二十六 長老の悪巧み
文字数 2,156文字
いつものように恭子様を見守るため、いつもの茶店でいつものアイスミルクを飲んでいた。
「いやぁ、すまなかった。昨日はお姉様方の術にはまってしまった」
平次郎さんが頭を掻きながら現れた。
「遅いっすよ」
「いやぁ、すまん。色々あってさ」
さすがに、佐藤希実が元の奥さんじゃかなりショックを受けたんだろうなぁ。ましてや名栗まで手玉に……
平次郞さんの気持ちを慮り、それには触れずにいつもの調子で笑みを向けた。
「紅姉ちゃんが『ぶっ飛ばす!』って、言ってましたよ」
平次郞さんは顔色を変えた。
「い、いいのか、――蒼太君もそれで」と徐に姿勢を正した。
……なんか、勘違いしてる?
「いやぁ、紅さんにそこまで言ってもらったというか、会いたいと言ってもらったと思うと、なんかあれだなぁ」
て、照れてる――
「まじめにやんないなら、俺、手を引きますよ」
「えッ! あ、すまん。――でもさぁ、お姉様方の術は強烈過ぎるんだよ」
「さん付けすんの、やめますよ」
「そう言うなよ、蒼ちゃん。ホント、君のお姉様たちは普通じゃないんだって」
「……」
「あッ、いやぁ、なんて言えば――」
「なんか『いやぁ』ばっか言ってますね」
「いや、……えッ? い、えッ? えーッ」
「――いいですよ、言っても」
「い、いやぁ、助かった」
実のある話を何もしないまま平次郎さんを帰して紅姉に連絡を取った。
「ダメだわ、平次郎ちゃんは姉ちゃんたちの術に当てられてる。状況をまったく把握してない」
「人に化けてるだけで術なんてかけてないよ」
「あの人は、いや、あの狸はかけてもいない術にすぐに落ちちゃうんだよ」
「なんか似てるなぁ」
「え? 誰に」
「ま、そんな話はいい。で、どこにいるんだ。いつもの茶店か?」
「ああ、今日は五時頃までいると思う」
「なら、三十分後に合流する」
大姉ちゃんは紅姉から私の話を聞いてすぐに動いていたようだ。
玄明様と同じ派閥に属する四国出身の化け狸議員を手玉にとり、そこで名前の上がった佐藤希実をマークするために所沢に来ていたらしい。昨日は、その佐藤希実の後をつけて鶴ヶ島に来たところでリストに上がっていた名栗を見つけ、術をかけて色々と聴き出しながら平太郎さんの店まで来たと、紅姉が教えてくれた。
「やっぱ、姉ちゃんたちは凄いや。でも、なんで長老とかいう奴まで飯能に来てるんだ? おまけに知絵ちゃんのお母さんまで戻ってる」
「長老の古池大一郎 は高清水の家を潰しにかかってる。十年以上前から入り込んで虎視眈々と狙ってたようだ。飯能を御厨進出の拠点にする気なんだよ。どうしても御厨が欲しいみたいだ」
そういえば、前にそれらしいことを平次郎さんが言ってたなぁ。しかし――
「御厨が欲しいって、身の程を知らないにもほどがある。将門様たちのものの具に一蹴りされたら四国を越えて沖縄まで飛ばされちまうよ」呆れ顔に返した。
「馬鹿、護神兵が狸を相手にするわけないだろ。あれは人か、それ以上のものと戦う兵器だ」
紅姉は面持ちを変えて声をひそめた。
「玄明様から『うるさい蚊はお前たちで処分しろ』とのお達しが出た」
「しょッ、処分!」
「こ、声がでかい」
「あ、ごめん」
「これからアイツ等は、跡形も残らないほど駆逐されることになる」
「駆逐……」
今後の話があると紅姉は大姉ちゃんのところに向かい、私は恭子様を見守りながら飯能まで来ていた。
そして「しょうがねえなぁ」と、ボヤくように言って携帯電話を取り出した。
「刑事ならもう少し上手く尾行した方がいいですよ。恭子様を家まで見守って行きますから、市役所の近くにあるファミレスで待っていてください」
恭子様が家に入るのを見届け、取って返してファミリーレストランに入った。
ドリンクバーで淹れた抹茶オーレを手に席に戻ると、平次郎さんが何気に問いかけてきた。
「蒼ちゃんは、なんであの娘を見守ってるんだ」
「それは言えません。しかし、紅姉じゃなくて、よく俺について来ましたね」
「いやぁ、途中で巻かれた。まるでくノ一のような人だな」
「――」
「いや、蒼ちゃん。お前さんに話があったんだ」
「――」
「んんッ。――まずいことになった」
平次郞さんは真剣な顔だった。嘘顔のときとは鼻穴の大きさが違う。
「お前さんと別れた後、義姉さんから電話があった。里に帰ると泣かれた。兄貴に言われて、小平太郎が店の資金にするために家を抵当に入れたらしい」
「えッ! なんで早く言わないんですか」
「すぐに電話しようと思ったんだが、仕事を邪魔したくなかった。ただでさえ世話になってばかりだ。それに、あの娘を見守るお前さんの、その真剣な顔を見るとなぁ」
恭子様を見る俺の真剣な顔って―― そんなとこまで見てんだ。やっぱ、刑事なんだなぁ。
「ん? もしかして」
「ああ、小平太郎も兄貴と同じでアイツ等に手玉に取られているかもしれん。……もし、女房の新しい旦那が化けていたとしたら、救いようのない大馬鹿野郎だよ俺は」
「くそッ、なんて奴らなんだ」
紅姉が調べたところによると、小平太郎は、平次郞さんが死んだと思っていた母親と一緒に青梅というところで小さな小料理屋を開いていた。資金を出した者がいて数年前に飯能から引っ越している。そして、偽小平太郎も、偽小平太夫という名で平太郎さんの店に顔を出し始めているらしい。
「いやぁ、すまなかった。昨日はお姉様方の術にはまってしまった」
平次郎さんが頭を掻きながら現れた。
「遅いっすよ」
「いやぁ、すまん。色々あってさ」
さすがに、佐藤希実が元の奥さんじゃかなりショックを受けたんだろうなぁ。ましてや名栗まで手玉に……
平次郞さんの気持ちを慮り、それには触れずにいつもの調子で笑みを向けた。
「紅姉ちゃんが『ぶっ飛ばす!』って、言ってましたよ」
平次郞さんは顔色を変えた。
「い、いいのか、――蒼太君もそれで」と徐に姿勢を正した。
……なんか、勘違いしてる?
