高城サキさんの父親・高城衆議院議員

文字数 2,671文字

 「出かけるの?」

 不意に声かけられた。声の主がだれだかすぐ分かった。
 ぼくってまちがいなく緊張した表情だったって思う。 
 高城さん、車の後部座席で、ポッキーチョコレートを口にくわえていた。

 「おはようございます」

 ぼくは深々と頭を下げた。土曜日の朝のこと。
 学校を出た時、急に高城さんが声をかけてきた。

 「おはよう」

 高城さんが音を立ててポッキーをかじる。

 「どこへ?」
 「前、住んでた家にちょっと・・・」

 できるだけ自然に答えようとした。でも高城さんはどう思っただろうか?

 「駅まで送ってあげる。わたしの家にちょっと寄ってくれる!」

 拒否なんかできる雰囲気なんかじゃない。車の運転手が、反対側のドアを開けた。高城さんの隣に座った。

 「家、すぐだから」

 高城さんがポッキーをかじりながら言う。
 目の前に高い塀に囲まれた屋敷が見えて来た。それが高城さんの自宅。
 車を降りると、高城さんに案内されて屋敷の中に入った。大きな靴箱の置かれた大きな玄関。
 壁に掛けられた大きな絵に。有名画家の名前に、原画であると説明したキャプション。
 目の前には広い廊下が続く。奥には大きなドアが見える。
 高城さんはさっさと奥に進んで、ドアを開けた。
 ぼくの手を握って中に入った。 
 大きな机の前に、ワイシャツにネクタイ姿の男の人がいた。 
 五十歳くらい?新聞で見たことがあるので、政権与党で大きな力を持つ国会議員の高城氏だってすぐ分った。
 ネクタイはだらしなくゆるんでいた。高城氏は、机に向かってなにか書いていた。よく見るとハガキだった。後援会の人たちへ書いてるんだろうか。
 テレビでは人気アイドルグループの乃木坂46が熱唱していた。ビデオのようだ。机の上にはNMBのCDが山と積まれている。そばには握手券も積まれてた。
 高城さんがそっけなく、

 「パパ」

って呼びかけた。

 「サキか」

 高城議員は、あわてて机から顏を離した。

 「松山洋介君」

 高城さんがぼくを紹介した。
 その後で、

 「お友だち」

って付け加えた。ぼくは高城さんのお友だちにされていた。

 「松山です。いろいろとお世話になりました」

 ぼくは頭を下げて挨拶した。
 高城さんのお父さんが、ぼくの就職のことで文科省に問い合わせたって聞いてたからだ。
 高城さんのお父さんは、不思議そうな顔をして首をひねっていた。
 しばらくして思い出したように、

 「ああ、そうか。がんばってね」

ってうなずいた。高城さんのお父さんにとって、よくある仕事のひとつでしかないみたい。

 「パパ。ちょっと相談があるの」

 高城さんがさりげなく言う。
 高城さんのお父さん、ぼくの方を横目で見てから、高城さんに顔を向けた。

 (第三者がいるけどいいのか?)

って言いたいみたい。

 「彼だったら大丈夫」

 高城さんは、キッパリした口調。

 「お友だちだから」
 「分った。なに?」

 高城さんのお父さんは、心ここにあらずっていった雰囲気。なにか心配事でもあるのだろうか?

