可憐な連絡員・蘭美莉さん
文字数 4,769文字
純白の門の奥に琥珀色の五階建ての建物が二棟 。
別にホールや寮、体育館などの建物。
王道女学園。
この建物から、政治、経済、学界をリードするエリートの女性たちが次々と生まれている。
西棟一階。
「生徒会室」と書かれたドアを開ける。
なつかしい先輩の顏。
生徒会役員は、会議用テーブルで役員会の最中。
先輩の驚いた顔。
気まずいぼく。
ぼくらふたりは顔を見合わせたまま、話をすることはなかった。
高城さんが、ぼくを横に説明を始めた。
「王道女学院英語科生徒委員長から、新しく英語科補助職員を紹介します」
一瞬の後!
先輩があぜんとした表情に変わる。
「松山洋介さん。祖父は、日本を代表する英語教育者、松山洋三さんです。
祖父の研究を引き継ぎ、中学三年の時、英語教育の革命ともいうべき『英単語100で行う日常会話システム』を考案し将来を期待されていましたが、家庭の事情で高校に進学ができませんでした。
周囲には、松山さんの幼馴染など知り合いもいたのですが、だれもが冷たい態度をとり助けようともしなかったのです。
松山さんは高校進学もできず、せっかくの英語の才能も活かすことなく苦しんでいました。
近くに何人も手を差し伸べることのできる人間がいながら、このような立場に置かれた彼の境遇を考えると、同情します。
みなさんもそうでしょう。
そして彼を助けなかった心の冷たい幼馴染たちを、現代日本の抱えた病原菌と思うでしょう。
生徒会長。どうですか?」
高城さんって、とても澄んだ声。そしてハッキリした口調。
そして・・・
謎めいたこわさ・・・
高城さんの目は、あるひとりの人間だけ見ている。
先輩は何も言わず、下を向いた。
でも先輩の表情が怒りに変わるのがハッキリ見えた。
ぼくの方を責めるように見る。
(責任があることは分ってる。でもどうして、高城さんに・・・)
先輩が心の声でぼくに話しかけている。
(ぼくだってどうにもならなかったんです)
ぼくも心の声で呼びかける。
でも先輩には聞こえてないみたい。
怒りの表情がぼくに向けられたまま。
「松山さんに手を差し伸べたのが、『王道女学園振興会』です。
生徒会は、なぜかわたしたちを敵視してるようです。
学校側に提言し、松山さんを英語科の補助職員に採用してもらいました」
生徒会のメンバーが顔を見合わせた。
たぶん中学を卒業したばかりのぼくが、英語科の補助職員になれるのか不思議だったのだろう。
高城さんが生徒会メンバーを見回す。
笑ってた。
ナイフのように鋭い笑顔。
「松山さんはまだ十五歳ですが、学校教育の法律の特別事項に照らし合わせ、なんら問題のないことを、わたしの父が文科省に確認しています。
過去にも同様の事例があります。
わたしの父がだれか知ってますよね。
国会議員です」
高城さん、楽しそうだ。
上から目線で生徒会メンバーを見ている。
生徒会メンバーは、悪いことを見つかった子どものように下を向いてる。
ただひとり先輩だけ、挑戦的な目で高城さんを見返した。
「松山さんは英語科のアシストを行う一方、『英単語100で行う日常会話システム』を完璧なものにするための研究を行います。
この研究が完成すれば、英語教育が飛躍的に発展します。商品化した場合の利益については、学校と『王道女学園振興会』、松山さんで分配します」
ぼく、複雑な気分。
まるで金儲けのため、システムを開発するように聞こえる。
でも契約書ではハッキリ、ぼくの分配は給料に含まれているってあった。
月給は、食費くらいにしかならなかった。
三年間は昇給なし。ぼくから契約を破棄した場合は高額の違約金を取るって、契約書に明記されていた。
