六十八 疑心(一)
文字数 3,883文字
祭りの余韻も消え、御厨はいつもの落ち着きを取り戻していた。
私とサトちゃんは沙夜と共に作戦班、直と美波が貞任様と共に調査班の任へ就いた。
朝、私たち四人は一緒に連結線に乗り直と美波は御社で降りた。直は御社ノ森へ、美波は屋敷へと向かい、蒼樹様やきっ子ちゃんと幾許かの時を過ごしてから貞任様と一緒に西ノ対にある地下研究施設に入った。夜は私とサトちゃん、直と美波のペアで雫石に帰る。そんな日々が定着し始めていた。
「美波先輩たちは帰りが遅いみたいですね」
「そうね。朝、連結線で二人とも寝ているし、何をやってどこまでいってるのかすら聞けてない」
「かなり根詰めているんでしょうか」
「御厨のコンピュータを相手にしたら、いいえ、御蔵を相手にしたらどれほど時間があっても足りなくなる。世界の国々、人々が丸裸にされ、それを見て驚いているだけで一生楽しめる。シミュレーションをすれば未来も丸裸」
「そんなに凄いんですか!」
「サトちゃんはアクセスしていないの?」
「私はそういうのあんまり向いてないんです」
「結構ノートを使いこなしているじゃない」
「殆どネットショッピングです」
屈託のない笑顔を向けるサトちゃんに呆れ顔を返した。
一呼吸置いて表情を戻した。
「データとしてないのは世界中で御厨関連だけ。ただ、それも根気よく辿って行けば見え始めてきたりもする。きっと、美波は目の色を変えて張り付いているんだと思う」
「それは、少し息抜きが必要ですね」
合わせるかのように真面目な顔をしている。が、私は軽いため息を吐いた。
「口元に心が透けて見えちゃってるよ。あなたはいいよね、呑気というかマイペースというか。まぁ、そこがあなたのいいところなんだけど」
「すみません。私は室長と一緒にいれるだけで、それだけで嬉しくなっちゃうんです」
「はいはい、ありがとう。――じゃ、行くか息抜き」
「えッ、本当ですか! 四人で海とか?」
「この前のこともあるし、あまり遠くは無理よ。それと、行くのはサトちゃんと私だけ。あの二人は山神様ときっ子ちゃんしか頭にないから、休みになったら御社に直行」
「それって、本当にいいんですか! 二人っきりってなんかドキドキしちゃいます」
「あのねぇ」
また呆れ顔になった。が、「じゃッ、山吹さんが無事帰って来たら二人で近場でもドライブしよう。行きたいところもあるし」と笑みを返した。
「えッ? どこですか、それって」
「遠野辺りをブラブラしたいなぁ。って、ずっと思っていたの」
「遠野ですか! なんかロマンチックですねぇ」
「……」
「それにしても両先輩方は何であんなに夢中なんでしょう。さすがに山神様に夢中になるのは分かるんですけど、美波先輩のきっ子ちゃんへの入れ込みようは異常ですよ」
直が山神様の元に通うことが気になっていた。光浩様に引き込まれていった時と同じ、いや、それ以上の不安を感じている。
「室長、どうしました?」
「ご、ごめん。ちょっと考え事」
直への不安を忘れたいかのように続けた。
「美波はきっ子ちゃんに一目惚れしちゃったみたい。おそらく今は調査の大半をきっ子ちゃんに費やしているんじゃないかなぁ」
「それって、公私混同しちゃってるってことですか」
「確かに、きっ子ちゃんの角を取ってあげたいっていう気持ちも強いだろうけど、きっ子ちゃんの角が護神兵や御神体と似ているのが気になっているんだと思う」
「……もしかして、きっ子ちゃんが護神兵になっちゃう。みたいなことですか」
「それはさすがにどうかと思うけど。もし、御蔵があの子を造り出したとしたら――」
「御蔵は魂を持った者を造り出せるんですか」
