六十六 祭り
文字数 2,602文字
◇
事件があった二日後、御厨は祭りに浮かれる子どもたちの笑い声に包まれていた。
三人の将来有望な若者が亡くなった悲しみは大きなものがあったが祭りはいつものように盛大に執り行われ、二日前、直が春菜を背負って歩いた白砂ノ御所から祭りの中心である御社までの道は色とりどりの提灯と夜店に飾られていた。黄色い歓声をあげながら御社に向かう子どもたちで賑わいを見せている。
御社では予定されていた私たちの歓迎の宴が行われ、御厨の主力である護神兵を履く面々、それをサポートする研究開発陣、御蔵のスタッフが出席した。
冒頭の挨拶では亡くなった三人の家族を代表し、春菜の父である川越重頼様が挨拶に立った。子どもたちへの贐として祭りと歓迎の宴を盛り上げて欲しいとの言葉があり、祭りの一部と化した歓迎の宴はいつしか笑顔と笑い声に包まれていった。
宴も酣の頃合いになると祭りもクライマックスを迎え、護神兵等によって拝殿の正面に置かれた舞殿で神楽ノ舞が御神体に献上される。
神楽ノ舞は春に御社で舞う咲舞と秋に神楽ノ宮で舞う本舞の二つがあり、どちらも護神兵を預かる家々の子どもたちが舞い、その子等は数年後にものの具を履く面々でもあった。
静寂につつまれた境内、篝火のはじける音だけが聞こえていた。
その中に少年の篠笛が悲しく響きはじめ、時を置いて寄り添うように少女の篠笛が僅かな彩りを与える。やがて二人が奏でる音は凍り付いた雪の響きから僅かに溶けて流れ出すせせらぎの音へと変わり、新緑が芽吹く時を教えるかのように大太鼓が空気を震わせる。小太鼓が冬が終わったのかと恐る恐る囀る鳥たちのように静かに鳴り始める。
遠くに娘たちの歌声が聞こえ、その声が少しずつ近づくにつれ居並ぶ太鼓は子どもたちが遊び回る鼓動となって大地を叩き、春が来たのだと蕗ノ薹が道の端々を埋め尽くしていくかのように他の篠笛たちも陽気に唄い出す。最後の篠笛が唄い出すと、幾らかの時を置いて遠くに聞こえた春雷が大太鼓の響きとなって空を震わせる。
その瞬間、全ての音が消えた。
「ヨーオッ」
静まりかえった舞殿に透き通る少年の声が響き渡る。
声を発した少年と二人の少年、四人の少女の総勢七名が息を合わせて舞い始め、その足並みに寸分違わず居並ぶ全ての太鼓が打たれていく。
その舞は古のこの地を大和朝廷から守る阿弖流為等エミシの長たちの舞であり、辺境の過酷な土地に生きる強さと侵略してくる大きな敵に立ち向かう鋼の様な意思を現したものだと云う。
静かに始まった舞は中盤にかけて激しさを増し、舞う者たちが自らの創り出した鼓動に酔い始める頃、拝殿の後ろにある神殿の前戸が開かれる。
拝殿に居並び神楽に興じた面々は御神体に舞を献上するため両脇へ席を移し、舞はより激しさを増して舞っている者だけではなく興じる者までもその鼓動の中に引き込んでいく。その全ての鼓動が拝殿を通って御神体へと届き、やがて御神体が目覚めたかのような鼓動が並みいる者たちへ返すように伝わってくる。
「凄すぎですよね、あの神楽」
「そうね、正に神憑りだね。まだ身体の震えが止まらない」
美波にそう返し、まだ残る震えを押さえながら続けた。
「蝦夷 の祭りを大和の末裔が踊るっていうのも意味深だよね。臣下に下った先代渡来系の怨念って感じがする」
「東アジア渡来系に対する先住渡来系の怨念か…… しかし、御蔵のデータベースは凄いですよね。まるでその時代のその場にいたかのような記述ばかり」
私と美波、サトちゃんの三人は、拝殿から少し離れた人気の少ない客殿の近くに移っていた。歓迎の宴は神楽の舞が終わったところでお開きとなり、その後も祭りの宴は夜明けまで続くが、初めて祭りに参加した私たちはさすがに付き合えないだろうと沙夜のはからいで開放された。御厨の主力たちは引き続き拝殿での宴、年頃の者たちは御社ノ森、子どもたちは参道に並んだ夜店へと場所を変えて祭りは続いていく。
「直行さん、大丈夫でしょうか」
サトちゃんが、姿の見えない直を案じるかのように顔を向けてくる。
「大丈夫だよ。きっと、ハルのところに行ったんだと思う」
春菜の名を口にして胸が張り裂けそうになった。
