近くの静かな住宅街。
 先輩の言葉を思い出す。

 「いい?駅からわたしの家に向って、百メートルくらい手前に不動産屋があるの。
 そこを尋ねてみて!
 できるだけ、うちの近くのコーポとか調べてもらってね。
 あとで相談しようよ」
 
 五月の連休が終わった週末の土曜日。町のにぎわいだって一段落。
 ぼくはっていえば、高校にも通ってないから連休なんか関係ない。
 連休中、先輩には会えなかった。生徒会の仕事がいろいろ入って家にも帰れないって電話で言ってた。
 でも本当の理由・・・

 叔父から電話があったんだ。
 先輩が両親に電話をかけた・・・
 ぼくへの仕打ちがひどいって怒りの電話だった・・・

 「とりあえず洋ちゃんを近くの定時制高校に入学させたいの。力を貸してあげて」
 「なにもそこまでしなくてもいいんじゃないかな・・・」
 「じゃあ。自分の貯金を下ろす。もう頼まない」
 「待ちなさい。よく考えなさい」

 最後は電話で大喧嘩。連休中も自宅には戻らなかった。
 今度は両親が怒りの電話。叔父に抗議してきた。
 ぼくが黒幕だって話・・・
 先輩のやさしさを感じた。目頭が熱くなった。
 でも先輩の貯金を下ろすなんてぜったいいけない。
 叔父夫婦だってなにもしてくれなかったんだ。
 先輩がぼくのため、そんなことする必要なんてないんだ。
 
 叔父の本当の用事はほかにあった。

 「借金も返さんといかんしな。家を処分するよ。
 洋介は、どこか安いアパートを借りるか、お母さんと相談するかしなさい」

 要するに、

 「ここはお前の家じゃない。出て行け」

ってこと。
 「浪人」の肩書。新たに「ホームレス」。

 「十八歳の誕生日までは家賃を負担する。
 それから当面の生活費用として三十万、いや、二十万・・・十五万渡す。
 自分で早く仕事を見つけるか、お母さんと相談するかしなさい」
 「分かりました」
 「じゃあ、どうするか早く決めてくれ。決まったら電話だ。早くしてくれ」
 「はい。いろいろすみませんでした」
 「じゃあ、電話待ってるからな」

 電話が切れる直前、叔父があわてて叫んだ。

 「洋介!君のお母さんが世話するなら、家賃とかは知らんからな。
 分かったな!忘れるな。
 ちゃんと伝えたからな。
 当面の費用として、すぐ『十万』送る」

 大声の後・・・電話はプツッと切れた。
 

 いままでアルバイトなんかしなかった。
 この世から消えてしまいたかったから・・・
 でも先輩に会って、なにか仕事探そうって気持ちになった。
 これ以上、先輩を心配させたくない。
 先輩は将来、日本を動かす人間になるんだ!
 きっとなるんだ!
 だけどぼく、夜学へは行かない・・・
 夜学から日本英語学院に進学なんて不可能だから・・・
 ほかの目標が見つからないなら、高校に行ったってしかたない。
 とりあえずアルバイトしよう。
 これからのことを考えるんだ。


 そんな時だった。
 連休中に先輩から電話があった。
 先輩は自分の近くに引っ越すようにって言ってくれた。近所の不動産業者も紹介してくれた。

 「今度、休みの時に会おうね。
 あのね。大事な話あるから!」

 それが別れの挨拶。
 大事な話って、たぶん定時制高校の話。
 会った時にハッキリ断らなきゃ。
 でも先輩!
 本当にありがとうございます。
 
 不動産屋は、すぐ分かった。
 そうか。ここに不動産屋があったんだな。
 大きな看板が見える。 
 そして・・・

 ぼくの右横。ブレザーの少女が歩いていた。紙を見ながら首を左右に振っている。目を寄せて考え込んでる。
 先輩の高校とまったく同じ制服。
 もしかしたら?