「護神兵は人が履いて魂を入れているようにみえるけど、人の力だけであれだけの物を自在には操れない。添い人というプログラムがサポートしているようだけど、完全に人が取り込まれて全神経を同化したとしても到底まかなえる量には程遠い。まぁ、これは私の勝手な推測。……でも、きっと美波も同じことを考えているんだと思う」
「新しい研究対象が増えたってことですか?」
「沙夜からきっ子ちゃんが舌を切られた話を聞いた時、まだ小さいきっ子ちゃんの恐怖や痛さだけじゃなくて、その泣き声を聞いて苦しむ母親の悲しみが美波に入ってきていた。あの娘、涙が溢れて止まらなくなったの」
「涙が――」
面持ちを変えた。
「で、山吹さんは週末に三沢に着くらしいから、再来週には行けるかなぁ、遠野」
「はいッ! 車は私が手配しておきます」
サトちゃんは、とても嬉しそうに返した。
データの整理をサトちゃんに指示し、一人で侍所を出た。
釣殿近くの池に面したベンチに腰掛け、ここ何日か話ができないでいる美波に連絡を取った。美波は二つ返事で誘いを快諾し、十五分後に離れの喫茶室で待ち合わせた。
夜だけと決めていたタバコに火をつけた。
……やはり、直のことが頭から離れなかった。
歓迎の宴で行平様から聞いたショッピングモールでの件。
戦った男が蒼樹様の凄さに思わず言った「何とも凄い山神がいたものです。人を喰って力を得、格上に成ったはずの私がこのザマですから」との話が――
人を喰うって、ただの人を喰うってことじゃない。それ相当の喰う価値を持った者だとしたら……
「先輩!」
「えッ?」
「遅いから迎えに来ちゃいましたよ」
美波だった。慌てて時間を確認した。
「嘘ですよ。道真様と話があって釣殿にいたんです。はい、コーヒー牛乳。道真様が持って行けって」
そう言いながら、美波は横に座った。
「あ、ありがとう」
「どうしたんですか、浮かない顔で考えこんで。らしくないですよ」
「少し疲れているだけ。まぁ、遅くまでやっているあなたたちに比べたらマシだけど」
「はい、水を得た魚です。すぐに夢中になることばっかりで、あっという間に夜になっちゃうんです」
「きっ子ちゃんのこと?」
「――ええ、色々調べました。普通の子どもたちとどこも変わりませんでした。先輩も同じことを考えたと思うんですけど、あの子は御蔵とは関係がないようです。まぁ、ここでは何でもありなんで、御蔵が人を造ったとしてもおかしくないんですけど」
「魂があるものを創りだした。そういうことになるよ」
「魂は器がつくるものだって言ってました」
「誰が?」
「光浩様です」
「光浩様も調査班のメンバーなの?」
「いえ、たまに遊びに来る程度です。でも、なんか凄いというか、不思議というか―― 昨日もいらっしゃってて、ILCでの試験で出力が出ていないって胆沢所長たちが揉めていたんで休憩の時に何気なく訊いてみたんです。『ILCでクオークの先を見ようとしているのですか?』って。そうしたら――」
「そうしたら?」
「当たり前のように言うんです。『大小は無限だよ』って。宇宙の先が無限なら、クオークの先だって無限だと―― で、教えてくれたんです。今、人が、物質といわれる物が干渉できるのは光子のその先までだって」
「光子、フォトンの先……」
考え込むように口にした。
「重力子です。その先は基本スケールが違いすぎて無いも同じらしいです。で、その重力子の斥力と引力が全ての源だって言うんです」
「斥力と引力が源――」
「はい。重力子が互いに引き合って一点に集まり、引力が無限大になると斥力無限大へ相転移し、計り知れないエネルギが爆発的に開放へと向かうんです。その過程で造られた物質空間は開放されたエネルギの後を追うように膨張し、やがて開放されたエネルギは斥力が無限に小さくなり、イナーシャーで0点を超えてしまうと、やはり引力無限小へ相転移して重力子はゆっくりと一点に集まっていく。その時、物質空間もエネルギの後を追うように収縮をする。この時の物質空間の膨張と収縮が正弦波振動を作り、全ての振動、営み、命の根源を創る――」
