眼鏡美人・進藤早智子さんからの贈り物
文字数 2,995文字
スーパーの駐車場に駐車された宣伝カーのステージ。
『女子校パラダイス』のメンバー二十人の歌声が響く。
ミニスカートが風を受けて舞う。その度に流れる白い太腿の曲線。
黒のハイソックスが大きく左右に揺れる。
ステージの前には何百人の観衆。ひとりひとり、自分の好きなメンバーの名前を絶叫中。
ステージの縁にしがみついてる人までいる。
二十代半ばのビジネススーツの人が声枯らしてる。
「長谷川甚平です!リエちゃんの名前で百枚購入しました!」
ぼくの聞いた話・・・
百枚以上、CDやDVDを購入して、
「このCDは、特定のメンバーのために購入する」
って申告したら、購入者の氏名がそのメンバーに連絡され、メンバーには購入枚数分の印税が支給されるんだって・・・
メンバーだって、自分の名前でCDを購入してもらおうって必死。
「リエちゃん!こんなケチ、相手にすんな。
堀田春平。堀田春平だ!
リエちゃんの名前でCD五百枚買った。聞こえてる?五百枚!五百枚!」
さっき見かけた買い物袋を提げたスキンヘッドの人。
ステージに向かって、大声で叫んでる。
「原鶴司だ!この金、見てくれ!わしのズボン脱がしてくれ!
いくらなんじゃ」
いまにも死にそう。悲痛な叫び。紙袋の中の札束、ステージに見せつけてる。
街宣車のそばにいた眼鏡の女子があわてて近寄ってきた。
紺のブレザーの制服。髪は短めのボブ。青いレンズの眼鏡。眼鏡の奥には知的な目。
ミニスカートから白くて細い脚。足首には黒のクルーソックス。
さりげなく髪をかきわける。髪が眼鏡の縁をすべった。
身長は、一メートル六十センチくらい。ぼくと変わらない。
「落ち着いてください。あとで相談に乗ります。
ここでは困ります」
「時間ないんじゃ。すぐ済む!糖尿でもうあんまり使えん。
全財産下ろしたんじゃ」
髪がすっかり薄くなった背の高い中年の男の人。興奮した表情で原さんに突進してきた。
Tシャツに、
「リエちゃん命!オレはリエのために死ねる!ミヤワキ」
ってマジックで殴り書き。すっごく下手だった・・・
汗でマジックがにじんで、ほとんど読めなくなってる。
「ハゲ!さっさと消えろ。ここはハゲの来るところじゃない。
ハゲた頭をリエちゃんに見せるな!
このハゲヤロー!ぶっ殺してやる!」
髪の薄い人が叫ぶ。原さんに何度もハイキックを浴びせる。
少ない髪の毛が風に舞う。
「ハゲって言うな。ハゲ!」
原さんの反撃。
つかみ合いの始まり。
関係ない人たちまで加わってる。
「やめてください!」
警備員が駆けつける。
もみあいは続く。大声が飛ぶ!
松葉杖の少年が突き飛ばされた。
その場に倒れる。
松葉杖が投げ出される。
持っていたブーさんのヌイグルミまで・・・
「こんなもん、地面に置くな!」
「シンショーヤロー!」
「ジャマだ!ゴミ!」
社会的弱者を侮辱する言葉!怒鳴り声!なんて人たちだろう。
プーさんの笑顔・・・汚い靴痕と泥で消えてる。
ぼくは少年を抱き起した。中学生くらいだった。
松葉杖を拾って渡す。
そのとき・・・
初めて分かった・・・
少年の脚・・・一生、松葉杖が離れないんだ・・・
ヌイグルミ渡したら少年の目から涙が流れた。
「リエちゃんに渡そうって、一生懸命、家でアルバイトしたのに・・・
お母さんも一緒に・・・」
家でもできる部品の組み立てかなんかしたんだ・・・
安物のプーさん・・・でもこの少年、必死だったんだ。
自分のためなんかじゃない。
ステージの上のリエさんのために・・・
「待ってて」
少年から、ブーさんのヌイグルミを受け取った。
ステージに急いだ。
「ジャマだ」
「フミちゃんが見えねえぞ」
「バカヤロー!」
怒鳴り声に囲まれる。
「すみません。すみません」
何度も繰り返す。だけど引き返したりなんかするもんか。
やっとステージの前に出る。後ろからこづかれる。
だけど、どいたりなんかするもんか。
ステージの上。『女子校パラダイス』のメンバーが、ファンに手を振ってプレゼントを受け取ってる。
ロレックスの腕時計を受け取ったフミさんってメンバー。ロレックスをはめて誇らしげに左腕を上げる。
たぶんほかのメンバーに見せつけてる。
「リエさん!」
センターの女子がこちらを見る。ポニーテール。キラキラした目。
泥だらけのプーさんを差し出す。
不機嫌でイヤそうな目。
反対側のファンに顔を向ける。またキラキラした目に戻る。
「松葉杖の男の子が、一所懸命アルバイトして買ったんです。
心がこもってるんです。
受け取ってあげてください」
リエさん、こっちを向いてくれない。
