井上明日香の日記
文字数 3,113文字
〇月〇日
ずっと いやな日ばっかり。
高城さんが何度も『王道女学園振興会』の予算のことでクレームをつけてくる。負けちゃダメと思ってても、時々、弱気になっちゃう。
洋ちゃんが高城さんの仲間になったことが本当に悔しくてならない。
洋ちゃんに怒りのメツセージを、何度も、いいえ、何百回でも送ってやりたい。
蘭さんに言われた。
スマホは盗聴されてるし、メツセージも見られてるからぜったい使わないでと言われた。
蘭さんのお父さんは台湾の警察幹部をしてるんで、詳しいことを知ってる。
他人のスマホを盗聴したりメツセージやメールをのぞく専用のサーバーがあって、強力なものは、いくらスマホを替えたって電話番号を替えても役にたたないということだった。
蘭さんは、高城さんがまちがいなく最新のサーバーを使ってると言ってた。
洋ちゃんのことは本当に頭にくる。
会う度に叩いたり、蹴ったりするけど、楽しくなんかない。
裏切られた悲しさでブルーになってしまう。
洋ちゃんのバカ、バカ。いくら叩いても許せない。
〇月×日
放課後。生徒会室にひとりでいる時、また高城さんが来た。
「どうしても予算を認めないつもりですか?」
高城さんはわたしの机に向かって、頭くるくらい冷静な表情で話しかけてくる。
高城さんの瞳の奥の光が、すごく怖い。
でも負けるもんか。
わたしは高城さんの目をしっかりとにらみ返す。
「学校のルールに違反してます。これでは認められません」
わたしがそう言うと、高城さんの表情に笑いが浮かんだ。楽しくて笑ってるんじゃなかった。
わたしを嘲笑ってるんだ。一体、なにを?
「会長が学校のルールを持ちだしてくるなんて意外ですね」
高城さんは、まるで勝利者のような誇らしげな表情になった。
「実は会長のご両親からいただいた念書があるんです」
高城さんはそう言うと、わたしの顔をじっと見つめてきた。
また父や母がなにかしたのだろうか!
不安な気持ちでいっぱいだった。
「わたしの雇った弁護士に渡したものです。
それにはハッキリこうあるんです。
<松山洋介は、井上家の親戚でもなんでもない。娘のストーカーである>
驚きました。生徒会長の後輩君が、会長を守るために、わたしたちに問い詰められても口を割らなかったのに、生徒会長の両親があっさり否定してくれたんですよ。
可哀そうな後輩君が、たったひとり、わたしたちに囲まれ厳しく追及されながら、生徒会長を守ろうとした努力がムダになったんです。
そうそう。ご両親は、弁護士からお金を貰ってたいへん喜んでたそうです。
わたしたちに厳しく追及されても、
『ぼくたちは親戚です』
と言いつづけた後輩君の苦労はどうなったのでしょう」
わたしの頭の中から、なにもかも吹っ飛んだ。
後に残ったもの。抑えきれない父と母への怒り。
そして洋ちゃんへの申し訳なさ。
それじゃあ、洋ちゃんがこの学校に就職した理由というのも・・・
「安心してください。この念書を口実に生徒会長に退学を求めることはしませんから。
ただあまりにも言うこととすることが違い過ぎてるので、松山君との約束は約束として一言言いたかったんです」
洋ちゃんとの約束!