「また松山さんは、王道女学園と提携関係にある春日高校の通信教育科に入学しました。
幼馴染をはじめ、周囲の冷たい人々によって高校進学の道も断たれていた松山さんが、王道女学園の英語科の補助職員として、自分の才能を活かす道を見つけました。
英語科の生徒委員の委員長のわたしが、彼の世話をします」
最後の言葉、部屋中に響いた。
ぼくは先輩の激しい視線を感じた。
先輩はぼくを見ている。
怒り。もしかしたら「殺意」。
(許さない。裏切り者)
先輩の心の言葉がぼくに投げつけられる。
ぼくの心は苦しかった。
「松山さんには、以前、宿直室だった部屋を使用してもらいます。
みなさんと同年代ですが、嘱託とはいえ教員に準ずる待遇ですので、生徒のみなさんには、彼との私的な交流については、ぜったいに控えてもらうようお願いします。
言うまでもありませんが校則違反になります。
英語科生徒委員長からの連絡です」
高城さん、先輩の方を見て礼儀正しく頭を下げた。
「生徒会長!」
うやうやしく呼びかけた。
「ただいまの件、生徒会を含め、衆知徹底を願います。
さあ、松山君、行こう」
高城さんはぼくの右手をつかんで、生徒会長室を出た。
背中に先輩の視線を感じていた。
もし目が人を殺せるなら、すぐ、そのに倒れてたって思う。
先輩の視線!
生徒会長室を離れてからもずっと続いてた。
高城さんは、ぼくを英語科専用室に運内した。
職員室の隣にあり、英語を担当する教師と高城さんたち生徒委員が常駐している。整然と並べられたデスクの上には、一台ずつ専用のコンピュータ。
壁には膨大な冊数の洋書が収められた本棚。
英米の権威ある英語辞典や日本の英和辞典もあった。電子辞書専用の棚もある。
「このデスクが君専用。パスワードとか最初に教えとくから」
ドアが開いた。
ぼくは驚いた。
彼女も驚いていた。
「松山さん」
蘭さんが笑いかけてきた。ぼくもお辞儀した。
「二度目ね」
高城さんがそっけなく言った。
「はい」
蘭さん、嬉しそうにうなずいてくれた。
制服じゃなくて、青色の中華風模様のブラウス。裾が割れたスカート。スカートの割れ目から、白いクルーソックスを履いた白くて長い脚。
流れるような太腿。
「明日香さんから聞きました。松山さんは、中国語が話せます。
だからわたしも嬉しいです」
高城さんが、「そうか」って表情。
「じゃあ、わたし、忙しいから。
松山君。蘭さんは英語科の生徒委員だから・・・
蘭さん!
松山君のこと頼むね」
蘭さん、嬉しそうに何度もうなずいていた。
「松山さん。わたし、日本語努力します。しかし分らなかったら中国語で話します。
英語も大丈夫です。よろしくお願いします」
「ぼくこそよろしくお願いします」
すぐそばで高城さんのスマホが鳴った。高城さんが部屋を出た。
蘭さんが大声。
「ちょうどよかった。この中国語は日本語でなんて言うか教えてください。
メモに答えを書いてください」
蘭さんがメモになにか書いてぼくに見せた。
「手机、要小心!有人窃視、窃聴!」(スマホに気をつけて。盗聴されてます。メッセージも見られてます)
びっくりして蘭さんの顔を見た。
蘭さんは真剣な顔でうなずく。
ハッキリ聞こえるように、
「分りました。ありがとうございました」
って言った。
思い出した。
ついさっき、高城さんが言った。
「二度目ね」
って・・・
そうか!ぼくらが初めて会った時、高城さんは遠くから見つめてたんだ。
そうか!先輩のスマホを盗聴したり、メッセージを見たりして、ぼくがどこに行くか完全に把握してたんだ。
うっかり先輩と連絡なんかとれない。
生徒と補助職員が私的な交流をしてたと指摘され、先輩が処分される。
どうして高城さん、ぼくを王道女学園に就職させたか!