頭を下げて、シャネルのバッグを受け取っている。
「どけ!」
後ろからこづかれる。
「そんな汚らしいもん、持ってくんな!」
「ホームレスか!バカヤローッ」
またひどい言葉・・・
だけどぜったいどくもんか。あの少年のため・・・
「リエさん!リエさんは、あの子のあこがれなんです。
お願いです!応えてあげてください!」
肩を軽く叩かれる。
さっきの眼鏡の女性 だった。
胸の名札に進藤早智子 の文字。
「名前、聞いてもいいかな」
落ち着いた静かな口調。
「松山洋介っていいます」
「あの子の名前。ヌイグルミについたカードに書いてあるね。
待ってて」
早智子さんがステージに駆け上がった。
リエさんになにか話しかけてる。リエさん、何度も頭下げてる。
しばらくして眼鏡の女性 、ステージから下りてきた。
「MAXタイプのCD。リエちゃんのサイン入りチェキとメッセージが入ってる」
「ありがとうございます」
早智子さんに頭を下げた。
「これは君に」
『女子校パラダイス』のCD。
「わたしのサインの入ったチェキ」
「えっ!」
「わたしも一応メンバー。サブだけど・・・」
「あ、ありがとうございます」
もう一度、頭を下げる。
頭を上げたら・・・
早智子さん、まだぼくの顏、見てた。
早智子さんの真面目な顔に会釈。
早智子さん、すぐぼくに背を向けた。
でもまた振り返って・・・
なにも言わず立ち去った。
少年のところに戻ってCDを渡す。母親らしい人と何度もお礼を言われた。
手を振って別れる。
取っ組み合いはまだ続く。
警備員が必死で止めている。
そのときだった・・・
心を動かす気配。
気配の方向って・・・街宣車のすぐそば。
その女性 が口を軽く動かした。声は聞こえない。
「バーカ」
ってつぶやいてた。口の動きですぐ分った。
大きな瞳が、いがみあうファンたちを無表情に見つめている。
その奥に、こわいくらいの冷たさ、悪意が見える。
そう、高城サキさんの表情の奥。
いま、分かった・・・
いつだって悪意と敵意、そして震えを感じるくらいの殺意が隠されてるんだ。
高城さん、法律が味方するんなら、駐車場にいる観衆を、ひとり残らず機関銃で撃ち殺してしまうんじゃないだろうか?
高城さん、宣伝カーにもたれて立っている。口にはポッキーチョコレート。
初めて会ったばかり。
なのになんて強い印象を残す女性 だろう。
邪悪な目。
だけどりりしい。
体が痺れるかっこよさ。
不思議な女性 なんだ。高城さんって・・・
『女子校パラダイス』のメンバー二十人の歌声が響く。
ミニスカートが風を受けて舞う。その度に流れる白い太腿の曲線。
黒のハイソックスが大きく左右に揺れる。
ステージの前には何百人の観衆。ひとりひとり、自分の好きなメンバーの名前を絶叫中。
ステージの縁にしがみついてる人までいる。
二十代半ばのビジネススーツの人が声枯らしてる。
「長谷川甚平です!リエちゃんの名前で百枚購入しました!」
ぼくの聞いた話・・・
百枚以上、CDやDVDを購入して、
「このCDは、特定のメンバーのために購入する」
って申告したら、購入者の氏名がそのメンバーに連絡され、メンバーには購入枚数分の印税が支給されるんだって・・・
メンバーだって、自分の名前でCDを購入してもらおうって必死。
「リエちゃん!こんなケチ、相手にすんな。
堀田春平。堀田春平だ!
リエちゃんの名前でCD五百枚買った。聞こえてる?五百枚!五百枚!」
さっき見かけた買い物袋を提げたスキンヘッドの人。
ステージに向かって、大声で叫んでる。
「原鶴司だ!この金、見てくれ!わしのズボン脱がしてくれ!
いくらなんじゃ」
いまにも死にそう。悲痛な叫び。紙袋の中の札束、ステージに見せつけてる。
街宣車のそばにいた眼鏡の女子があわてて近寄ってきた。
紺のブレザーの制服。髪は短めのボブ。青いレンズの眼鏡。眼鏡の奥には知的な目。
ミニスカートから白くて細い脚。足首には黒のクルーソックス。
さりげなく髪をかきわける。髪が眼鏡の縁をすべった。
身長は、一メートル六十センチくらい。ぼくと変わらない。
「落ち着いてください。あとで相談に乗ります。
ここでは困ります」
「時間ないんじゃ。すぐ済む!糖尿でもうあんまり使えん。
全財産下ろしたんじゃ」
髪がすっかり薄くなった背の高い中年の男の人。興奮した表情で原さんに突進してきた。
Tシャツに、
「リエちゃん命!オレはリエのために死ねる!ミヤワキ」
ってマジックで殴り書き。すっごく下手だった・・・
汗でマジックがにじんで、ほとんど読めなくなってる。
「ハゲ!さっさと消えろ。ここはハゲの来るところじゃない。
ハゲた頭をリエちゃんに見せるな!
