八十 「先手必勝」と、不敵に笑った
文字数 2,896文字
翌日、臨時会議が招集された。
早めに来た私たちは会議の用意をするアキちゃんを残し、先輩と二人で侍所の休憩所に来ていた。
「アメリカは相変わらず大胆ですね」
「沙夜のお母さんがやってもアメリカは、やっぱアメリカって感じね」
「でも、藤原首相はよく通しましたね。ま、アメリカ大統領の沙樹様から要求があって、いつものように貞任様が『母の言うとおりにしろ』となれば迷うことなんてないんでしょうけど」
そう言ってから、僅かに首を傾げた。気になっていたことを口にした。
「それにしても、貞任様はなぜああもお母様の言うことを聞くんでしょう。それも、なんか楽しそうにも見えるんですよね」
「沙樹様が貞任様のやりたいことをやってくれてるからね」
「もしかして、例の世界財閥の解体ですか」
「そう、沙樹様がやらなくても貞任様がやっていただろうけどね」
「そうですよね、あれは酷い。御蔵にあるデータベースであれが人の罪としては一番酷い。お金という妖かしに操られた一部の人たちが戦争を画策し、人々を喰いものにして、やがてその妖かしに大国さえも支配されていく。人をつくった神様がいたら怒りますよ」
「そうね。それが知恵を持ったものの宿命というなら、あまりにも悲しい――」
話を本筋へと戻した。
「でも、本当にできるんでしょうか。盛岡の半径約七十五キロ圏内から御厨以外の人たちを全部避難させるって。それも、たかだか一週間でですよ」
「有事扱いだからね」
「これで、私たちも立派なテロリストですね。――それにしても、雫石の一件から僅か一週間で、日本の本土に半径七十五キロのテロ国家ができるなんて驚きですよ」
先輩は呆れたように相槌を打ち、心配そうな顔を向けた。
「お父さんやお母さんは何か言っていた?」
「呑気なもんですよ。避難範囲から平泉の家がギリギリ外れて、大喜びで有事なんてどこ吹く風です。もともと父と母は東北出身ですから喜んで平泉に来ましたし、あの広い屋敷にトラクターとガレージ付きの家を用意してもらって、なんちゃって農家に二人してのめり込んでます。槍が降ってこようと関東に戻るとは絶対に言わないです」
「……もう『ごめんね』は言わないよ、美波。悪い奴だって言われても貴女を最後まで付き合わせる」
「はい、勿論です。喜んでお付き合いします」
日本政府はアメリカの要求に沿って御厨をテロ組織と認めた。
盛岡を中心に半径約七十五キロ圏内を重要監視区域として、その区域に住まう全ての日本国民を区域外へ避難させた。そして、御厨に対しアメリカへの護神兵引き渡しに応じなければアメリカとの共同攻撃も辞さないとの姿勢を鮮明にした。
二人が会議室に戻ると義平様、多賀城専務、義盛様数名が既に来ていて、五分程すると三長老と塔子さんを伴った沙夜先輩と貞任様が部屋に入った。
「皆、揃っていそうだな。では、早速始めようか」
貞任様、沙夜先輩、純菜先輩を中央に各翼へ調査班とアキちゃんと私、ものの具を履く面々が分かれて席に着いた。
会議が始まる。
皆を見回し、沙夜先輩が将門様に顔を向けた。
「先ずは、将門のほうから包囲の状況を」
将門様は神妙な面持ちで頷き状況報告を始めた。
「今朝、玄明より報告がありました。盛岡の半径七十五キロ各地点には陸自が配置をほぼ完了させつつあるとのこと。トドヶ崎沖太平洋上にアメリカ太平洋艦隊が展開、日本海側は海自が担当。空に於きましては、ほぼ全ての拠点がアメリカ空軍の指揮下に入ったとのことで、総指揮は玄明のようです」
「あくまでも、自国のテロリストは自らの手で処分しろという体ですね」
「そのようです」
「東にアメリカ、西に中国、北にロシア。で、南はインドと欧州連合。蒼君のお陰で世界統一軍が出来上がったなぁ」
「兄様、嬉しそうなお顔をしていますね」
沙夜先輩が不服そうな顔を向ける。
「それは、そうであろう。半径七十五キロとはいえ一つの国を貰ったようなものだ。それも世界中のお墨付きでな」
「相変わらず呑気なことですね」と返し、沙夜先輩は貞任様に同調して浮き足立っている義家様以下に顔を向けた。でも、ものの具を履く面々は皆下を向き、沙夜先輩に目を合わせないようにしている。
そんな少々御立腹気味の沙夜先輩に純菜先輩が問いかける。
「アメリカ以外も動きますか」
「動かないでしょうね。母はことが終わったときのことを考えています。母の指示がどこまで行き届くかを見極めるだけでしょう」
「しかし、アメリカは早々に仕掛けてくるだろうなぁ。我々がどれだけ危険な存在かを世界中により知らしめる必要があるが、時間をおけば雫石の衝撃は薄れる」
