九十七 鬼子(その二)
文字数 3,983文字
御神体の前で祈る沙夜先輩の姿を、あの時の悲しく響く声を思い出しながら目を開けた。
目の前に広がるフロントウインドウ越しの海は午前の色から午後の色へ変わっていた。塔子さんも疲れていたのだろう、そうそう起きないような寝息をたてている。
「結構眠ってしまったなぁ」
前に見た夢の続きだった。……沙夜先輩はお母さんの文にあった『光浩様の意を感じなさい』という言葉を信じてずっと御神体の前に――
「行ってあげないとですよね、先輩!」
海を見ながら純菜先輩がそこにいるかのように口にした。すると、どこからともなく「お早うございます」という可愛い声が聞こえてくる。
誰? きっ子ちゃんの声に似ていたけど……
助手席の窓の外に顔を向けると少し離れた切り株の上で両手を振っているきっ子ちゃんがいた。
……夢の続き?
徐ろに塔子さんへ身体を向けた。寝息を立てている顔を見ながら静かに揺すった。
「ん? ……え! また、寝過ぎた!」
ゆ、夢じゃない――
窓の外に向き直ると間違いなくきっ子ちゃんが切り株の上でニコニコしている。
慌てて車のドアを開けた。きっ子ちゃんのところまで行って膝を落とした。
「きっ子ちゃん。どうして、どうしてここに!」
「美波ちゃんが御厨を出てしまって、もう帰ってこないんじゃないかと思って」
「えッ、そんなことするわけないよ。でも、どうやってここまで来たの」
「貞任様に連れて来てもらったの」と、きっ子ちゃんは私の後ろへ顔を向けた。
動けない貞任様がきっ子ちゃんを口実に山吹さんに無理を言ったんだと、そう思いながら振り向いた。――が、呆れ顔は呆気に取られた顔に変わった。無意識に立ち上がって「えーッ!」と叫ぶように口にしていた。
百メートル程向こうに御蔵が置いてあった。
立ち竦んだまま、少しの間ただ呆然と見ていた。
――が、また「えーッ!」と声を上げた。
きっ子ちゃんを連れて塔子さんとあるはずのない御蔵に向かった。「なッ、なんてことをするの! 信じられないッ!」と、そうブツブツ言って向かった。
御蔵に入って指示所に行くと、貞任様と山吹さんがバツが悪そうな顔を向けてきた。
「山吹がついていながら、なんてことをするの!」先に塔子さんが唸った。
「塔子ちゃん、違うの」山吹さんがたじたじに返す。
「いやいや、お前たち勘違いしてるぞ。また俺が無茶をしたと思ってるだろう」
「そうに決まってますよ。こんなことするなんて! 信じらんないッ」
きっ子ちゃんのこととあって私は興奮気味に返していた。
「まぁ、少し落ち着けって」
「そうなの、この人じゃないのよ」と山吹さんが顔を向けてくる。
私たちがいくらか落ち着きを取り戻すと貞任様が事の次第を説明する。
「お前たちが出て行ってしばらくしたらきっ子が慌てて御蔵に来たんだ。で、『美波ちゃんが、また御厨から居なくなっちゃう!』て言うんだ。お母さんのところへと説明しようとしたんだが、それよりもきっ子が言葉を発したことに驚いてなぁ。麟が声を出した時のことを思い出して焦った。その後は『御蔵さんは空を飛べるんでしょ。美波ちゃんのところに連れてってくださいッ! お願いします』の一点張りだ。こんなきっ子は始めてだ」
「私がフクロウで平泉のお母さんのところに連れて行ってあげる。そう言ったんだけど――」