ぼくの研究をビジネスにして儲けるだけじゃない。
目障りな先輩を学園から追放しようって考えてるんだ。
高城さんって、なんて頭の切れる女性 だろう。
そして恐ろしすぎる・・・
当の本人が部屋に戻って来た。
「蘭さん。相談したいことがあるから後で。
高会長の件ね。
そうだ、松山君。今度、父に紹介してあげるから・・・」
こうして英語科補助職員としての生活が始まった。宿直室は校舎の隅にあり、畳四畳の一間。小さなキッチンとシャワールーム。
少し離れたところに寮の建物があった。徒歩で五分位のところだ。
ぼく、英語科の先生に依頼されてテキストの作成を手伝ったり、コピーや印刷といった雑用も行った。
なにもない時は、『英単語100で行う日常会話システム』を作成していた。
ぼくはビジネス会話までカバーできないか、検討していた。そうすれば、このシステムが一般ビジネスマンまで役に立つ。
ビジネス英会話の本を参照し、まず五十の重要会話を選択した。
その会話を限られた数の単語で表現する。これはなかなか難しい。
考える時間ばかりが過ぎていく。そんな状況。
それから通信制高校も受講している。取りあえず、浪人って最悪の事態は脱した。
ぼくは先輩のことが気にかかってる。
険悪な関係なんかぜったいイヤだ。
でも事情を話せば、先輩と両親の関係が険悪になる。そんなことはもっとイヤだ・・・
どうしたらいか分らない。
一日だけは過ぎてい。
授業に参加する訳ではないから、先輩と顔を合わせることはなかった。
遠くから見かけるくらい。
でもどんなに遠く離れていたって、先輩はぼくに気がつき、ぼくをにらみつけて、すぐに横を向いた。
そんな時のぼくって・・・
本当に死んでしまいたい気分・・・
涙を我慢するのってつらかった。
ぼくにできることって、自分の部屋で、先輩と一緒に写した写真を見ることだけ・・・
ノートにはさんであったから、高城さんも気づかなかったんだ。
写真を見る度に涙でなにも見えなくなって・・・
それが分ってるのに、何枚も何回も何十回も思い出の写真を見ていた・・・
先輩は、歩いて五分位で着けるところにいる。
王道学園寮。
こんなに近くにいるのに・・・
ぼくたち・・・
こんなに遠くなってしまった・・・
一学期の期末考査が近づいている金曜日の夕方。
ぼく、英語科の専用室でシステムの作成を続けていた。
先輩、蘭さんに注意されたのだろう。スマホで連絡して来ることはない。
それが一番いいんだ。
でもやっぱり寂しい。
怒られたってもいい。
罵られたっていいんだ。
ぼく、先輩を感じたかったんだ。
ドアが開き、蘭さんが書類を持って入って来た。ぼくに書類を渡すと丁寧に説明した。
「夏休みの補習のテキストです。松山さんも見ます。意見聞きたいそうです。
それからまたちょっと日本語、教えてもらいたいです」
蘭さんがメモをぼくに見せた。
<明天、井上同学在銀河hotel301号等松山同学来。別忘了。(明日、先輩が銀河ホテルの301号室で待っています。忘れないでください)>
土、日曜日は休みなので、たいていの生徒は、金曜の授業が終わるとそのまま帰宅していた。
<請不要直接到銀河ホテル去。有人看松山同学去什麽地方。
(まっすぐは行かないで。見張られてます)>
うなずくぼく。
頼りになる留学生・蘭美莉さん。
明日は休み。門限時間まではどこに行こうと自由。でも外泊する時は、届け出が必要。
「よく分りました。松山さん。ありがとうございます」
蘭さんが大声で言った。どうやら先輩、蘭さんを仲介してぼくに連絡するよう決めたみたい。
「こちらこそ。蘭さんにはお世話になります」
ぼくは心からお礼を言った。
<我的父親是公安的。(父は警察の仕事をしてます)>
蘭さんはメモを見せる。ちょっと自慢気な顔。道理でいろいろ気がつくはずだ。
帰りにお土産を買って帰ろうと思った。お世話になりっぱなしで申し訳なかった。
それにしても先輩って、どうぼくを迎えてくれるだろうか?
