七十八 高い買い物
文字数 2,265文字
店内に入ると普通のスーパーとは趣が違っていた。
広い自動販売機のスペースと広いレストルーム。無駄に広い地下へ続く階段とエスカレータで空間が埋められ、大きなショッピングモールの玄関に入ったかのようだった。上下を逆にした感じである。
訝しげな顔で無駄に広い階段を下りた。すると、地上の数十倍はあると思われる空間が広がっていた。食料品は無いがそれ以外の物は大型のショッピングモールと変わらぬ品揃えがあると説明され、二人は呆気にとられた。
見回して先輩の肩を叩いた。
「――あれ」
大型のモールでも決して見ることのないトラクターが見えていた。
近づいて行くと大きさの違うトラクターが三台展示してあり、その近くには五台の車と数十台のバイクが並んでいる。
唖然とする二人に追い打ちをかけるようにアキちゃんがニコニコ顔を向けてくる。
「バイクとカメラ以外は全て御厨オリジナルなんですよ」
「す、全て!」
驚きと戸惑いの混在した顔を向けた。
「はい、車も家電も家具もみんな御厨製です。バイクとカメラはマニアック度がほぼ御厨と同レベルで、オリジナルを造る必要がないらしいです」
「マニアック度って、そういう問題じゃ――」
今度は呆れた顔になった。
結局、谷内モールは都内以上にマニアックな品揃えを誇っており、上空から小さな町に不釣り合いな施設と認識されないよう、玄関だけを地上に出しているとのことだった。
早速「免許がないのにバイクを買って、ホントにお巡りさんに捕まらない?」と、戦々恐々とした顔の先輩はシックな水色のAKAI-HONDA製リトル・カブを買った。
「大丈夫ですよ、お巡りさんは皆んな警護班の人って言ってたじゃないですか」
そう言って余裕を見せていた私は「えッ!」と我が目を疑った。
カーボン柄のカウルを纏ったバイクが、ジッと私を見つめていた。
「な、何でアレが、あるの? こんなところに……」と動揺し、それはすぐに高揚感へと変わった。
なんと、普通免許しかないことを二人には言わずに、乗れないはずの最新リッターSSを買ってしまったのである。それは、お店の人が焦るほどの一瞬の出来事だった。
そう記憶している。
その後もあまりにもマニアックな品々に興奮状態となり、店内を物色しては次々と買い始めた。だが、その異常さに気づいた先輩に諭されるようにして買い物をやめ、上のお蕎麦屋さんで昼食となった。
「美波ちゃんは、やっぱ凄いです! リッターSSって、貞任様の他数人しか乗りこなせないやつですよ」
「えーッ、美波。そんなに凄いやつを買っちゃったの!」
「アレって、向こうにだってそうそう置いてないんですよ。――っていうか、ま、弾みというか、ハハ」
「弾み過ぎだよ。バイクの他にノートパソコン、木製のチェアーetc。止めなかったら五十万のカメラと三十万のレンズ買おうとしてたよね」
「いやぁ、通常価格の三割り引きに、ついアドレナリンが――」
先輩のリトル・カブは然程の金額ではない。が、私が買ったAOI-YAMAHA製R1MというリッターSSは三割引きとはいえ支度金を大きく上回る二百三十万円で、僅か一時間半程の買い物はトータルでもうすぐ三百万円に手が届く。
まずいなぁ、この前のボーナスの時と一緒だ。ま、桁が違うけど……
家路につく頃には、ようやく我に返った私の口数は少なくなっていた。でも、家に着いて納屋の扉を開けると「ハッ!」とした。
「だ、大事なこと忘れてた! 先輩。すぐに運んでくれるって言ってたから、カブが来たら練習ですよ。私だってバイクどこの騒ぎじゃない、トラクターの走らせかた覚えないとだわ。――で、分かってますよね。忘れてませんよね。明日は、きっ子ちゃんを乗せてみんなでドライブですよ! アキちゃん、トラクターの走らせかた――」