歓迎の宴で重頼様は言った。
「春菜のことを思って頂けるなら此度のことはあまりお考えにならずに、立ち止まらずに前へお進みください。純菜様と直行様がこの御厨に居られさえすれば、あの子はいつでも御社ノ森で笑っていてくれます」と、目に溢れんばかりに涙をためて酌をしてくれた。
傍らで今にも泣き崩れそうな将門様に「爺様がそれでは『純菜様や直行様を誰がお守りするのですか』と春菜に怒られますぞ」と重頼様は気丈に言い、三人でケジメを付けて先に進もうと約束をした。
でも、直を楽しそうに見上げるハルの横顔を思い出すと、どうしても胸が張り裂けそうになってしまう。
そんな私の顔を見て、美波は話を変えた。
「でも、驚きましたよね。まさか多賀城専務が御厨の三強の一人だなんて。貞任様に次いで沙夜先輩と同じくらい強いらしいですよ。名前だって郁生から行平に変わっちゃってるし」
「惚れ直しちゃった?」
美波の気遣いへ返すように笑みを向けた。
「いえ、少し見直しただけです。って、なんか微妙な言い回しやめてください」
「そうですよ、向こうではロン毛オヤジの女ったらしにしか見えなかったんですから」
「オイオイ、サトちゃん。ボロクソだねぇ。恨みでもあるの」
「この娘、いい男は皆んなボロクソに言うの。さすがに光浩様や貞任様を口にしないところは偉いけど」
「いやいや、態度に出てましたよ」
「や、やめて下さい。ここにいれなくなっちゃいますよ」
「おーッと、危ない危ない。また、サトちゃんのペースに引き込まれるとこだった」
いつもを演じるかのような二人に目頭を熱くした。
美波は、また話を変えた。
「この前の沙樹様からの文はどうなりました?」
「明後日、祭りが終わった後御社に呼ばれてる。直とサトちゃんには控えてもらって私と美波で聞こうと思う。どうかしら」
「はい、そうして頂けると助かります」
「美波はどう、付き合える?」
「はい、心してお伴します」
「助かる。ありがとう」
表情を崩した。
「じゃ、私たちも祭りの続きで夜店に繰り出そうか」と、二人へ笑みを向けた
「大賛成でーす。全然呑みが足んないですからね、これじゃ!」
事件があった二日後、御厨は祭りに浮かれる子どもたちの笑い声に包まれていた。
三人の将来有望な若者が亡くなった悲しみは大きなものがあったが祭りはいつものように盛大に執り行われ、二日前、直が春菜を背負って歩いた白砂ノ御所から祭りの中心である御社までの道は色とりどりの提灯と夜店に飾られていた。黄色い歓声をあげながら御社に向かう子どもたちで賑わいを見せている。
御社では予定されていた私たちの歓迎の宴が行われ、御厨の主力である護神兵を履く面々、それをサポートする研究開発陣、御蔵のスタッフが出席した。
冒頭の挨拶では亡くなった三人の家族を代表し、春菜の父である川越重頼様が挨拶に立った。子どもたちへの贐として祭りと歓迎の宴を盛り上げて欲しいとの言葉があり、祭りの一部と化した歓迎の宴はいつしか笑顔と笑い声に包まれていった。
宴も酣の頃合いになると祭りもクライマックスを迎え、護神兵等によって拝殿の正面に置かれた舞殿で神楽ノ舞が御神体に献上される。
神楽ノ舞は春に御社で舞う咲舞と秋に神楽ノ宮で舞う本舞の二つがあり、どちらも護神兵を預かる家々の子どもたちが舞い、その子等は数年後にものの具を履く面々でもあった。
静寂につつまれた境内、篝火のはじける音だけが聞こえていた。
その中に少年の篠笛が悲しく響きはじめ、時を置いて寄り添うように少女の篠笛が僅かな彩りを与える。やがて二人が奏でる音は凍り付いた雪の響きから僅かに溶けて流れ出すせせらぎの音へと変わり、新緑が芽吹く時を教えるかのように大太鼓が空気を震わせる。小太鼓が冬が終わったのかと恐る恐る囀る鳥たちのように静かに鳴り始める。
遠くに娘たちの歌声が聞こえ、その声が少しずつ近づくにつれ居並ぶ太鼓は子どもたちが遊び回る鼓動となって大地を叩き、春が来たのだと蕗ノ薹が道の端々を埋め尽くしていくかのように他の篠笛たちも陽気に唄い出す。最後の篠笛が唄い出すと、幾らかの時を置いて遠くに聞こえた春雷が大太鼓の響きとなって空を震わせる。
