第25話 瀬名さん、バトルですね

文字数 3,519文字

瀬名さんと初めてケンカをした。
原因がなんなのかは正直よく分からないし分かったところでどうにもならない。
それよりも僕はこれがケンカであると認識するのに3日かかった。

「送信・・・と。でも既読にならないだろうなー」

僕が送ったLINEが中々既読にならないことは職務を優先する瀬名さんによくある話だったので初日は全く気にしなかった。

2日目に5件とも既読にならなかったが仕事が忙しいのかな、というぐらいで僕も忙しさにかまけてそのままにした。

3日目。
短いのを入れて20件近く送信したがすべて未読のままだ。
以前ご両親の自己破産フォローで実家に帰って連絡が断たれたこともあったので、今回も何かあったのだろうかと心配になった。日付が変わる直前とうとう電話した。

「瀬名さん、どうしました? 大丈夫ですか?」
「・・・・・・え」
「何かありました? 風邪で寝込んだとか」
「・・・・・・別に」
「え・・・と。もしかして何か怒ってます?」

ケンカまではいかなかったが以前瀬名さんをムッとさせたことはあった。その時、応答するまでにきっかり10秒間()を取るのがこの人の怒り方なのだと学習していた。

もう一度訊いてみる。

「やっぱり、怒ってます? 僕、何か瀬名さんを怒らせるようなことしました?」
「・・・・・・・・・・・・・さあ」

完全に怒っている。

「ちょっと遅いですけど、今からそっち行きましょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんな遅い時間に女性の部屋に?」

怖い。ついこの間は『泊まりに来る?』なんて言ってくれてたのに。
僕もそのまま黙ってしまって沈黙が数分続いた後、瀬名さんが言った。

「・・・・・・・しばらく連絡を断ちましょう。気根くんも腹が立ってるでしょうから」
「僕が? どうして?」
「・・・・・・・・・・だって、わたしたちケンカしてるでしょ?」
「え」
「・・・・・・・・・・・・じゃあ」

ぶつっ、と電話は切れた。

・・・・・・・・

翌朝、モヤモヤしたまま大学へ行った。

「作田ぁ」
「おー、どうしたどうした。ついに瀬名さんに振られたか」
「エスパーか、お前は」
「ちょ! マジか、マジなのか⁈」
「振られてはないけど怒らせてしまったみたいだ。ケンカ中だ」
「そりゃあ完全に気根が悪い」
「どうしてだよ」
「ものすごく無愛想に見えるけど瀬名さんは常識人だぞ。しかも社会人だ。ビシッとしない気根に苛立ちがMAXになったんだろう」
「まあ、否定はし切れないけど・・・でも、本当に心当たりがないんだ。彼女は僕も腹が立ってるでしょう 、なんて言うしさ」
「うーん。どういうことだろうな」
「それが知りたいんだよ」

狭い学内、またもやこういうタイミングで女子寮メンバーが通りかかる。

「よ、朝っぱらからしけてるわねー」
「加藤さん、それどころじゃないですよ。気根と瀬名さんが」
「え、まさか、破局⁈」
「面白がらないでくださいよ。瀬名さんとケンカしただけです」
「え、瀬名ちゃんとケンカ?」
「加藤さんは瀬名さんとケンカしたこととかないんですか」
「ないない。瀬名ちゃんは達観してるからね。わたしらごときと(いさか)いなんてしないよ」
「そうですか・・・」
「あの瀬名ちゃんとケンカなんて・・・まあ、彼氏だからケンカできるんじゃないの」
「仮にそうだとして何の解決にもならないフォローです」
「まあまあ。でもケンカってことは気根くんも瀬名ちゃんに反撃してるんでしょ」
「まさか。怖くてそんなことできないですよ」
「それじゃ、いつまでたってもこのままだよ。あの子、生半可な意志力じゃないからね」
「しばらく連絡断ちましょう、なんて言われちゃって・・・なんとか話せればいいんですけど」
「ふーん。ねえ、誰か。彼氏とケンカして仲直りした経験ある子いない?」

加藤さんが女子寮メンバーに振ると意外なことに一番おとなしい感じの杉田さんが手を挙げた。

「え、杉ちゃん、彼氏いたの⁈」
「うん、一応ね・・・」
「そっか。それはめでたい。で、仲直りの方法は?」
「気根くんと瀬名ちゃんにはちょっと抵抗あるんじゃないかな・・・わたしは自然に受け入れたけど」
「うんうん、なになに?」