わたしは自分の最悪の想像が当たってたことに気がついた。
「嘘をついて夜間外出していた生徒会長は、この念書を学校に提出して即刻退学させることもできたんです。
ところが、マヌケなばかりか人の恩義も踏みにじる生徒会長とその両親にすべてをぶち壊された後輩君が、泣きながらわたしに頼んだんです。
『どうか、先輩を助けてください』
マヌケな生徒会長のために、わたしにひざまずいて床に頭をこすりつけたんです。
わたしは彼が道を誤るのを心配して、手を差し伸べました。
『わたしに協力しなさい。そうすれば東部高校にだって入学できる。金銭的援助もする』
でも恩知らずの生徒会長に誠意を踏みにじられ続けている後輩君が泣きながら、
『先輩を助けてください』
と繰り返しました。
わたし、ビジネスマンだから、彼の開発している英語学習システムが、大きなビジネスになることぐらいわかります。
だから彼に、王道女学園に就職して、『英単語100で行う日常会話システム』を完成するよう命じたのです。
食事もままならないような安月給で、システムの利益はぜーんぶわたしと学校が独占するんです。
彼にはなにも残らない。メリットといえば、通信制の三流高校に入学できることだけ。
それでも後輩君は、マヌケで人に迷惑をかけることを生きがいとしている生徒会長を守るために、わたしの命令を受け入れたんです」
わたしの目から涙がどっとあふれた。机の上の書類も机もぜんぶビショビショになった。それでもハンカチでぬぐうことなんてできなかった。
洋ちゃんの気持ちを考えると・・・
わたしのために、ぜんぶわたしのために、この高校に来てくれたんだ。
なにも言わなかったのも、わたしに迷惑をかけたくないっていうやさしさからだ。
洋ちゃんは昔からそうだった。
それなのに、わたし、なんてことを・・・
高城さんの顔が霞んで見える。でもあざけるような目の光はハッキリと見える。
洋ちゃんにしたこと、どんなに後悔してもどうにもならない。
可哀そうな洋ちゃん。ぜったいに洋ちゃんを助けなきゃ・・・
「予算は認めます」
そう高城さんに言った。涙声だったと思う。
洋ちゃんを助けたい思いでいっぱいだった。
「ぜんぶあなたのいう通りにします。だから洋ちゃんを・・・助けてください。
きちんとビジネスパートナーとしてたくさん給料を払ってあげて!
あなたの手で東部高校に通わせてあげて。
お願いです」
わたしは机に頭をつけた。
「とうとう白旗をあげましたね」
高城さんの声は嘲りに満ちていた。でもわたし、なにも言わなかった。
「甘いですね。
あれだけ私に逆らって、予算だけであの少年を解放できると思ってるの。
彼との約束通り、親戚だと嘘をついてたことは持ちださない。でもそれ以外は別だから。
補助職員の彼と学業以外の私的な用事で、学校内外で交流してたら、生徒会長がオウムのように繰り返してる学校のルールに基づいて処分しますから。
わたしは別ですよ。わたしは英語科生徒委員会委員長だから!
日常的に彼と会うことはなにも問題ないの。
後輩君がこうなったのも、マヌケな生徒会長とその両親の責任だから!
よく覚えておいてください!」
高城さんはそう言うと、生徒会室のドアに向かった。
「『学校のルール』に基づいて、生徒会長とその両親の責任で、おなかを空かせてる後輩君と私的に会ったり連絡をとったりしたら処分ですから!」
ドアが閉まった。高城さんの笑い声が部屋に残っているようだった。
わたしは蘭さんの言葉を思い出した。
「スマホで連絡をとることダメです。すぐに高城さんが知ります」
ドアが開いた。
会いたくない人間が、さっきと同じ嘲りの笑いを浮かべて立っていた。
「そういえば思い出しました」
高城さんは手を叩いた。
「この前、彼が鞄から書類を出した時、いっしょに小瓶が落ちたんです。
ひどくあわてて鞄に戻してましたけど、ちょっと心配ですね。その小瓶、ちょっと心当たりがあったから・・・」
もう一度、ドアが閉まった。
洋ちゃんが死ぬかもしれない。わたし、いつか見た小瓶のことを思い出した。
(だめ!ぜったい!)