 「あの」

 思い切って声をかけてみた。
 ぼくと同じくらいの背丈。長い髪をストレートにして、前髪を額に垂らしていた。
 目が細くてやさしい印象。口が少し大きくて、明るく活発な印象。ミニスカートからのぞく長くて優美な白い脚。黒のハイソックスの清潔感。
 先輩より少し負けるかも?でもすてきな少女。

 「もしかしたらだれかの家を探してませんか?」
 「はい。地図見ます。あまり分かりません」

 きれいな声。だけどイントネーションが少しおかしかった。
 前にも書いたけど、先輩は中国語がペラペラ。一緒に家にいる時、中国の人が遊びに来たことがあった。
 その人の日本語は上手だったけど、イントネーションが微妙に違っていた。
 美少女の日本語のイントネーションもよく似ていた。

 (中国の人かな?)

って思った。
 もしかしたら先輩を訪ねて来たのだろうか。なにも聞いてないけど、先輩は自宅に帰ってるのだろうか?

 「どこに行きますか?」

 ぼくはできるだけゆっくり、一言一言丁寧に話した。

 「すみません。ここです」

 美少女が一枚のメモをぼくに見せる。思った通り先輩の名前と住所。

 「分ります。一緒に行きましょう」

 ぼくはゆっくりと話しかけた。

 「井上さん、知っています」

 美少女が驚いている。

 「井上明日香さんは、ぼくの先輩です」

 ぼく、そう説明した。でも美少女は、よく分らないみたい。
 「先輩」って言葉が分らないんだって気がついた。
 漢字に書けば分るだろう。持ってたメモ帳に「先輩」と書いた。
 美少女は大きくうなずいた。

 「知道了。是他的前輩・・・」

 やっぱり中国語だった。

 「そうか。この子の先輩」

って言っていた。

 「あなたは中国の人ですか?」

 そう尋ねてみた。

 「わたし、台湾から来ました」

 美少女が頭を下げた。

 「こんにちは。ぼく、松山洋介といいます」

 自己紹介する。台湾からの美少女はニッコリ笑った。
 ぼくのメモに大きく字を書いて返してくれた。

 <蘭美莉(ランメイリー ・・・北京語)>

 台湾には台湾語があるけど、たいていの人が中国語と日本語を話せるって先輩から聞いた。中国語のことを「北京語」って呼ぶことも・・・

 「今度、王道女学園に留学します。
 井上明日香さんが寮でわたしの世話します。
 今日、井上明日香さんに挨拶に来ました。
 わたしはきのうの夜、寮に入りました。
 井上明日香さん、自宅に帰っていました」

 それでわざわざ挨拶に来たのか?
 台湾の人は礼儀正しいって・・・
 これも先輩から聞いた。
 生徒会長なのと、中国語が話せるってことで、蘭さんの世話係になったんだ。
 彼女の言葉から、先輩が自宅に戻ってるって分った。
 でもなんでぼくに連絡してこないんだろう?
 ぼくの疑問は、すぐ不安な想像に変わった。
 想像は確信に変わる。
 間違いない。ぼくのこと、相談しようって自宅に帰ったんだ。
 先輩の両親、きっと怒ってるだろう・・・
 ぼくが黒幕だって思ってるだろう・・・
 とにかくいま、蘭さんを案内しなければならない。
 ぼくは声をかけた。

 「じゃあ行きましょう」

 蘭さんの前に立つつもりだった。蘭さんったら、すぐぼくの横に並んだ。

 「あなたは高校一年生ですか?」

 蘭さんが明るい表情で尋ねてきた。
 どうしようかって思ったけど、正直に話すことにした。嘘を言ったり答えないのも失礼だって思った。

 「高校には行ってません」
 「えっ、なぜですか?勉強できるみたいです。高校入れるでしょう」
 「理由があります」

 ぼくは下を向いた。よけいなこと言ったって後悔した。
 
 「分りました」

 蘭さんがぼくの腕をつかんだ。

 「井上明日香さんと本当に仲がいいですね。
 電話をした時、明日香さんが後輩のことを話しました。
 松山さんのことですね。
 明日香さんは、すごく松山洋介さんのことを思っています。心配しています。
 明日香さんは、いま、両親と相談している。むずかしい話です。
 だからわたしと、自宅以外の喫茶店で会います。
 むずかしい話とは松山さんのことだと思います」

 間違いない。先輩は両親と、ぼくのことを相談してるんだ。

 (先輩、ごめんなさい。ありがとうございます)