と、一人で興奮した。
しかし、傍らで「えーッ、私カブ運転するの! 無理、無理。やっぱ、無理」と、あたふたしている者がいる。
「何で、買ったんすかッ!」気合を入れた。
次の日、一人できっ子ちゃんのところに向かった。
計画では私ときっ子ちゃんが初代ポニー号に乗り、アキちゃんがお父さんのカブを借りて先輩は買ったばかりのリトル・カブ。この三台で御社の周りを走ろうと考えていた。沙夜先輩にも了解を取った。だが、先輩の習熟は思うように進まない。ましてやトラクターとの併走では速度が低く、昨日今日乗ったばかりのへっぽこライダーでは真っ直ぐにすら走れない。「どうやって止めればいいの」と、ギヤチェンジして加速して行く。
焦った。『きっと、きっ子も大喜びよ』との、沙夜先輩の言葉が耳から離れない。
「ひどいですよね美波ちゃん。『二人で練習してて』って、完全に切り捨てですよ!」
そう言っているだろうことは分かった。が、私は一人、きっ子ちゃんの元へポニー号を走らせた。
「し、しかし、遅いなぁ、これ――」
その日の夕方、今日は帰れないと連絡を入れた。沙夜先輩と一緒にきっ子ちゃんのお屋敷に泊まることになったと。
「なんか、ミイラ取りがミイラになっちゃったね」
「あのかわいい顔で、ニコニコしながら首を横に振られたら勝てないですよ。あっさり敗退しました。沙夜先輩ときっ子ちゃんをガレージに招待しての引越祝いは次回に持ち越しです」
どうしようもないほどの緩み顔で返した。
「だねッ。ま、向こうも呑気にバイクを眺めて一杯やるって言ってたし、こっちも三人してパーッ、とやろう。で、この屋敷にも温泉引いてあるから、先ずは三人で!」
「えッ! ハッ、ハイッ」
広い自動販売機のスペースと広いレストルーム。無駄に広い地下へ続く階段とエスカレータで空間が埋められ、大きなショッピングモールの玄関に入ったかのようだった。上下を逆にした感じである。
訝しげな顔で無駄に広い階段を下りた。すると、地上の数十倍はあると思われる空間が広がっていた。食料品は無いがそれ以外の物は大型のショッピングモールと変わらぬ品揃えがあると説明され、二人は呆気にとられた。
見回して先輩の肩を叩いた。
「――あれ」
大型のモールでも決して見ることのないトラクターが見えていた。
近づいて行くと大きさの違うトラクターが三台展示してあり、その近くには五台の車と数十台のバイクが並んでいる。
唖然とする二人に追い打ちをかけるようにアキちゃんがニコニコ顔を向けてくる。
「バイクとカメラ以外は全て御厨オリジナルなんですよ」
「す、全て!」
驚きと戸惑いの混在した顔を向けた。
「はい、車も家電も家具もみんな御厨製です。バイクとカメラはマニアック度がほぼ御厨と同レベルで、オリジナルを造る必要がないらしいです」
「マニアック度って、そういう問題じゃ――」
今度は呆れた顔になった。
結局、谷内モールは都内以上にマニアックな品揃えを誇っており、上空から小さな町に不釣り合いな施設と認識されないよう、玄関だけを地上に出しているとのことだった。
早速「免許がないのにバイクを買って、ホントにお巡りさんに捕まらない?」と、戦々恐々とした顔の先輩はシックな水色のAKAI-HONDA製リトル・カブを買った。
「大丈夫ですよ、お巡りさんは皆んな警護班の人って言ってたじゃないですか」
そう言って余裕を見せていた私は「えッ!」と我が目を疑った。
カーボン柄のカウルを纏ったバイクが、ジッと私を見つめていた。
