六十一 アラバマ(二)
文字数 2,176文字
◇
七年ぶりに見る沙樹様は御厨に居た時となんら変わらない。相変わらずお美しいままで年甲斐もなく見惚れていた。
「貞任、立派に成りましたね。ものの具を履いていても分かりますよ」
「お久しぶりです。この七年間のご苦労、心よりお詫び申し上げます」
貞任様の言葉に、沙樹様は遠い昔を懐かしむかのような笑みを浮かべた。
「御厨は良い時期でしょうね。神楽ノ宮の一本桜も見事だったでしょう」
「はい、今年はいつになく見事な咲き様で」
「あの樹の下にいて、小さき頃の貴方や沙夜が遊ぶ姿を見るのが何よりの宝でした」
誰より御厨を愛した沙樹様の望郷の念に触れ、ものの具の中で貞任様は涙した。
貞任様が泣いていることがお分かりになったのだろう、斜め後ろに控えている私に沙樹様が声をかけてくる。
「義家、貞任をここまで立派にして頂き心から感謝します」
「勿体なきお言葉」返す私も既に涙していた。
「この七年間、山吹と貴方には辛い思いをさせました。許してください。もう少しだけ待っていてください。山吹を里帰りさせますから」
「いえ、お気遣いには及びません。山吹は沙樹様を本当の母のようにお慕い申しております故、沙樹様がご帰郷なされる時に一緒でと申しましょう」
そう言って顔を赤らめた。山吹の母とは、私の妻…… ああ、顔が熱い。
沙樹様は笑みを返し、貞任様に向き直った。
「沙夜は元気にしていますか」
「はい。総帥として厨川沙樹の後を立派に継いでおります」
「お転婆さんも立派な女になったでしょうね」
「外へはよろしいのですが、屋敷では相変わらずかと」
沙樹様はなんともお優しい顔で頷き、一呼吸置いて面持ちを変えた。
「あまりの長話はおかしなもの、これを沙夜に渡してください。文が入っています」
「お預かりいたします」
「では、御厨まで無事にご帰還ください」
二騎は「御意」と深く頭を垂れた。
七年ぶりの親子の対面は僅か五分程で終わりを告げた。
沙樹様が、いや、アメリカ大統領が片手を護神兵に向けて広げると、待っていたかのように居並ぶ兵士たちが盛大に拍手を返した。
その拍手の中、大統領が片手を上げながらステージ上の席に着くのを見届け、陽馬のところに戻って騎乗した。
拍手が止んだその静寂の中、格納庫へと馬首を向けた。
報道のカメラは、またベールに包まれてしまうあまりにも異様な新兵器を、我等ものの具を追い続けている。
「あまりにお懐かしく涙してしまいました」
「帰りたいと申さばすぐにでもこの場よりお連れするものを」
「山吹をお側に置かなかったのはそれ故かと―― あ奴とてここに捨て置かれようとも、沙樹様を御厨にお連れして頂きたいと、そう思っておリますでしょう」
「馬鹿を申せ、山吹は私の大事な家族。捨て置くなど以ての外」
「ありがたきお言葉。山吹めに聞かせとうございます」
「……しかし、母の横に麟がいるとはなぁ」
「私めも幼き頃の思いが蘇りました」
「麟が似たのか、蒼君 が似たのか判らんが、七年前とは別人だ」
「あの方は、やはり蒼屋根のご本家の」
「分からん。前に、それを母に問い質したことがある。だが、あの頃の私では未熟すぎたのであろう、母は相手にしてくれなんだ」
格納庫に入ると、沙樹様がこちらに赴いた七年前に唯一の付き人としてお供した私の娘、山吹が待っていた。私が貞任様の乳母だったこともあり、山吹は幼い頃から五つ上の兄義平よりも三つ上の貞任様を本当の兄のようにして育った。
山吹は跪いて「ご苦労様でした」と深く頭を垂れた。
貞任様と私は陽馬から降りて山吹の前に胡座をかいた。
「山吹、随分といい女になったなぁ。岩手の山奥の田舎娘には見えない」
「はい、ハリウッドスター並です」
冗談で返す山吹だったが既に目には涙が溢れ、そんな愛娘に目頭を熱くした。
「どうだ? 帰るか、御厨に。すぐにでもそこの車に二人を押し込み拐って帰るぞ」
そう言った貞任様は自分の浅はかさを痛感する。
山吹の目は何よりもそれを望んでいた。
どれほど切望しても会うことが叶わずにいた愛しい人にそう言われ、全てを捨てて身を委ねたいという顔で見上げていた。
しかし、山吹は「はい。ですが、ものの具に担がれた車より、ファーストクラスでお迎えください。――ハリウッドスターですから」と、溢れる涙をそのままに笑った。
若くして重荷を背負わせた娘の気丈な言葉に私は嗚咽の声を漏らした。
そんな時、距離を置いて控えていた防衛省のキャリヤが声をかけてきた。
「申し訳ございません。緊急事態に移行とのことです。一年前の亡国の残党と思われる者たちが仕掛けてきたようです」
「……ほう、この大国の懐深くへ」貞任様は訝しげに返した。
「ここに十数機の無人偵察機が四方より向かっているとのことで、大統領から米軍の取りこぼしを迎撃して欲しいとの依頼がございました」
「無人偵察機とは我らも低く見られたものだなぁ、義家」
「いや、これはなかなかの奇策ですぞ、若。自国内、それも市街地の上を低空で飛ばれては戦闘機での撃墜は難しいかと。ヘリでは間違いなく取りこぼし、数機はここまで達しましょう」
「――さも、ありなん」
貞任様は山吹に向き直った。
「山吹、これを頼む。文以外母の真意を伝える手立てがないのであろう」