 見覚えある家屋が見えてきた。ぼくは蘭さんに表札を示した。

 「ここが井上明日香さんの家です。ぼくはほかのところに行きます。
 さよなら」

 蘭さんがぼくの手首をつかんだ。

 「明日香さんの家に来た。違いますか?」

 ぼくは首を横に振った。

 「いいえ」

 蘭さんはぼくの手を離さなかった。

 「いっしょに行きましょう」

 ぼくはもう一度、首を横に振った。

 「ぼくは行けません。ごめんなさい」

 蘭さんが困ったような顔をした。ぼくの手を放した。

 「松山洋介さん。早くここから離れてください」

 急に変なことを言われた。

 「ここはさびしいです。大きい道に出てください。早くタクシーに乗る。一番いいです」

 蘭さん、あせってる。どういうことなの?ぼくにはさっぱり分らない。
 とにかく不動産屋に行かなければならない。

 「分りました。さよなら」

 蘭さんはあわててぼくの服をつかんだ。

 「待ってください」

 蘭さんはバッグから財布を取り出した。千円札を二枚差し出した。

 「タクシー代です。」

 蘭さん、なにあわててるんだろう。相変わらず分らなかった。
 はるばる台湾から来た女子高生に、そんな出費させる訳にはいかない。

 「お金はいりません。ありがとう。すぐに離れます」

 ぼく、頭を下げた。

 「やっぱりわたしと一緒に行く。一番いいです」

 ぼくは首を振った。

 「日本によく来てくれました。
 イヤなこともあるかもしれません。
 でも助けてくれる日本人だってたくさんいます。
 それを信じてください。
 ぼくも日本人です。
 ぼくにも連絡してください」

 別れの言葉を伝え、先輩の家から離れた。
 ぼくを見つめる視線。
 振り返ってみる。
 蘭さんがずっとぼくを見送っていた。
 とにかくすぐ大通りに出ることにした。
 偶然、ぼくの横をタクシーが通った。
 手を挙げる。すぐタクシーが停車した。
 ドアが開く。
 後部席に先客。
 りりしくかっこいい女性(ひと)
 あわてて車から離れようとした。
 遅かった。
 腕をつかまれ、タクシーの中に引きずり込まれた。

 「君ひとりのためのタクシーだから・・・」

 楽しそうな声。
 高城さんはぼくの腕をつかんだまま、運転手に言った。

 「車出して。タクシーの表示、もう要らないから」

 ぼくの方を見て笑った。
 高城さんの口は明るく笑っていた。
 高城さんの目は、氷のように冷たくて残酷だった。

 「嘘つきの松山洋介君」

 高城さんがぼくに話しかけてきた。

 「なにするんですか?」

 必死で高城さんに言い返す。

 「君はいい子だって分ってる。
 本当にいい子だよ。
 でもさ。嘘をつくっていけないことだよ。
 許せないなあ。
 わたしと一緒に行こうね!」

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登場人物紹介

高城サキ 《たかしろさき》  名門女子校・王道女学園二年。『王道女学園振興会』会長。JK起業家。『JKカンパニー』会長。父親は有力国会議員。


「ごきげんよう。生徒会長。

 いいこと教えましょうか。

 基本、わたし・・・生徒会長のこと、大キライなんです。

 分かります?」

「IQの低いおじさん。

 分数分かる?九九は?

 可哀想なおじさんはね。

 もうすぐ死んじゃうんだよ」


井上明日香《いのうえあすか》 名門女子校・王道女学園二年。生徒会長。松山洋介の幼馴染。


「洋ちゃんはね。離れていたって家族と一緒。

 だから友だちといてもね。

 最後は洋ちゃんとこへ帰ってくるの」




蘭美莉《ランメイリー》 台湾からの留学生。父親は公安幹部。

「松山さん。純愛ドラマは、

 ハッピーエンドって決まってるんです。

 加油!我的最親愛的好朋友(負けないで。わたしの一番大切な人!)」

進藤早智子《しんどうさちこ》高城サキの秘書。眼鏡美人。

 「会長。松山君に暴力をふるうのはやめてください。

 松山君の言っていることが正しいんです。

 それは・・・会長が一番、よく知ってるはずです」

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