 「二百万用意してくれない」

 高城さんったらそっけない口調。
 ぼくには信じられない光景だった。

 「いいよ」

 高城さんのお父さん、別に驚かなかった。

 「いますぐは無理だから・・・口座に入れとくよ」

 高城さんはうなずいた。

 「いいけど、なるべく早くね」

 ふたりのやりとりは、今夜のおかずを相談するみたいに淡々と進んだ。

 「選挙、どうなの」

 高城さんがさりげなく聞く。
 高城さんのお父さんが顔を曇らせた。

 「ちょっとね」
 「パパなら大丈夫でしょ」

 高城さんが、そばのソファに置かれた新聞を指さした。

 <与党議員、苦戦か!高城派の中心議員!>

って見出しが目に入った。

 「若い議員が追い上げをくらってる。パパが当選しても、グループの有力議員が落ちてはね・・・」
 「フーン。だれが?」

 高城さんったら、本当に、昼食はどこに行こうかって相談するみたい。
 さりげない口調。

 「笹岡、徳元、丸山。この三人はかなり厳しい。落選となるとパパも厳しい」
 「そう」

 高城さんは気のなさそうな口調で言った。そして、

 「ほかには?」

と付け加えた。
 高城さんは、お父さんが書いているハガキに目を向けていた。

 「雑誌の懸賞でね。
 当選すると、毎週、乃木坂46のメンバーのサイン入りグッズが貰えるんだが、まったく当たらない」

 高城さんのお父さんは気まずそうに説明する。

 「齋藤飛鳥のサイン入りチェキのために、何十枚とハガキ書いてるんだが・・・」

 悪いことを見つかったみたいに肩をすくめた。

 「それはわたしじゃ力になれない。ごめんね」

 高城さんのお父さんも大きくうなずいた。

 「そうだね」

 高城さんのお父さんは山のように積まれたハガキに目を落とした。百枚くらいあるだろう。

 「じゃあ、彼を送ってくから」
 「気をつけて」

 高城さんがドアのノブに手をかけた。
 ぼく、高城さんのお父さんにもう一度、頭を下げた。
 あわてて高城さんの後を追った。

 「そういえば・・・」

 高城さんのお父さんが思い出したように口を開いた。

 「ドラゴンコンツェルンの高会長に会うんだって?」
 「まあね」
 「アジア全体に大きな影響力を持つ人だけど、どうもよく分らないとこがある。気をつけた方がいい」
 「わかった」

 この前の高城さんと仲間の会話を思い出した。
 車の中。特に高城さんとは話しもなかった。駅でぼくを下ろす時、きれいな包装紙に包まれた箱をくれた。

 「バームクーヘン。君とも長いつきあいになりそうだからプレゼント」

 先輩がバームクーヘンに目がないことを思い出した。
 ご馳走したら、すこしは機嫌直してくれるだろうか?

 「高級だよ。じゃあ」

 そう言って笑う。すぐに車は発車。
 高城さんって、なんでぼくをお父さんに会わせたのだろう。
 自分の力をぼくに見せつけるためだろうか?
 高城さん、ぼくの前で大金のやりとりをしてた。
 高城さんは、ぼくを無理矢理王道女学園に就職させた。
 ぼくのためなんかじゃない。『英単語100で行う日常会話システム』を完成させて事業化するためだ。
 それだけじゃない。ぼくは英語科の補助職員。王道女学園の生徒である先輩と私的な交流をすれば、それを理由に先輩を追い詰めることができる。
 高城さんって、きっと先輩が動くのを牙を磨いて待ってるんだ。
 なんて恐ろしい女性(ひと)なんだろう。
 銀河ホテルに行く時だって、相当注意しなければだめだ。
 先輩と会ったなんて分かれば、おしまいなんだ。
 ぼくなんかどうなっても構わない。
 でも先輩が退学に追い込まれるんだ。
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登場人物紹介

高城サキ 《たかしろさき》  名門女子校・王道女学園二年。『王道女学園振興会』会長。JK起業家。『JKカンパニー』会長。父親は有力国会議員。


「ごきげんよう。生徒会長。

 いいこと教えましょうか。

 基本、わたし・・・生徒会長のこと、大キライなんです。

 分かります?」

「IQの低いおじさん。

 分数分かる?九九は?

 可哀想なおじさんはね。

 もうすぐ死んじゃうんだよ」


井上明日香《いのうえあすか》 名門女子校・王道女学園二年。生徒会長。松山洋介の幼馴染。


「洋ちゃんはね。離れていたって家族と一緒。

 だから友だちといてもね。

 最後は洋ちゃんとこへ帰ってくるの」




蘭美莉《ランメイリー》 台湾からの留学生。父親は公安幹部。

「松山さん。純愛ドラマは、

 ハッピーエンドって決まってるんです。

 加油!我的最親愛的好朋友(負けないで。わたしの一番大切な人!)」

進藤早智子《しんどうさちこ》高城サキの秘書。眼鏡美人。

 「会長。松山君に暴力をふるうのはやめてください。

 松山君の言っていることが正しいんです。

 それは・・・会長が一番、よく知ってるはずです」

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