貞任様がそう言うと、義家様が「来ますかッ!」と詰め寄った。ものの具を履く面々も、同じように何かを期待するかのような眼差しを向けている。が、沙夜先輩が顔を向ける素振りを見せると、義家様以外皆一斉に下を向いた。
「義家ッ!」沙夜先輩は唸った。
「始めて十五分も経ってないですよ」
茶目っ気気味に切り出すと「美波、あなたが吹き出すからよ」と先輩は呆れ顔に返した。
「だって、世界でも一流中の一流の会社を回してきた人たちが、なんか、まるで中学生みたいに見えちゃって。つい、御厨脱出を図る中学生を思い出したら可笑しくなっちゃって」
「もう勘弁してよ、美波」
「ホントごめんね、沙夜ちゃん。あの人や父様がアラバマの武勇伝を大袈裟に言いふらした挙げ句の雫石で、義平兄様たちはものの具を履きたくてうずうずしているの」
「山吹姉様のせいではないです。兄様がずっとあの調子だからいけないの。もう、こうなったら『女だけでやります!』って言いたいところです。ホント、男たちは邪魔なだけですッ」
やはり、ご立腹である。
――直君、見たら驚くだろうなぁ。フフッ。
貞任様の供をして来た山吹さんは侍所の休憩室で会議が終わるのを待っていたが、ご機嫌斜めの沙夜先輩に追い出された男たちと入れ代わるようにして会議室に入っていた。
アラバマ、雫石と護神兵の実戦への投入が近いことを予感させる事態が続き、ものの具を履く面々は浮足立っている。そして、同じようにものの具を履く沙夜先輩にもその気持ちが分かったという。それは、ものの具の魔力に、妖艶な何者かに心地よく誘われるような感覚であり、女であるが故に幾らかの冷静さは保っていられるが男たちが抗える類いのものではない、そう感じていたと。それ故に雫石の一件以降、ものの具を履いての戦いに皆を煽る者に苛立ちを隠さないようにしていると。
まさに、今日の義家様はそれの生け贄で「次の作戦から男たちを外すいい口実になったわッ」と、沙夜先輩は憤慨気味に言った。
「でも、兄様が言ったことは間違いないと思う」
「沙夜、先手必勝でいったらどうだろう。仕掛けられてミサイルでも撃ち込まれたら貞任様たちは本気モードに入っちゃう」
「先手必勝?」
沙夜先輩が訝しげに見返す。
「私にいい考えがあるの。殿方に出張ってもらわずに女だけでやれて、死傷者を出さずに護神兵の恐ろしさを見せつける、いい手が――」
まるで、貞任様かのような不敵な笑みを浮かべて、先輩は言った。
早めに来た私たちは会議の用意をするアキちゃんを残し、先輩と二人で侍所の休憩所に来ていた。
「アメリカは相変わらず大胆ですね」
「沙夜のお母さんがやってもアメリカは、やっぱアメリカって感じね」
「でも、藤原首相はよく通しましたね。ま、アメリカ大統領の沙樹様から要求があって、いつものように貞任様が『母の言うとおりにしろ』となれば迷うことなんてないんでしょうけど」
そう言ってから、僅かに首を傾げた。気になっていたことを口にした。
「それにしても、貞任様はなぜああもお母様の言うことを聞くんでしょう。それも、なんか楽しそうにも見えるんですよね」
「沙樹様が貞任様のやりたいことをやってくれてるからね」
「もしかして、例の世界財閥の解体ですか」
「そう、沙樹様がやらなくても貞任様がやっていただろうけどね」
「そうですよね、あれは酷い。御蔵にあるデータベースであれが人の罪としては一番酷い。お金という妖かしに操られた一部の人たちが戦争を画策し、人々を喰いものにして、やがてその妖かしに大国さえも支配されていく。人をつくった神様がいたら怒りますよ」
「そうね。それが知恵を持ったものの宿命というなら、あまりにも悲しい――」
話を本筋へと戻した。
「でも、本当にできるんでしょうか。盛岡の半径約七十五キロ圏内から御厨以外の人たちを全部避難させるって。それも、たかだか一週間でですよ」
「有事扱いだからね」
「これで、私たちも立派なテロリストですね。――それにしても、雫石の一件から僅か一週間で、日本の本土に半径七十五キロのテロ国家ができるなんて驚きですよ」
先輩は呆れたように相槌を打ち、心配そうな顔を向けた。
「お父さんやお母さんは何か言っていた?」
「呑気なもんですよ。避難範囲から平泉の家がギリギリ外れて、大喜びで有事なんてどこ吹く風です。もともと父と母は東北出身ですから喜んで平泉に来ましたし、あの広い屋敷にトラクターとガレージ付きの家を用意してもらって、なんちゃって農家に二人してのめり込んでます。槍が降ってこようと関東に戻るとは絶対に言わないです」
「……もう『ごめんね』は言わないよ、美波。悪い奴だって言われても貴女を最後まで付き合わせる」
「はい、勿論です。喜んでお付き合いします」