「な、なんか、ついていけないんだけど……」
「この模様見たことありますか?」
美波は、自らへも説明をするかのような口調でベンチの前の白砂に書き始めた。
「重力子が斥力無限大で爆発的開放を起こす。やがて開放の速度が緩み、斥力は小さくなり引力の最小へ相転移する。ゆっくりと、重力子が集まり始める。これに、物質空間が後を追うように正弦波を描く」
「――これって、確か、ものの具に描かれている模様じゃ」
「そうなんです。あんな凄い物に描かれているだけに、それだけで真実味が出てくるんです」
「重力子の振動と、それに創られて後を追う物質空間が正弦波を描くか…… 確かに、重力子一個分に全てが集められたら、引力自体の存在理由がなくなるわね。――集めたが故に引力が消えて斥力になり、離れたがゆえに斥力が消えて引力になる。なんか、人と一緒ね。……えッ! これって、引力無限大の前で物質空間が消えてしまうってことだよね」
「そうです。全ては重力子に戻ってしまうんです」
何も言わずに、砂の上に描かれた絵を見つめた。
「まぁ、光浩様の話しぶりは真剣味がなくて、どこまで真面目に聞いていいのか分かんないんですけどね」
「あなたが、美波がびっくりしたなら、それはそれだけの信憑性があるってことなんでしょ。――なんか安心した」
美波は僅かに面持ちを変えた。
「すみません。こんな話を聞きたくて呼び出したんじゃないですよね」
「――」
何も返さずに、少しだけ笑った。
「直君、ここ何日か帰りの連結線が一緒じゃないんです。昼間もどこかに行っちゃってるし、道直様や胆沢所長が探そうとすると、貞任様が『今は、放っておけ』って止めるんです。結局、朝の連結線でしか顔を合わせてないんです」
「そう、なんだ……」
私とサトちゃんは沙夜と共に作戦班、直と美波が貞任様と共に調査班の任へ就いた。
朝、私たち四人は一緒に連結線に乗り直と美波は御社で降りた。直は御社ノ森へ、美波は屋敷へと向かい、蒼樹様やきっ子ちゃんと幾許かの時を過ごしてから貞任様と一緒に西ノ対にある地下研究施設に入った。夜は私とサトちゃん、直と美波のペアで雫石に帰る。そんな日々が定着し始めていた。
「美波先輩たちは帰りが遅いみたいですね」
「そうね。朝、連結線で二人とも寝ているし、何をやってどこまでいってるのかすら聞けてない」
「かなり根詰めているんでしょうか」
「御厨のコンピュータを相手にしたら、いいえ、御蔵を相手にしたらどれほど時間があっても足りなくなる。世界の国々、人々が丸裸にされ、それを見て驚いているだけで一生楽しめる。シミュレーションをすれば未来も丸裸」
「そんなに凄いんですか!」
「サトちゃんはアクセスしていないの?」
「私はそういうのあんまり向いてないんです」
「結構ノートを使いこなしているじゃない」
「殆どネットショッピングです」
屈託のない笑顔を向けるサトちゃんに呆れ顔を返した。
一呼吸置いて表情を戻した。
「データとしてないのは世界中で御厨関連だけ。ただ、それも根気よく辿って行けば見え始めてきたりもする。きっと、美波は目の色を変えて張り付いているんだと思う」
「それは、少し息抜きが必要ですね」
合わせるかのように真面目な顔をしている。が、私は軽いため息を吐いた。
「口元に心が透けて見えちゃってるよ。あなたはいいよね、呑気というかマイペースというか。まぁ、そこがあなたのいいところなんだけど」
「すみません。私は室長と一緒にいれるだけで、それだけで嬉しくなっちゃうんです」
「はいはい、ありがとう。――じゃ、行くか息抜き」
