107. どら焼き

文字数 421文字


 いきつけのどら焼き屋があった。

 毎朝手作りしているらしい。
 丁寧にメレンゲを泡立てているのだろう。ふわふわの皮は気泡たっぷり、唇で触れると弾く感触があった。食べるのが惜しいくらい、ソファーのクッションに顔を埋めるように食んでいたかった。

 皮の(ほの)かな醤油の(かお)りは、素朴な黒餡を不思議と引き立てる。小豆の粒が舌で転がれば、古き良き日ノ本、店の軒先で小川のせせらぎと小鳥の歌に浸る、昔話に帰れる。
 平凡、けれど、ほっとさせてくれる日常。

 緑茶で流せば、木の葉舞う青い風が吹く。
 初夏だ。

 月に一度の旬餡が、ちょっとした楽しみだった。
 キウイフルーツ入りとブルーベリー入りが気に入った。胡麻餡とバナナの相性は特に素晴らしく、看板を見て首を傾げた過去の自分に、そっと耳打ちしたい。
 それ、正解ですよ。

 私は旅に出る。
 船が港に寄るまで、さようなら。
 銅鑼が勇ましく叩かれるたびに、あなたの優しい甘みを思い出す。

 私はここにいる。
 あなたはそこにいた。
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