4-43 奇妙な一団
文字数 4,103文字
シャインを島から脱走させるための準備をしに行ったストームは、日が落ちて双子の月“銀のソリン”と“金のドゥリン”が濃紺の中空にかかるころ、いそいそと再びやってきた。なにやら騒がしげな気配と共に。
牢の冷たい石壁に背を預けて月をながめていたシャインは、扉の前に立ったストームの肩ごしに、数人の女達がいるのを目にした。
ストームは女達に通路で待っているよう声をかけ、シャインの牢の扉を開けた。ストームの隣には驚いたことにラティもいた。そそくさと入ってきたラティの手には、イモをいれる類いの、粗い目で織られた茶色のずた袋が握りしめられている。
「遅くなってすまないね」
「さ、艦長。こいつに着替えてもらうよ」
立ち上がったシャインの前で、ラティが水色の切れ長の瞳を細めて微笑していた。
袋の口を広げて、中から取り出したのは服の様だ。
牢の小窓から差す月の光で浮かび上がったそれは、女物の裾の長い紺色の服。生地は綿だからドレスではなく、普段着のような類いの物だ。
どうやら女に化けてこの城塞の見張りをやりすごす魂胆らしい。
女物の洋服に一瞬眉をひそめたシャインをよそに、ラティは服をばっと広げると、焦っている口調で催促した。
「さ、早くこの中に足を入れて」
ラティが洋服の背中の部分を開け、両手で広げたので、シャインは言われた通りに、航海服を着たままその中に足を入れた。
ラティが洋服を両手で持ったまま上に引っ張り上げる。シャインの腰の所まで服を着せてから、今度は左腕をたっぷりした袖の中に通す。
「右腕はしばらく我慢してもらうよ」
「ああ」
片袖を吊っている女というのは、あまりにも目立ちすぎる。
シャインは手首を折った右手を支えるために、首から白い布を下げていたが、それをおもむろに解き放った。支えを失って下がった右腕が何時に無く重く感じる。
ラティが手首に添え木を当てて包帯で巻いてくれたため、シャインは太くなった腕が袖の中に入るだろうかといぶかしんだ。
だがその心配をよそに、ラティは右腕をつかんだかと思うと、素早く袖に腕を入れてシャインの背後に回り、背中のボタンをかけていく。
気になっていた腕の太さは、たっぷりした袖のお陰でまったくわからない。
袖口も幾重のひだがついた飾りがついているので、手の甲までそれが覆い、包帯も見えない。
背中のボタンをかけ終え、再びシャインの正面に回ったラティは、傍らに置いておいたイモ袋の中から白い肩かけを取り出していた。胸元が開いているため、そこからのぞくシャインの航海服を隠すためだ。
それをふわりとシャインの肩に回して胸の前で端を軽く結ぶ。
うまく航海服が隠れたのを確認し、今度はその手をシャインのざっくりとまとめられた髪の束へ伸ばして紐を解いた。しっとりとした光沢を放つ金髪を軽く手櫛で整えながら、ラティは満足げに薄く笑みを唇に浮かべた。
「ちょっと背が高すぎるけど……あんた結構似合うねぇ」
シャインの着替えを傍らで見ていたストームも、どれといわんばかりにシャインの顔を覗き込む。
「背丈はまあ、あたしやラティがいるから大丈夫さ。暗がりなら野郎には全くみえないよ」
シャインは背中にざわりと悪寒が走るのを感じた。
他に方法がないから、ストームの言うことに従っているだけだというのに。
「そんな褒め言葉はいらない。それ以上何か言ったら、取引の金額を100万リュール減額するからな」
だがストームはいつものしたたかな笑みをたたえたまま、シャインの射すくめるような視線をさっと流した。
「駄目だったら、そんな怖い顔しちゃあ! その目つきじゃあ一発でバレちまうよ。そうだ、これを被ってごらん」
ストームは床に置いていたイモ袋を引き寄せ、中に手を突っ込むと、ひだがついた白い綿の帽子を取り出した。それをシャインに目深に被らせる。