「えッ、本当ですか! 四人で海とか?」
「この前のこともあるし、あまり遠くは無理よ。それと、行くのはサトちゃんと私だけ。あの二人は山神様ときっ子ちゃんしか頭にないから、休みになったら御社に直行」
「それって、本当にいいんですか! 二人っきりってなんかドキドキしちゃいます」
「あのねぇ」
また呆れ顔になった。が、「じゃッ、山吹さんが無事帰って来たら二人で近場でもドライブしよう。行きたいところもあるし」と笑みを返した。
「えッ? どこですか、それって」
「遠野辺りをブラブラしたいなぁ。って、ずっと思っていたの」
「遠野ですか! なんかロマンチックですねぇ」
「……」
「それにしても両先輩方は何であんなに夢中なんでしょう。さすがに山神様に夢中になるのは分かるんですけど、美波先輩のきっ子ちゃんへの入れ込みようは異常ですよ」
直が山神様の元に通うことが気になっていた。光浩様に引き込まれていった時と同じ、いや、それ以上の不安を感じている。
「室長、どうしました?」
「ご、ごめん。ちょっと考え事」
直への不安を忘れたいかのように続けた。
「美波はきっ子ちゃんに一目惚れしちゃったみたい。おそらく今は調査の大半をきっ子ちゃんに費やしているんじゃないかなぁ」
「それって、公私混同しちゃってるってことですか」
「確かに、きっ子ちゃんの角を取ってあげたいっていう気持ちも強いだろうけど、きっ子ちゃんの角が護神兵や御神体と似ているのが気になっているんだと思う」
「……もしかして、きっ子ちゃんが護神兵になっちゃう。みたいなことですか」
「それはさすがにどうかと思うけど。もし、御蔵があの子を造り出したとしたら――」
「御蔵は魂を持った者を造り出せるんですか」
「護神兵は人が履いて魂を入れているようにみえるけど、人の力だけであれだけの物を自在には操れない。添い人というプログラムがサポートしているようだけど、完全に人が取り込まれて全神経を同化したとしても到底まかなえる量には程遠い。まぁ、これは私の勝手な推測。……でも、きっと美波も同じことを考えているんだと思う」
「新しい研究対象が増えたってことですか?」
「沙夜からきっ子ちゃんが舌を切られた話を聞いた時、まだ小さいきっ子ちゃんの恐怖や痛さだけじゃなくて、その泣き声を聞いて苦しむ母親の悲しみが美波に入ってきていた。あの娘、涙が溢れて止まらなくなったの」
「涙が――」
面持ちを変えた。
「で、山吹さんは週末に三沢に着くらしいから、再来週には行けるかなぁ、遠野」
「はいッ! 車は私が手配しておきます」
サトちゃんは、とても嬉しそうに返した。
データの整理をサトちゃんに指示し、一人で侍所を出た。
釣殿近くの池に面したベンチに腰掛け、ここ何日か話ができないでいる美波に連絡を取った。美波は二つ返事で誘いを快諾し、十五分後に離れの喫茶室で待ち合わせた。
夜だけと決めていたタバコに火をつけた。
……やはり、直のことが頭から離れなかった。
歓迎の宴で行平様から聞いたショッピングモールでの件。
戦った男が蒼樹様の凄さに思わず言った「何とも凄い山神がいたものです。人を喰って力を得、格上に成ったはずの私がこのザマですから」との話が――
人を喰うって、ただの人を喰うってことじゃない。それ相当の喰う価値を持った者だとしたら……
「先輩!」
「えッ?」
「遅いから迎えに来ちゃいましたよ」
美波だった。慌てて時間を確認した。
「嘘ですよ。道真様と話があって釣殿にいたんです。はい、コーヒー牛乳。道真様が持って行けって」
そう言いながら、美波は横に座った。
「あ、ありがとう」
「どうしたんですか、浮かない顔で考えこんで。らしくないですよ」
「少し疲れているだけ。まぁ、遅くまでやっているあなたたちに比べたらマシだけど」