日本政府はアメリカの要求に沿って御厨をテロ組織と認めた。
盛岡を中心に半径約七十五キロ圏内を重要監視区域として、その区域に住まう全ての日本国民を区域外へ避難させた。そして、御厨に対しアメリカへの護神兵引き渡しに応じなければアメリカとの共同攻撃も辞さないとの姿勢を鮮明にした。
二人が会議室に戻ると義平様、多賀城専務、義盛様数名が既に来ていて、五分程すると三長老と塔子さんを伴った沙夜先輩と貞任様が部屋に入った。
「皆、揃っていそうだな。では、早速始めようか」
貞任様、沙夜先輩、純菜先輩を中央に各翼へ調査班とアキちゃんと私、ものの具を履く面々が分かれて席に着いた。
会議が始まる。
皆を見回し、沙夜先輩が将門様に顔を向けた。
「先ずは、将門のほうから包囲の状況を」
将門様は神妙な面持ちで頷き状況報告を始めた。
「今朝、玄明より報告がありました。盛岡の半径七十五キロ各地点には陸自が配置をほぼ完了させつつあるとのこと。トドヶ崎沖太平洋上にアメリカ太平洋艦隊が展開、日本海側は海自が担当。空に於きましては、ほぼ全ての拠点がアメリカ空軍の指揮下に入ったとのことで、総指揮は玄明のようです」
「あくまでも、自国のテロリストは自らの手で処分しろという体ですね」
「そのようです」
「東にアメリカ、西に中国、北にロシア。で、南はインドと欧州連合。蒼君のお陰で世界統一軍が出来上がったなぁ」
「兄様、嬉しそうなお顔をしていますね」
沙夜先輩が不服そうな顔を向ける。
「それは、そうであろう。半径七十五キロとはいえ一つの国を貰ったようなものだ。それも世界中のお墨付きでな」
「相変わらず呑気なことですね」と返し、沙夜先輩は貞任様に同調して浮き足立っている義家様以下に顔を向けた。でも、ものの具を履く面々は皆下を向き、沙夜先輩に目を合わせないようにしている。
そんな少々御立腹気味の沙夜先輩に純菜先輩が問いかける。
「アメリカ以外も動きますか」
「動かないでしょうね。母はことが終わったときのことを考えています。母の指示がどこまで行き届くかを見極めるだけでしょう」
「しかし、アメリカは早々に仕掛けてくるだろうなぁ。我々がどれだけ危険な存在かを世界中により知らしめる必要があるが、時間をおけば雫石の衝撃は薄れる」
貞任様がそう言うと、義家様が「来ますかッ!」と詰め寄った。ものの具を履く面々も、同じように何かを期待するかのような眼差しを向けている。が、沙夜先輩が顔を向ける素振りを見せると、義家様以外皆一斉に下を向いた。
「義家ッ!」沙夜先輩は唸った。
「始めて十五分も経ってないですよ」
茶目っ気気味に切り出すと「美波、あなたが吹き出すからよ」と先輩は呆れ顔に返した。
「だって、世界でも一流中の一流の会社を回してきた人たちが、なんか、まるで中学生みたいに見えちゃって。つい、御厨脱出を図る中学生を思い出したら可笑しくなっちゃって」
「もう勘弁してよ、美波」
「ホントごめんね、沙夜ちゃん。あの人や父様がアラバマの武勇伝を大袈裟に言いふらした挙げ句の雫石で、義平兄様たちはものの具を履きたくてうずうずしているの」
「山吹姉様のせいではないです。兄様がずっとあの調子だからいけないの。もう、こうなったら『女だけでやります!』って言いたいところです。ホント、男たちは邪魔なだけですッ」
やはり、ご立腹である。
――直君、見たら驚くだろうなぁ。フフッ。
貞任様の供をして来た山吹さんは侍所の休憩室で会議が終わるのを待っていたが、ご機嫌斜めの沙夜先輩に追い出された男たちと入れ代わるようにして会議室に入っていた。
アラバマ、雫石と護神兵の実戦への投入が近いことを予感させる事態が続き、ものの具を履く面々は浮足立っている。そして、同じようにものの具を履く沙夜先輩にもその気持ちが分かったという。それは、ものの具の魔力に、妖艶な何者かに心地よく誘われるような感覚であり、女であるが故に幾らかの冷静さは保っていられるが男たちが抗える類いのものではない、そう感じていたと。それ故に雫石の一件以降、ものの具を履いての戦いに皆を煽る者に苛立ちを隠さないようにしていると。
まさに、今日の義家様はそれの生け贄で「次の作戦から男たちを外すいい口実になったわッ」と、沙夜先輩は憤慨気味に言った。
「でも、兄様が言ったことは間違いないと思う」
「沙夜、先手必勝でいったらどうだろう。仕掛けられてミサイルでも撃ち込まれたら貞任様たちは本気モードに入っちゃう」
「先手必勝?」
沙夜先輩が訝しげに見返す。
「私にいい考えがあるの。殿方に出張ってもらわずに女だけでやれて、死傷者を出さずに護神兵の恐ろしさを見せつける、いい手が――」
まるで、貞任様かのような不敵な笑みを浮かべて、先輩は言った。