「承知しました。――ここで、お帰りをお待ちいたします」
「すぐに戻る」
七年ぶりに見る沙樹様は御厨に居た時となんら変わらない。相変わらずお美しいままで年甲斐もなく見惚れていた。
「貞任、立派に成りましたね。ものの具を履いていても分かりますよ」
「お久しぶりです。この七年間のご苦労、心よりお詫び申し上げます」
貞任様の言葉に、沙樹様は遠い昔を懐かしむかのような笑みを浮かべた。
「御厨は良い時期でしょうね。神楽ノ宮の一本桜も見事だったでしょう」
「はい、今年はいつになく見事な咲き様で」
「あの樹の下にいて、小さき頃の貴方や沙夜が遊ぶ姿を見るのが何よりの宝でした」
誰より御厨を愛した沙樹様の望郷の念に触れ、ものの具の中で貞任様は涙した。
貞任様が泣いていることがお分かりになったのだろう、斜め後ろに控えている私に沙樹様が声をかけてくる。
「義家、貞任をここまで立派にして頂き心から感謝します」
「勿体なきお言葉」返す私も既に涙していた。
「この七年間、山吹と貴方には辛い思いをさせました。許してください。もう少しだけ待っていてください。山吹を里帰りさせますから」
「いえ、お気遣いには及びません。山吹は沙樹様を本当の母のようにお慕い申しております故、沙樹様がご帰郷なされる時に一緒でと申しましょう」
そう言って顔を赤らめた。山吹の母とは、私の妻…… ああ、顔が熱い。
沙樹様は笑みを返し、貞任様に向き直った。
「沙夜は元気にしていますか」
「はい。総帥として厨川沙樹の後を立派に継いでおります」
「お転婆さんも立派な女になったでしょうね」
「外へはよろしいのですが、屋敷では相変わらずかと」
沙樹様はなんともお優しい顔で頷き、一呼吸置いて面持ちを変えた。
「あまりの長話はおかしなもの、これを沙夜に渡してください。文が入っています」
「お預かりいたします」
「では、御厨まで無事にご帰還ください」
二騎は「御意」と深く頭を垂れた。
七年ぶりの親子の対面は僅か五分程で終わりを告げた。
沙樹様が、いや、アメリカ大統領が片手を護神兵に向けて広げると、待っていたかのように居並ぶ兵士たちが盛大に拍手を返した。
その拍手の中、大統領が片手を上げながらステージ上の席に着くのを見届け、陽馬のところに戻って騎乗した。
拍手が止んだその静寂の中、格納庫へと馬首を向けた。
報道のカメラは、またベールに包まれてしまうあまりにも異様な新兵器を、我等ものの具を追い続けている。
「あまりにお懐かしく涙してしまいました」
「帰りたいと申さばすぐにでもこの場よりお連れするものを」
「山吹をお側に置かなかったのはそれ故かと―― あ奴とてここに捨て置かれようとも、沙樹様を御厨にお連れして頂きたいと、そう思っておリますでしょう」
「馬鹿を申せ、山吹は私の大事な家族。捨て置くなど以ての外」
「ありがたきお言葉。山吹めに聞かせとうございます」
「……しかし、母の横に麟がいるとはなぁ」
「私めも幼き頃の思いが蘇りました」
「麟が似たのか、
「あの方は、やはり蒼屋根のご本家の」
「分からん。前に、それを母に問い質したことがある。だが、あの頃の私では未熟すぎたのであろう、母は相手にしてくれなんだ」
格納庫に入ると、沙樹様がこちらに赴いた七年前に唯一の付き人としてお供した私の娘、山吹が待っていた。私が貞任様の乳母だったこともあり、山吹は幼い頃から五つ上の兄義平よりも三つ上の貞任様を本当の兄のようにして育った。
山吹は跪いて「ご苦労様でした」と深く頭を垂れた。
貞任様と私は陽馬から降りて山吹の前に胡座をかいた。
「山吹、随分といい女になったなぁ。岩手の山奥の田舎娘には見えない」
「はい、ハリウッドスター並です」
冗談で返す山吹だったが既に目には涙が溢れ、そんな愛娘に目頭を熱くした。
「どうだ? 帰るか、御厨に。すぐにでもそこの車に二人を押し込み拐って帰るぞ」
そう言った貞任様は自分の浅はかさを痛感する。
山吹の目は何よりもそれを望んでいた。
どれほど切望しても会うことが叶わずにいた愛しい人にそう言われ、全てを捨てて身を委ねたいという顔で見上げていた。
しかし、山吹は「はい。ですが、ものの具に担がれた車より、ファーストクラスでお迎えください。――ハリウッドスターですから」と、溢れる涙をそのままに笑った。
若くして重荷を背負わせた娘の気丈な言葉に私は嗚咽の声を漏らした。
そんな時、距離を置いて控えていた防衛省のキャリヤが声をかけてきた。
「申し訳ございません。緊急事態に移行とのことです。一年前の亡国の残党と思われる者たちが仕掛けてきたようです」
「……ほう、この大国の懐深くへ」貞任様は訝しげに返した。
「ここに十数機の無人偵察機が四方より向かっているとのことで、大統領から米軍の取りこぼしを迎撃して欲しいとの依頼がございました」
「無人偵察機とは我らも低く見られたものだなぁ、義家」
「いや、これはなかなかの奇策ですぞ、若。自国内、それも市街地の上を低空で飛ばれては戦闘機での撃墜は難しいかと。ヘリでは間違いなく取りこぼし、数機はここまで達しましょう」
「――さも、ありなん」
貞任様は山吹に向き直った。
「山吹、これを頼む。文以外母の真意を伝える手立てがないのであろう」
「承知しました。――ここで、お帰りをお待ちいたします」
「すぐに戻る」