「はい、水を得た魚です。すぐに夢中になることばっかりで、あっという間に夜になっちゃうんです」
「きっ子ちゃんのこと?」
「――ええ、色々調べました。普通の子どもたちとどこも変わりませんでした。先輩も同じことを考えたと思うんですけど、あの子は御蔵とは関係がないようです。まぁ、ここでは何でもありなんで、御蔵が人を造ったとしてもおかしくないんですけど」
「魂があるものを創りだした。そういうことになるよ」
「魂は器がつくるものだって言ってました」
「誰が?」
「光浩様です」
「光浩様も調査班のメンバーなの?」
「いえ、たまに遊びに来る程度です。でも、なんか凄いというか、不思議というか―― 昨日もいらっしゃってて、ILCでの試験で出力が出ていないって胆沢所長たちが揉めていたんで休憩の時に何気なく訊いてみたんです。『ILCでクオークの先を見ようとしているのですか?』って。そうしたら――」
「そうしたら?」
「当たり前のように言うんです。『大小は無限だよ』って。宇宙の先が無限なら、クオークの先だって無限だと―― で、教えてくれたんです。今、人が、物質といわれる物が干渉できるのは光子のその先までだって」
「光子、フォトンの先……」
考え込むように口にした。
「重力子です。その先は基本スケールが違いすぎて無いも同じらしいです。で、その重力子の斥力と引力が全ての源だって言うんです」
「斥力と引力が源――」
「はい。重力子が互いに引き合って一点に集まり、引力が無限大になると斥力無限大へ相転移し、計り知れないエネルギが爆発的に開放へと向かうんです。その過程で造られた物質空間は開放されたエネルギの後を追うように膨張し、やがて開放されたエネルギは斥力が無限に小さくなり、イナーシャーで0点を超えてしまうと、やはり引力無限小へ相転移して重力子はゆっくりと一点に集まっていく。その時、物質空間もエネルギの後を追うように収縮をする。この時の物質空間の膨張と収縮が正弦波振動を作り、全ての振動、営み、命の根源を創る――」
「な、なんか、ついていけないんだけど……」
「この模様見たことありますか?」
美波は、自らへも説明をするかのような口調でベンチの前の白砂に書き始めた。
「重力子が斥力無限大で爆発的開放を起こす。やがて開放の速度が緩み、斥力は小さくなり引力の最小へ相転移する。ゆっくりと、重力子が集まり始める。これに、物質空間が後を追うように正弦波を描く」
「――これって、確か、ものの具に描かれている模様じゃ」
「そうなんです。あんな凄い物に描かれているだけに、それだけで真実味が出てくるんです」
「重力子の振動と、それに創られて後を追う物質空間が正弦波を描くか…… 確かに、重力子一個分に全てが集められたら、引力自体の存在理由がなくなるわね。――集めたが故に引力が消えて斥力になり、離れたがゆえに斥力が消えて引力になる。なんか、人と一緒ね。……えッ! これって、引力無限大の前で物質空間が消えてしまうってことだよね」
「そうです。全ては重力子に戻ってしまうんです」
何も言わずに、砂の上に描かれた絵を見つめた。
「まぁ、光浩様の話しぶりは真剣味がなくて、どこまで真面目に聞いていいのか分かんないんですけどね」
「あなたが、美波がびっくりしたなら、それはそれだけの信憑性があるってことなんでしょ。――なんか安心した」
美波は僅かに面持ちを変えた。
「すみません。こんな話を聞きたくて呼び出したんじゃないですよね」
「――」
何も返さずに、少しだけ笑った。
「直君、ここ何日か帰りの連結線が一緒じゃないんです。昼間もどこかに行っちゃってるし、道直様や胆沢所長が探そうとすると、貞任様が『今は、放っておけ』って止めるんです。結局、朝の連結線でしか顔を合わせてないんです」
「そう、なんだ……」