十九 御厨とは
文字数 2,533文字
「しかし、長老はなんでそんなに御厨にこだわるんですか」
長老たちの組織が御厨に敵意を持っているようなら大姉ちゃんに報告をしようと思った。あの半妖と関わっている可能性もあるのではとも考えた。
「お前さんにならなんでも言うよ」
「長老を裏切ることになりますよ」
「実はそれもあって御厨に行きたかった。長老がダメなら娘のことをお前さんの主にお願いができるんじゃないかと思った。ただ、今は娘より兄貴や義姉さんが優先だ。特に義姉さんに申し訳が立たない。あの、恭子という娘を呼んでお前さんの弱みをつかもうと言い出したのは俺だ。結果お前さんを怒らせてこの始末だからな」
「だから、俺は術が使えないんですって!」
喉元まで出かかった。が、何も返さずに運転を続けた。
そんな私から道の先へと目を向け直し、平次郎が徐ろに話し始める。
「狐には分からんと思うが、俺等狸は種ができてから数千年、いや、数万年以上かもしれんがずっと人に食われてきた。山犬や熊は不味いと言って余程のことがない限り食ったりしないが人は違う。火を使って俺等を美味そうに食う。この俺さえ食ってみたいと思うくらいにな。それ故、えらく昔から人を研究する学問が盛んに行われ面々といい伝えられてきた」
「学問って――」呆れ顔に返した。
「まぁ、茶化さずに聞けよ、蒼太君。――今でこそ食わんが、人にとっては鹿も熊も狸も皆んな山の恵みだった。熊共は本能しかない馬鹿共だが、さすがに俺等を前足族と一緒にしちゃこまる。それなりに知恵もある。喰われることへの恐怖心は人と変わらん。だから真剣に人のことを学び、化ける者さえ現れた。と、俺はそう考える」
ズルッ! なんだ、ただの狸話かよ。ったく――
「で、その人間学の中に御厨が出てくる」
「獣たちの楽園かなんかってことですか」やはり、呆れ顔に返した。
「馬鹿言ってんじゃない。あッ、確かに人以外にとってはいい話ではあるなぁ。――で、お前さん、厨ってどういう意味か知ってるか?」
御厨の意味…… 返せなかった。私にとって御厨は全てで、それ以上の意味など考えたこともない。
「知らんようだな。狐はもう少し勉強しないといかんぞ。厨っていうのは台所って意味だ」
「台所?」
「ああ、御厨は神へ捧げる食を作るところだ。お前さんの言う山神やその上の神様が喰う物を用意するところだよ」
蒼樹様や麟様、光浩様が食べるものを用意するところ……
平次郎は自らの好奇心を駆り立てて止まぬ御厨の話に異常なほど目が輝きだしている。
まことしやかに続けた。
「御厨に棲まう神々が大昔に食料となる毛の生えぬ猿を作り出した。そりゃそうだろう、鹿や猪たち前足族など下等な奴等を食ったら馬鹿が移るからな。で、泳げる猿を造ったんだよ。海に入れてできるだけきれいな猿をだ。――それが人だと云われている。いいかい蒼太君、君のお客の御厨製薬はとんでもない集団だぞ。御厨から少し離れたところに御厨製薬の研究所があると思うんだが、そこに喰われるための人間が世界中から集められている。そして、夜な夜な地下道で御厨に運ばれているらしいんだ」
……雫石から連結線で運ばれているってことか?