その帽子は宿屋の女将や女中が被っているような頭巾で、両脇と後ろにはベールのように肩まで垂れ下がった長い布がついている。よって横から顔を覗き込まれても見ることはできない。
「ようし、できた。うつむいていれば、顔を見られないからね」
シャインはほとほと疲れたようにため息をついた。
この城塞から抜けだせたら、さっさとこの女物の服を脱ぎ捨ててやる。
第一、こんな格好でロワールの元へ行きたくはない。彼女に見られたら最後、なんと言われるだろうか。
いや、笑い上戸の彼女の事だ。船を出すことを忘れて、死ぬまで笑い転げているに違いない。
シャインはもう一度息を吐き出して、取りあえず今は脱出のことに意識を向けるべきだと気持ちを奮い立たせた。
ここから出ることができなければ、すべてはきっと終わってしまう。
何もできないまま、終わってしまう。
「坊や、こいつを持っておいき」
ストームが銃身の細い連発銃をシャインに差し出していた。
黒光りするそれは握りの部分の木目がつやつやと光っていて、手入れがほどよくされている。
シャインが左手を伸ばして受け取ると、手首に負担を感じる程の重みがあった。銃を逆手に持ち、握りの部分で殴りつけるために重めに作られているのだろう。海賊らしい実用的な銃だ。
「ありがとう、ストーム」
「弾は六発入ってる。これが予備だよ」
シャインは膝上まである服の裾をたくし上げ、航海服のポケットの中に銃を滑り込ませた。予備の弾が幾らか入った小袋は腰のベルトに通しておく。
「じゃ、そろそろ行こうかね。みんな、一列に並ぶんだよ」
シャインを牢から出し、続けて外へ出たストームは、通路で待たせている女達に小声で呼びかけた。
彼女達は見た所二十代から三十代で5人。目元を強調するようラインを引いた濃いめの化粧をし、大きく背中が開いたドレスに波打つ長い髪を流している。
髪の色は黒や茶、赤毛で、肌の色はシャインとそんなに変わらない。
彼女達の隣にいくと、むっとするような特有の甘ったるい香の臭いがした。
恐らく華やかなドレスや髪に香を焚きしめているのだろう。貴族のように。
シャインはストームと一緒に、彼女達の一番後ろに並んだ。ラティは女性たちを先導するために前に行く。シャインの前にいた栗毛に緋色のドレスをまとった女性が、振り返って歯並びの良い口元を見せて微笑した。シャインは一瞬戸惑い、幾分遅れてぎこちなく笑みを返した。
彼女達は自分の素性をストームから聞かされているのだろうか。アドビスの息子だということで、ヴィズルの手下達には、すさまじいまでの敵対心を抱かれているというのに。シャインは自分の隣にいるストームに話しかけた。
「この人達を巻き込んでいいのか? もし失敗したら……」
ストームがシャインに肩を寄せてうなずく。
「心配いらないよ。みんなあたしに協力したいと言ってくれた子ばかりだから」
ストームがそう言うと、五人の女達はそれぞれにシャインの方へ振り向いた。
先程シャインに微笑んだ栗毛の女性が、濃い睫の下から青い瞳を潤ませて、口を開いた。
「あたし達、結構今の暮らしが気に入っているの。船長は個人的な理由で、海軍と戦うつもりだけど、あたしは……あたしたちは、こうして海を巡る海の生活の方が大事なの」
栗毛の彼女の隣にいる、黒髪の三十代の女性もシャインに嘆願するように、憂いた視線を向ける。
「二十年前の事……。海軍がやった仕打ちは許せないわ。船長が負けるなんてこと考えられないけど、でも……戦いは多くの人が死ぬわ。わたし、将来を誓った人を失いたくないの! わたしだけじゃない、みんなそれぞれに大切な人がいるから……だから、ストームさんの言うことに協力するの」
今度は列の先頭にいる見事な赤毛の女性が、両手を艶っぽく組みながら言った。
「そう。あなたをここから逃がせば、ひょっとしたら海軍との戦いを止めさせてくれるかもしれないって。でも……」
赤毛の女性は意味ありげにシャインの顔を見つめた。黒曜石のような漆黒の瞳で。