「そうこうしてるうちに御蔵に異様な振動が出始めた。きっ子は『御蔵さんが連れてってくれるんだッ!』と喜んで、こともあろうに『運転してください』とか言い出す始末だ。で、まさかとは思ったが、皆に御所から避難するよう言っていたら本当に御蔵が動き出し始めた。山吹と二人で泡を食ってたら飛び上がってしまった。後は為す術なく唖然としてたらここに来た。――信じられないのは俺等の方だ」
「でも、良くここが分かったわね」
冷静さを取り戻した塔子さんが訊くと「それは御蔵に言って」と、山吹さんは呆れたように返した。
「って、いうか、どうやって御蔵を御所から出したんですか、そんな構造になっていたんですか」私も呆れ顔に問いかけた。
「いやぁ、俺だってそんな構造があるなんて聞いてない。飛び上がってから道真に訊いたら『侍所と釣殿以外は崩壊しました。御所はほぼ壊滅です』と言っていた」
数秒の沈黙を置いて、また「えーッ!」と声を上げた。
「美波ちゃん、それ怖いです」
きっ子ちゃんが泣きそうな顔で見上げてくる。
慌てた。「えッ! 自分に―― そう、理解に苦しむ自分との折り合いをつけてるだけ。だから大丈夫だよ。っていうか、もう大きな声は出さない。ごめんね」と執りなして頬摺りするかのように抱きしめた。
「――なんか美波、お前もあれだなぁ」貞任様が呆れ顔を向けた。
「はッ!」として、緩んだ表情を引き締めて返す。
「護神兵が、山神様や重鬼が、海神様が守ってくれた御厨を私を迎えに来るだけのためにあの御所を崩壊させたってことですか!」
「まぁ、そういうことになるなぁ。だが壊れたのは御所だけで護神兵の元になる御蔵も、御社も谷内の町もある。ニノ指示所は無事だし、御蔵が行くところに持って行けばいい」
「まぁ、そう言われれば、そうですが」と、納得のなの字もない顔で返した。
貞任様は僅かに目を細めて笑みを浮かべた。
「さっき考えたんだが、あれだけ護神兵がいてでかいスコップとか持たせたらあっという間に何でも造れる。それで商売したら結構大儲けできるぞ」
「――は?」
二人の話に痺れを切らしたようにきっ子ちゃんが私の手を引いた。
「美波ちゃん早く御厨に帰ろう。どこかへ行ってしまうんではなかったんでしょ?」
「え? きっ子ちゃんを置いてどこにも行かないよ。ずっと一緒にいるから大丈夫だよ」
また、頬摺りするようにして抱きしめた。
「……」
見ていなかったように貞任様が口を開く。
「しかしあれだなぁ、御厨に帰ろうにもどうやって御蔵を動かせば良いのか分からんなぁ。――ここは、美波。やはりお前が御蔵と対話するしかないだろう」
「『御厨に帰って』って打ち込めばいいと言うことですか?」
「悲しいがそれ以外思い浮かばない。――どうだ塔子」
「そ、そうですね。最前席も操舵機能はないようですし」
塔子さんが、そう返したところで微かな振動を感じた。慌ててメインモニタに目を向けると少しずつ御蔵が浮き上がり始めた。
「なんだかなぁ…… 気が利くというか、こちらのことは眼中にないと言うか……」
貞任様が呆れていると突然塔子さんが大きな声を上げた。
「あーッ、車忘れた! 貞任様止めてください。私降りますッ!」
「お、俺に言ってどうする。――もう無理だ、諦めろ。後で将門に取りに来させればいい」
「えーッ、将門様にお願いしたら傷を付けられちゃう。っていうか、絶対に形が変わってしまいますよ!」
塔子さんは涙目に訴えった。
「わ、分かった、分かった。形が変わったら新しいのを買ってやる。経費だ。何でもいいぞ」
塔子さんの顔付が段々変わっていく。
「な、何でもいいって…… 何でも、って」