「な、何でアレが、あるの? こんなところに……」と動揺し、それはすぐに高揚感へと変わった。
なんと、普通免許しかないことを二人には言わずに、乗れないはずの最新リッターSSを買ってしまったのである。それは、お店の人が焦るほどの一瞬の出来事だった。
そう記憶している。
その後もあまりにもマニアックな品々に興奮状態となり、店内を物色しては次々と買い始めた。だが、その異常さに気づいた先輩に諭されるようにして買い物をやめ、上のお蕎麦屋さんで昼食となった。
「美波ちゃんは、やっぱ凄いです! リッターSSって、貞任様の他数人しか乗りこなせないやつですよ」
「えーッ、美波。そんなに凄いやつを買っちゃったの!」
「アレって、向こうにだってそうそう置いてないんですよ。――っていうか、ま、弾みというか、ハハ」
「弾み過ぎだよ。バイクの他にノートパソコン、木製のチェアーetc。止めなかったら五十万のカメラと三十万のレンズ買おうとしてたよね」
「いやぁ、通常価格の三割り引きに、ついアドレナリンが――」
先輩のリトル・カブは然程の金額ではない。が、私が買ったAOI-YAMAHA製R1MというリッターSSは三割引きとはいえ支度金を大きく上回る二百三十万円で、僅か一時間半程の買い物はトータルでもうすぐ三百万円に手が届く。
まずいなぁ、この前のボーナスの時と一緒だ。ま、桁が違うけど……
家路につく頃には、ようやく我に返った私の口数は少なくなっていた。でも、家に着いて納屋の扉を開けると「ハッ!」とした。
「だ、大事なこと忘れてた! 先輩。すぐに運んでくれるって言ってたから、カブが来たら練習ですよ。私だってバイクどこの騒ぎじゃない、トラクターの走らせかた覚えないとだわ。――で、分かってますよね。忘れてませんよね。明日は、きっ子ちゃんを乗せてみんなでドライブですよ! アキちゃん、トラクターの走らせかた――」
と、一人で興奮した。
しかし、傍らで「えーッ、私カブ運転するの! 無理、無理。やっぱ、無理」と、あたふたしている者がいる。
「何で、買ったんすかッ!」気合を入れた。
次の日、一人できっ子ちゃんのところに向かった。
計画では私ときっ子ちゃんが初代ポニー号に乗り、アキちゃんがお父さんのカブを借りて先輩は買ったばかりのリトル・カブ。この三台で御社の周りを走ろうと考えていた。沙夜先輩にも了解を取った。だが、先輩の習熟は思うように進まない。ましてやトラクターとの併走では速度が低く、昨日今日乗ったばかりのへっぽこライダーでは真っ直ぐにすら走れない。「どうやって止めればいいの」と、ギヤチェンジして加速して行く。
焦った。『きっと、きっ子も大喜びよ』との、沙夜先輩の言葉が耳から離れない。
「ひどいですよね美波ちゃん。『二人で練習してて』って、完全に切り捨てですよ!」
そう言っているだろうことは分かった。が、私は一人、きっ子ちゃんの元へポニー号を走らせた。
「し、しかし、遅いなぁ、これ――」
その日の夕方、今日は帰れないと連絡を入れた。沙夜先輩と一緒にきっ子ちゃんのお屋敷に泊まることになったと。
「なんか、ミイラ取りがミイラになっちゃったね」
「あのかわいい顔で、ニコニコしながら首を横に振られたら勝てないですよ。あっさり敗退しました。沙夜先輩ときっ子ちゃんをガレージに招待しての引越祝いは次回に持ち越しです」
どうしようもないほどの緩み顔で返した。
「だねッ。ま、向こうも呑気にバイクを眺めて一杯やるって言ってたし、こっちも三人してパーッ、とやろう。で、この屋敷にも温泉引いてあるから、先ずは三人で!」
「えッ! ハッ、ハイッ」