このハゲヤロー!ぶっ殺してやる!」
髪の薄い人が叫ぶ。原さんに何度もハイキックを浴びせる。
少ない髪の毛が風に舞う。
「ハゲって言うな。ハゲ!」
原さんの反撃。
つかみ合いの始まり。
関係ない人たちまで加わってる。
「やめてください!」
警備員が駆けつける。
もみあいは続く。大声が飛ぶ!
松葉杖の少年が突き飛ばされた。
その場に倒れる。
松葉杖が投げ出される。
持っていたブーさんのヌイグルミまで・・・
「こんなもん、地面に置くな!」
「シンショーヤロー!」
「ジャマだ!ゴミ!」
社会的弱者を侮辱する言葉!怒鳴り声!なんて人たちだろう。
プーさんの笑顔・・・汚い靴痕と泥で消えてる。
ぼくは少年を抱き起した。中学生くらいだった。
松葉杖を拾って渡す。
そのとき・・・
初めて分かった・・・
少年の脚・・・一生、松葉杖が離れないんだ・・・
ヌイグルミ渡したら少年の目から涙が流れた。
「リエちゃんに渡そうって、一生懸命、家でアルバイトしたのに・・・
お母さんも一緒に・・・」
家でもできる部品の組み立てかなんかしたんだ・・・
安物のプーさん・・・でもこの少年、必死だったんだ。
自分のためなんかじゃない。
ステージの上のリエさんのために・・・
「待ってて」
少年から、ブーさんのヌイグルミを受け取った。
ステージに急いだ。
「ジャマだ」
「フミちゃんが見えねえぞ」
「バカヤロー!」
怒鳴り声に囲まれる。
「すみません。すみません」
何度も繰り返す。だけど引き返したりなんかするもんか。
やっとステージの前に出る。後ろからこづかれる。
だけど、どいたりなんかするもんか。
ステージの上。『女子校パラダイス』のメンバーが、ファンに手を振ってプレゼントを受け取ってる。
ロレックスの腕時計を受け取ったフミさんってメンバー。ロレックスをはめて誇らしげに左腕を上げる。
たぶんほかのメンバーに見せつけてる。
「リエさん!」
センターの女子がこちらを見る。ポニーテール。キラキラした目。
泥だらけのプーさんを差し出す。
不機嫌でイヤそうな目。
反対側のファンに顔を向ける。またキラキラした目に戻る。
「松葉杖の男の子が、一所懸命アルバイトして買ったんです。
心がこもってるんです。
受け取ってあげてください」
リエさん、こっちを向いてくれない。
頭を下げて、シャネルのバッグを受け取っている。
「どけ!」
後ろからこづかれる。
「そんな汚らしいもん、持ってくんな!」
「ホームレスか!バカヤローッ」
またひどい言葉・・・
だけどぜったいどくもんか。あの少年のため・・・
「リエさん!リエさんは、あの子のあこがれなんです。
お願いです!応えてあげてください!」
肩を軽く叩かれる。
さっきの眼鏡の
胸の名札に
「名前、聞いてもいいかな」
落ち着いた静かな口調。
「松山洋介っていいます」
「あの子の名前。ヌイグルミについたカードに書いてあるね。
待ってて」
早智子さんがステージに駆け上がった。
リエさんになにか話しかけてる。リエさん、何度も頭下げてる。
しばらくして眼鏡の
「MAXタイプのCD。リエちゃんのサイン入りチェキとメッセージが入ってる」
「ありがとうございます」
早智子さんに頭を下げた。
「これは君に」
『女子校パラダイス』のCD。
「わたしのサインの入ったチェキ」
「えっ!」
「わたしも一応メンバー。サブだけど・・・」
「あ、ありがとうございます」
もう一度、頭を下げる。
頭を上げたら・・・
早智子さん、まだぼくの顏、見てた。
早智子さんの真面目な顔に会釈。
早智子さん、すぐぼくに背を向けた。
でもまた振り返って・・・
なにも言わず立ち去った。
少年のところに戻ってCDを渡す。母親らしい人と何度もお礼を言われた。
手を振って別れる。
取っ組み合いはまだ続く。
警備員が必死で止めている。
そのときだった・・・
心を動かす気配。
気配の方向って・・・街宣車のすぐそば。
その
「バーカ」
ってつぶやいてた。口の動きですぐ分った。
大きな瞳が、いがみあうファンたちを無表情に見つめている。
その奥に、こわいくらいの冷たさ、悪意が見える。
そう、高城サキさんの表情の奥。
いま、分かった・・・
いつだって悪意と敵意、そして震えを感じるくらいの殺意が隠されてるんだ。
高城さん、法律が味方するんなら、駐車場にいる観衆を、ひとり残らず機関銃で撃ち殺してしまうんじゃないだろうか?
高城さん、宣伝カーにもたれて立っている。口にはポッキーチョコレート。
初めて会ったばかり。
なのになんて強い印象を残す
邪悪な目。
だけどりりしい。
体が痺れるかっこよさ。
不思議な