「……やはり、ラプター(フォード)?」
塔子さんが一人でネット検索に夢中になっていると、既に御厨の上空に入っていた御蔵が御所をメインモニタに映し出した。
「おォォォッ、派手にやったなぁ」
貞任様は感心するかのように言ってモニタに見入った。
白砂ノ御所は寝殿、研究施設がある西ノ対、侍所とその補助施設がある東ノ対、庶務施設がある北ノ対と北側全ての家屋が跡形も無くなっていた。跡には直径百五十メートル程で深さ四、五十メートルの大きな穴が開き、無事だと思われていた侍所や南側の釣殿ですら北側にあった家屋が砕けて散乱して半壊状態になっている。
「ひ、酷い! これで死んだ人や怪我した人がいたら、私――」
安心して眠ってしまったきっ子ちゃんを腿の上に置いて愕然とモニタに見入った。
「大丈夫だ。かすり傷を負った者が数人ほどいるらしいが大事はなかったようだ」
「そうですか、――良かった」
表情を緩め、眠るきっ子ちゃんをそっと抱きしめた。
「しかし、きっ子の願いを聞いて御蔵が動き出すとはなぁ。……やはり、鬼子も何かしらの定めを負っているのだろう」
きっ子ちゃんの寝顔を見ながら貞任様が口にした。
視線をきっ子ちゃんへと落とした。
御蔵がこれだけのことをしたんだ。きっ子ちゃんも、先輩や直君のように手が届かないところに……
何も返すことなくその寝顔を見つめた。
御所の状態を確認し終わったかのように御蔵が静かに動き出した。
「今度はどこに行こうとしているのでしょうか」塔子さんが貞任様に問いかけた。
「これだけの大物を下ろすとなれば、学校のグランドかテストコースぐらいだろうなぁ」
御蔵は貞任様が言ったところには向かわずに神楽ノ宮の方へと向かった。
思わず「まほろばの丘だ」と口にした。
「まほろばの丘…… 一本桜の咲く丘がか?」貞任様が訝しげな顔を向けてくる。
「はい、こちらへ初めて来た時、純菜先輩が言っていました」
「純菜がそう言ったのか――」
「どうかしたのですか?」
傍らの塔子さんが応える。
「古文書にまほろばの丘の記述はあるのですが場所は特定されていませんでした。……海神様がそう仰ったのであれば、ここが、この一本桜の咲く丘がそうなのでしょうね」
「そう、だったんですか」
純菜先輩は誰から聞いたのだろう、遠い記憶がそう言わせたのだろうか……
御蔵がまほろばの丘に下りると貞任様の指示で神楽ノ宮駅の地下施設に仮のニノ指示所を置くことになり慌ただしく作業が始まった。見張りを将門様と他の一騎に任せて六騎の護神兵が作業に当たり、ユニット化されていたニノ指示所はあっという間に神楽ノ宮に運ばれ駅の地下施設に組み込まれて稼働を始めた。
貞任様が冗談で言った護神兵を使った物づくりは的を得たものとなった。
目の前に広がるフロントウインドウ越しの海は午前の色から午後の色へ変わっていた。塔子さんも疲れていたのだろう、そうそう起きないような寝息をたてている。
「結構眠ってしまったなぁ」
前に見た夢の続きだった。……沙夜先輩はお母さんの文にあった『光浩様の意を感じなさい』という言葉を信じてずっと御神体の前に――
「行ってあげないとですよね、先輩!」
海を見ながら純菜先輩がそこにいるかのように口にした。すると、どこからともなく「お早うございます」という可愛い声が聞こえてくる。
誰? きっ子ちゃんの声に似ていたけど……
助手席の窓の外に顔を向けると少し離れた切り株の上で両手を振っているきっ子ちゃんがいた。
……夢の続き?