いまはなにも分らない。
別にホールや寮、体育館などの建物。
王道女学園。
この建物から、政治、経済、学界をリードするエリートの女性たちが次々と生まれている。
西棟一階。
「生徒会室」と書かれたドアを開ける。
なつかしい先輩の顏。
生徒会役員は、会議用テーブルで役員会の最中。
先輩の驚いた顔。
気まずいぼく。
ぼくらふたりは顔を見合わせたまま、話をすることはなかった。
高城さんが、ぼくを横に説明を始めた。
「王道女学院英語科生徒委員長から、新しく英語科補助職員を紹介します」
一瞬の後!
先輩があぜんとした表情に変わる。
「松山洋介さん。祖父は、日本を代表する英語教育者、松山洋三さんです。
祖父の研究を引き継ぎ、中学三年の時、英語教育の革命ともいうべき『英単語100で行う日常会話システム』を考案し将来を期待されていましたが、家庭の事情で高校に進学ができませんでした。
周囲には、松山さんの幼馴染など知り合いもいたのですが、だれもが冷たい態度をとり助けようともしなかったのです。
松山さんは高校進学もできず、せっかくの英語の才能も活かすことなく苦しんでいました。
近くに何人も手を差し伸べることのできる人間がいながら、このような立場に置かれた彼の境遇を考えると、同情します。
みなさんもそうでしょう。
そして彼を助けなかった心の冷たい幼馴染たちを、現代日本の抱えた病原菌と思うでしょう。
生徒会長。どうですか?」
高城さんって、とても澄んだ声。そしてハッキリした口調。
そして・・・
謎めいたこわさ・・・
高城さんの目は、あるひとりの人間だけ見ている。
先輩は何も言わず、下を向いた。
でも先輩の表情が怒りに変わるのがハッキリ見えた。
ぼくの方を責めるように見る。
(責任があることは分ってる。でもどうして、高城さんに・・・)
先輩が心の声でぼくに話しかけている。
(ぼくだってどうにもならなかったんです)
ぼくも心の声で呼びかける。
でも先輩には聞こえてないみたい。
怒りの表情がぼくに向けられたまま。
「松山さんに手を差し伸べたのが、『王道女学園振興会』です。
生徒会は、なぜかわたしたちを敵視してるようです。
学校側に提言し、松山さんを英語科の補助職員に採用してもらいました」
生徒会のメンバーが顔を見合わせた。
たぶん中学を卒業したばかりのぼくが、英語科の補助職員になれるのか不思議だったのだろう。
高城さんが生徒会メンバーを見回す。
笑ってた。
ナイフのように鋭い笑顔。
「松山さんはまだ十五歳ですが、学校教育の法律の特別事項に照らし合わせ、なんら問題のないことを、わたしの父が文科省に確認しています。
過去にも同様の事例があります。
わたしの父がだれか知ってますよね。
国会議員です」
高城さん、楽しそうだ。
上から目線で生徒会メンバーを見ている。
生徒会メンバーは、悪いことを見つかった子どものように下を向いてる。
ただひとり先輩だけ、挑戦的な目で高城さんを見返した。
「松山さんは英語科のアシストを行う一方、『英単語100で行う日常会話システム』を完璧なものにするための研究を行います。
この研究が完成すれば、英語教育が飛躍的に発展します。商品化した場合の利益については、学校と『王道女学園振興会』、松山さんで分配します」
ぼく、複雑な気分。
まるで金儲けのため、システムを開発するように聞こえる。
でも契約書ではハッキリ、ぼくの分配は給料に含まれているってあった。
月給は、食費くらいにしかならなかった。
三年間は昇給なし。ぼくから契約を破棄した場合は高額の違約金を取るって、契約書に明記されていた。
「また松山さんは、王道女学園と提携関係にある春日高校の通信教育科に入学しました。
幼馴染をはじめ、周囲の冷たい人々によって高校進学の道も断たれていた松山さんが、王道女学園の英語科の補助職員として、自分の才能を活かす道を見つけました。
英語科の生徒委員の委員長のわたしが、彼の世話をします」
最後の言葉、部屋中に響いた。
ぼくは先輩の激しい視線を感じた。
先輩はぼくを見ている。
怒り。もしかしたら「殺意」。
(許さない。裏切り者)
先輩の心の言葉がぼくに投げつけられる。
ぼくの心は苦しかった。
「松山さんには、以前、宿直室だった部屋を使用してもらいます。
みなさんと同年代ですが、嘱託とはいえ教員に準ずる待遇ですので、生徒のみなさんには、彼との私的な交流については、ぜったいに控えてもらうようお願いします。
言うまでもありませんが校則違反になります。
英語科生徒委員長からの連絡です」
高城さん、先輩の方を見て礼儀正しく頭を下げた。
「生徒会長!」
うやうやしく呼びかけた。
「ただいまの件、生徒会を含め、衆知徹底を願います。
さあ、松山君、行こう」
高城さんはぼくの右手をつかんで、生徒会長室を出た。
背中に先輩の視線を感じていた。
もし目が人を殺せるなら、すぐ、そのに倒れてたって思う。
先輩の視線!