わたしは言いたかった。
(みんなわたしのせいで、近くにいるのに遠くになっちゃったけど、洋ちゃんが許してくれるなら、わたし、すぐそこに行くから)
わたしはスマホを取り出してた。
ずっと いやな日ばっかり。
高城さんが何度も『王道女学園振興会』の予算のことでクレームをつけてくる。負けちゃダメと思ってても、時々、弱気になっちゃう。
洋ちゃんが高城さんの仲間になったことが本当に悔しくてならない。
洋ちゃんに怒りのメツセージを、何度も、いいえ、何百回でも送ってやりたい。
蘭さんに言われた。
スマホは盗聴されてるし、メツセージも見られてるからぜったい使わないでと言われた。
蘭さんのお父さんは台湾の警察幹部をしてるんで、詳しいことを知ってる。
他人のスマホを盗聴したりメツセージやメールをのぞく専用のサーバーがあって、強力なものは、いくらスマホを替えたって電話番号を替えても役にたたないということだった。
蘭さんは、高城さんがまちがいなく最新のサーバーを使ってると言ってた。
洋ちゃんのことは本当に頭にくる。
会う度に叩いたり、蹴ったりするけど、楽しくなんかない。
裏切られた悲しさでブルーになってしまう。
洋ちゃんのバカ、バカ。いくら叩いても許せない。
〇月×日
放課後。生徒会室にひとりでいる時、また高城さんが来た。
「どうしても予算を認めないつもりですか?」
高城さんはわたしの机に向かって、頭くるくらい冷静な表情で話しかけてくる。
高城さんの瞳の奥の光が、すごく怖い。
でも負けるもんか。
わたしは高城さんの目をしっかりとにらみ返す。
「学校のルールに違反してます。これでは認められません」
わたしがそう言うと、高城さんの表情に笑いが浮かんだ。楽しくて笑ってるんじゃなかった。
わたしを嘲笑ってるんだ。一体、なにを?
「会長が学校のルールを持ちだしてくるなんて意外ですね」
高城さんは、まるで勝利者のような誇らしげな表情になった。
「実は会長のご両親からいただいた念書があるんです」
高城さんはそう言うと、わたしの顔をじっと見つめてきた。
また父や母がなにかしたのだろうか!
不安な気持ちでいっぱいだった。
「わたしの雇った弁護士に渡したものです。
それにはハッキリこうあるんです。
<松山洋介は、井上家の親戚でもなんでもない。娘のストーカーである>
驚きました。生徒会長の後輩君が、会長を守るために、わたしたちに問い詰められても口を割らなかったのに、生徒会長の両親があっさり否定してくれたんですよ。
可哀そうな後輩君が、たったひとり、わたしたちに囲まれ厳しく追及されながら、生徒会長を守ろうとした努力がムダになったんです。
そうそう。ご両親は、弁護士からお金を貰ってたいへん喜んでたそうです。
わたしたちに厳しく追及されても、
『ぼくたちは親戚です』
と言いつづけた後輩君の苦労はどうなったのでしょう」
わたしの頭の中から、なにもかも吹っ飛んだ。
後に残ったもの。抑えきれない父と母への怒り。
そして洋ちゃんへの申し訳なさ。
それじゃあ、洋ちゃんがこの学校に就職した理由というのも・・・
「安心してください。この念書を口実に生徒会長に退学を求めることはしませんから。
ただあまりにも言うこととすることが違い過ぎてるので、松山君との約束は約束として一言言いたかったんです」
洋ちゃんとの約束!