加藤さんが前のめりになる。
僕も藁にもすがる思いで杉田さんの答えを待った。

「キス、するんだよ」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「何度も言わせないで。特に前触れなく、彼氏の方からキスしてくれるの。それでケンカは終わり」
「ちょっと待った」
「何? カトちゃん」
「つまり、杉ちゃんは彼氏とキスしてると」
「まあ、そうだね」
「やってられんわー!」

加藤さんが突如シラフでクダをまきはじめた。

・・・・・・・・・・・・

加藤さんが乱心した後、その場の全員で仲直り方法のブレインストーミングを一応やったけれども、『恋文だ』とか、『カネに尽きる』とかロクなもんじゃないアイディアばかりで何の参考にもならなかった。

けれどもこのままではメンタル的にもよくない。僕の学業にも支障が出るし、自惚れじゃなければ瀬名さんも仕事に支障をきたしているはずだ。
この間のストーカーの彼みたいで嫌だったけれども、僕のバイト終わりと瀬名さんの仕事上がりの時間が同じ日、ホテルのロビーで彼女を待った。

「・・・・・・・・・・こんばんは」
「こんばんは・・・・・・・」

ホテルの制服からラフな服装に着替えた瀬名さんとぼくは晩の挨拶を交わした後、沈黙した。
一応彼女はその場で立ち止まってくれている。
頑張って僕の方から切り出した。

「瀬名さん。仲直りしたいんです。どうすればいいですか?」
「・・・・・・・・・・気根くんはもう怒ってないみたいだけど、わたしはこのまま済ます訳にはいかないわ」
「鈍感だって思われるかもしれないけど、ケンカの原因が何なのか、自分では本当に分からないんです。瀬名さんを不快にさせたのなら謝りますから教えてもらえませんか?」
「・・・・・・・・・・気根くん、授業だけじゃなくゼミの課題とかバイト
忙しくて朝食抜きの日が週何回もあるって言ったでしょう」
「え・・・そういえば」
「その時わたしが何て言ったか覚えてる?」
「えーと・・・すみません」
「・・・・時間の合う時だけでもお弁当にして朝ごはんを前の晩に渡してあげる、って言ったんだけど」
「あ・・・」

そうだ。その通りだ。それで僕は・・・・

「気根くん、『いいです。大丈夫です』って言ったよね」
「はい・・・確かに言いました」
「すごく虚しかった。わたしって気根くんのなんだろう、って。だって、結婚できるかどうか、女子寮でわたしの料理の試食会までしてテストしてくれたのに、気根くん自らそれを否定するんだ、って」
「すみません」
「ううん。気根くんはわたしも仕事で大変だ、って気遣ってくれてるのは最初から分かってた。でも、気根くんまでわたしにわがまま言わないんだって思うと哀しくて・・・」

瀬名さんの目が潤んでいる。

「わたし自覚はあるんだ。とっつきにくい女だ、って。ねえ。気根くんもそうなの? わたしって怖い?」
「え・・・怖いです」

あ、しまった!
フォローしようと僕は真っ白になった頭をフル回転させる。でもダメだ。

「えとえと。ああ・・・・なんでこんな時にホンネが出ちゃうんだ・・・」
「あ。『怖い』ってホンネなんだ」
「いや、その・・・怖いというかクールというか」
「ふーん。気根くん、おどおどしすぎ」
「え」
「これホンネ」
「う・・・まあ、その通りですけどね」
「ねえ。もっとホンネ言って」
「・・・怖いけど、そこがまあしっかりしてて落ち着いてる面でもあり」
「それから?」
「料理も上手だし・・・できれば朝のお弁当食べたいです」
「・・・それ、ホントにホンネ?」
「今更建前言いませんよ」
「ありがとう。朝弁、作らせて? どうせわたしも自分のお弁当作って仕事に行くんだから」
「じゃあ・・・食材費だけでも出します」
「まあ、それで気根くんの気が済むなら。週500円で」
「格安ですね」

そのまま僕らはビジネスホテルの狭いロビーのソファに座って久しぶりに話をした。

「そう言えば杉田さんが彼氏さんとケンカした時の仲直りの方法言ってました」

あ! またまた何余計なこと言ってんだ、僕は!

「へえ・・・どうするの?」
「あの・・・キスするそうです・・・・」

どっちから、ということは厳秘した。

「ふうん。そうなんだ」

瀬名さんが言い終わるか終わらないかの内に、瀬名さんの顔がすっ、と動き、その動きの俊敏さでひゅん、と小さな風が吹いた。

ふっ、という感じで彼女の唇が触れるか触れないかの感触で僕の右頬に残った。

「え」
「わたしにはこれが限界。杉ちゃんはすごいな」

頰に触れたか触れないかというと、間違いなく触れた。

つまり、これは、キスだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み