生徒会長室を離れてからもずっと続いてた。
高城さんは、ぼくを英語科専用室に運内した。
職員室の隣にあり、英語を担当する教師と高城さんたち生徒委員が常駐している。整然と並べられたデスクの上には、一台ずつ専用のコンピュータ。
壁には膨大な冊数の洋書が収められた本棚。
英米の権威ある英語辞典や日本の英和辞典もあった。電子辞書専用の棚もある。
「このデスクが君専用。パスワードとか最初に教えとくから」
ドアが開いた。
ぼくは驚いた。
彼女も驚いていた。
「松山さん」
蘭さんが笑いかけてきた。ぼくもお辞儀した。
「二度目ね」
高城さんがそっけなく言った。
「はい」
蘭さん、嬉しそうにうなずいてくれた。
制服じゃなくて、青色の中華風模様のブラウス。裾が割れたスカート。スカートの割れ目から、白いクルーソックスを履いた白くて長い脚。
流れるような太腿。
「明日香さんから聞きました。松山さんは、中国語が話せます。
だからわたしも嬉しいです」
高城さんが、「そうか」って表情。
「じゃあ、わたし、忙しいから。
松山君。蘭さんは英語科の生徒委員だから・・・
蘭さん!
松山君のこと頼むね」
蘭さん、嬉しそうに何度もうなずいていた。
「松山さん。わたし、日本語努力します。しかし分らなかったら中国語で話します。
英語も大丈夫です。よろしくお願いします」
「ぼくこそよろしくお願いします」
すぐそばで高城さんのスマホが鳴った。高城さんが部屋を出た。
蘭さんが大声。
「ちょうどよかった。この中国語は日本語でなんて言うか教えてください。
メモに答えを書いてください」
蘭さんがメモになにか書いてぼくに見せた。
「手机、要小心!有人窃視、窃聴!」(スマホに気をつけて。盗聴されてます。メッセージも見られてます)
びっくりして蘭さんの顔を見た。
蘭さんは真剣な顔でうなずく。
ハッキリ聞こえるように、
「分りました。ありがとうございました」
って言った。
思い出した。
ついさっき、高城さんが言った。
「二度目ね」
って・・・
そうか!ぼくらが初めて会った時、高城さんは遠くから見つめてたんだ。
そうか!先輩のスマホを盗聴したり、メッセージを見たりして、ぼくがどこに行くか完全に把握してたんだ。
うっかり先輩と連絡なんかとれない。
生徒と補助職員が私的な交流をしてたと指摘され、先輩が処分される。
どうして高城さん、ぼくを王道女学園に就職させたか!