その瞬間、全ての音が消えた。
「ヨーオッ」
静まりかえった舞殿に透き通る少年の声が響き渡る。
声を発した少年と二人の少年、四人の少女の総勢七名が息を合わせて舞い始め、その足並みに寸分違わず居並ぶ全ての太鼓が打たれていく。
その舞は古のこの地を大和朝廷から守る阿弖流為等エミシの長たちの舞であり、辺境の過酷な土地に生きる強さと侵略してくる大きな敵に立ち向かう鋼の様な意思を現したものだと云う。
静かに始まった舞は中盤にかけて激しさを増し、舞う者たちが自らの創り出した鼓動に酔い始める頃、拝殿の後ろにある神殿の前戸が開かれる。
拝殿に居並び神楽に興じた面々は御神体に舞を献上するため両脇へ席を移し、舞はより激しさを増して舞っている者だけではなく興じる者までもその鼓動の中に引き込んでいく。その全ての鼓動が拝殿を通って御神体へと届き、やがて御神体が目覚めたかのような鼓動が並みいる者たちへ返すように伝わってくる。
「凄すぎですよね、あの神楽」
「そうね、正に神憑りだね。まだ身体の震えが止まらない」
美波にそう返し、まだ残る震えを押さえながら続けた。
「
「東アジア渡来系に対する先住渡来系の怨念か…… しかし、御蔵のデータベースは凄いですよね。まるでその時代のその場にいたかのような記述ばかり」
私と美波、サトちゃんの三人は、拝殿から少し離れた人気の少ない客殿の近くに移っていた。歓迎の宴は神楽の舞が終わったところでお開きとなり、その後も祭りの宴は夜明けまで続くが、初めて祭りに参加した私たちはさすがに付き合えないだろうと沙夜のはからいで開放された。御厨の主力たちは引き続き拝殿での宴、年頃の者たちは御社ノ森、子どもたちは参道に並んだ夜店へと場所を変えて祭りは続いていく。
「直行さん、大丈夫でしょうか」
サトちゃんが、姿の見えない直を案じるかのように顔を向けてくる。
「大丈夫だよ。きっと、ハルのところに行ったんだと思う」
春菜の名を口にして胸が張り裂けそうになった。
歓迎の宴で重頼様は言った。
「春菜のことを思って頂けるなら此度のことはあまりお考えにならずに、立ち止まらずに前へお進みください。純菜様と直行様がこの御厨に居られさえすれば、あの子はいつでも御社ノ森で笑っていてくれます」と、目に溢れんばかりに涙をためて酌をしてくれた。
傍らで今にも泣き崩れそうな将門様に「爺様がそれでは『純菜様や直行様を誰がお守りするのですか』と春菜に怒られますぞ」と重頼様は気丈に言い、三人でケジメを付けて先に進もうと約束をした。
でも、直を楽しそうに見上げるハルの横顔を思い出すと、どうしても胸が張り裂けそうになってしまう。
そんな私の顔を見て、美波は話を変えた。
「でも、驚きましたよね。まさか多賀城専務が御厨の三強の一人だなんて。貞任様に次いで沙夜先輩と同じくらい強いらしいですよ。名前だって郁生から行平に変わっちゃってるし」
「惚れ直しちゃった?」
美波の気遣いへ返すように笑みを向けた。
「いえ、少し見直しただけです。って、なんか微妙な言い回しやめてください」
「そうですよ、向こうではロン毛オヤジの女ったらしにしか見えなかったんですから」
「オイオイ、サトちゃん。ボロクソだねぇ。恨みでもあるの」
「この娘、いい男は皆んなボロクソに言うの。さすがに光浩様や貞任様を口にしないところは偉いけど」
「いやいや、態度に出てましたよ」
「や、やめて下さい。ここにいれなくなっちゃいますよ」
「おーッと、危ない危ない。また、サトちゃんのペースに引き込まれるとこだった」
いつもを演じるかのような二人に目頭を熱くした。
美波は、また話を変えた。
「この前の沙樹様からの文はどうなりました?」
「明後日、祭りが終わった後御社に呼ばれてる。直とサトちゃんには控えてもらって私と美波で聞こうと思う。どうかしら」
「はい、そうして頂けると助かります」
「美波はどう、付き合える?」
「はい、心してお伴します」
「助かる。ありがとう」
表情を崩した。
「じゃ、私たちも祭りの続きで夜店に繰り出そうか」と、二人へ笑みを向けた
「大賛成でーす。全然呑みが足んないですからね、これじゃ!」