五十三 御蔵(二)
文字数 2,466文字
ニコニコしながらナッちゃんとハルちゃんが先導し、二人に続いて口の中に入った。
大きな洞窟、そんな感じだった。だが、その中に大きな蔵の扉があって異彩を放っている。
「この蔵戸が護神兵や陽馬が出入りするところで大扉と云われています。これをもって代々御蔵と呼称されてきました。右側、石の階段が室に通ずる階段で、左の広い木製の階段が皆さんや私共調査班が従事する指示所 に上がる階段です。先ずは蔵の中を」
道真様が扉を監視するカメラに手を上げると音もなく大きな扉が開き始める。
中は薄暗く護神兵と陽馬が一対入れるほどの空間で、何の変哲もないただの黒い壁で囲まれている。
「ここと、後でお見せする室が唯一蔵の中と外を繋ぐものです。ここへどのように護神兵や陽馬が置かれるのかも分からず、ものの具を履く者ですら室からここまでの過程は見えません」
「ここへは入れますか」
「はい。ただ、御厨に敵意を持つ者が入ると蔵の底に落ちると云われています」
「御厨への敵意―― 落ちるとどうなりますか」
「おそらく、二度とは戻れないかと」
皆、一斉に後退りした。が、「あー、すいません。それはいい伝えです。皆さんなら大丈夫。――この通り」と、道真様は蔵の中に入って見せた。
「道真様、あまり驚かさないでください。――って、もう美波入ってるし」
呆れ顔のお姉など眼中にないのだろう、美波は恐る恐る壁に手をあてがい「なんか、とても暖かい。まるで身体の中にいるみたい」と見上げ「……もしかして、ここで成形されるのでしょうか」と、ワクワクした顔で見回している。
道真様は面持ちを変えた。「ここで、この扉一枚隔てた向こう側で、形造られると……」そう呟くように口にして考え込んだ。
……?
「――道真様?」
「……え? あ、申し訳ありません。次へ参りましょう」
右側にある石の階段を上がると幅三メートルぐらいで長さが二十メートル程の廊下があり、左手の中程にあるのが厨川家以外の者が入る室、その奥にあるのが厨川家の室だと説明を受けた。
「奥の突き当たりにも何かありますね」美波が訝しげな顔を向けた。
「それは開かずの室といわれているものです。大昔に使っていたようですが今は使っていないので、そう呼ばれています」
厨川家以外の者が入るという室を開けると、下の蔵と造りは同じだが人ひとりがやっと座れるほどの大きさしかない。
「この、小さなところに入ってものの具を履くのですか」
美波がのぞき込む。
「はい、ここに入って履きます。履くに大体半日。脱ぐには一日かかります」
「そ、そんなに長くかかるのですか」
「はい。ただ、室の中には三十分程度しかいません。次の者は一時間程で入れます。ですが五人も続けて入れば最後の者が入ってから、また半日は入れません」
「なんとも厄介ですね。それで、履いてから時間的にはどれぐらい活動できるのですか」
「先程見ていただいたような平常時の状態では履いた者の体力、気力が持つまで活動可能です。寝ることも栄養も摂れますから数十日は大丈夫です。ただ戦闘状態に移行してしまえば持って十五分程度になります」
「十五分。たったの十五分しか戦えないのですか」
「単体ではその程度になります。ただし馬上であれば、やはり履いた者の体力と気力が持つまで大丈夫です。もちろん平常時と比べれば履く者の体力、気力の消耗は激しいです」
「陽馬が護神兵にエネルギ供給を」
「そうなります。馬上では陽馬の脇腹からものの具の脚を通してエネルギ供給がなされていると考えています」
「だから陽の馬と書いて陽馬と――」
今度は、美波が腕を組んで考え込んだ。
「それでは、美波が思案している間、私のほうから」お姉が道真様に顔を向ける。
「今まで体力が果てるまで履かれた方はいるのですか?」
