八十二 先手必勝(二)

文字数 2,269文字

 アメリカ軍、いや、各国軍の作戦は全て一時中止となった。

 作戦の中心になっていた空母エンタープライズは母港の横須賀ではなくパールハーバーに向かっている。

「まったく、やり過ぎにもほどがあるッ」

 憤慨気味に言って兄はブリッジから自室に戻った。善後策を大統領と話すのだろう。私も誘われたが、自艦の状態が気になると言って別れた。

 呆れ顔で甲板に出た。

「確かにこれはやり過ぎにもほどがあるなぁ。しかし、どれだけブルーシートが必要なんだ?」

 やはり、呆れたように口にし、まるで他人事かのような顔で事後処理を見物することにした。



「すみません。もう少し上げてください」

「はーい。――ナッちゃんたち、ちょっとでいいから前を上げて。で、もう少しだけ右に振ってね」

「み、右って、誰の右ですか?」

「あッ、ごめん。ナッちゃんたちの左」

「――そうそう、そのくらいでいいわ。どうでしょうか、こんな感じで」

「ああ、はい。そんな感じです」

「塔子さん。手を離してもいいですか」

「ええ、いいわよ、ありがとう。これなら安心して帰れるわ」


「なんか、護神兵っていい奴なんじゃねえか? それに形はおっかなそうだけど、乗ってるのは若い女っぽいぞ」

「ホントか、どおりでいい尻してると思ったんだ」

「バカ、声がでかい。聞こえたら大変だぞ」

「いやいや、案外機嫌損ねて帰ってもらったほうが艦長は喜ぶかもしれんぞ」

「まあ、そんな気もするけどな」


「あのォ――」

「あッ、ハイッ! 何でしょうか」

「あそこの飛行機の足を取ってここに入れましょうか。そうすればもっと安定すると思うのですけど」

「いやぁ、折角ですがあれは勘弁してください。二百億以上しちゃうんで」

「そッ、そんなにするんですか! ごめんなさい」

「いえいえ、こちらこそ折角のお気遣いを申し訳ありません」


「しかし、俺等あの鎧たちと共同作業してていいのか? それも、こんな和気藹々と。艦長が見たら頭から火噴いて怒るぞ」

「だなぁ、上じゃあまりのオーラに艦長の五メートル以内へは誰も近づかないらしい」

「そりゃそうだろう、最新鋭の空母があっという間に機能不全にされて、作戦を中止してのこのことパールハーバーに撤退するんだ。それに、こんな状態を撮影でもされようものなら全世界が大笑いだぞ、ピリピリもするだろう。おまけに『バランスを崩したら大変! 私が怒られる』って手伝ってくれちゃってるし、危うく二百億のラプターをくさび代わりに打ち込もうとするし」

「ホント、俺等何しに来たんだ? って、感じだよなぁ」

「しかしさぁ、空母の上に潜水艦乗せるって反則だろう」

「まぁ、ガキの頃にはおもちゃでよくやったけどな」

 皆、呆れ顔で、甲板に横たわる我が最新ディーゼル艦を見上げた。

「フフ、まったく大したものだなぁ、御厨の総帥は。あの時、メアドでも聞いとけば良かったよ。――それにしても、水から出すと思いの外恥ずかしい格好してるなぁ、こいつ。……スクリューと操舵翼がないから変なのか?」



          ◇



 暇そうにしていた直行を誘い、将門と義家を伴って沖へと陽馬を走らせた。

 沖へ出ると、パールハーバーに向かう太平洋艦隊を見送るように眺めていた。

「しかし、空母の上に潜水艦置いちゃダメだろう―― おまけに、これ以上続けるなら『ペンタゴンの上に原子力空母を置く』って脅したらしいぞ」

「お姉がですか?」

「そんなことを言うのは純菜ぐらいしかいないだろう」

 後ろに控えていた将門も楽しげに感嘆の声を漏らした。

「いやはや、お見事としか言いようがありませんなぁ」

「お姉が?」

「――」

 山神と直接話すことが恐れ多いと感じたのだろう、将門は何も返せないままに固まってしまった。

 笑みを零して、代わりに返した。

「ああ、この一手で見事に世界中の軍隊を退かせた純菜も見事。で、俺等を外したあの小娘も見事だ。何故、御厨を牛耳るのが女か、ってことだなぁ。――さあ、帰ろう。俺等の出番は用意されていないようだ」

 まったく大したものだよ、純菜。山吹がいなかったら嫁にしたいくらいだ。

 ――いやいや、山神に食い殺されかねない。

 そう呟いて前を駆ける直行を、生まれ代わった蒼樹を見ながら御厨に向かって陽馬を走らせた。



          ◇



「きっと、大統領はカンカンに怒ってますね! あっという間に作戦の司令塔を機能不全にされて、作戦を中止してパールハーバーに荷物を降ろしに帰らせちゃったんですから」

 アキちゃんが楽しくてしょうがないという顔を向けてくる。

「ほんと、先輩のこと恨んでるよね。おまけに、ペンタゴンに原子力空母を乗っけるって脅しちゃったんだよ」

 私も浮かれ気味に返した。

「そうですよね。それって、核ミサイルを打ち込まれるのと同じですよね」

「ましてや、作戦立案と指揮が沙夜先輩の親友って聞いたらびっくりだろうね。まぁ、こっちも塔子さんが『心配なんでパールハーバーまで付いて行っていいですか?』って、言われたときは焦っちゃったけどね」

「もう、塔子さんも人がいいっていうか、心配性って言うか、道真様もかなり焦っちゃってましたよ」

 作戦の成功に浮かれる私とアキちゃんの傍らで、なぜか先輩の表情は冴えない。

「どうかしました?」

 不思議そうな顔を向けると、少し考え込むようにして返してくる。

「おかしな話しだけど、沙樹様に『純菜、良くやりましたね』って言われてる気がする」

「……?」

「沙夜が男の人たちを投入しないことも、私が御厨に来て、この作戦をとることも全てが想定内。脚本どおりって気がするんだよね」

「――え?」
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登場人物紹介

北野蒼太《きたの・そうた》(幼名:ポン太)野原家長男

南野方太《みなみの・ほうた》野原家次男

浅田恭子《あさだ・きょうこ》

南野紅《みなみの・べに》野原家次女

東野桜《ひがしの・さくら》野原家長女

西野緑《にしの・りょく》野原家三女

小堀平次郎《こぼり・へいじろう》

日高見直行《ひだかみ・なおゆき》二十五歳

北野純菜《きたの・じゅんな》二十八歳

厨川沙夜《くりやがわ・さや》二十八歳

厨川貞任《くりやがわ・さだとう》三十一歳

川越春菜《かわごえ・はるな》二十三歳

三浦夏海《みうら・なつみ》二十三歳

秋山里絵《あきやま・さとえ》二十三歳

浅田美波《あさだ・みなみ》

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