「いやぁ、紅さんにそこまで言ってもらったというか、会いたいと言ってもらったと思うと、なんかあれだなぁ」
て、照れてる――
「まじめにやんないなら、俺、手を引きますよ」
「えッ! あ、すまん。――でもさぁ、お姉様方の術は強烈過ぎるんだよ」
「さん付けすんの、やめますよ」
「そう言うなよ、蒼ちゃん。ホント、君のお姉様たちは普通じゃないんだって」
「……」
「あッ、いやぁ、なんて言えば――」
「なんか『いやぁ』ばっか言ってますね」
「いや、……えッ? い、えッ? えーッ」
「――いいですよ、言っても」
「い、いやぁ、助かった」
実のある話を何もしないまま平次郎さんを帰して紅姉に連絡を取った。
「ダメだわ、平次郎ちゃんは姉ちゃんたちの術に当てられてる。状況をまったく把握してない」
「人に化けてるだけで術なんてかけてないよ」
「あの人は、いや、あの狸はかけてもいない術にすぐに落ちちゃうんだよ」
「なんか似てるなぁ」
「え? 誰に」
「ま、そんな話はいい。で、どこにいるんだ。いつもの茶店か?」
「ああ、今日は五時頃までいると思う」
「なら、三十分後に合流する」
大姉ちゃんは紅姉から私の話を聞いてすぐに動いていたようだ。
玄明様と同じ派閥に属する四国出身の化け狸議員を手玉にとり、そこで名前の上がった佐藤希実をマークするために所沢に来ていたらしい。昨日は、その佐藤希実の後をつけて鶴ヶ島に来たところでリストに上がっていた名栗を見つけ、術をかけて色々と聴き出しながら平太郎さんの店まで来たと、紅姉が教えてくれた。
「やっぱ、姉ちゃんたちは凄いや。でも、なんで長老とかいう奴まで飯能に来てるんだ? おまけに知絵ちゃんのお母さんまで戻ってる」
「長老の
そういえば、前にそれらしいことを平次郎さんが言ってたなぁ。しかし――
「御厨が欲しいって、身の程を知らないにもほどがある。将門様たちのものの具に一蹴りされたら四国を越えて沖縄まで飛ばされちまうよ」呆れ顔に返した。
「馬鹿、護神兵が狸を相手にするわけないだろ。あれは人か、それ以上のものと戦う兵器だ」
紅姉は面持ちを変えて声をひそめた。
「玄明様から『うるさい蚊はお前たちで処分しろ』とのお達しが出た」
「しょッ、処分!」
「こ、声がでかい」
「あ、ごめん」
「これからアイツ等は、跡形も残らないほど駆逐されることになる」
「駆逐……」
今後の話があると紅姉は大姉ちゃんのところに向かい、私は恭子様を見守りながら飯能まで来ていた。
そして「しょうがねえなぁ」と、ボヤくように言って携帯電話を取り出した。
「刑事ならもう少し上手く尾行した方がいいですよ。恭子様を家まで見守って行きますから、市役所の近くにあるファミレスで待っていてください」
恭子様が家に入るのを見届け、取って返してファミリーレストランに入った。
ドリンクバーで淹れた抹茶オーレを手に席に戻ると、平次郎さんが何気に問いかけてきた。
「蒼ちゃんは、なんであの娘を見守ってるんだ」
「それは言えません。しかし、紅姉じゃなくて、よく俺について来ましたね」
「いやぁ、途中で巻かれた。まるでくノ一のような人だな」
「――」
「いや、蒼ちゃん。お前さんに話があったんだ」
「――」
「んんッ。――まずいことになった」
平次郞さんは真剣な顔だった。嘘顔のときとは鼻穴の大きさが違う。
「お前さんと別れた後、義姉さんから電話があった。里に帰ると泣かれた。兄貴に言われて、小平太郎が店の資金にするために家を抵当に入れたらしい」
「えッ! なんで早く言わないんですか」
「すぐに電話しようと思ったんだが、仕事を邪魔したくなかった。ただでさえ世話になってばかりだ。それに、あの娘を見守るお前さんの、その真剣な顔を見るとなぁ」
恭子様を見る俺の真剣な顔って―― そんなとこまで見てんだ。やっぱ、刑事なんだなぁ。
「ん? もしかして」
「ああ、小平太郎も兄貴と同じでアイツ等に手玉に取られているかもしれん。……もし、女房の新しい旦那が化けていたとしたら、救いようのない大馬鹿野郎だよ俺は」
「くそッ、なんて奴らなんだ」
紅姉が調べたところによると、小平太郎は、平次郞さんが死んだと思っていた母親と一緒に青梅というところで小さな小料理屋を開いていた。資金を出した者がいて数年前に飯能から引っ越している。そして、偽小平太郎も、偽小平太夫という名で平太郎さんの店に顔を出し始めているらしい。