私たち半妖は雫石から御厨に入る連結線へは乗ることを許されていない。
確かに姉たちの話を聞いていると、御厨総帥である沙樹様の命でスパイ活動をするその多くが世界中の政界に潜り込んで活動するもので、それとなく思い当たるふしもある。
と、頭をよぎった。
「今は神々を統べる大神様が目覚めていないんだが、その神様が目を覚ませば人をみんな喰ってしまうらしい。で、その目覚めの兆候が既に現れているとのことなんだ。人さえいなければ狸の天下になる。だから、長老は目の色を変えて御厨を探ってるんだよ。――まぁ、天罰が当たって当たり前だよ。なにせ、人は悪事を重ね過ぎた。神様が目を離してるすきに自分等を喰うものを駆逐し、病さえも克服しようとしてる。最後の救いさえ、愛とかなんとかいって共食いまでやめてしまっちゃ、理から外れてこの星のほとんどが人に変わっちまう。神様の真似して人に喰われる人さえ造りかねない」
平次郎は誰にも話せずにいたことを大方話したのだろう、清々した顔で道の先へと向き直っている。
私は何も返さずに運転を続けた。
「ちょっと、衝撃的な話だったかな」
「――いや、狸の勝手にはさせない。確かに里にいる数では勝てないが、世界中の草原や山々にいる狐の数はお前たちを上回るはずだ」
「は、話し、聞いてた?」
宇都宮のインターでようやく平次郎を降ろした。
バックミラー越しに吹っ切れた顔で手を上げる古狸を見ながら本線へと戻った。
「ま、たいした時間のロスにならなかったからいいか。……しかし、ややっこしくなってきたなぁ。術を解いてやると言ったが、ホントに解いてやれるだろうか。もしダメなら、おかまバー手伝うようだなぁ」
と、そう口にしてはみたものの、平次郎の狸話にショックを受けていた。
考えたくないほどに――
「光浩様は、俺や鬼子様や恭子様と一緒にまほろばの丘でおにぎりを食べてたんだ。――人を喰ったりするはずがない」
自分に言い聞かせるように口にした。
御厨にある御社には古の時から眠り続ける御神体が鎮座している。身の丈が十メートルもあるものの具を履いた武者で、神殿に胡座をかき深く頭を垂れて眠っている。
沙樹様たち御厨に住まう者は、その御神体を模して造られた護神兵と云われるものの具を履いて御神体を守り、覚醒へ導くことを目的に存在すると、そう云われている。それは私たち御厨の者にとって当たり前のことでしかなく、年に二度の祭りで御神体の覚醒を願い、祈りを捧げて舞も献上している。
ただそれだけのことだった。覚醒しないが故に祈っているのだという感覚しか持っていない。
私は、まだまだ世界を知らない。だが、蒼樹様、それを使役すると云われる麟様。お二方が仕える光浩様。そして、鬼子様。世界を知らぬ若輩の私であっても、それら八百万の神々がどこにでも当たり前のように存在しないことは見当がつく。ましてや、他言無用とされる御神体、護神兵などは以ての外だ。
この話しは聞かなかったことにしよう。そう、忘れよう――
長老たちの組織が御厨に敵意を持っているようなら大姉ちゃんに報告をしようと思った。あの半妖と関わっている可能性もあるのではとも考えた。
「お前さんにならなんでも言うよ」
「長老を裏切ることになりますよ」
「実はそれもあって御厨に行きたかった。長老がダメなら娘のことをお前さんの主にお願いができるんじゃないかと思った。ただ、今は娘より兄貴や義姉さんが優先だ。特に義姉さんに申し訳が立たない。あの、恭子という娘を呼んでお前さんの弱みをつかもうと言い出したのは俺だ。結果お前さんを怒らせてこの始末だからな」
「だから、俺は術が使えないんですって!」
喉元まで出かかった。が、何も返さずに運転を続けた。
そんな私から道の先へと目を向け直し、平次郎が徐ろに話し始める。
「狐には分からんと思うが、俺等狸は種ができてから数千年、いや、数万年以上かもしれんがずっと人に食われてきた。山犬や熊は不味いと言って余程のことがない限り食ったりしないが人は違う。火を使って俺等を美味そうに食う。この俺さえ食ってみたいと思うくらいにな。それ故、えらく昔から人を研究する学問が盛んに行われ面々といい伝えられてきた」
「学問って――」呆れ顔に返した。
「まぁ、茶化さずに聞けよ、蒼太君。――今でこそ食わんが、人にとっては鹿も熊も狸も皆んな山の恵みだった。熊共は本能しかない馬鹿共だが、さすがに俺等を前足族と一緒にしちゃこまる。それなりに知恵もある。喰われることへの恐怖心は人と変わらん。だから真剣に人のことを学び、化ける者さえ現れた。と、俺はそう考える」
ズルッ! なんだ、ただの狸話かよ。ったく――
「で、その人間学の中に御厨が出てくる」
「獣たちの楽園かなんかってことですか」やはり、呆れ顔に返した。
「馬鹿言ってんじゃない。あッ、確かに人以外にとってはいい話ではあるなぁ。――で、お前さん、厨ってどういう意味か知ってるか?」
御厨の意味…… 返せなかった。私にとって御厨は全てで、それ以上の意味など考えたこともない。
「知らんようだな。狐はもう少し勉強しないといかんぞ。厨っていうのは台所って意味だ」
「台所?」
「ああ、御厨は神へ捧げる食を作るところだ。お前さんの言う山神やその上の神様が喰う物を用意するところだよ」
蒼樹様や麟様、光浩様が食べるものを用意するところ……
平次郎は自らの好奇心を駆り立てて止まぬ御厨の話に異常なほど目が輝きだしている。
まことしやかに続けた。
「御厨に棲まう神々が大昔に食料となる毛の生えぬ猿を作り出した。そりゃそうだろう、鹿や猪たち前足族など下等な奴等を食ったら馬鹿が移るからな。で、泳げる猿を造ったんだよ。海に入れてできるだけきれいな猿をだ。――それが人だと云われている。いいかい蒼太君、君のお客の御厨製薬はとんでもない集団だぞ。御厨から少し離れたところに御厨製薬の研究所があると思うんだが、そこに喰われるための人間が世界中から集められている。そして、夜な夜な地下道で御厨に運ばれているらしいんだ」
……雫石から連結線で運ばれているってことか?
