第29話 瀬名さん、掃除しましょう
文字数 1,628文字
神保町からお茶の水にかけては、新刊本の本屋さんや古書店、カレー屋さん、喫茶店、楽器屋さん、ホテル、お蕎麦屋さん、スポーツ品店、等々がずらりとならぶ商業の街だ。
そしてそういったお店屋さんが一斉に街のごみ拾いをやることになった。
「みなさん、おはようございます」
おはようございまーす、と全部で30人ぐらいが地下鉄三田線の岩波ホール出口にぞろぞろと集合した。
ビジネスホテルからは若手の瀬名さんが参加。
僕も山見書店から参加。
一人でやっているような古書店からは年配の店主さんが参加、といった具合で。
営業に極力支障をきたさないよう、朝6:00スタート。軍手をしてごみ袋をそれぞれ持ってごみ拾い用のトングを片手にスタートした。ここからお茶の水の駅まで歩きながらごみ拾いするのだ。
僕と瀬名さんは並んでゴミを探しながら歩いた。
「ゴミ、ないですね」
「うん。きっと本好きな人はマナーがいいってことだね」
瀬名さんの言葉に僕は妙に納得する。
「お二人さん仲いいんだね。恋人?」
「ええ、まあ」
古書店の店主さんの問いかけにもごく自然に答える。
なんとなくだけれども僕は『恋人』という表現が好きだ。
とても文学的な感じがする。
そういえば瀬名さんが相当なマンガフリークだということはいわゆる『瀬名文庫』と呼ばれる彼女のコレクションで知っているけれども、小説なんかはどういうのを読むんだろうか。
「瀬名さんの好きな小説って?」
「え。わたしの?」
「はい」
「うーん。そんなにたくさんはないけど、内田百閒の『ノラや』とか」
「え。ウチダヒャッケン? 誰ですかそれ」
「あ、知らない? えーとね。昔のエッセイスト? とにかくくだらないことでもとても内容があるように書くのが大得意でね」
「へえ」
「あとは太宰治とか」
「え。なんか今の小説とか読まないんですか?」
「読めないのよね」
「どうして」
「難しすぎて」
「逆じゃないんですか」
「ううん。すごく難しい」
「ふーん」
そういう雑談をしながらすずらん通りを抜けてお茶の水の坂へとかかる。
楽器屋さんが並ぶ通り。当然まだシャッター閉まってる時間だけれども。
「瀬名さん。この間は銀座の楽器屋さんに行きましたけど、この辺りの楽器屋さんは仕事帰りに寄ったりしないんですか」
「たまーに入ってみたりするけど、結局楽器の弾けないわたしにはやっぱり居づらくて。銀座の楽器屋さんだと大きいからなんとなく紛れてずっと見てられるから」
ふとお互いのごみ袋を見てみる。
「気根くん、ごみ、ないね」
「確かに。ないですね」
読書好きの方、楽器を弾く方、音楽にあこがれる人、そういう人たちの思いが、神保町からお茶の水へと続くこの通りにあふれて、清涼な流れがごみを捨てられないような雰囲気を醸し出しているのだろう。
僕はそういうことを思う自分を、一瞬だけ、詩人のように感じた。
「気根くん、今、詩を考えてたでしょ?」
「え、どうしてわかるんですか?」
「なんとなくね。表情で」
僕らの会話に、ふっ、とカレー屋さんが加わってきた。
「長いんですか」
「え、と。一年ちょっとですね」
「なんだかずっと連れ添った夫婦みたいですね」
「あ、それはどうも」
カレー屋さんと僕のやり取りに瀬名さんはかわいらしく顔を赤らめてうつむき加減でなおかつありもしない路面のごみをトングで拾う動作をしている。
「おーい、瀬名ちゃーん、お勤めごくろうさーん!」
瀬名さんの職場であるビジネスホテルの前にかかる。
声をかけてきた若い女性は瀬名さんの先輩らしい。瀬名さんは会釈しながら軽く手を振る。
朝日が随分と高くに昇ってきている。
僕らはもう一息でこの坂を登りきる。
途中ではばらけて歩いていた『商人たち』が、時間差でお茶の水駅にたどり着いてくる。
「皆さん、お疲れ様でしたー。ごみは軽トラの荷台に乗せてください。軍手とトングはこちらに返してくださいねー」
なんだか不思議な解放感に包まれる。
