第29話 教えっぱなしおじちゃん

文字数 1,631文字




昭和の時代に選ばれていた指導方法が見直され始めている。数年前スポーツ業界におけるパワハラムーブメントが勃発し、アメフトを皮切りにレスリング、体操、ボクシング、空手、マラソンなど多種の競技に飛び火した。

それにより私は、少しずつ選手と指導者との主従関係がなくなり、お互いが対等で連帯した関係に変化することを期待している。そして、スポーツ業界の更なる発展を願いたい所存である。

しかし、あまりにもハラスメントが流行しすぎても息苦しい。あまり敏感になってしまうと勘違いをしたヒヨッコ達が続々と被害者面で幅を利かせるというような事態になってしまいかねない。例えば、私である。

私も中学生時代は野球部に所属しており、絶対君主である、H監督の目力で精神を病んだものだ。H監督が来ることに怯え、来たら来たで、褒めてもらえるよう、まるで、フリスビーを追いかける犬のように球を追い、三振をしては世界の終わりかのように悔しがり(演技)、もしかすると数回ほどH監督の靴を舐めたことがあるかもしれない。(服従の恍惚からか、ミルキーの味がしないでもなかった)

さらには、H監督から正月に届いた「野球を知っている点において、1番、期待している」といった内容の年賀状が原因で持病であるアトピー性皮膚炎が悪化し、数日間身体を掻きむしり、皮膚科に通うハメになった。

さらに、中2の夏休み、坊主にしなくてはならないというプレッシャーから、父に手渡したバリカンの6mmカバーの取り付けが甘く、カット中に外れてしまい、逆モヒカンからの1mm修行僧坊主になってしまったこともあった。(初めて自殺を考えた)

あれら全てがパワハラだったと訴えたい。(※全て自分のせい)

ところで先日、初めてゴルフのクラブを握り、打ちっぱなしというものに行ってみた。

野球部時代の名残からか、O監督直伝の一本足打法を用いて、時にナイスショット、時にボテボテのゴロという、ショットを繰り返していた所、時々隣の打席から鋭く光る眼光が私を見つめているのを、感じていた。

20分ほど経過し、手首が非常に痛くなってきたと共に一本足打法のスイングが固まってきていた。そろそろゴルフのショートコースであれば周ることが出来そうだ、などと全くの勘違いを抱き始めていたところ、隣からお声がかかった。「手首を固定しないとダメだよ!」見ると先程の眼光鋭いおじちゃんが、声をかけてきていた。「あ、そうですか」「そうそう、こうやって振り上げた同じ軌道でただ下ろすんだよ。手で打っちゃダメだよ」「な、なるほろ……」「ちがう、ちがう!こうだよこう!」初球からなかなかのスパルタである。

そこから実に30分ほどかけて丁重にそのおじちゃんは教え続けてくれたのである。打ちっぱなしで出会った教えっぱなしおじちゃん。彼の指導のおかげで、私はその後ようやくゴルフクラブの握り方を覚え、晴れて野球とH監督、一本足と手首の痛みからようやく解放されたのであった。

途中から、どんどん質問をし、スポンジのように吸収する私に気分を良くしたおじちゃんは、ゴルフ歴40年であること、近所に住んでいること、いつもは別の打ちっぱなしに足を運ぶことを教えてくれた。

これも数奇な出会いである。今後もまた教えてくださいと、電話番号を交換し、それぞれの戦場を後にした。名前は小枝さんというらしい。美味しいお菓子のような名前である。

翌日、昨日のお礼をしようと電話をするも繋がらず、ショートメールにてお礼のメッセージを送った。しかし、返信がない。

もしかすると、私の執拗な指導を乞う姿勢に疲れ果てて、眠りこけているのかもしれない。これはどうやら昨今では珍しい、選手から監督に対しての逆パワハラ…いや、プリーズティーチミーハラスメントとも呼べる新しい嫌がらせを開発してしまったようで、近々特許の申請をする必要がありそうだな、などと考えつつ、森永の小枝をボリボリと口の中に放り込み、「やはり小枝はホワイトに限る」と独りごちた。
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