徐ろに塔子さんへ身体を向けた。寝息を立てている顔を見ながら静かに揺すった。
「ん? ……え! また、寝過ぎた!」
ゆ、夢じゃない――
窓の外に向き直ると間違いなくきっ子ちゃんが切り株の上でニコニコしている。
慌てて車のドアを開けた。きっ子ちゃんのところまで行って膝を落とした。
「きっ子ちゃん。どうして、どうしてここに!」
「美波ちゃんが御厨を出てしまって、もう帰ってこないんじゃないかと思って」
「えッ、そんなことするわけないよ。でも、どうやってここまで来たの」
「貞任様に連れて来てもらったの」と、きっ子ちゃんは私の後ろへ顔を向けた。
動けない貞任様がきっ子ちゃんを口実に山吹さんに無理を言ったんだと、そう思いながら振り向いた。――が、呆れ顔は呆気に取られた顔に変わった。無意識に立ち上がって「えーッ!」と叫ぶように口にしていた。
百メートル程向こうに御蔵が置いてあった。
立ち竦んだまま、少しの間ただ呆然と見ていた。
――が、また「えーッ!」と声を上げた。
きっ子ちゃんを連れて塔子さんとあるはずのない御蔵に向かった。「なッ、なんてことをするの! 信じられないッ!」と、そうブツブツ言って向かった。
御蔵に入って指示所に行くと、貞任様と山吹さんがバツが悪そうな顔を向けてきた。
「山吹がついていながら、なんてことをするの!」先に塔子さんが唸った。
「塔子ちゃん、違うの」山吹さんがたじたじに返す。
「いやいや、お前たち勘違いしてるぞ。また俺が無茶をしたと思ってるだろう」
「そうに決まってますよ。こんなことするなんて! 信じらんないッ」
きっ子ちゃんのこととあって私は興奮気味に返していた。
「まぁ、少し落ち着けって」
「そうなの、この人じゃないのよ」と山吹さんが顔を向けてくる。
私たちがいくらか落ち着きを取り戻すと貞任様が事の次第を説明する。
「お前たちが出て行ってしばらくしたらきっ子が慌てて御蔵に来たんだ。で、『美波ちゃんが、また御厨から居なくなっちゃう!』て言うんだ。お母さんのところへと説明しようとしたんだが、それよりもきっ子が言葉を発したことに驚いてなぁ。麟が声を出した時のことを思い出して焦った。その後は『御蔵さんは空を飛べるんでしょ。美波ちゃんのところに連れてってくださいッ! お願いします』の一点張りだ。こんなきっ子は始めてだ」
「私がフクロウで平泉のお母さんのところに連れて行ってあげる。そう言ったんだけど――」
「そうこうしてるうちに御蔵に異様な振動が出始めた。きっ子は『御蔵さんが連れてってくれるんだッ!』と喜んで、こともあろうに『運転してください』とか言い出す始末だ。で、まさかとは思ったが、皆に御所から避難するよう言っていたら本当に御蔵が動き出し始めた。山吹と二人で泡を食ってたら飛び上がってしまった。後は為す術なく唖然としてたらここに来た。――信じられないのは俺等の方だ」
「でも、良くここが分かったわね」
冷静さを取り戻した塔子さんが訊くと「それは御蔵に言って」と、山吹さんは呆れたように返した。
「って、いうか、どうやって御蔵を御所から出したんですか、そんな構造になっていたんですか」私も呆れ顔に問いかけた。
「いやぁ、俺だってそんな構造があるなんて聞いてない。飛び上がってから道真に訊いたら『侍所と釣殿以外は崩壊しました。御所はほぼ壊滅です』と言っていた」
数秒の沈黙を置いて、また「えーッ!」と声を上げた。
「美波ちゃん、それ怖いです」
きっ子ちゃんが泣きそうな顔で見上げてくる。
慌てた。「えッ! 自分に―― そう、理解に苦しむ自分との折り合いをつけてるだけ。だから大丈夫だよ。っていうか、もう大きな声は出さない。ごめんね」と執りなして頬摺りするかのように抱きしめた。
「――なんか美波、お前もあれだなぁ」貞任様が呆れ顔を向けた。
「はッ!」として、緩んだ表情を引き締めて返す。
「護神兵が、山神様や重鬼が、海神様が守ってくれた御厨を私を迎えに来るだけのためにあの御所を崩壊させたってことですか!」
「まぁ、そういうことになるなぁ。だが壊れたのは御所だけで護神兵の元になる御蔵も、御社も谷内の町もある。ニノ指示所は無事だし、御蔵が行くところに持って行けばいい」
「まぁ、そう言われれば、そうですが」と、納得のなの字もない顔で返した。
貞任様は僅かに目を細めて笑みを浮かべた。