わたしは自分の最悪の想像が当たってたことに気がついた。
「嘘をついて夜間外出していた生徒会長は、この念書を学校に提出して即刻退学させることもできたんです。
ところが、マヌケなばかりか人の恩義も踏みにじる生徒会長とその両親にすべてをぶち壊された後輩君が、泣きながらわたしに頼んだんです。
『どうか、先輩を助けてください』
マヌケな生徒会長のために、わたしにひざまずいて床に頭をこすりつけたんです。
わたしは彼が道を誤るのを心配して、手を差し伸べました。
『わたしに協力しなさい。そうすれば東部高校にだって入学できる。金銭的援助もする』
でも恩知らずの生徒会長に誠意を踏みにじられ続けている後輩君が泣きながら、
『先輩を助けてください』
と繰り返しました。
わたし、ビジネスマンだから、彼の開発している英語学習システムが、大きなビジネスになることぐらいわかります。
だから彼に、王道女学園に就職して、『英単語100で行う日常会話システム』を完成するよう命じたのです。
食事もままならないような安月給で、システムの利益はぜーんぶわたしと学校が独占するんです。
彼にはなにも残らない。メリットといえば、通信制の三流高校に入学できることだけ。
それでも後輩君は、マヌケで人に迷惑をかけることを生きがいとしている生徒会長を守るために、わたしの命令を受け入れたんです」
わたしの目から涙がどっとあふれた。机の上の書類も机もぜんぶビショビショになった。それでもハンカチでぬぐうことなんてできなかった。
洋ちゃんの気持ちを考えると・・・
わたしのために、ぜんぶわたしのために、この高校に来てくれたんだ。
なにも言わなかったのも、わたしに迷惑をかけたくないっていうやさしさからだ。
洋ちゃんは昔からそうだった。
それなのに、わたし、なんてことを・・・
高城さんの顔が霞んで見える。でもあざけるような目の光はハッキリと見える。
洋ちゃんにしたこと、どんなに後悔してもどうにもならない。
可哀そうな洋ちゃん。ぜったいに洋ちゃんを助けなきゃ・・・
「予算は認めます」
そう高城さんに言った。涙声だったと思う。
洋ちゃんを助けたい思いでいっぱいだった。
「ぜんぶあなたのいう通りにします。だから洋ちゃんを・・・助けてください。
きちんとビジネスパートナーとしてたくさん給料を払ってあげて!
あなたの手で東部高校に通わせてあげて。
お願いです」
わたしは机に頭をつけた。
「とうとう白旗をあげましたね」
高城さんの声は嘲りに満ちていた。でもわたし、なにも言わなかった。
「甘いですね。
あれだけ私に逆らって、予算だけであの少年を解放できると思ってるの。
彼との約束通り、親戚だと嘘をついてたことは持ちださない。でもそれ以外は別だから。
補助職員の彼と学業以外の私的な用事で、学校内外で交流してたら、生徒会長がオウムのように繰り返してる学校のルールに基づいて処分しますから。
わたしは別ですよ。わたしは英語科生徒委員会委員長だから!
日常的に彼と会うことはなにも問題ないの。
後輩君がこうなったのも、マヌケな生徒会長とその両親の責任だから!
よく覚えておいてください!」
高城さんはそう言うと、生徒会室のドアに向かった。
「『学校のルール』に基づいて、生徒会長とその両親の責任で、おなかを空かせてる後輩君と私的に会ったり連絡をとったりしたら処分ですから!」
ドアが閉まった。高城さんの笑い声が部屋に残っているようだった。
わたしは蘭さんの言葉を思い出した。
「スマホで連絡をとることダメです。すぐに高城さんが知ります」
ドアが開いた。
会いたくない人間が、さっきと同じ嘲りの笑いを浮かべて立っていた。
「そういえば思い出しました」
高城さんは手を叩いた。
「この前、彼が鞄から書類を出した時、いっしょに小瓶が落ちたんです。
ひどくあわてて鞄に戻してましたけど、ちょっと心配ですね。その小瓶、ちょっと心当たりがあったから・・・」
もう一度、ドアが閉まった。
洋ちゃんが死ぬかもしれない。わたし、いつか見た小瓶のことを思い出した。
(だめ!ぜったい!)
わたしは言いたかった。
(みんなわたしのせいで、近くにいるのに遠くになっちゃったけど、洋ちゃんが許してくれるなら、わたし、すぐそこに行くから)
わたしはスマホを取り出してた。