第30話 美しい美談と落とし物

文字数 1,833文字




今日は休日で昼食はタイ料理屋に行った。そして、タイ北部のチェンマイという町の伝統料理「カオソーイ」をいただいた。例えるとすれば、札幌が誇るスープカレーをココナッツ風味にし、その中に麺と諸々をぶち込み系スタイルである。

それを食べ終え、非常に満足し、車を停めていたデパートのトイレに入ると誰かの落とし物が現れた。調子に乗っていた私は「落とし物見っけハイ」になり、警察に届けるという遊びをしようと思い付いた。自分に酔っていたのだ。ふと、その落とし物を見ると、名前が書いてある。ふむふむ、中村○男と書いてある。男らしい名前だ。ますます気に入った。人肌脱ごう。車を発車させ、警察署に着くと、ポリスの姉御が受付におり、落とし物を拾ったと伝えると、なんと!!ちょうど今、交通安全講習が行われており、中村さんが来ているというのだ。なんという偶然であろうか。奇跡という言葉を使っても差し支えないのではあるまいか!?と息を呑み、姉御に忘れ物を預けた。少しお会いしたかったが、グッと我慢だ。こういう時は名前も名乗らないで去るのが粋というモノだ。ふっふっふ。恐らく姉御の目はハートになっていたであろうが、振り返りもしない。男の中の男。中村○男よりも男らしい、正義感の塊、それが私である。私は颯爽と警察署を後にした。

……………………………………………。と、ここまでで話が終われば、ただの奇跡であり、美談である。しかし、世の中に奇跡なんてことはあるのでしょうか?果たして美しいだけの人物や物語などあるのでしょうか?諸君。どうだろう?勿論、答えはNOだ。美しさには醜さや汚れも内包している。

ここからは、話を少し巻き戻そう。タイ料理屋でカオソーイを食べ終えたあたりから再生だ。ヴイーーーーーン!ピッ!

そう私はカオソーイを食べ終え、非常に満足気に古本屋に入った。ところが、数冊の本を購入したところ、急にお腹が痛くなった。急いで、デパートのトイレに入り、便器に私のカオソーイをぶち込んだ。今日のソレは非常にしっかりとした美形であり、ツンとした表情に哀愁も漂っている。しばし見とれていると、視界の端に緑色の手帳が現れた。恐らく、私の少し前にカオソーイをぶち込んだ男が忘れたモノだろう。

よし!お互い同じ便器にカオソーイした仲。恥ずかしいことなどない。この手帳を読んでしんぜよう。他人の手帳を見るチャンスなどもう訪れないはずだ。ワクワクしながら開くと、使い込まれたページに男らしい筆跡。

手帳の中のスケジュール欄には大量の予定、予定、予定。私とは大違いである。多忙な人だ。明後日は孫のミオが来ると記載されている。定食屋に行く予定も多い。実に多忙だ。ふと、今日の日付を確認してみた。なんと、近くの警察署にて、交通安全講習と記載されている。そして、最後のページには交通安全講習のハガキが挟まっており、宛名が中村○男となっている。開始時刻は13:30。今はなんと、13:26である。そろそろ始まるころだ。中村○男はもう既に警察署に着いているはずだ。よし!ここまでスケジュールを把握すれば、もう既に親戚だ。無論、届けよう!

ふふふふふふ。救世主降臨。警察署に着くと、交通安全講習の受付があった。やはりか。私は持ち主に会いたくなっていた。ここは、怪しまれない為に、お爺ちゃんが忘れ物をしてしまったという名演技を見せる作戦を思い付いた。迷演技を見せたところ、受付の姉御は、中に入ってご自由にお探しください!と言う。こ、困る。拙者、中村○男の名前はご存知でも顔はさっぱりわからない。呼んでもらえませんか?と粘った。お名前は?と聞かれ、中村○男です。と伝えると、先方、「あっ、会長のこと?」と言う。どうやら中村○男は会長であったようだ。流石に予定がびっしりな男!中村○男!いよっ、会長!

姉御は感謝を表明し、「では、会長に渡しておきます。」と言い放った。し、仕方ない。ここで駄々をこねても男らしくない。では、お願いしますと引き下がった。

本当は中村○男に会いたかった。どんな人物かを見たかったし、お礼の1億円をアタッシュケースで受け取る映像を脳内でリピート再生していたのだが、現実はそんなにスイートじゃない。しかし、会長が愛用の手帳を携え、明後日訪れる孫の来訪により、嬉しそうに、男らしく笑っている姿を想像してみたら悪くはなかった。だが、会長の孫だと名乗る怪しい男の謎は永遠に解けないであろう。あ、伊達直人と名乗れば良かった。さぶ。
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