「本当はあなたの気持ちにうたれてみたの。まさか、自分の船を取り戻すために、たった一人で海賊船に乗り込んでくるとはね。ホント……男って、どうしてそんなに一つの事にこだわるのかしら。うちの船長もそう。どうしようもないほど、そのためだけの努力は惜しまないんだから」
シャインは彼女達に感謝の意をこめて頭を下げた。
「ありがとう。皆さんの期待にどれだけ応えられるかわからないけれど、できるだけのことをしてみます」
「ちょっと、礼をいうのは早いわよ、お兄さん」
再び赤毛の女性が、シャインをからかうようにつぶやいた。
「そうそう、島を出てから、ちゃんともらうべき礼は頂くからね。さあ、そろそろ行くよ、皆」
ストームの声で奇妙な女達の一団は、一列になって石造りの通路を進んで行った。
◇◇◇
通路の石壁には松やにの臭いを漂わせて、松明の火が周囲を揺らいだ光で照らしている。
「しかしストーム。俺の格好って、目立たないか?」
シャインは声を潜ませてストームに話しかけた。
前を行く女達の格好は実に着飾って派手であり、反面シャインは宿屋の女中か大きな屋敷にいる使用人のように地味である。
「いいんだよ。あんたは台所に入れた、新入りの女中ってことにしてあるから」
ストームが小声で言い返す。
シャインは不安げに再び前を向いて、前方に見えた下への階段を見た。
ストームが事前に教えてくれた、この城塞の構造を思い出しながら。
シャインが閉じ込められていた牢屋は三階で、階段を下りた二階は大広間と、ちょっとした小部屋があるそうだ。一階に下りる階段は、その大広間を突っ切ったところにあるのだが、ストームいわく、大広間は手下達が酒場として使っているし、一階は常に見張りが立って警戒しているので、ここから外へ出るのは難しいらしい。
じゃあ、どこから外へ出るのかと尋ねると、ストームは二階の大広間には台所があって、そこの勝手口から出られると言った。
外に出るとそこは崖の上で、緩やかな下り坂になっており、それを道なりに西へ進めば、ロワールハイネス号が隠されている入り江に行ける、とのことだった。
牢の冷たい石壁に背を預けて月をながめていたシャインは、扉の前に立ったストームの肩ごしに、数人の女達がいるのを目にした。
ストームは女達に通路で待っているよう声をかけ、シャインの牢の扉を開けた。ストームの隣には驚いたことにラティもいた。そそくさと入ってきたラティの手には、イモをいれる類いの、粗い目で織られた茶色のずた袋が握りしめられている。
「遅くなってすまないね」
「さ、艦長。こいつに着替えてもらうよ」
立ち上がったシャインの前で、ラティが水色の切れ長の瞳を細めて微笑していた。
袋の口を広げて、中から取り出したのは服の様だ。
牢の小窓から差す月の光で浮かび上がったそれは、女物の裾の長い紺色の服。生地は綿だからドレスではなく、普段着のような類いの物だ。
どうやら女に化けてこの城塞の見張りをやりすごす魂胆らしい。
女物の洋服に一瞬眉をひそめたシャインをよそに、ラティは服をばっと広げると、焦っている口調で催促した。
「さ、早くこの中に足を入れて」
ラティが洋服の背中の部分を開け、両手で広げたので、シャインは言われた通りに、航海服を着たままその中に足を入れた。
ラティが洋服を両手で持ったまま上に引っ張り上げる。シャインの腰の所まで服を着せてから、今度は左腕をたっぷりした袖の中に通す。
「右腕はしばらく我慢してもらうよ」
「ああ」
片袖を吊っている女というのは、あまりにも目立ちすぎる。
シャインは手首を折った右手を支えるために、首から白い布を下げていたが、それをおもむろに解き放った。支えを失って下がった右腕が何時に無く重く感じる。
ラティが手首に添え木を当てて包帯で巻いてくれたため、シャインは太くなった腕が袖の中に入るだろうかといぶかしんだ。
