第39話 伯父のカメラ

文字数 1,461文字




母の兄である伯父が亡くなった。そして、その伯父が遺したカメラがボクの元に来た。いつからか、なんとなくそんな気がしていた。色々な電化製品を貰いすぎたからかもしれない。ソニーに勤めていた伯父は昔、ステレオ、DVDプレーヤー、MDやCDウォークマンなどをボクにくれた。友人からよく羨ましがられたものだ。

伯父との思い出の始まりは小学生の頃、よく紋別のオホーツクタワーで釣りをした。正直、あまり釣れなくてしんどい時もあったが、伯父の期待に応えたくて、楽しんでるように見せていた部分もあった。伯父は有無を言わせない雰囲気があった。クールで格好良く、恐そうだけどお茶目だった。どこか憧れていた。

いつからか伯父は20歳以上も若い奥様と再婚し、遊びに来るようになった。新しい伯母は「伯母さん」と呼ぶには若すぎ、「お姉さん」と呼ぶには馴れ馴れしすぎた。なんと呼べば良いか迷ったのを覚えている。しかし、2人の絶妙な空気感はまるで夫婦漫才のような雰囲気を帯びていて、素敵だった。信頼が垣間見えた。ボクにとって歳が近い伯母が加わったことにより、伯父の重厚な雰囲気が中和し、嬉しかった。

ボクは昔からお通夜や葬式が嫌いだった。お互いが監視し合い、同じ感情や行動を取らなくてはいけない雰囲気が怖いのだ。そんな中、伯父と伯母はいつだって自然体だった。2年前、母方の祖母であるヤエ子さんが亡くなった時、伯父は既にパーキンソン病を患っていた。以前の威厳のある雰囲気はなくなり、歩き方は少し滑稽さもあった。ヤエ子さんの通夜が近づいても伯父と伯母はなかなか現れなかった。親族は心配と呆れが入り混じっていた。しかしボクにとっては、そのマイペースさが誇らしく、心強かった。

結局、ギリギリの時間に現れた伯父と伯母は釣りをしてから来たのだという。自分の寿命が長くないことを悟っていたのかもしれない。伯父はいつだって、自分の為に生きていた。そして、それに付き合う度胸と懐の深さがある伯母もカッチョイイ。

あれから2年、とうとう伯父が亡くなった。結局家には遊びに行けなかった。一度だけ、伯父の最後の務め先であった札幌市のきたえーる(ライブや運動ができる施設)に訪問したことがあった。受付で甥だと伝え、遠くから伯父が現れた。病気の悪化によって、歩くのが大変そうだった。遠くから少しずつ近づいてくる。手にはカメラ。ボクの脳内ではロッキーのテーマ曲が鳴っていた。一般客が入れない場所で沢山写真を撮ってくれた。病気のせいか、甘い物を異常に欲する伯父はコーラを飲もうとしたが、小銭がなく、初めてボクが小さな恩返しをした。嬉しそうにコーラを飲み、誇らしげに自分の職場を説明してくれた。それが最後の姿だった。

緊急事態宣言下ということもあり、お通夜には行かなかった。いや、そもそも行きたくなかった。悲しいからではない。伯父はとても格好良く生きた。ただ、伯父がいないお通夜は面白くない。これからも行かなくてはならない葬式や通夜はある。その度にボクは伯父の死を実感するだろう。

近々、伯母の家を訪問したい。大好きな2人の家に行ってみたいし、何より、久しぶりに伯母に会いたい。そして、伯父の骨が一欠片欲しい。祖母のヤエ子の時と同じように、それを飲み込みたい。ボクの身体を使って、存分に写真を撮ってほしい。返した物がコーラだけじゃ甘すぎる。だからこの世知辛い世界で精一杯生きてみようと思う。

いつかの葬式で、坊さんの説教の後に大きな拍手をしてしまったお茶目でクールな伯父さん。どうか安らかに眠ってくだせえ!
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