「三ヶ月程履き続けた者がおりました。平時状態ではありましたが最後のほうは意識をなくす症状が出始め、室が開いた時には既に――」
「今は長くても二十日を目安にしているの。それであれば脱いだ後、一日か二日で元の状態に戻れるから。純菜、室についてはこれくらいにしよう。この後貞任兄様と義家が室に入ることになっているの」
「貞任様が」
「そうなんだ。せっかくの初日なのに歓迎の宴も延期させてもらった」
「あッ、お気遣いは要りません。どちらかというと落ち着いてからのほうが助かりますので」
「私が帰る頃に祭りがある。その時に併せてやろうかと思っている。――では、申し訳ない。宵の口には室に入る故、この辺で失礼する。今回の急な出立は想定外のこと、後で沙夜のほうから話を聞いてくれ」
貞任様が御社に戻ると大扉の左側にある木製の階段を上がって、この大きな亀の頭部に位置するという指示所に入った。
「思いの外、近代的ですね」美波が安堵顔に口にする。
「そうですな、その代ごとに手を加えていますから」
「あれ? 誰かいますよ」
周りを見回していた里絵が最前部をのぞき込んだ。
「いや、今日は誰も入るなと言ってあったはずだが」
道真様が訝しげな顔を向けると、最前部の椅子に座っていた光浩さんが顔を出した。
……ん? 違和感を持った。
「浩兄様、本当に来ていたのですね」
「ああ、麟に頼まれてね」そう言って光浩さんが席を立つと、我が目を疑った。何も言えないまま固まった。
「光浩様には時々調査班に来て頂き、色々と助けて頂いています。私等も普段は白衣ですので、光浩様にも何着かお渡ししてあるのです」
道真様は、そう言って笑った。だが、私たちが驚いているのは出で立ちではない。今朝会った時、いや連結線を出て行った時に比べても光浩さんは歳をとっている。どう見ても三十代半ば、貞任様より間違いなく歳も立場さえも上に見えた。
沙夜さんは、お姉に僅かに顔を寄せて「ここの者たちは慣れてしまっているけど、麟がいないと浩兄様は大人びて見えるの」と、耳打ちするかのように言った。
納得できるはずもなかった。だが、お姉は「後で、そこのところを」と声をひそめた。
沙夜さんは小さく頷き、私たちもお姉と同じように平静を装った。
大きな洞窟、そんな感じだった。だが、その中に大きな蔵の扉があって異彩を放っている。
「この蔵戸が護神兵や陽馬が出入りするところで大扉と云われています。これをもって代々御蔵と呼称されてきました。右側、石の階段が室に通ずる階段で、左の広い木製の階段が皆さんや私共調査班が従事する
道真様が扉を監視するカメラに手を上げると音もなく大きな扉が開き始める。
中は薄暗く護神兵と陽馬が一対入れるほどの空間で、何の変哲もないただの黒い壁で囲まれている。
「ここと、後でお見せする室が唯一蔵の中と外を繋ぐものです。ここへどのように護神兵や陽馬が置かれるのかも分からず、ものの具を履く者ですら室からここまでの過程は見えません」
「ここへは入れますか」
「はい。ただ、御厨に敵意を持つ者が入ると蔵の底に落ちると云われています」
「御厨への敵意―― 落ちるとどうなりますか」
「おそらく、二度とは戻れないかと」
皆、一斉に後退りした。が、「あー、すいません。それはいい伝えです。皆さんなら大丈夫。――この通り」と、道真様は蔵の中に入って見せた。
「道真様、あまり驚かさないでください。――って、もう美波入ってるし」
呆れ顔のお姉など眼中にないのだろう、美波は恐る恐る壁に手をあてがい「なんか、とても暖かい。まるで身体の中にいるみたい」と見上げ「……もしかして、ここで成形されるのでしょうか」と、ワクワクした顔で見回している。
道真様は面持ちを変えた。「ここで、この扉一枚隔てた向こう側で、形造られると……」そう呟くように口にして考え込んだ。
……?