私たち半妖は雫石から御厨に入る連結線へは乗ることを許されていない。
確かに姉たちの話を聞いていると、御厨総帥である沙樹様の命でスパイ活動をするその多くが世界中の政界に潜り込んで活動するもので、それとなく思い当たるふしもある。
と、頭をよぎった。
「今は神々を統べる大神様が目覚めていないんだが、その神様が目を覚ませば人をみんな喰ってしまうらしい。で、その目覚めの兆候が既に現れているとのことなんだ。人さえいなければ狸の天下になる。だから、長老は目の色を変えて御厨を探ってるんだよ。――まぁ、天罰が当たって当たり前だよ。なにせ、人は悪事を重ね過ぎた。神様が目を離してるすきに自分等を喰うものを駆逐し、病さえも克服しようとしてる。最後の救いさえ、愛とかなんとかいって共食いまでやめてしまっちゃ、理から外れてこの星のほとんどが人に変わっちまう。神様の真似して人に喰われる人さえ造りかねない」
平次郎は誰にも話せずにいたことを大方話したのだろう、清々した顔で道の先へと向き直っている。
私は何も返さずに運転を続けた。
「ちょっと、衝撃的な話だったかな」
「――いや、狸の勝手にはさせない。確かに里にいる数では勝てないが、世界中の草原や山々にいる狐の数はお前たちを上回るはずだ」
「は、話し、聞いてた?」
宇都宮のインターでようやく平次郎を降ろした。
バックミラー越しに吹っ切れた顔で手を上げる古狸を見ながら本線へと戻った。
「ま、たいした時間のロスにならなかったからいいか。……しかし、ややっこしくなってきたなぁ。術を解いてやると言ったが、ホントに解いてやれるだろうか。もしダメなら、おかまバー手伝うようだなぁ」
と、そう口にしてはみたものの、平次郎の狸話にショックを受けていた。
考えたくないほどに――
「光浩様は、俺や鬼子様や恭子様と一緒にまほろばの丘でおにぎりを食べてたんだ。――人を喰ったりするはずがない」
自分に言い聞かせるように口にした。
御厨にある御社には古の時から眠り続ける御神体が鎮座している。身の丈が十メートルもあるものの具を履いた武者で、神殿に胡座をかき深く頭を垂れて眠っている。
沙樹様たち御厨に住まう者は、その御神体を模して造られた護神兵と云われるものの具を履いて御神体を守り、覚醒へ導くことを目的に存在すると、そう云われている。それは私たち御厨の者にとって当たり前のことでしかなく、年に二度の祭りで御神体の覚醒を願い、祈りを捧げて舞も献上している。
ただそれだけのことだった。覚醒しないが故に祈っているのだという感覚しか持っていない。
私は、まだまだ世界を知らない。だが、蒼樹様、それを使役すると云われる麟様。お二方が仕える光浩様。そして、鬼子様。世界を知らぬ若輩の私であっても、それら八百万の神々がどこにでも当たり前のように存在しないことは見当がつく。ましてや、他言無用とされる御神体、護神兵などは以ての外だ。
この話しは聞かなかったことにしよう。そう、忘れよう――