蘭さんの言葉は風に乗って・・・

文字数 2,195文字

 <要緊!従昨天晩上開始井上同学下落不明了。(大変です。明日香さんが行方不明です)>

 蘭さんのメモ。
 朝礼から三日目の夕方。
 蘭さんが見舞いに来た時、ぼくに伝えてくれた。
 あわててメモの続きを読んだ。
 昨晩、先輩は寮には帰らず、蘭さんがこっそり部屋を調べてみると、机の上に退学届が置いてあった。
 パソコンで打たれた文字に、先輩のサインと拇印があった。
 サインは先輩に間違いない。でも自分の意志で書いたなんて思えない。
 蘭さんはすぐに退学届を隠し、先輩の自宅に連絡してみた。自宅にも戻っていなかった。
 蘭さんは先輩の両親に、体調不良で何日か休むって学校に連絡を入れるように伝えた。
 今日は、ぼくの見舞いにかこつけて、こっそり事情を説明に来てくれた。
 蘭さんったら、ぼくが高城さんへ書いた手紙と薬瓶を見つけて先輩に渡していた。 
 ぼくも見当たらないって気づいた時には驚いたけど、たぶん蘭さんが持ちだしたんだって思ってた。
 蘭さんは、先輩が手紙を読み、高城さんに会いに行ったんだって考えてた。
 その時はベストの選択と思ってた。
 でも自分が手紙を渡したため、大変なことになったって、ずいぶん責任を感じていた。

 ぼくが一番、責任があるんだけど・・・

 手紙と薬瓶は、先輩の部屋の机の上に置いてあった。蘭さんはそれをぼくに返した。

  <不要吃這個薬!行不行!(こんな薬なんか飲まないで!約束です!)>

 蘭さんはメモに書いた。、こわい目でぼくを見た。ぼく、あわててうなずいた。

  <井上同学痛苦!我也一様的!(明日香さんが悲しみます。わたしだって!)>
 
 ぼく、何度も頭を下げた。

  <我要和高城前輩見面。(高城さんに会います)>

 そうメモに書いて蘭さんに見せた。

  <那是最好的方法。(それがいいです)>

 蘭さんもメモを返した。蘭さんは、

  「わたしが松山さんに先輩の失踪を伝えるのは自然なことだ。
  松山さんが高城さんに会いに行っても別に不審には思われないだろう。
  たぶん松山さんが来るのを待ってると思う」

って自分の考えを書いてきた。
 すぐに高城さんに会おうって思った。
  ぼくの考えをメモに書くと、蘭さんはうなずいてくれた。
 部屋の前で別れる時だった。
 蘭さんったら、ぼくの顏見て首をかしげてみせ、それからニッコリ笑った。 
 夢見るようなステキな笑顔だった。

 「松山さん」
 「はい」
 「なぜわたし、日本に来たか、分りますか?」

 蘭さんの笑顔に引き込まれて、ぼくも笑った。

 「知りたいです。教えてください」
 「日本のドラマ、アニメ、大好きでした。日本の純愛のドラマ、すごく何回も見たです」
 「そうだったんですね」

 嬉しかった。蘭さんにいままで以上に親近感を感じた。

 「だから松山さんと明日香さんのこと。好きです」

 はずかしくなって下を向いた。いきなり、そんなこと言わないでよ。

 「知ってますね。純愛ドラマって、どんな時だってHAPPY ENDなんです」

 蘭さんはそう言って、真剣な顔でぼくを見つめた。
 人生の一番大事な時、どんな困難にも立ち向かおうって決意する時、人はこんな表情を見せてくれるんじゃないかって思った。
 蘭さんの真面目さ、真剣さが、ぼくに知らず知らず力を与えてくれた。
 そうだ。愛って真剣なものだ。
 遊びなんかじゃない。
 蘭さんが全力を挙げて応援してくれるなら・・・
 ぼくだって命を賭けるんだ・・・

 「蘭さん。ありがとう」

 ぼくは心からお礼を伝えた。

 「蘭さんはHAPPY ENDっていいました。
 ぼくはこう思う。HAPPY ENDって生きることだけで得られるもんじゃない。 
 たとえ命を失ったって・・・
 ぼくって人間が・・・
 大好きな人の心にいつまでも残ってくれるなら・・・
 その大好きな人が幸せになれるなら・・・
 ぼく・・・
 相手の心の中でいつまでも幸せでいられるんだ・・・
 そう信じてます・・・」

 蘭さんの目が大きく開いた。
 口に手を当てた。

 「蘭さん。ぼく、なにも力がないんです。
 あるのは、先輩に幸せになって欲しいって気持ちだけなんです。
もし先輩が幸せになれるなら・・・
 ぼくだって・・・
 どこにいたって幸せなんです・・・
 天国だって・・・
 地獄だって・・・」

 そう言い切って、校舎に向かって歩き始めた。
 蘭さんの方はもう振り返らなかった。

 「覚えてください」

 蘭さんの声が後ろから届いた。

 「世の中は不公平なんかじゃありません。公平です。
 松山さんは、きっと大丈夫です
 加油!松山同学!
 (ヂァヨー!マツヤマトンシェ! 松山さん!がんばれ!)
 加油!我的最喜歓的好朋友!
 (ヂァヨー!ウォダツイシーホァンダハオポンヨウ  負けないで!わたしの一番大切な人!)」

 しばらく歩いてから振り返った。
 蘭さんの姿はなかった。
 彼女の言葉だけ、まだ風の中に残ってた。

 『王道女学園振興会』の専用室。
 ドアの前くで来ると・・・
 早智子さんが立っていた。
 ぼく、頭を下げた。
 眼鏡の縁にかかった髪の毛を軽く払う。
 
 「松山君」

 早智子さんが首を横に振った。

 「帰って。中に入っちゃだめ」

 早智子さんの真剣な顔。
 急にどうしたんだろう。

 「すみません。高城さんに用事なんです」

 早智子さんがそっと僕の手首を握った。

 「お願い」

 ドアが開いた。
 高城さんだった。

 「やっぱり来たね。入って」


 
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登場人物紹介

高城サキ 《たかしろさき》  名門女子校・王道女学園二年。『王道女学園振興会』会長。JK起業家。『JKカンパニー』会長。父親は有力国会議員。


「ごきげんよう。生徒会長。

 いいこと教えましょうか。

 基本、わたし・・・生徒会長のこと、大キライなんです。

 分かります?」

「IQの低いおじさん。

 分数分かる?九九は?

 可哀想なおじさんはね。

 もうすぐ死んじゃうんだよ」


井上明日香《いのうえあすか》 名門女子校・王道女学園二年。生徒会長。松山洋介の幼馴染。


「洋ちゃんはね。離れていたって家族と一緒。

 だから友だちといてもね。

 最後は洋ちゃんとこへ帰ってくるの」




蘭美莉《ランメイリー》 台湾からの留学生。父親は公安幹部。

「松山さん。純愛ドラマは、

 ハッピーエンドって決まってるんです。

 加油!我的最親愛的好朋友(負けないで。わたしの一番大切な人!)」

進藤早智子《しんどうさちこ》高城サキの秘書。眼鏡美人。

 「会長。松山君に暴力をふるうのはやめてください。

 松山君の言っていることが正しいんです。

 それは・・・会長が一番、よく知ってるはずです」

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