「――道真様?」
「……え? あ、申し訳ありません。次へ参りましょう」
右側にある石の階段を上がると幅三メートルぐらいで長さが二十メートル程の廊下があり、左手の中程にあるのが厨川家以外の者が入る室、その奥にあるのが厨川家の室だと説明を受けた。
「奥の突き当たりにも何かありますね」美波が訝しげな顔を向けた。
「それは開かずの室といわれているものです。大昔に使っていたようですが今は使っていないので、そう呼ばれています」
厨川家以外の者が入るという室を開けると、下の蔵と造りは同じだが人ひとりがやっと座れるほどの大きさしかない。
「この、小さなところに入ってものの具を履くのですか」
美波がのぞき込む。
「はい、ここに入って履きます。履くに大体半日。脱ぐには一日かかります」
「そ、そんなに長くかかるのですか」
「はい。ただ、室の中には三十分程度しかいません。次の者は一時間程で入れます。ですが五人も続けて入れば最後の者が入ってから、また半日は入れません」
「なんとも厄介ですね。それで、履いてから時間的にはどれぐらい活動できるのですか」
「先程見ていただいたような平常時の状態では履いた者の体力、気力が持つまで活動可能です。寝ることも栄養も摂れますから数十日は大丈夫です。ただ戦闘状態に移行してしまえば持って十五分程度になります」
「十五分。たったの十五分しか戦えないのですか」
「単体ではその程度になります。ただし馬上であれば、やはり履いた者の体力と気力が持つまで大丈夫です。もちろん平常時と比べれば履く者の体力、気力の消耗は激しいです」
「陽馬が護神兵にエネルギ供給を」
「そうなります。馬上では陽馬の脇腹からものの具の脚を通してエネルギ供給がなされていると考えています」
「だから陽の馬と書いて陽馬と――」
今度は、美波が腕を組んで考え込んだ。
「それでは、美波が思案している間、私のほうから」お姉が道真様に顔を向ける。
「今まで体力が果てるまで履かれた方はいるのですか?」
「三ヶ月程履き続けた者がおりました。平時状態ではありましたが最後のほうは意識をなくす症状が出始め、室が開いた時には既に――」
「今は長くても二十日を目安にしているの。それであれば脱いだ後、一日か二日で元の状態に戻れるから。純菜、室についてはこれくらいにしよう。この後貞任兄様と義家が室に入ることになっているの」
「貞任様が」
「そうなんだ。せっかくの初日なのに歓迎の宴も延期させてもらった」
「あッ、お気遣いは要りません。どちらかというと落ち着いてからのほうが助かりますので」
「私が帰る頃に祭りがある。その時に併せてやろうかと思っている。――では、申し訳ない。宵の口には室に入る故、この辺で失礼する。今回の急な出立は想定外のこと、後で沙夜のほうから話を聞いてくれ」
貞任様が御社に戻ると大扉の左側にある木製の階段を上がって、この大きな亀の頭部に位置するという指示所に入った。
「思いの外、近代的ですね」美波が安堵顔に口にする。
「そうですな、その代ごとに手を加えていますから」
「あれ? 誰かいますよ」
周りを見回していた里絵が最前部をのぞき込んだ。
「いや、今日は誰も入るなと言ってあったはずだが」
道真様が訝しげな顔を向けると、最前部の椅子に座っていた光浩さんが顔を出した。
……ん? 違和感を持った。
「浩兄様、本当に来ていたのですね」
「ああ、麟に頼まれてね」そう言って光浩さんが席を立つと、我が目を疑った。何も言えないまま固まった。
「光浩様には時々調査班に来て頂き、色々と助けて頂いています。私等も普段は白衣ですので、光浩様にも何着かお渡ししてあるのです」
道真様は、そう言って笑った。だが、私たちが驚いているのは出で立ちではない。今朝会った時、いや連結線を出て行った時に比べても光浩さんは歳をとっている。どう見ても三十代半ば、貞任様より間違いなく歳も立場さえも上に見えた。
沙夜さんは、お姉に僅かに顔を寄せて「ここの者たちは慣れてしまっているけど、麟がいないと浩兄様は大人びて見えるの」と、耳打ちするかのように言った。
納得できるはずもなかった。だが、お姉は「後で、そこのところを」と声をひそめた。
沙夜さんは小さく頷き、私たちもお姉と同じように平静を装った。