だがその心配をよそに、ラティは右腕をつかんだかと思うと、素早く袖に腕を入れてシャインの背後に回り、背中のボタンをかけていく。
気になっていた腕の太さは、たっぷりした袖のお陰でまったくわからない。
袖口も幾重のひだがついた飾りがついているので、手の甲までそれが覆い、包帯も見えない。
背中のボタンをかけ終え、再びシャインの正面に回ったラティは、傍らに置いておいたイモ袋の中から白い肩かけを取り出していた。胸元が開いているため、そこからのぞくシャインの航海服を隠すためだ。
それをふわりとシャインの肩に回して胸の前で端を軽く結ぶ。
うまく航海服が隠れたのを確認し、今度はその手をシャインのざっくりとまとめられた髪の束へ伸ばして紐を解いた。しっとりとした光沢を放つ金髪を軽く手櫛で整えながら、ラティは満足げに薄く笑みを唇に浮かべた。
「ちょっと背が高すぎるけど……あんた結構似合うねぇ」
シャインの着替えを傍らで見ていたストームも、どれといわんばかりにシャインの顔を覗き込む。
「背丈はまあ、あたしやラティがいるから大丈夫さ。暗がりなら野郎には全くみえないよ」
シャインは背中にざわりと悪寒が走るのを感じた。
他に方法がないから、ストームの言うことに従っているだけだというのに。
「そんな褒め言葉はいらない。それ以上何か言ったら、取引の金額を100万リュール減額するからな」
だがストームはいつものしたたかな笑みをたたえたまま、シャインの射すくめるような視線をさっと流した。
「駄目だったら、そんな怖い顔しちゃあ! その目つきじゃあ一発でバレちまうよ。そうだ、これを被ってごらん」
ストームは床に置いていたイモ袋を引き寄せ、中に手を突っ込むと、ひだがついた白い綿の帽子を取り出した。それをシャインに目深に被らせる。
その帽子は宿屋の女将や女中が被っているような頭巾で、両脇と後ろにはベールのように肩まで垂れ下がった長い布がついている。よって横から顔を覗き込まれても見ることはできない。
「ようし、できた。うつむいていれば、顔を見られないからね」
シャインはほとほと疲れたようにため息をついた。
この城塞から抜けだせたら、さっさとこの女物の服を脱ぎ捨ててやる。
第一、こんな格好でロワールの元へ行きたくはない。彼女に見られたら最後、なんと言われるだろうか。
いや、笑い上戸の彼女の事だ。船を出すことを忘れて、死ぬまで笑い転げているに違いない。
シャインはもう一度息を吐き出して、取りあえず今は脱出のことに意識を向けるべきだと気持ちを奮い立たせた。
ここから出ることができなければ、すべてはきっと終わってしまう。
何もできないまま、終わってしまう。
「坊や、こいつを持っておいき」
ストームが銃身の細い連発銃をシャインに差し出していた。
黒光りするそれは握りの部分の木目がつやつやと光っていて、手入れがほどよくされている。
シャインが左手を伸ばして受け取ると、手首に負担を感じる程の重みがあった。銃を逆手に持ち、握りの部分で殴りつけるために重めに作られているのだろう。海賊らしい実用的な銃だ。
「ありがとう、ストーム」
「弾は六発入ってる。これが予備だよ」
シャインは膝上まである服の裾をたくし上げ、航海服のポケットの中に銃を滑り込ませた。予備の弾が幾らか入った小袋は腰のベルトに通しておく。
「じゃ、そろそろ行こうかね。みんな、一列に並ぶんだよ」
シャインを牢から出し、続けて外へ出たストームは、通路で待たせている女達に小声で呼びかけた。
彼女達は見た所二十代から三十代で5人。目元を強調するようラインを引いた濃いめの化粧をし、大きく背中が開いたドレスに波打つ長い髪を流している。
髪の色は黒や茶、赤毛で、肌の色はシャインとそんなに変わらない。
彼女達の隣にいくと、むっとするような特有の甘ったるい香の臭いがした。
恐らく華やかなドレスや髪に香を焚きしめているのだろう。貴族のように。