ぼくの研究をビジネスにして儲けるだけじゃない。
目障りな先輩を学園から追放しようって考えてるんだ。
高城さんって、なんて頭の切れる
そして恐ろしすぎる・・・
当の本人が部屋に戻って来た。
「蘭さん。相談したいことがあるから後で。
高会長の件ね。
そうだ、松山君。今度、父に紹介してあげるから・・・」
こうして英語科補助職員としての生活が始まった。宿直室は校舎の隅にあり、畳四畳の一間。小さなキッチンとシャワールーム。
少し離れたところに寮の建物があった。徒歩で五分位のところだ。
ぼく、英語科の先生に依頼されてテキストの作成を手伝ったり、コピーや印刷といった雑用も行った。
なにもない時は、『英単語100で行う日常会話システム』を作成していた。
ぼくはビジネス会話までカバーできないか、検討していた。そうすれば、このシステムが一般ビジネスマンまで役に立つ。
ビジネス英会話の本を参照し、まず五十の重要会話を選択した。
その会話を限られた数の単語で表現する。これはなかなか難しい。
考える時間ばかりが過ぎていく。そんな状況。
それから通信制高校も受講している。取りあえず、浪人って最悪の事態は脱した。
ぼくは先輩のことが気にかかってる。
険悪な関係なんかぜったいイヤだ。
でも事情を話せば、先輩と両親の関係が険悪になる。そんなことはもっとイヤだ・・・
どうしたらいか分らない。
一日だけは過ぎてい。
授業に参加する訳ではないから、先輩と顔を合わせることはなかった。
遠くから見かけるくらい。
でもどんなに遠く離れていたって、先輩はぼくに気がつき、ぼくをにらみつけて、すぐに横を向いた。
そんな時のぼくって・・・
本当に死んでしまいたい気分・・・
涙を我慢するのってつらかった。
ぼくにできることって、自分の部屋で、先輩と一緒に写した写真を見ることだけ・・・
ノートにはさんであったから、高城さんも気づかなかったんだ。
写真を見る度に涙でなにも見えなくなって・・・
それが分ってるのに、何枚も何回も何十回も思い出の写真を見ていた・・・
先輩は、歩いて五分位で着けるところにいる。
王道学園寮。
こんなに近くにいるのに・・・
ぼくたち・・・
こんなに遠くなってしまった・・・
一学期の期末考査が近づいている金曜日の夕方。
ぼく、英語科の専用室でシステムの作成を続けていた。
先輩、蘭さんに注意されたのだろう。スマホで連絡して来ることはない。
それが一番いいんだ。
でもやっぱり寂しい。
怒られたってもいい。
罵られたっていいんだ。
ぼく、先輩を感じたかったんだ。
ドアが開き、蘭さんが書類を持って入って来た。ぼくに書類を渡すと丁寧に説明した。
「夏休みの補習のテキストです。松山さんも見ます。意見聞きたいそうです。
それからまたちょっと日本語、教えてもらいたいです」
蘭さんがメモをぼくに見せた。
<明天、井上同学在銀河hotel301号等松山同学来。別忘了。(明日、先輩が銀河ホテルの301号室で待っています。忘れないでください)>
土、日曜日は休みなので、たいていの生徒は、金曜の授業が終わるとそのまま帰宅していた。
<請不要直接到銀河ホテル去。有人看松山同学去什麽地方。
(まっすぐは行かないで。見張られてます)>
うなずくぼく。
頼りになる留学生・蘭美莉さん。
明日は休み。門限時間まではどこに行こうと自由。でも外泊する時は、届け出が必要。
「よく分りました。松山さん。ありがとうございます」
蘭さんが大声で言った。どうやら先輩、蘭さんを仲介してぼくに連絡するよう決めたみたい。
「こちらこそ。蘭さんにはお世話になります」
ぼくは心からお礼を言った。
<我的父親是公安的。(父は警察の仕事をしてます)>
蘭さんはメモを見せる。ちょっと自慢気な顔。道理でいろいろ気がつくはずだ。
帰りにお土産を買って帰ろうと思った。お世話になりっぱなしで申し訳なかった。
それにしても先輩って、どうぼくを迎えてくれるだろうか?
いまはなにも分らない。