「さっき考えたんだが、あれだけ護神兵がいてでかいスコップとか持たせたらあっという間に何でも造れる。それで商売したら結構大儲けできるぞ」
「――は?」
二人の話に痺れを切らしたようにきっ子ちゃんが私の手を引いた。
「美波ちゃん早く御厨に帰ろう。どこかへ行ってしまうんではなかったんでしょ?」
「え? きっ子ちゃんを置いてどこにも行かないよ。ずっと一緒にいるから大丈夫だよ」
また、頬摺りするようにして抱きしめた。
「……」
見ていなかったように貞任様が口を開く。
「しかしあれだなぁ、御厨に帰ろうにもどうやって御蔵を動かせば良いのか分からんなぁ。――ここは、美波。やはりお前が御蔵と対話するしかないだろう」
「『御厨に帰って』って打ち込めばいいと言うことですか?」
「悲しいがそれ以外思い浮かばない。――どうだ塔子」
「そ、そうですね。最前席も操舵機能はないようですし」
塔子さんが、そう返したところで微かな振動を感じた。慌ててメインモニタに目を向けると少しずつ御蔵が浮き上がり始めた。
「なんだかなぁ…… 気が利くというか、こちらのことは眼中にないと言うか……」
貞任様が呆れていると突然塔子さんが大きな声を上げた。
「あーッ、車忘れた! 貞任様止めてください。私降りますッ!」
「お、俺に言ってどうする。――もう無理だ、諦めろ。後で将門に取りに来させればいい」
「えーッ、将門様にお願いしたら傷を付けられちゃう。っていうか、絶対に形が変わってしまいますよ!」
塔子さんは涙目に訴えった。
「わ、分かった、分かった。形が変わったら新しいのを買ってやる。経費だ。何でもいいぞ」
塔子さんの顔付が段々変わっていく。
「な、何でもいいって…… 何でも、って」
「……やはり、ラプター(フォード)?」
塔子さんが一人でネット検索に夢中になっていると、既に御厨の上空に入っていた御蔵が御所をメインモニタに映し出した。
「おォォォッ、派手にやったなぁ」
貞任様は感心するかのように言ってモニタに見入った。
白砂ノ御所は寝殿、研究施設がある西ノ対、侍所とその補助施設がある東ノ対、庶務施設がある北ノ対と北側全ての家屋が跡形も無くなっていた。跡には直径百五十メートル程で深さ四、五十メートルの大きな穴が開き、無事だと思われていた侍所や南側の釣殿ですら北側にあった家屋が砕けて散乱して半壊状態になっている。
「ひ、酷い! これで死んだ人や怪我した人がいたら、私――」
安心して眠ってしまったきっ子ちゃんを腿の上に置いて愕然とモニタに見入った。
「大丈夫だ。かすり傷を負った者が数人ほどいるらしいが大事はなかったようだ」
「そうですか、――良かった」
表情を緩め、眠るきっ子ちゃんをそっと抱きしめた。
「しかし、きっ子の願いを聞いて御蔵が動き出すとはなぁ。……やはり、鬼子も何かしらの定めを負っているのだろう」
きっ子ちゃんの寝顔を見ながら貞任様が口にした。
視線をきっ子ちゃんへと落とした。
御蔵がこれだけのことをしたんだ。きっ子ちゃんも、先輩や直君のように手が届かないところに……
何も返すことなくその寝顔を見つめた。
御所の状態を確認し終わったかのように御蔵が静かに動き出した。
「今度はどこに行こうとしているのでしょうか」塔子さんが貞任様に問いかけた。
「これだけの大物を下ろすとなれば、学校のグランドかテストコースぐらいだろうなぁ」
御蔵は貞任様が言ったところには向かわずに神楽ノ宮の方へと向かった。
思わず「まほろばの丘だ」と口にした。
「まほろばの丘…… 一本桜の咲く丘がか?」貞任様が訝しげな顔を向けてくる。
「はい、こちらへ初めて来た時、純菜先輩が言っていました」
「純菜がそう言ったのか――」
「どうかしたのですか?」
傍らの塔子さんが応える。
「古文書にまほろばの丘の記述はあるのですが場所は特定されていませんでした。……海神様がそう仰ったのであれば、ここが、この一本桜の咲く丘がそうなのでしょうね」
「そう、だったんですか」
純菜先輩は誰から聞いたのだろう、遠い記憶がそう言わせたのだろうか……
御蔵がまほろばの丘に下りると貞任様の指示で神楽ノ宮駅の地下施設に仮のニノ指示所を置くことになり慌ただしく作業が始まった。見張りを将門様と他の一騎に任せて六騎の護神兵が作業に当たり、ユニット化されていたニノ指示所はあっという間に神楽ノ宮に運ばれ駅の地下施設に組み込まれて稼働を始めた。
貞任様が冗談で言った護神兵を使った物づくりは的を得たものとなった。