シャインはストームと一緒に、彼女達の一番後ろに並んだ。ラティは女性たちを先導するために前に行く。シャインの前にいた栗毛に緋色のドレスをまとった女性が、振り返って歯並びの良い口元を見せて微笑した。シャインは一瞬戸惑い、幾分遅れてぎこちなく笑みを返した。
彼女達は自分の素性をストームから聞かされているのだろうか。アドビスの息子だということで、ヴィズルの手下達には、すさまじいまでの敵対心を抱かれているというのに。シャインは自分の隣にいるストームに話しかけた。
「この人達を巻き込んでいいのか? もし失敗したら……」
ストームがシャインに肩を寄せてうなずく。
「心配いらないよ。みんなあたしに協力したいと言ってくれた子ばかりだから」
ストームがそう言うと、五人の女達はそれぞれにシャインの方へ振り向いた。
先程シャインに微笑んだ栗毛の女性が、濃い睫の下から青い瞳を潤ませて、口を開いた。
「あたし達、結構今の暮らしが気に入っているの。船長は個人的な理由で、海軍と戦うつもりだけど、あたしは……あたしたちは、こうして海を巡る海の生活の方が大事なの」
栗毛の彼女の隣にいる、黒髪の三十代の女性もシャインに嘆願するように、憂いた視線を向ける。
「二十年前の事……。海軍がやった仕打ちは許せないわ。船長が負けるなんてこと考えられないけど、でも……戦いは多くの人が死ぬわ。わたし、将来を誓った人を失いたくないの! わたしだけじゃない、みんなそれぞれに大切な人がいるから……だから、ストームさんの言うことに協力するの」
今度は列の先頭にいる見事な赤毛の女性が、両手を艶っぽく組みながら言った。
「そう。あなたをここから逃がせば、ひょっとしたら海軍との戦いを止めさせてくれるかもしれないって。でも……」
赤毛の女性は意味ありげにシャインの顔を見つめた。黒曜石のような漆黒の瞳で。
「本当はあなたの気持ちにうたれてみたの。まさか、自分の船を取り戻すために、たった一人で海賊船に乗り込んでくるとはね。ホント……男って、どうしてそんなに一つの事にこだわるのかしら。うちの船長もそう。どうしようもないほど、そのためだけの努力は惜しまないんだから」
シャインは彼女達に感謝の意をこめて頭を下げた。
「ありがとう。皆さんの期待にどれだけ応えられるかわからないけれど、できるだけのことをしてみます」
「ちょっと、礼をいうのは早いわよ、お兄さん」
再び赤毛の女性が、シャインをからかうようにつぶやいた。
「そうそう、島を出てから、ちゃんともらうべき礼は頂くからね。さあ、そろそろ行くよ、皆」
ストームの声で奇妙な女達の一団は、一列になって石造りの通路を進んで行った。
◇◇◇
通路の石壁には松やにの臭いを漂わせて、松明の火が周囲を揺らいだ光で照らしている。
「しかしストーム。俺の格好って、目立たないか?」
シャインは声を潜ませてストームに話しかけた。
前を行く女達の格好は実に着飾って派手であり、反面シャインは宿屋の女中か大きな屋敷にいる使用人のように地味である。
「いいんだよ。あんたは台所に入れた、新入りの女中ってことにしてあるから」
ストームが小声で言い返す。
シャインは不安げに再び前を向いて、前方に見えた下への階段を見た。
ストームが事前に教えてくれた、この城塞の構造を思い出しながら。
シャインが閉じ込められていた牢屋は三階で、階段を下りた二階は大広間と、ちょっとした小部屋があるそうだ。一階に下りる階段は、その大広間を突っ切ったところにあるのだが、ストームいわく、大広間は手下達が酒場として使っているし、一階は常に見張りが立って警戒しているので、ここから外へ出るのは難しいらしい。
じゃあ、どこから外へ出るのかと尋ねると、ストームは二階の大広間には台所があって、そこの勝手口から出られると言った。
外に出るとそこは崖の上で、緩やかな下り坂になっており、それを道なりに西へ進めば、ロワールハイネス号が隠されている入り江に行ける、とのことだった。