「気根くん、どうする?」
「朝ごはん食べましょうか」
「うん。何がいい?」
「カレー、ですね」
そしてそういったお店屋さんが一斉に街のごみ拾いをやることになった。
「みなさん、おはようございます」
おはようございまーす、と全部で30人ぐらいが地下鉄三田線の岩波ホール出口にぞろぞろと集合した。
ビジネスホテルからは若手の瀬名さんが参加。
僕も山見書店から参加。
一人でやっているような古書店からは年配の店主さんが参加、といった具合で。
営業に極力支障をきたさないよう、朝6:00スタート。軍手をしてごみ袋をそれぞれ持ってごみ拾い用のトングを片手にスタートした。ここからお茶の水の駅まで歩きながらごみ拾いするのだ。
僕と瀬名さんは並んでゴミを探しながら歩いた。
「ゴミ、ないですね」
「うん。きっと本好きな人はマナーがいいってことだね」
瀬名さんの言葉に僕は妙に納得する。
「お二人さん仲いいんだね。恋人?」
「ええ、まあ」
古書店の店主さんの問いかけにもごく自然に答える。
なんとなくだけれども僕は『恋人』という表現が好きだ。
とても文学的な感じがする。
そういえば瀬名さんが相当なマンガフリークだということはいわゆる『瀬名文庫』と呼ばれる彼女のコレクションで知っているけれども、小説なんかはどういうのを読むんだろうか。
「瀬名さんの好きな小説って?」
「え。わたしの?」
「はい」
「うーん。そんなにたくさんはないけど、内田百閒の『ノラや』とか」
「え。ウチダヒャッケン? 誰ですかそれ」
「あ、知らない? えーとね。昔のエッセイスト? とにかくくだらないことでもとても内容があるように書くのが大得意でね」
「へえ」
「あとは太宰治とか」
「え。なんか今の小説とか読まないんですか?」
「読めないのよね」
「どうして」
「難しすぎて」
「逆じゃないんですか」
「ううん。すごく難しい」
「ふーん」
そういう雑談をしながらすずらん通りを抜けてお茶の水の坂へとかかる。
楽器屋さんが並ぶ通り。当然まだシャッター閉まってる時間だけれども。
「瀬名さん。この間は銀座の楽器屋さんに行きましたけど、この辺りの楽器屋さんは仕事帰りに寄ったりしないんですか」
「たまーに入ってみたりするけど、結局楽器の弾けないわたしにはやっぱり居づらくて。銀座の楽器屋さんだと大きいからなんとなく紛れてずっと見てられるから」
ふとお互いのごみ袋を見てみる。
「気根くん、ごみ、ないね」
「確かに。ないですね」
読書好きの方、楽器を弾く方、音楽にあこがれる人、そういう人たちの思いが、神保町からお茶の水へと続くこの通りにあふれて、清涼な流れがごみを捨てられないような雰囲気を醸し出しているのだろう。
僕はそういうことを思う自分を、一瞬だけ、詩人のように感じた。
「気根くん、今、詩を考えてたでしょ?」
「え、どうしてわかるんですか?」
「なんとなくね。表情で」
僕らの会話に、ふっ、とカレー屋さんが加わってきた。
「長いんですか」
「え、と。一年ちょっとですね」
「なんだかずっと連れ添った夫婦みたいですね」
「あ、それはどうも」
カレー屋さんと僕のやり取りに瀬名さんはかわいらしく顔を赤らめてうつむき加減でなおかつありもしない路面のごみをトングで拾う動作をしている。
「おーい、瀬名ちゃーん、お勤めごくろうさーん!」
瀬名さんの職場であるビジネスホテルの前にかかる。
声をかけてきた若い女性は瀬名さんの先輩らしい。瀬名さんは会釈しながら軽く手を振る。
朝日が随分と高くに昇ってきている。
僕らはもう一息でこの坂を登りきる。
途中ではばらけて歩いていた『商人たち』が、時間差でお茶の水駅にたどり着いてくる。
「皆さん、お疲れ様でしたー。ごみは軽トラの荷台に乗せてください。軍手とトングはこちらに返してくださいねー」
なんだか不思議な解放感に包まれる。
「気根くん、どうする?」
「朝ごはん食べましょうか」
「うん。何がいい?」
「カレー、ですね」